29.緊張の謁見
とうとう国王に呼び出された。。
会議などで顔を合わせるのとはわけが違う。
晩餐会とも違う。歴史的に降嫁による血縁があるとはいっても庶民のようなプライベートな親戚付き合いがあるわけでもない。
公爵の記憶を紐解いてもこういった類の呼び出しは数度しかなく、碌な用件じゃあない。
しかも流石に今回はマズイ。。魔族が絡んだ襲撃に、魔操指と思われる能力の開花。。
平穏無事というわけにはいくまい。。
そしてなぜか1名は従者を連れても良いと言われたことは僥倖だ。何とかフォローをしてもらえるかもしれない。そうなると当然だが公爵家で一番頼りにしているセバスチャンを連れ行くことにした。
先日は負傷をしてしまった彼だが、あれは規格外のモンスターを相手にしたからであって、普段であれば、護衛騎士たちにも後れをとらない剣技を持っている。まぁ流石に国王相手に戦闘にはならんだろうが。。。
しんと静まり返る謁見室には、重鎮たちが控え、俺は玉座を前に「国王陛下にあっては・・・・。」と定型の挨拶を口にして跪く。
「面を上げよ。」
「はっ。」
緊張感が漂い、姿勢を崩さぬまま顔だけを上げる。
「それでは話ができぬではないか。楽にせよ。」
国王にそう言われて本当にラクにする者など世の中にいるわけがない!!とツッコミを入れる余裕もないほど緊張し、俯いたまま立ち上がり胸に右手を当て騎士の礼をとる。
はぁっ。と諦めたのか国王は一つため息をつくと、
「昨日の襲撃の件については報告書の内容で間違いはないか?」
「はっ。私が至らぬばかりに、王都に混乱を招いたこと。深くお詫び申し上げるとともに、どのような処分も。。。。覚悟しております。」
つい躊躇ってしまった。。流石に極刑は受けたくないのだ。。極刑以外のと付け加えたいところだが、そんなことを言えるような場所ではない。
重鎮たちが見守る中、パチンと王が鳴らした指音に反応して、後ろの扉が開いた音がした。
ゆったりとした足音が室内へと入り、私の左斜め後ろで止まる。
騎士の礼をとったままの私では、その人物の確認はできないものの、知り合いの足音に似ていた気がした。
「名を名乗っていただけますか?」
宰相がそう言うと、
「ヨランダ・D・ハリーでございます。・・・ふっ。これではこの場の返答には相応しくないであろうな。そなたたちが求めるのは、Dの名と婚姻前の性であろう。ワシの身分を名乗れと言う意味ではないのか?」
声の主は歩みを進め、俺の隣へと来るとポンと背中に彼女の手が置かれた。優しく温かい。
「そなたたちが求めるワシの名はディリー・ウインストンじゃろう?」
その名を聞いて、思わず俺は騎士の礼をとりつつも隣を見てしまった。そこにはいつも通り優しく微笑むヨランダ様がいた。
だが、その名は。。
ヨランダ様から聞いてはいた。”300年前の魔王討伐”、”大魔導士”など、昔話を。
当然、歴史上の勇者パーティーを思い浮かべていた。しかし、勇者パーティーとして残る文献での魔導士の性別は男だったのだ。だから違和感があった。一時所属していただけなのかとも思っていた。。
どこか遠い昔の話過ぎて、冷徹と言われた伝説の大魔導士と目の前に現れた優しい老女を結びつけることを無意識に避けていたのかもしれない。追及することも無く今日まで来てしまった。。。
だが、伝説が隣にいる。。
「そうなると、300年前に出現した”魔王”を討った大魔導士の名と同じくなるが?あやつは男であったと記録されておる。余の前での偽りは不敬罪により最悪極刑もあり得るぞ。良いのか?」
国王は驚く様子も無くヨランダ様を見る。
「人にあらぬ時を生きてしまったワシが今さら嘘を吐くわけなかろう。生に執着もないでの。。じゃがワシが嘘をついたのではなく、歴史が間違っておるのじゃ。性別を偽ったことは無いのじゃがな。。親が男名を付けたことと、ワシが容姿にこだわらず旅人として楽であった男の旅装と短髪により、周囲が勝手に勘違いし、否定もしなかったことで”男”と記述されておるのじゃ。」
やれやれと眉を上げ呆れたように彼女は言った。
「・・・しかし。。あなたは結婚したと。。」
思わず独り言のように呟いた俺にヨランダ様はにっこりと笑う。
「王都では勇者パーティーがもてはやされても、田舎へ行けば我らの顔を知る者もいない。大きな敵を討った我らには旅の目的も無くなり、心には穴が開いた。ワシは一線を退き旅もしなくなった。いつでも風呂に入れる環境にあれば髪を切る必要性も無いし結婚もした。ワシが隠居した村人たちはワシが大魔導士であったことなど知る由もなかった。」
どこか遠くを見つめ遥か昔の記憶を優しく語る。
俺には何も返す言葉は無かった。
「そうであったか。ではそなたが大魔導士ディリーだとして、此度の件、どう見るか?」
国王にとってはヨランダ様の素性は嘘か誠かはこだわっていないようだ。
「ふむ。縁ありオルティース公爵家に身を寄せておる恩義はあれど、襲撃の件はそれを加味せず客観的な意見を言わせてもらうが良いかの?」
ヨランダ様は俺の顔を見てそう言った。もちろん俺に異論などあるはずはなく、小さく頷きを返す。
それを確認した彼女は、
「魔王には絶対的な臣下があり、右腕が牛魔王デスブファロ。左腕は悪魔女王ヘルクイーンが固めておった。この二人の戦闘力は魔王軍の中でも突出した能力を持っておった。そして今回の黒幕は”ヘルクイーン”じゃった。」
『・・・・っ!!!!』
謁見の間に集う人々が息を呑んだ。
彼女は動じることなく、昨日の一件をありのままに伝える。
もちろん戦闘が終わるまでの一部始終であり、その後の俺の医療行為については一切触れることは無かった。
そして俺たちに話をしてくれた魔王復活についても情報が足りず推測すらできぬことを伝えた。
「そうであったか。」
国王はそれだけを言うと少し考え込むように口を噤んだ。
「もしも魔王復活の兆候が現れた場合、大魔導士様はもう一度、我ら人間に力を貸して下さるのか?」
重鎮の誰かが問う。
「ワシももうこの歳じゃ。そして死期も近づいてきたと感じたゆえに、オルティース公爵殿の元へ身を寄せることにしたのじゃ。今さらワシができることなどない。それにじゃ。もしも魔王が復活するのであれば、勇者が生まれる。それは必然じゃ。ワシが何もせんでも必ずそうなるようになっておる。」
それを聞いて重鎮たちはざわつくが、
「そうじゃな。今はまだその時ではないのかもしれぬな。」
国王の一言でざわつきは静まる。そのままザワつけば国王に反論しているも同義となる。
そして国王が聞きたかったことは終わったのか、ヨランダ様は下がった。
「さて、公爵家の件についてであるが、」
話題が俺に戻ったことで、俺はもう一度、騎士の礼をとり、頭を下げる。
「此度の件、ディリー大魔導士により、そなたに非が無いことが明らかになった。コンラードのバカ息子や臣下からの聴取はヘルクイーンの術により精神が破壊されておりままならぬが。。それが、魔族が関わり精神操作を受けた裏付けにもなろうて。。よって襲撃に関する一件にオルティース公爵家の過失はないものとする。」
国王の宣言に続き、宰相により今後の詳細については追って通達する旨を伝えられ、その場が解散となった。
心の中でほっと胸を撫で下ろしていると、何故か国王付きの護衛騎士に両脇を固められ、別室に案内すると言われた。
不安が募りながらついた先は、国王の執務室。
俺が到着すると、既にセバスの姿があった。
そしてほどなくして国王と王妃が入って来て、人払いがされた。
不思議な組み合わせと人払いに、何の話かと身構える。
「そう緊張するでない。人払いもすませ、我らだけである。」
そうは言われてもやはり気を抜くことなどできないが。。。
「それではお言葉に甘えましょう。」
何故かセバスがそんなことをのたまう。。この場で一番お言葉に甘えちゃならん立場だろうがっ!と思わずツッコミを入れそうになったが、「そうしてくれ。」「セバスは相変わらずね。」などと国王夫妻が笑う。。いや。そこじゃない。セバスは国王夫妻と面識があるのか?もう何度か会ったことがあるという口ぶりだ。
俺は状況を飲み込み切れず無言で国王夫妻とセバスを交互に見てしまう。
「ふっ。オルティースよ。未だ呼ばれた意味が分からぬという顔であるな。」
「・・・はい。」
「私たちは確認したいことがあっただけよ。」
戸惑う俺をよそに国王夫妻は和やかに話しかけてくる。
そしてセバスが机の上に置かれていた書物を手に取り、
「王家が所有する魔王軍の姿絵にございます。」
と手渡され、俺は表紙を捲る。
まずは魔王。
若すぎず年老い過ぎず。年齢不詳だな。耳の上あたりから生える角。燃えるように赤く姿絵であるというのにこちらを射抜かんばかりの鋭い瞳、瞳孔は爬虫類のように縦に金色が光る。冷酷そうな薄い唇に形の良い筋の通った鼻。整い過ぎたその顔は、イケメンを通り越して創造物との思えるほどだ。。
そして次を開けば牛魔王デスブファロと悪魔女王ヘルクイーン。
牛魔王は牛の王というだけあり、鼻息荒そうな猛牛。かと思いきや、水牛の角を生やした厳つくて毛深いオッサン。もみあげから顎へと続くのは、ひげなのか体毛なのか。団子鼻と呼ぶには一回り大きい鼻には鼻輪。。一目見て、女性受けは全くしなさそうでひげを剃って整えたとしても。イケメンとは対極の顔立ちかな。。
隣のヘルクイーンは、昨日見た魔族に間違いない。姿絵も妖艶だが、実物の方がもっとヤバかった。
あれで精神操作魔法が得意な悪魔だというのがタチが悪い。ハニートラップはかなりの高確率で成功しそうだ。。
その他のページもパラパラと捲る。そうこの公爵の身体、速読が得意なので、パラパラで全部把握できた。魔王軍の将軍以上の者たちが描かれていたが、300年前に討伐され、今も生き残りがいるのかも分からず、記憶に留めるのか悩むところだ。
「そこに描かれている上位魔族は同じ種で生き返ることが多い。覚えておくと良い。」
国王に見透かされたように言われたので、一応覚えておくとする。
そして。。。
「さて、公爵よ。余に言わねばならぬことがあるであろう?」
その言葉で”魔操指”の事が一番に脳裏をよぎるが。。言うべきか躊躇ってしまう。勿体付けた言い方だが、その件じゃないかもしれない。あえて自分から暴露しにいかなくとも。。
「坊ちゃま。国王陛下は2つの答えを待っておられます。」
セバスが補足した。。だが余計に混乱する。
「・・・2つか?どの。。。」
どの件だろうか。。二つなると・・・
「無礼講であると言ったであろう?」
「思いつく物を言っていきなさいな。違えば違うと言うわ。」
国王夫妻はせっついてくるが。。やはり俺としては自分から言うのは躊躇する。具体的に聞いて欲しい。
「坊ちゃま。。まずは開花した能力についてです。」
しびれを切らしたのだろうか、セバスが口火を切った。
「・・・あぁ。。まぁ。。その。」
「往生際が悪うございます。あれほどの事を行ったのですから、バレております。国に報告義務のある能力を手に入れましたね?」
セバスに強めに詰め寄られ、
「あぁ。」
俺も白状するしかないと諦め、魔操指について話をした。
「そうか。それはめでたいな。オルティースは公爵であるからな。まさかこの国は出まいな?」
「それはもちろんです。」
即答すれば、国王夫妻は満足気。セバスも嬉しそう。俺としては公爵の身体に乗り移って間もないためにここにいる。という選択肢かないのが本音だ。
「して、魔操指だけでなく、傷の治療をしたとも聞いたのだが。」
「異国の医学書を見まして。実践したまでです。」
あらかじめ用意していた言葉を連ねると、3人の顔色が急に厳しくなった。
「今日の目的は、そこなのじゃ。」
「その説明には無理がありますわ。」
国王夫妻が言えば、
「坊ちゃま。先日、流行病で意識を失ってからお目覚めになってから。。ご様子が別人のように変わられましたね。」
セバスの言葉にドキッとしてしまう。別人のようにではなく、別人なのだから。
「ここに集うのは3人のみ。他言はせぬ。」
「正直にお話してくださいませ。」
「アルベルト様の御記憶だけなのですか?」
詰め寄る3人の様子から、ある程度の当りを付けられていると確信した。どう誤魔化しても納得はしてくれないのかもしれない。だが正直に言うにしろ、どう話せばいいのかさえ迷う。この事象に関して自分でも理解できていないのだから。
「坊ちゃま。我々も他言はしませんが、坊ちゃまもここで見聞きしたものは他言はなさらぬよう。」
「それはもちろんだろう。それをしてしまえば人払いの意味がない。」
俺の言葉を聞き、三人は目配せをして何かを決めた様子。
「坊ちゃま。わたくしめは、前世の記憶を持っております。」
突然のセバスの告白に目を見開く。
「赤ん坊で目覚めた際には既に前世の記憶があり、生まれ変わったのだと気づいておりました。」
セバスの独白は続く。
「そしてある時、大怪我を負い、3日間ほど目が覚めぬ事がありました。そして目が覚めると、もう一つの前世の記憶が蘇っていたのでございます。」
「・・・っっ!!!!だから、俺の様子を。。」
「はい。もしや私と同じ現象が坊ちゃまにも起こったのでは。と邪推いたしました。」
恭しく首を垂れるその姿は、いつも通りのセバスだ。
まさかセバスが2つの人生の記憶があるとは。。そんな素振り今まで垣間見せたことすらない。
「さて、坊ちゃまいかがですかな?」
「・・・少し。時間をくれ。」
もう一度この場を設けてくれなどとは言わないが、即答できる問題でもない。言葉通り、5分でもいいから考える時間をくれと言ったのだが。。
「私もセバスと同じ、前世の記憶持ちでな。。もちろん妻もである。」
「えぇ。私もですわ。」
と国王夫妻もまさかの告白。
これは。。腹を括るしかないか。。
「私の話を聞いてどうするつもりですか?」
これを聞かねば、答えることはできない。せめて口約束だけでもいいから、安全を確保したい。
「どうもこうもありませぬよ。我らは同士と話がしたいだけにございます。情報共有をして、万が一、身体に不具合が生じた際には助け合える体制を取っております。一人で抱え込むには人生は少々長いですからな。ですから坊ちゃまも心平らで過ごすために、打ち明けてはいただけませぬか?」
セバスの物言いは私の事を見抜いているということ。確かにこれから先、医者業をやろうとすると、魔操指と医師の件は伝えておけば後ろ盾は国王、日々のサポートはセバスに請け負ってもらえる。
「では、正直に申し上げますと、皆さまの想像通りですね。前世というのかは分かりかねます。死ぬ要素は一切なく、瞬きした次にはアルベルトの身体でしたから。」
まずは少しだけ情報を出そう。
「・・・まさか。転生でもないのか?」
「記憶持ちでもないとすると。。」
3人の中ではただ生まれ変わって、どこかのタイミングで前世を思い出した。という推測だったらしく、あーだこーだと議論を始めてしまった。
終わりそうにない。
「少し落ち着いてください。私の場合はこの世界の住人ではありませんから。」
『・・・・っ!!!!』
さらに3人に衝撃を与えたようで、ものすごい顔をされた。
「ここではない世界で、魔法もない世界でしたから、別の発展の仕方をしていました。そこで発達した医療を行う医師として働いており。。。手術中にこちらの世界に転移してしまったようです。」
3人の驚きっぷりがすごすぎて、もう少し見てみたいと、続きを話せば、さらに3人が固まる。
「特に、外科。と呼ばれる手術を主に行う医師をしていましたから、昨日のような怪我人の処置は慣れたものでしたが。。如何せん、道具がほとんど無い状態で、魔操指の能力に目覚め、テイムしたのがクモでしたから、糸を自在に操ることができ、ポーションもあったおかげで、あの人数の患者を捌き切ることができたのです。」
ここまで来ると、奇想天外さを受け入れることとしたのか、うんうんと頷きながら話を聞く3人。
「であるならばだな。その技術。今後も使えるか?」
「今後も使えるか。ではなく、許可いただけるならば、今後も使っていきたいのです。」
「それは我が国にとって大きな助けとなろう。。。。だが。もうこの国から出ることは許さぬぞ。」
嬉しそうに話したかと思ったら、急に威圧を込める国王。
「分かっております。こちらの世界に飛ばされた理由が分かりませんから、もしかするといつ向こうに戻るかも正直分かりません。ですが、この世界にいる以上、役目は果たします。」
力強く宣言する。告白してしまったからには、こちらの条件も出しながら交渉するほかない。
医師としてもやっていきたい。この気持ちが国王に受け入れられた安心で、少し気が緩んだ。
そのせいか、この後の国王の告白に思わず素が出てしまうことになろうとは。。
この時の俺は気付いていなかった。




