28.呼び出し前に
胸元で何かがごそごそと動く感触に目が覚める。明らかな寝不足と疲労にもう少しと思うものの、医者となってからのクセで起き上がる。救急が入ればこちらの都合はお構いなしにたたき起こされるのが常だった。
身体の軋む感覚と外傷によりあちこちが痛みつつ起こした体の横では、シャルルが気持ちよさそうに大の字で寝ていた。ブルーの姿を探せば、サイドテーブルに置いた彼専用の小さなバスケットの中で眠っている。
二人を起こさぬようにそっとベッドから抜け出すと、すでにセバスが朝の支度を済ませていた。
目覚めのハーブティに口をつけていると、
「王宮から昨日の件でこちらが。」
セバスから差し出された封書を検めると、王直々の呼び出しであった。
実際問題、悪魔やドラゴンなどのモンスターに襲撃されたのだ。当然と言えば当然の呼び出しだ。
事情聴取の状況によっては、何日か王宮から出ることを許されない可能性も含め、しばらくの屋敷の不在にも対応できるように対策を講じねばならない。
昨日の一戦により、幸いにも死者は出なかったものの、怪我人も多く、屋敷の警備体制を見直す必要もある。
まずは怪我人の状態を確認するため、ホールに向かう。
治癒薬の在庫は微量であり、全て使い切ったが、それがあったからこそ死者は出なかった。
回復薬も戦争への供出により、在庫が十分でなく、最低限の治療、主に内臓や腱など手術した部分に使っただけで在庫が切れた。表面の縫合部分や軽い骨折などは自然治癒を待つことになる。
だが、初めて使った治癒薬や回復薬だ。実際、傷が治っていく様子を目にしたとはいえ、安心できるものではない。ということで、経過観察の為、ほとんどの者をホールに収容したままだ。
「傷の具合を診せてくれ。」
皆も疲れ切っていたのだろう。まだまだ眠っている者も多い中、起きている者にそっと声をかけて、傷の状態を確かめつつ、ヨランダ様特製の傷薬を塗っていく。
「旦那様にこのような。。」
「気にするな。傷を治すことだけを考えろ。」
俺が包帯やガーゼの交換をするだけでも恐縮する騎士。あの状況で耐え抜いてくれただけでも、こちらとしては感謝しかない。この屋敷の者たちは文字通りに命を懸けてここを守ってくれたのだ。
俺はただ医者として培った技術を出しているだけに過ぎない。
数十人の患者(使用人)たちの傷を確認したが、悪化するようなことは無かった。むしろ昨日の今日でここまで治るか。というった様相。やはりこの世界の住人は元々の身体の作りが丈夫のようだ。
骨折者はもう少し様子見が必要だが、縫合の傷だけの者はもう自由にさせても問題ないだろう。抜糸まで塗る傷薬を渡しておくことにしよう。
セバスに入院の定義を軽く教え、しばらく療養が必要な患者と帰宅させても問題ない者とを分け、入院が必要な者たちは客間に移動させるように指示を出す。
それを聞いていた療養患者は大慌てで客間への移動を拒否してくるのだが。。
「いいか、療養に必要なのは身体を休める環境だ。このホールで簡易ベッドを使っていては、治るものも治らぬ。客間を使用するとはいえ、看護する侍女たちの事も考え、患者は数人単位で入ってもらう。これは命令だ。」
あまりにも恐縮して拒否る患者に、俺は威圧的に決定事項として伝えれば、渋々だが納得してくれたようだった。
出仕までにあまりにも時間がなく、朝食を摂りに食堂へ向かったが、動ける使用人たちの出入りは自由にし報告と指示をひっきりなしに行いながら朝食を腹に収めていく。
私邸警備隊長と庭師長(隠密)、さらに大魔導士ヨランダ様も到着した。
悪魔やらモンスターやらという異例の事態にヨランダ様の大魔導士としての見解は聞かねばならない。
「あの女は悪魔女王”ヘルクイーン”じゃった。」
ヨランダ様の一言に警備隊長が眉間に皺を寄せる。
「ヘルクイーンとは?」
一応、聞いたこともないので質問せねば。。
「魔王の右腕が牛魔王”デスブファロ”だとすると左腕が悪魔女王”ヘルクイーン”じゃ。」
その言葉に俺たちは絶句する。
「ちょ。ちょっと待ってくれ。それじゃ何か?魔王が復活したとでも言うのか?」
庭師長ゼぺトがガタンと椅子を倒して立ち上がる。
「そうとは限らぬ。我ら勇者パーティーが300年前、魔王を討伐した際に牛魔王は倒し息の根が止まったのを確認したが、同じく斃したはずのヘルクイーンはその死体が無くなっておった。てっきりヘルクイーンの臣下たちが持ち去ったと思っていたが。。」
ヨランダ様は唸りながら当時の事を話す。
「であるならば、その”ヘルクイーン”とやらが生きていたと?」
警備隊長もその身を乗り出す。
「いいや。。そうとも言えぬのじゃ。生きておったならばこの300年姿を見せなかったのは不自然である。だが、死体を保管してあれば復活には使える。輪廻はギャンブルと同じ。記憶を有せれるかも賭けであるし、脆弱な身体に生まれ変わることもあるが、元の身体があればそんなことにはならぬ。しかも魔王の左腕であった身体。我らが斃す瞬間に魂と身体に保管魔法でも使っておったならば記憶は持ち越せる。無い話ではなかろう。」
ヨランダ様の話はまるで物語の世界のようで。。。魔法力が少ないこの世界であるのに、魔族であれば、マンガのような術が使えるということなのだろう。公爵の情報量を持ってしても理解の範疇を越える話だ。
「じゃが、あの口ぶりからするに、コンラード家を見つけ戯れに遊んでいただけであろうな。ここを標的としたのもそれだけであろう。」
「ですが、再び襲ってこないとも限らないのでは?」
「そうじゃな。こちらとしてはワシも参戦してしまったし。。精霊たちがいることも知らしめてしまった。興味を持たねば良いのじゃが。」
ヨランダ様の声が沈めば、その場にいた全員も同じ気持ちだったのだろう。無言となった。
今回の事態で、ヨランダ様はオルティース公爵家の無事が確認されるまでは滞在することとなった。とはいえ、魔王軍の脅威など歴史上消えることは無いのだ。事実上、森へ帰る選択肢を失ったと言える。
まずは屋敷の安全確保が最優先事項として、この3人が指揮を執り、俺の不在の間の警備体制を敷いてくれることになった。
時間というのは限りあるもので、すぐに出仕の時刻がやってくる。
「・・・ではマーガレット。二人を頼んだぞ。」
彼女の怪我は手術と回復薬により、ほぼ完治しているが、念のために診察をして足首の不調が無いかを念入りに確認し、ブルーとシャルルを置いていく旨を伝え、隣に控える二人に視線を移す。
「良いか、もしもまた襲撃があれば、俺の指示を待たずともマーガレットを守れ!!」
「了解にゃ。」
「任せるぴよ。」
二人はいい返事を返してきた。というよりも。。。シャルルは何故かブーツを履き、腰にはおもちゃの剣を下げ、羽根つきの帽子まで被っている。リアル長靴をはいた猫だ。。彼曰く、「お姫様を守るのは騎士にゃ。」だそうだ。二人とも屋敷の皆に正体がバレたので、隠すのをやめたらしい。
まだまだ考えることが山積みであるにも関わらず、王宮に行かねばならぬ。後ろ髪を引かれる思いで、馬車に乗り込んだ。
俺が不在の間だけでもいいから、何も起きてくれるなと願うしかできないのがもどかしい。
「オルティース公爵ご参内~~~~!」
今日も謎の出仕報告をされながら、とりあえず統合司令官の部屋へと向かい、王の準備が整うまで待機となった。
一人になりため息をつく。今日は王からの呼び出しがあるという事は既に軍に伝えられているようで、部屋に部下たちが来る様子は無い。
「流石に医療技術を出したのは不味かったか?だが患者を前に手をこまねくこともできんしなぁ。」
「はぁ。アラクネノームの糸はすごかったな。仲間になってくれたのは助かるが。。精霊王か。。どのくらいの偉さなんだろうか。場合によっては扱いづらいな。」
「というか。。テイムの定義が知りたいなぁ。”可愛いなコイツ”くらいでテイムとなっては、屋敷が動物園になりかねん。」
うーんうーん。と悩みつつ、一人であることを良いことに公爵と田之上信二の狭間のような状態で唸ってしまう。
この身体も慣れてはきたが、いまいち公爵と田之上信二との境界線が見極められないでいる。
デリーを手術した時は完全に医師としての田之上信二が前面に出ていた。であるのに、昨日のホールでの治療は技術は医師のままだが、言葉遣いなどは公爵だった。
今は一人なのだから田之上信二が前面に出てもおかしくないのだが、中途半端な状態と言ったところだ。
リラックスや集中力の問題なのだろうか。。
そんな風に机に頬杖をついて悩んでいると、ふとポケットが動いた気がして、ジャケットを見る。
「ふぅっ。やっと出られたか。」
モゾリとポケットから出てきたのはアラクネノームだった。
「・・・?」
俺が目をぱちくりとしていれば、
「身体を潰して身を隠していると動きにくくてかなわぬな。」
ポンっと音でもしそうな感じでいつもより平たくなっていた身体がぷっくりと戻ると、俺に向かい合うようにして机に陣取る。
「さて主よ。わざわざ身を隠してまで主と二人きりになる時間を持ったわけであるが、理由はわかっておるであろうな?」
トントンと指先で机を叩き、俺を見上げるアラクネノーム。。。だがしかし。。
「・・・思い当たらないのですが?」
一応”精霊王”。丁寧に返す。
「・・・・。本当に気づいておらぬのか?鈍いとは聞いておったが。。ここまでとは。」
はぁっと残念そうに呆れていそうに、深ーいため息を付かれた。
「昨日は助かりました。あなたの糸が無ければ手術は成功しませんでした。治療に集中するあまり、礼も言わず失礼しました。」
昨日の今日で求められることと言えば、これくらいだと思うのだが。。目の前のアラクネノームにいたっては、前足の2本を器用に手のように持ち上げて、やれやれとさらにため息を付く。
前から思っていたが、シャルルもブルーもこのアラクネノームも。人間の仕草をまねるのが上手いな。
「主。。別事を考える余裕があるならば、肝心の部分を考えよ。」
「・・・・!!私の考えがやはり読めるのか?」
昨日もそうだったが、まるで心を見透かされたような感覚に驚きを隠せない。
「主の様子を見ていればおのずと分かる。」
「鉄面皮で表情が変わらないと有名なんですがね。」
「これでも精霊王と呼ばれておる。心の機微を悟るくらいはできる。表情に頼る人間とは違うでの。」
ほう。。すごいことを聞いた。察する力が長けているという事か。。まぁ心を読まれたわけでないのなら良しとしよう。。
「それで?本当に気づかぬのか?」
「えぇ。まぁ。」
もう一度やれやれと息をつかれた。
「我はまだ名をもらっておらぬ。」
少し不貞腐れたような声色と共に繰り出された本題に思わずクスッと笑ってしまう。”精霊王”なのに、名前を付けて欲しかっただけとは。
そんな俺の顔を見て、今度は少し怒ったように、
「そなたはテイマーとしての知識が無いのか?テイムした相手に名を付けることにより、絆が生まれる。絆が生まれると力が生まれる。力が生まれると能力を合わせられる。」
アラクネノームの話に思わず目を見開いた。
そんな効果があったとは。。そして詳しく話を聞けば、名を付けることにより主との能力の繋がりが強くなるそうだ。何体も同時にテイムできるテイマーは少ないが、もしもテイムすることができたならば、テイムされた者同士で力を補い合ったり、主の魔法力をもらう事も出来る。逆に主に力を送ることもできるそうだ。あくまでも使いこなせれば、の話ではあるが。
だが確かに実証済みだ。あの時、シャルルが”増幅”の力を使いブルーがそれを受け取ったと言っていた。そして名づけをしていないアラクネノームは”増幅”をもらっていない。
「そういうことだったか。」
やっと納得だ。であるならば、名づけはきちんとしないといけないし、何より早くしたい。。
そしてすぐに名が思い浮かんで来た。
「つけられる名に希望はあるか?」
「我にはないな。主が思い至った名の方が効力も早く出るものだ。何か無いか?」
細かい設定もあるようだ。ならば、今俺が思い浮かんでいる名がきっといいのだろう。
「アラクネノームの能力を発した時の色がとても美しくて。。私の知る遠い国に似た色の美しい宝石があるんだ。その名を”ヒスイ”という。どうだろうか?」
「ヒスイか。。美しい響きであるな。気に入った。」
「では、今日からヒスイと呼ぼうか。。いや、精霊王なのだからヒスイ様。。か?」
「そのように畏まるな。我はシャルルがいたあの森の精霊王なだけである。大したことはない。それよりも今はそなたが主である。我もシャルルとブルーのように気安くしてほしいぞ。」
「”我”とか言ってる人に気安くできるでしょうか。。」
「既に態度が軽くなってきたがな。」
アラクネノーム”ヒスイ”はそう言って苦笑しながらも嬉しそうに笑った。
そして真面目な顔になる。
「して、主よ。そなたの能力であるが。。。国王にはどう説明するつもりだ?」
「・・・どうとは?この国での医者の技術とは少し違っているが。。医者というほかないだろう。」
「そうではない。我に人間の”医者”がどういうものか分からぬが、そなたの”魔操指”の能力は人間としては珍しいであろう?我が感ずるにあの時能力が覚醒したかに見えたが?」
「・・・っっ!!!!」
またもヒスイからとんでもない話をされた。。。ブルーもシャルルもヒスイも。俺の想像を遥かに超えた話をしてくる。。それも俺の知らない俺の話を。。
俺は驚きに目を見開きつつも確認をしなければならない。
「なぁヒスイ。。なぜ私が”魔操指”の能力を開花させたと?」
「使い魔契約つまりはテイマーがテイムした者の能力を使えるのは説明したな。我の主となれば当然”糸”も使える。だがそれはあくまで概ね。という事である。主はあの時、糸を自在に手にして自在に変化させ自在に硬化させた。我も短くはない時を生きてきたが、アラクネノームが自分の能力として使ったとしてもあのようにはできるものはいなかった。」
ヒスイは中間の足に前足を乗せて器用に頬杖をつきながら話を進める。
「だが、君が言ったんだ。私が念じれば糸を操作できると。。。」
「それはそう念ずることによりある程度は期待に添えるかも知れぬ。という意味であった。あれほどまで自在に操るなど思ってもおらぬ。しかも無駄が一切無かった。言ったであろう?我の生命力を具現化した糸であると。あれほどの大人数に使用しても我には痛くも痒くもない程度の魔力の減少で済んだ。我が自らの能力で使っておったら、しばらくは魔力不足で寝込んでおっただろうな。あのように生命力を具現化させた糸を触れることができるのは”魔操指”の能力者以外におらぬであろうな。」
「こうなると。。。マズイな。」
俺は言葉を失う。外科手術もこの世界にはまだあるかどうかすら怪しい技術。それをいかんなく発揮してしまった。それだけでも言い訳をどうしようか焦っていたというのに。。その上に”魔操指”などという眉唾伝説級の能力を持ってしまったとしたら。。確か国へ報告義務があったはずだ。。
俺としてはこの世界に来ただけで手一杯なのだ。マンガやなんかじゃ、チート能力を持つこともあるようだが。。
実際問題そんな能力いらん。平穏に過ごしていきたいんだ。何を好き好んで表に出させられるんだ?
こんな能力を持ったらなんだかんだ出征要請が来るはずだ。そもそも軍の要人だしな。さらに声がかかるだろう。だが、俺はこの世界に来たばかりで、愛着も何もない国を命がけで守ろうとも思えないんだ。
絶賛困惑中の俺にヒスイからさらなる一言が投下される。
「我が見てきた能力者たちは悲惨であった。国に捕まり実験体になった者やら、戦争に駆り出される者、魔王討伐戦に行かされた者もおったなぁ。ま、我の見た能力者たちは寿命を全うできなかったようだが、主は何とか国王との謁見を乗り切れ。我らの主となったばかりというに、早々に死なれてはかなわんからな。」
割とあっさりと生死を話すヒスイの言葉に、こちらは絶句しかない。
俺だって死にたくない。叶うならば日本に帰りたいんだよっ。。
さっきの「マズイ」発言より、現状はもっとマズイ状況であると発覚したところで、
コンコン。
国王の準備ができたと迎えが来てしまった。。。
「主よ。健闘を祈る。」
ヒスイの激励を後ろに聞きながら、俺の心は項垂れて、謁見の間へと歩みを進めるのだった。




