27.治療
悪魔のような美女がドラゴンをはじめとするモンスターや獣たちを回収すると、ようやく静けさが戻ってきた。
「アル殿ーーーーーっ!!!」
門側からは馬に跨り魔杖を手にしたヨランダ様と、その後ろから満身創痍の護衛騎士達。
「おばあちゃーん。」
研究棟側からデリーに連れられて、ミミとトトの姉弟が。
「旦那様ーーーーーっ!!!」
時計塔からは庭番たち。
「閣下。御無事で何よりです。。ですが、これは。。」
俺の副官であるデリーは破壊された庭やコンラード家の愚息たちを目にして何が起きたのかが理解しきれないでいた。
軽く襲撃内容を伝え、
「屋敷内にアナベルたちが拘束されている。頼めるか?」
ティードが捨てた無残に破かれた制服の一部を指させば、一瞬にしてアナベルに起きた事態を把握したようで、デリーは侍女たちの救出に向かった。
子供たちはといえば、デリーが軍の医務室用にヨランダ様に作ってもらった医薬品を取りに研究棟に来たところで襲撃に気付き、二人で留守番をしていた子供たちを研究棟地下のシェルターに避難させていたようだ。
本来ならばそのまま戦いに参戦するつもりだったようだが、弟トトが自分も行くと言って聞かず、宥めているうちに戦いが終息したようだった。
「デリーさんが戦うのはダメだって言うから。。来れなくてごめんなさい。」
「これ、今できてたの全部持ってきた。」
トトは泣きながら謝り、姉ミミはバスケットの蓋を開ける。中には回復薬と治癒薬が入っていた。
「助かります。」
セバスはそう言うと徐に治癒薬を取り出し、マーガレットへと。。
「待てっ!!!」
俺はその手を慌てて止める。
「なぜですか?奥様の怪我を。。」
セバスは憤慨し俺の手を振り払う。
「良いか、マーガレットの傷は酷いが命に別状はないんだ。この状況から、命の危険があるものから治療すべきだ。」
「しかし、旦那様と奥様の。。」
「黙れセバス。主は私だ。私の決定に従ってもらう!!」
俺は自分でも驚くほどに冷たくそして強く言い放った。この世界の階級制度から言えばセバスが正しい。がしかし、医者である俺からすれば命に貴賤などないのだ。
「トリアージを行う。怪我人の状態を確認することが最優先だ。動ける者は全員怪我人の収容にあたれっ!!」
力強く言い放てば、身体に染みついた主従関係に異論する者はおらず、持ち場に走っていく。
まぁ、初めて聞くであろう”トリアージ”という単語には一瞬戸惑ったようだが、怪我人を助けるという目的は理解してくれたようで何よりだ。
数名の庭番に、未だ気を失っているコンラード家の双子を牢に入れるように指示を出し、俺は門へと急ぐ。あの場所が一番戦いが激しく、ヨランダ様からも怪我人の多さを聞いていた。命の危険があるような重体者は運ぶわけにもいかない。
「・・・・何という事だ。」
救急救命の経験がある俺でも絶句する。
まるで戦場だった。手足がもげるほどの傷を負ったもの。はらわたがむき出しになっている者。頭部から顔面にかけて酷い裂傷を負った者。傷は剣もあるが明らかに獣によるものも多い。
とにかく酷い惨状だった。
それでも俺が止まることは許されない。今この場で正しくトリアージを行う事が全員を助けることにつながる。そしてそれができるのはこの場で俺だけだ。
日本であれば手の施しようがない黒タグをつける対象者。だがこの世界には治癒薬がある。
「治癒薬をっ!!」
「痛むだろうが、少し我慢してくれ。後遺症が残らぬように処置してからでなければ回復薬を使ってやれぬ。」
「もう一本こっちにも治癒薬だっ!」
倒れる騎士や使用人たちの間を走りながら声をかけ一刻の猶予もない者から治癒薬を使っていく。
瓶の中身が少しでも余ればと思うのだが、重体者には1本でも物足りない。だが命の危険が脱することはできる。数が圧倒的足りていない状況では、傷がまだ開いていようとそこで止めるほかない。
「まだ傷が。。」
治癒薬を使っても残る傷に、仲間たちは困惑をしている。その気持ちは分かるがこれが緊急事態が起きた場合のトリアージなのだ。心を鬼にせねば。。その点、この公爵の身体はいい。罪悪感が全く湧いてこない。これが戦場を潜り抜けてきた男の感情なのだろう。非情にならねば戦場では生き残れない。
「この人数では。。。ダンスホールを臨時の医療施設とする。簡易ベッドを運び込み、怪我人を収容だ。お前は、ミミを連れて研究棟に行け。彼女の指示に従い医療器具をホールに持ってこい。」
「ミミ、先日教えた私の応急セットを持ってくるんだ。」
「はい。アル兄さまのバッグだけじゃ足りなさそうだから、持てるだけ持って行きます。」
「流石、気が付くな。いい子だ。」
俺が期待したミミの機転の良さはやはり流石で、こういった時には助かる。
「あと3本。」
治癒薬はあと3本にまで減った。ここにいる重体者はあと2名。1本は残るが。。。負傷者の中に、頭蓋内出血の所見がある者がいる。CTもレントゲンもない状況では確定診断はできないが、手術もできない。となれば最後の1本はこの者に使うべきだろう。
「だっ旦那様っ!!それが最後の一本にございますっ!!何故っ。」
今度はセバスだけでなく、周りの者たちもざわついた。そりゃそうだろう。明らかな外傷がない状態の怪我人。余程開放骨折をしている騎士の方が重症度が高く見える。
それでも。
「血は出ていないが、脳内に傷を負っているのだ。このまま放置すれば数時間で死亡する。」
『・・・・っ!!!!」』
全員が目を見開き驚きに固まった。
そりゃそうだろう。そんな概念すら知らないだろうから。
「とにかく今は、私を信じてくれ。」
それだけを言うと、キュポンと小気味いい音を立てて抜けたコルク栓を捨てて治癒薬を使う。
液体がかかった頭からは治癒薬が作用した時に放つ淡い光が現れた。
「まさか。。本当に傷があったのか。。」
誰かの呟きに皆も一様に頷いていた。こうして効果が目に見えるというのは正直有り難い。この見落としそうな淡い光でも、あるのとないのとでは大きく違って来る。俺としても効果があったのだろうと判断する材料になる。
そして重体者への治癒薬投与が終わるころ、他の怪我人たちはダンスホールに移動が終わったようだった。
通常であれば煌びやかな舞踏会が行われるホールが今は野戦病院と化し、優美な音楽では無く、無数の呻き声が響いている。
「ヨランダ様。これから先日のように手術を行っていきます。」
「ふむ。光はこれで良いか?」
ポケットから無造作に魔石を取り出すと、それを床にたたきつけて割り、トンと魔杖で床を叩くと、彼女から放たれた力で粉々になった魔石は宙に舞い、それぞれから光が放たれた。
「割れた魔石は数時間は光を纏い空を漂い、力を失うと消滅する。落ちてくることは無いでな。安心せい。」
「想像以上です。ありがとうございます。」
宙に舞った魔石の数は無数となり、それぞれからの光。無影灯以上の効果だ。
感心する横では、既にヨランダ様が調薬を始めた。麻酔がわりの毒薬と化膿止め薬を作り始めてくれた。
「私、お手伝いします。」
「ミミ?大丈夫か?」
「うん。こないだデリーさんの治療見てたから。」
「よし。気分が悪くなったりしたら無理はせずに。。いいな?」
「うん。」
「では私も。」
ミミが助手をかって出たところで、門衛のネイサンが名乗りを上げた。確か出身の村では獣による被害が多く、怪我人の手当てに慣れていると聞いたことがある。
「では、始めます。」
まずは大腿骨の解放骨折を負った騎士だ。出血も酷く輸血ができない状況で重症者の中ではこの者からとなる。
「血管の損傷が酷いか。。」
使い慣れた日本の器具もなく、やれることは少ないが、止血だけでも必要だ。
(・・・・ん?)
そこでようやく違和感に気付いた。。。どうして血管まで鮮明に見えているのかを。。公爵の身体がサージカルルーペ並みの視力があったとは思えない。。
(どういうことだ?)
周りに目線を移してみる。ホールを見渡す。いつも通りに見えている。奥の患者は?
(・・・・っ!!!!)
そこで気付く。まるでズーム機能のように見えるのだ。そしてすぐさま手元に目線を切り替える。
普通に傷口が見える。先ほどまでの血管は見えない。。
(先ほどのように。。。)
すると意のままに拡大されていき。。。血管・・いや神経などまで見えるようになる。異常な視力だ。。
だが、医療器具が足りない状況でこの視力は助かる。。
しかし、別の問題に気付く。。せっかく血管や神経まで見えるようになったのはいいが、手元にあるのはただの糸。いくら細い糸を集めたとはいえ、あくまで裁縫用。血管や神経を縫うのにはあまりに太い。
「我の糸を使え。」
耳元で聞こえた声に身体がびくりと反応し、肩を見れば、いつの間にかアラクネノームがいた。
「俺の心が読めるのか?」
「そなたがその糸を見て考えこんでおれば、馬鹿でも気付くであろう?」
「そうか。。では聞くんだが、どこまで細く出せる?」
期待はできないが、クモの糸だ。強度は先ほどのドラゴン捕獲で立証済み。もしも細くできたならば。。。
「どこまででも。主が望めば、糸はそれに応えるであろう。」
「・・・本当かっ!!!」
「この状況で嘘をつくわけが無かろう。」
もっともな回答に納得するが、今度は針の問題にぶち当たる。
「とはいえ、針が無いな。」
「念じろ。さすれば先端が硬化する。形も自在になるであろう。」
「・・・本当かっ!!!」
「だから嘘をつく必要がないであろうと言うに。」
はぁっと呆れたようなため息をつくアラクネノーム。。確かにそうか。精霊王とか呼ばれているからな。
妙に納得して、目を瞑り大きく深呼吸を一つ。俺が手術を始める前に集中力を高めるルーティンだ。
「よし。」
自分に言い聞かせるように頷いて、手元に集中する。
ガーゼや器具を示せばミミとネイサンはテキパキと動いてくれるようになっていた。
入り込んだ砂利やつぶれた肉片を取り除き、骨の固定は。。固定するピンもない。。
が、アラクネノームの言葉を思い出す。
「硬化と自在な形か。。アラクネノーム質問をいいか?」
「うむ。」
「硬化させた糸を身体の中に残した場合だが。。」
「取り除く必要はない。我の糸は生命力。そやつの身体にそのうち取り込まれるであろう。」
なんという有能資材。。現代日本でもこれほどのスペックのものは無かった。。
というわけで、なんとなく一つ目の手術が終わった。。しかも普段の数倍の早さで。
拡大鏡だと視界が狭いのだが、なんといっても裸眼。そして倍率は好きなように瞬時に変えられる。
こんなにもラクな事はなかった。
「ふぅっ。。君の糸はすごいな。」
「主の能力あってこそである。」
「生命力を使うと言っていたが。。まだいけるか?」
「ここにいる者を救う気なのであろう?それくらいは容易い。」
「助かる。」
アラクネノームと短い会話を行い、今度こそマーガレットを診ることにした。
「マーガレット。待たせてしまってすまない。」
青い顔をしたマーガレットは簡易ベッドではなく、運び込まれた客間用のベッドに寝かされてた。公爵家の正妻というのは別格の扱いだ。
(私は最後で良いです。皆様を先に。)
差し出されたメモはあらかじめ用意してあったのだろう。だが、傷が痛んで握りしめたようで、クシャリとしわになっていた。
「先ほど私が言った”トリアージ”という言葉を覚えているか?あれは怪我人の程度を見極めることを言う。貴賤に関係なく、重度の者から助けるためだ。だから次は君の番なんだ。」
俺の言葉に返すことが無くなってしまったのか俯いてしまった。
「怖いかも知れないが、ヨランダ様の薬で痛みはない。君は知らないかも知れないが、俺はこういう傷は何度も手術してきた。だから信じてくれ。必ず治すから。」
そっと頭を撫でると彼女は小さく頷いた。
ヨランダ様の薬には難点がある。
それは全身麻酔でないということ。雰囲気を見ている限り、日本の局部麻酔よりもずっと麻痺が強く、本当に何も感じないようなのだが。。。如何せん音は聞こえる。もちろん目も見えている。思考力はくっきりはっきりだ。
なので、精神状態が半端なくヤバい。。気丈な騎士達でも自分の治療の過程に目を覆う者がいる。
それをマーガレットが今から経験するのだ。。
「奥様。失礼しますね。」
ふとミミがスカーフを取り出しマーガレットに目隠しをした。
「どこから。。」
「あのお人形から拝借してきました。ダメでしたか?」
彼女が指差した先にはクマのぬいぐるみ。いつもマーガレットの部屋に置いてある飾りだ。きっと不安がるマーガレットの為に部屋から持ってきたのだろう。そういえばクマの首元にスカーフが巻いてあった気がする。
「怖くないか?」
俺の問いにマーガレットが戸惑いながら頷く。とりあえず視覚だけでもなくなったのはいいが。。音だけというのも次に何をされるのかという恐怖があるだろう。
「・・・マーガレット、今、傷口を洗っているからな。」
「今度は血を止める処置をするからな。」
カチャカチャと器具を扱う音すら極力鳴らさぬよう気を付け、できる限り話しかけながら進める。
案の定アキレス腱は斬られていた。他の重傷者から治療していたため、時間が経っており、断裂した腱の縫合には時間と手間がかかる。通常であれば。。。だが今は変幻自在な視力がある。これだけでもかなり助かる。
「痛くはないか?」
「まずは大きい傷を繋げようか。」
「順調だからな?心配するな。」
とにかく話しかけねばと思うのだが。。医療用語は使えないし、日本の話題とかもっと使えない。手術の過程を分かりやすくさらに怖がらせないように説明。。とか無理だし。。
中途半端に”公爵”が邪魔をして、人懐こくて人気者の”田之上信二”が出てこない。。
手術の内容でなく、会話の内容に苦慮するとは。。田之上信二時代の真逆の悩みを抱えつつ。。。
おおかたの処置が終わりあとは縫合か。。
そして少し思案する。ここで回復薬を使えば、今しがた縫合した腱や血管は治るのではないだろうか。。先ほどの開放骨折の騎士の際には気付かなかったが。。もしかするとだ。
マーガレットを実験体に使うのは気が引けるが。。。
「なぁマーガレット。。。あとは傷口を塞ぐだけなんだが。。」
そう言って、近くにいた騎士にマーガレットのスカーフを取らせる。
急に視界が明るくなり顔を顰める彼女からは足元が視えぬように布で隠しながら、
「君の傷はアキレス腱という足首を動かす筋が切れていた。もちろん無事に傷を繋げたから後遺症も少ないだろう。それでも歩く練習をしたりする辛い日々が半年から1年かかると思う。」
俺の説明に彼女は動揺が隠し切れない。
「それで。。これは俺の我儘だ。君を実験体にすることになるからな。。。今は傷はまだ塞いでない。俺から見えるのは、君の足の中がまだ見えている。この時点で回復薬を使いたい。。上手くいけばすぐに回復するはずだ。。だがあくまでも机上の空論なんだ。。回復薬が表面上の傷にしか効かなければやはり1年近くは君に辛い思いをさせることになる。」
すると彼女は手元の紙に、
(旦那様の思うようになさってください。。足が動かなくなってしまったと思ってました。歩けるようになるかもしれないだけで私は幸運なのです。ありがとうございます。)
その言葉に俺が救われる。
目を瞑り深呼吸。
「よし。」
いつも通りにルーティンをこなし、回復薬を垂らした。
目を凝らし回復薬の効果を目に焼き付ける。
淡い光が現れ、縫合した腱が修復されていく。。徐々に縫合に使われた糸も消えていく。。アラクネノームの言った通りだ。
そして開いた傷はそのままに、回復薬が垂らされた内部の傷は治った。
「これはひょっとすると。。。」
俺の頭の中には希望の光が差し込んでいた。俺の医者としての腕と回復薬があれば、治癒薬にも引けを取らない治療ができるのではないかと。。。
「ありがとうマーガレット。君の勇気が成功につながった。。。無事に中の傷は治ったよ。。最後にまだ開いている傷も治そう。」
そう言って、表面の縫合を終えて、もう一度回復薬を垂らせば、傷口も残さぬようにきれいに塞がっていった。
「マーガレット。足を動かせるか?」
あまりの嬉しさにマーガレットを見るが。。首は横に振られる。
「・・・え?」
成功したと思ったのに。。。崖から突き落とされたような感覚に襲われる。何がいけなかった?どこを間違えた?いや。。そもそも。。。
「毒が効いたままにゃ。」
「痺れてうごけないっぴ。」
ぴょんとマーガレットの横にシャルルが乗り、その上にブルーが飛んで来た。
「・・・・ぁ。」
そこでようやく麻酔がまだ効いていることに気付いた。。普段と違い過ぎて麻酔の存在を忘れるとは。。恥ずかしすぎる。
「そ、そうだったな。。痺れは数時間続くから。。それが治まったら今度こそ歩いてみようか?」
頬を掻いて苦笑しながら彼女を見れば嬉しそうに微笑して頷いてくれた。
「・・・綺麗だ。。」
あまりの美しい笑みに見惚れてしまった。
「自分の奥さんにゃ。」
シャルルのツッコミに心の声が出てしまっていたことに気付いた。。慌てて口を覆うが後のまつり。。
マーガレットは顔を真っ赤にして。周りの人間は生暖かい笑みを。。。そして俺が見ると慌てて目線を逸らす。。逸らされた方が恥ずかしいから。。
「で、では。。他の者たちの手当てに行って来る。」
恥ずかしさを隠すように、鉄面皮に戻して治療に向かった。
そうして数十名にも及ぶ負傷者の手当ては無事に終了した。
ホッと胸を撫で下ろすことができたのは、夜が白む頃だったが、一晩でこれだけの人数の手術が終えられたのは奇跡だっただろう。。アラクネノームの能力なしにはできなかった。
その時の俺は必死で疲労困憊で考えが及んでいなかった。
この世界に無い”医療行為”を行ったことがどういう影響を及ぼすのか。。
拡大鏡も無しに手術が行えたのがどいうことだったのか。。。
翌朝、王からの呼び出しに慌てふためくことになるのだった。。。




