24.襲撃
今日も賑やかな朝食の席なのだが、副官デリーはいない。
あの二人の初デートからしばらく経ったが、デリーが顔を見せることはなかった。
というのも、少々面倒な仕事を志願して出張中だからだ。勝手な憶測だがアナベルに合わせる顔が無く無理やり出張をぶち込んだと思われる。
マーガレットの後ろに控えるアナベルも心なしか寂しさが滲み出てしまっているように感じる。もちろん優秀な公爵家の侍女。それを表に出さぬように振る舞ってはいるのだが、俺としてはそう見えてしまう。
「アル殿。」
「・・・はい。」
アナベルに気を取られていると、ヨランダ様から声がかかった。
「今日は市場へと行こうと思っておるのじゃが、良いかの?」
ヨランダ様の話によると、傷薬や飲み薬など、公爵家が戦争時に領地に送って減ってしまっていた在庫分は既に完成させ、補充したとのこと。回復薬や治癒薬は、薬品を熟成させたり成分の抽出等にどうしても時間がかかる行程があるため、完成はもう数日先になるらしい。ということで、手の空いたこの数日を使って、王都にいくつかある市場を見て回りたいというのだ。
もちろんOKだ。約束していた件だからな。だが初めての王都。
「護衛はどうしますか?荷物持ちとしても使えますから数人つかせましょう。」
「公爵家の護衛騎士たちを付けてもらうほどの事でもないがの。荷物を持ってもらえるのはありがたい。あとは、シャルルを借りても良いか?薬草には鼻が利くでのぉ。」
「・・・猫ですが?」
俺は表向きのシャルルの事を言った。ヨランダ様がどこまで知っているのか分からないからだ。それに。。ケットシーとはいえ、犬ではない。いや、妖精猫族だから草には詳しいのか?俺の心の声が聞こえたかのように、
「シャルルは森で育った。同じ薬草でも善し悪しが分かるのじゃ。」
「にゃう!!」
ヨランダ様とそれに返事をしたシャルル。二人と素早く視線を交わせば、目だけで頷きが返ってくる。
彼女もシャルルの種族を知ってのことだと理解した。
そうして2日が経った。
「・・・ヨランダ様?」
俺はこの2日間の護衛からの報告を受け、離れの研究棟に様子を見に来た。
「・・・少々買い過ぎたかの。」
薬剤室に向かった俺の前にはバツが悪そうなヨランダ様と山積みになったあれこれ。。薬草はもちろん食材やら薬品やら器具やら。。
俺の想像の軽く3倍は買い込んできた。。机の上だけでは足りず、紙袋が足元も埋めている。
「・・・これ、必要ですか?」
「”おたま”は必需品じゃろう?」
「それは分かりますが、このデザイン。」
「ま、まぁ。見た目が美しい方がやる気もでるというものじゃ。」
俺が指摘した”おたま”。もちろん使う薬品ごとに使い分ける必要もあるからいくつあっても良いとは思うが、あらかじめ棟を建てた時点でもレードルは多く用意してあったし、家人に言えばすぐに手配もできる消耗品なのだが。。。ヨランダ様が買ってきた”おたま”はいわゆる料理で使う一般的な形で、さらに持ち手に宝石をはじめとする装飾が。。絶対、普段使えない。。
「このおろし金も?すり鉢も?」
「予備も必要じゃて。」
そう言ってシレっと目線を外すヨランダ様。。そう、それにも過度な装飾が施されていたのだ。
どこの趣味の悪い貴族用だよ。。俺は髪を掻き上げながらため息をつく。
「まぁそれよりも、流石は王都じゃな。質が良い物が手に入った。」
彼女はサラっと話題を変え、薬品や薬草を指し示した。
「もちろんですが、こういったものには使用期限があるでしょう?使い切れますか?」
俺は腕を組んで、睥睨するようにヨランダ様を見下ろす。
「アル殿が実験したいと言っておったではないか。。足らずが出ぬようにじゃな。」
もうしどろもどろだ。。
まぁいいか。素の彼女が分かったことは良かったと思おう。かなり高い物も買ってきたようだが、我が公爵家からすれば僅かな散財だし高名な大魔導士からの指導料と思えば釣りがくる。
「ヨランダ様は、お買い物がお好きなのですかね?」
「そっそんなことは。。」
「早々に白状しておいた方が、後々ラクかと?」
誤魔化そうとしてくる彼女にひと際低い声で”黒闇の公爵”仕事モードを発動すれば、ぶるっと一震えしたヨランダ様。
「勇者パーティーとして凱旋してからは有り余る金を手に入れたのじゃが、顔が売れてしまって、買い物ひとつにも民衆の目があり、好きな物も買えずにな。」
少し項垂れて昔話をするヨランダ様にこちらもお涙頂戴劇に持って行かれるところだったが、そこは公爵だ。そう易々とは折れない。
「それでパーッと使ってみたかったと?」
「まぁ。平たく言えば、そういう事になるのう。」
あっさりとは公爵が折れないことで、気まずそうに笑って頬を掻くヨランダ様。
「ならば、これを。王都内であればこの印章である程度の物までは購入できます。」
オルティース公爵家使用人用の出納印。これがあれば、市井での買い物はツケで支払いができるという優れもの。もちろん印章ごとに番号が振られており相手方とこちらの伝票に割り印として使用するため、偽造はできず、使用者も判別できるのだ。
「・・・良いのか?」
ゴクリと唾を呑む音が聞こえそうなほど前のめりになった彼女。
「当然ですが、明細は私の元に来ますからね?」
「分かっておる。」
まるで小遣いをもらった子供みたいにキラキラした目を向けられた。。。が、この二日で購入してきた請求書はエグイ金額だ。日本なら高級車が買えるほどだからな。。護衛じゃなく、散財のストッパーとなる従者は必ずつけるようにしよう。。
そして今日も出かけるという。。まぁいいか。シャルルも外に出ることができて楽しそうにしているし。。
とりあえず夕方にはデリーも戻る予定だ。俺は午後から半休のため、彼が戻り軍への報告を済ませたら、公爵家へ来るように命じておいた。流石にアナベルとのことは放置できない。強引でも顔を合わせるきっかけを作ってやらねばならないだろう。どういう結果にするのかは、当人たち次第だ。
「マーガレット。寒くはないか?」
午後のそよ風。俺には心地いいが彼女には毒かもしれない。侍女に羽織るものを持ってくるように指示を出しつつ、
「君のショールが届くまでだ。暫く我慢してくれ。」
と俺の上着を羽織らせ、近くのベンチに腰を下ろす。
最近では、これくらいのスキンシップならば、彼女がビクついたりすることは無くなってきた。
少しずつ俺に慣れてくれるのが嬉しくてたまらない。
こうして時間が取れた日は、マーガレットを連れて庭を散策するようになっていた。
定番は四阿で休憩がてら茶を飲むのだが、彼女がどこでも休めるように、色々なタイプのベンチも増設した。庭師長ゼペトからは、ベンチの種類によっては死角が増えるため少々渋られたが、俺としてはマーガレット第一だ。彼女が安らぐことが重要なのだ。材質やデザインも様々な物を取り寄せ、彼女の好みを調査中だ。
「アナベルにしては遅いな。。。先に四阿に行って茶を飲むか?早く温まる方が良いだろう。」
そう言ってアナベルが置いて行ったバスケットを手に取る。
(私は温かいですが、旦那様が心配です。ここで淹れましょうか?)
筆談が返ってくる。
「私は平気だ。それに茶は私が淹れよう。こう見えても茶くらい淹れられる。」
そう言ってポットを取り出しているとマーガレットがびっくりして目をまんまるくしている。大きな瞳が零れ落ちてしまいそうだ。
「驚くようなことでもあるまい?私は軍人で前線にも行くからな。そうだ。茶だけでなく、簡単な料理もできるぞ?トトたちには好評だった。」
(お料理もですか?何をおつくりに?)
「フレンチトーストと唐揚げだ。」
つい普通に答えたが、何せ日本の料理だ。マーガレットに分かるはずもなく首を傾げている。
「すまぬ。庶民料理でな。パンに溶いた卵などを含ませて焼いたものがフレンチトースト。鳥の肉に粉を付けて油で揚げたのが唐揚げだ。」
(申し訳ございません。想像もつかないです。どんなお味なのでしょう。。)
「ふむ。。フレンチトーストならば甘いしおやつ程度にはちょうどいいだろう。。トトもまた食べたいと言っていたしな。。あとで作ろうか?」
(本当ですか。食べてみたいです。・・・・)
俺の提案に嬉しそうにペンを走らせていた彼女だったが、急にペン先が止まる。まだ何か書きそうな雰囲気であったのに。
「どうした?遠慮なく話せばいい。」
(・・・。私にも作れそうでしたら。。。教えていただきたいと。。)
「なんだ。そんなことであったか。無論問題ない。マーガレットに料理の経験があれば、難しいことはない。」
(実家で簡単な料理はしていましたので、難しくなければ大丈夫かと。)
躊躇いがちに書いた文に俺は訝しむ。
「なぁマーガレット。嫌なことかも知れぬが、聞いても良いか?」
少し含みを持たせれば、聡い彼女はすぐに気づいたようで、躊躇いがちに頷いた。
「君は冷遇されていたとはいえ、伯爵家令嬢だ。なぜ料理を?」
(使用人の皆の食事を。。。作っておりました。)
はぁ。。。俺は深いため息をつく。料理をしていたと聞いた瞬間に、まさかとは思ったのだが。。。
「賄いを作っていたのであれば、何故あのようにやせ細っていた?味見という理由ででも食べることができただろう?私はてっきり部屋から出ることもできず、運ばれた食事以外、口にすることができなかったのだと。」
(旦那様はうちの現状はお調べ済みでございますよね?)
「もちろんだ。だが、君の事は伯爵から聞くだけしか情報がないのだ。教えてはもらえないか?」
(はい。。お恥ずかしながら、実家の内情は火の車でしたのに、父も母も妹も、生活の質を落とすことはできず、使用人も最低限に減らしました。そうなれば使用人たちの負担は増えますから、人手となれる私は手伝いをしておりました。髪色の事がありますから、人目に付かない場所の手伝いなら問題ありません。ですから厨房の片隅で使用人の皆さまの賄いを作ったり、洗濯や繕い物をしたり。)
「待ってくれ。。それは。。手伝いの範囲を超えているだろう。」
(いえ。お洗濯を干すのは庭に出なくてはなりませんから、できませんし、草ひきもお庭ですからできませんでした。。家の中でできる僅かな事しか手伝えませんでした。)
既に頭が痛い俺とは裏腹に、マーガレットとしては手伝えなかったことがあることに申し訳なさを感じている様子。
(ですから、一番ラクをしている私は皆様が食事を終えた後に残り物を頂いておりました。)
「・・・残り物だと?いつも残るわけでもないだろう?無い時はどうしてた?」
(はい。使用人の食費はギリギリまで減らされておりましたから、質よりも量をと作るのですが、上手くいかない時もありまして。私が至らぬせいで、皆様のお腹を満たせない時もございました。それは私の失態ですから、私が何かを頂くわけにはまいりません。)
「・・・では、そう言った日は食事抜きということだな?」
コクリと頷きがかえってくれば、俺が奥歯を噛みこんだことに彼女の顔色が変わる。
(旦那様。私の采配が至らぬ結果ですから。。食事も2,3日抜いたって死ぬことは無いのですから平気です。)
彼女は相当慌てたのだろう。言葉を選ばず発した内容はさらに俺の怒りを買う。だが、それを表に出せばマーガレットを怖がらせてしまうことになる。
俺は平静を装って、もう少し話を聞きだせば、当初伯爵が白状した暴力の虐待だけでは無かった。
食事に関しては、話に上がった通り、使用人たちを優先して食うや食わず。
風呂に関しても使用人たちが入った後に掃除がてら入るのだが、湯が残っていない時もあり、水を浴びる日も少なくなかったようだ。
そして学校もいったこともないマーガレットだったが、本の知識だけでも相当に賢く、帳簿付けから、領地の運営なども遊び歩いている伯爵に代わり、執事ベンと共にやりくりしてきたのだという。
執事ベンと屋根裏部屋で執務を行う事もあったようで、仕事とはいえ長い時間を二人で過ごし、体調を心配しこっそりと菓子を差し入れてくれたりするベンに淡い好意を寄せるのは当然と言えば当然なのかもしれない。
「それなのに、私は。。あれほど酷いことを。。悔やんでも悔やみきれぬし。。謝っても許されることではすまなかった。あの日のことは本当にすまなかった。最低な事をした。」
もちろんあの日の事だけではないが、執事ベンを巻き込んだことは悔やまれる。
(もう済んだことです。。今は大切にしてくださってます。)
下を向くマーガレットはそう言うと、羽織っている俺のジャケットの襟元をキュッと握った。
そんな彼女を思わず抱きしめる。きっと嫌だろうが、どうしても我慢できなかった。
「すまなかった。マーガレット。。これからは大切にすると誓う。君が苦労しないようにするから。」
彼女の頭に顔を埋めながら懺悔を口にする。公爵のやったこととは言っても、罪悪感は俺に重くのしかかってくるのだ。。
そんな中で、俺の。いや公爵の身体が警鐘を鳴らした。片手は条件反射で瞬時に剣の柄を握っていた。
マーガレットを腕に抱いたまま周囲を素早く確認すれば、彼女も俺の行動に気付き不安な顔をした。
「マーガレット。侵入者かもしれぬ。私から離れてはならぬぞ。」
彼女を抱く腕につい力が籠る。マーガレットもコクコクと頷いて俺に縋るように身を寄せてきた。
「敵襲!!!敵襲っーーー!!!」
門番が叫ぶ声が静かな庭園にまで響いた。次の瞬間には。。
ドッゴォォォーン
爆発音と共に黒煙が馬車寄辺りに鳴り響く。
「戦争でもする気かっ。」
難攻不落の公爵家の敷地内に攻撃を許すなど過去に一度もない。想像だにしない事態に冷静さを欠きそうになるが、そこは公爵の頭脳。今までの”黒闇の公爵”としての経験が事態の把握を最優先に思考させてくれる。
腕の中では恐怖に震えだしたマーガレット。。彼女を腕に抱いたままでこの状況を打破できるのかだけが唯一の気掛かりとなっていた。