23.予兆
俺がテイマーであるなどという、またも実感の沸かない話は置いておこう。そうなると、シャルルとブルーは”従魔”とでもいうのだろうか?可愛らしい彼らを使役するなど考えられない。今まで通り”家族”と思っておこう。
それよりも俺の副官であるデリーがマーガレットの侍女アナベルを好いていそうという問題の方が、気になって仕方ない。日本人であった頃でも、それほど人の色恋に興味があったわけではないが、こちらに来てから軍人の仕事が立て込み物騒な話ばかりだったためか、このようなほっこりとする話題にホッとする。
「・・・ということだ。お前たちの護衛は。。。」
俺は早速、庭師たちの詰め所に来て、翌日に迫ったデリーとアナベルの”デート”尾行任務を詰めていた。
「了解しました。丁度、そのカフェを監視できそうな建物を知っておりますので、そちらを手配できないか確認するとともに、二人がテラス席を選ぶよう店員に手を打っておきましょう。」
庭師長の提案に大きく頷けば、庭師たちも各々の任務を了解したようだ。
これで明日のデリーとアナベルのデート内容は詳細に分かるだろう。
と窓に目を向けると朝日が昇ろうとしているところだった。その窓枠の片隅に何やら黒いシルエット。
「・・・ん?」
目を凝らしたが逆光で良く見えないが、一度気になってしまえば、余計に気になるのが心情。
すると俺の目線に気が付いた庭師長ゼペトが窓を開けた。
「クモか。。」
と彼が摘まみ上げたのは。。。
いや。日本人からするとクモじゃない。。。
そうその体躯は。。。タランチュラに近い。いやいや。それよりも丸っこく、色も黄緑と水色のパステルカラー。
「すぐに処分してまいります。」
と言うゼペトに対して、
「ちょっと待て。」
思わず止めに入った。
害虫に区分されるようなクモなのだろうか。。
「何か悪さをする虫か?」
「いえ?ただのクモですね。。」
「なぜ処分する。」
「図体がデカいですから、目立つでしょう?今でも旦那様の視界に入ったわけですし。庭にでも出て女性に見つかれば阿鼻叫喚ですよ。ですから、滅多に見かけませんが、見つけたら処分ですね。」
ゼペトにとっては何でもない事のようだ。
だが。。
「今回は見逃せ。悪さをしないのであれば問題ない。体色も木陰に入れば気付かれにくいだろう?むしろクモは害虫を食べてくれる。そっとしておけ。」
「・・・・はい。」
納得してはいなさそうなゼペトの手からクモを奪う。
机に乗せてじっと観察する。
体色はパステルカラーの黄緑で、8個の目が同じくパステルカラーの水色。
身体はふわふわの毛で覆われており、タランチュラよりも丸っこくて手足も短め。ずんぐりむっくりよりも丸いフォルムなのだ。
どちらかというと可愛らしい印象を受けた。大人しいし、しかもクモ。もしもその糸を使う事ができれば。。確か相当な強度になるはずだ。
「お前を飼えればなぁ。」
クモの背中を撫でながらふと呟く。意外と毛並みが滑らかで気持ちがいい。癖になって撫でていると。。
「・・・旦那さま?」
ゼペトの声の後ろには少しヒキ気味の庭師たち。
「案外触り心地はいいぞ。」
といつも通り無表情で言いながら、手を離して窓の外へとクモを逃がしつつ。強引に話題をもう一度明日の件へと戻して。。。
とりあえず何事も無かったように話を終えて、仕事に向かうために朝の支度をする為、部屋へと戻った。
ブルーとシャルルに話をすれば、自分たちが偵察に行けないことにがっくりと肩を落としつつ、クモの話になると、
「妖精蜘蛛族かにゃ?」
「うんうん。その色なら、虫のクモじゃない気がするぴよ。」
「テイムしておくべきだったにゃ。」
「うんうん。」
と二人が残念そうな顔をする。
「妖精蜘蛛族を初めて聞いたんだが。。」
二人にかかると、俺の知らない事ばかりが羅列されるので困る。
そして聞く。
”妖精なんちゃら族”となるのは、妖精の加護を受けた種族。寿命も長くなり、知性もつく個体が多くなるそう。もちろん妖精の加護を受ければ、森の中での能力がUP。各々の元となる種族の能力もUPするだろうとのこと。森のような自然に囲まれた場所の方が身体的にも落ち着くし、能力もいかんなく発揮できるという。
そうなると心配になるのはシャルルの身体だ。妖精たちの住む森から、王都に連れて来てしまったのだから。。都会に連れてきたことで、不調でも出ていたらと考えると。。
「主様。変なこと考えてるにゃ?俺はここに来ても元気いっぱいだにゃ。」
両手を腰に当て、仁王立ちのポーズを決めるシャルルだが、俺としては不安を拭いされない。
「・・・だが。。」
「主様のお屋敷は自然に囲まれてるにゃ。こーんな大きなお庭があるにゃ。充分にゃ。」
「うんうん。これだけお庭が大きいと安心ぴよ。欲を言えば、もう少し手を抜いてもいいっぴよ。」
二人の慰めに、もう少し深堀すると、植物の種類がもう少しほしいそうだ。徹底した管理の下で、雑草とかいないのが寂しいらしい。
が、裏庭があるので、それはそれ。ということだ。
「ゼペトに裏庭はもっと手を抜くように言っておこう。」
俺の言葉に二人は大喜びしていた。俺としても彼らが喜ぶ姿を見て嬉しい。裏庭の全面は無理にしろ、一部は手づかずを作っても良いかもしれない。二人の健康が一番だ。
そして翌日はやってくる。
俺はとある一室にマーガレットとシャルル、ブルーと共に隠れていた。
「・・・これは。。正解なのか?」
辺りを人物も含めて見回せば、困惑気味のマーガレットと、興奮状態だがマーガレットの手前、動物として振る舞わなければと窮屈そうな二人。部屋には本の匂いが満ちて。。。
そう。ここは王立図書館の中。司書長室なのだ。。
ゼペトは何を思ったのか、俺の名を出してこの部屋を一日借りる許可を得た。。
どういったのか謎だが。。想像はつく。
統合司令官である公爵。当然任務の詳細など言えない張り込み。。そんな感じだろう。
地位でも爵位でも全く及ばない男爵位の司書長。。あっさり明け渡したとみえる。
そうとは知らないマーガレットは何が起きたのやら。。ゼペトが気を利かせて連れてきたが、彼女は外に出ることが初めてで、緊張で固まっている。髪色の事も市井の事も行動の全てに恐ろしさを感じているのかもしれない。
現に、屋敷を出てからずっと嫌いであろう私の服をギュッと握り続けているのだ。
「マーガレット大丈夫か?私に触れるのに躊躇うかも知れないが、そうやって服を握っていては疲れるだろう?私が手を握っても良いのだぞ?君が良いと言うまでは何があろうと離さずにいられる。」
言った傍から、マーガレットは急いで俺の手を取り、あからさまにホッ息を吐いた。。相当緊張していたのだろう。
俺とマーガレットとシャルルとブルーが見守る中。。訂正だ。見えないところで我が家の庭師たちが隠密行動で見守っている。なか、アナベルとデリーがカフェにやって来た。
マーガレットの手に力が入り、私も握り直しておいた。
手配通りテラス席に陣取った二人は、目的のモンブランを注文し、いい雰囲気でケーキに舌鼓を打っている。
他愛のない話をしつつも、かなりいい雰囲気だった。
カフェでの二人を見て、マーガレットもアナベルの幸せが近いと期待したようだ。
私もそう思ったのだが。。
「なんだと?どういうことだっ。」
サロンでお茶を飲みながら、ゼペトから本日の報告をもらっていたのだが、予期せぬ事態に陥ったようだ。。
まさかの帰り際に事件は起きた。
「アナベル殿には幸せになっていただきたい。私は軍人としてほどほどの地位にいます。軍は独身者も多いですから、不躾ではありますが。。。アナベル殿に相応しい者を見つけてくることも可能です。」
最後の最後にデリーがそんなことを言ったというのだ。。
「それでアナベルは?」
「はい。。。5秒ほど動きを止め。。そして、大丈夫です。自分で探します。それに今は。。。お慕いする方がいるのです。。とてもそのようなことを考えはできません。。と言って、俺達でも見たことないほどに項垂れておりました。」
日々距離が小さくなっていく二人だったのに。。。まるで別れ話のようで。。。初デートはどんよりとした空気で終わったのだそうだ。。。
「納得できんな。」
俺の独り言に、アナベルもシャルルもブルーも全力で首を縦に振り、俺の言葉に同意を示してきた。
「デリーは分かりやすい。あいつはやせ我慢だろう。。どうせ年の離れていることに負い目を感じて、身を引こうとか思ったのだろう。」
(アナベルだって同じです。好きな方ができたなど聞いた事がございません。)
という事で、二人にはやはり嘘は似合わない。と、俺たちで少し見守りつつ、二人をくっつけることにした。
一応、二人には内密に。という事にしてあるが、万が一バレても問題はない。むしろ本人に直接聞いてきたら。。と言いたいところなのだ。。
頭を抱えていると、こつんと窓に何やら当たった音。。まるでブルーを拾った時のようだ。。
恐る恐る窓を開けたが、そこに置かれていたのは、小さなハンカチ。
ハンカチと呼ぶのもどうかと思う。この世界にも基準はあり、明らかに小さい。近しい布なら小さいタオルハンカチのサイズといったところだろう。そんなものはこちらの世界に来てからみたことがない。
しかしその布は。。透ける程薄いのに、引っ張ってもびくともしない強靭さがあるのだ。。
すぐにピンときた。。こないだのクモが作ったのだろうと。。
「やはりここに来てもらいたいな。。」
俺は独り言を零す。
そんな俺の傍に二人はやって来た。マーガレットが座っている椅子からでは聞こえなかっただろう。
「あいつらは気まぐれすぎる種族にゃ。。」
「テイムならできるかもだけど、仲間にはならないっぴ。」
二人の中では何かあるのだろうか。やたら競争しているように思う。
もちろん俺たちの会話が聞かれるのは、今はまだ恥ずかしい。。。
こうして俺はクモを友として迎え入りたいと真剣に考えてしまうのだった。