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21.研究棟


 生き生きとした初めてのマーガレットに浮かれた時計塔見物も、魔女排斥の教会を見てしまい、一転暗い雰囲気となってしまって、何となく気まずく戻ってきた。


 だが、お姫様抱っこしたマーガレットを連れてヨランダ様と子供たちと合流すれば、

「仲睦まじいようで良いのぉ。」

 というちょっとニヤついたヨランダ様のからかいにマーガレットが顔を伏せてしまう。彼女はどういう思いなのだろうとちょっと気になりつつも、

「少し足をぶつけてしまいましてね。」

 と俺も言い訳みたいに素知らぬふり。



 研究棟に着くと、真っ先に診療室へと向かった。

「ここはこうして怪我や病気を診る部屋なのだ。そして、こちららで、処置が必要な者を診る。」

 彼女を抱えたまま診察室をさらっと見てから、処置室に行き、ベッドにそっと座らせる。


「薬を塗ろうか。」

 彼女に応急的に巻いたチーフを外し、傷口を改めて診る。大したことはないが、先ほどより腫れている。

 戸棚から軟膏を取り出し、傷口に塗りつつ、後ろに声をかける。

「ヨランダ様。ここを冷やしたいのですが、氷は出せますか?」

「ふむ。容易いが。過保護じゃのう。。して、氷では溶けて薬が流れてしまうのではないか?」

 と的確な回答。そういえばこの世界ではビニール袋が無い。代案を出せずにいると、


「ホアフロストという術があっての、単独で使うと霜がつくだけであるが、媒介があればそれを冷やすことができるぞ。ここの庭園の池に生えておるジュンナの葉は中身がゼリー状でな。傷を冷やすのであれば、あれが良い。わしも旅をしておった頃には良く使っておった。」

 ヨランダ様の言葉で、デリーが外に走った。俺としてはヨランダ様の博識に頭が下がる。


 息も切らさず戻ってきたデリーの手にはジュンナの葉が数枚。だが、池の中ほどまで入らねばならなかった為に、ずぶ濡れだ。


「デリー。すまないな。」

「閣下とマーガレット様の為ですから。」

 当人は何も気にしていない様子。まぁ任務となれば、着衣のまま潜水する場面も珍しくはない。本人が良いといっているのだから、気にすることもないか。と甘えておく。


 ヨランダ様の術は美しく無駄が無かった。瞬間で葉に霜が付き真っ白になっていく。それであってガチガチに凍るわけでなくゼリー状を保ち、脛にピッタリと添ってくれた。

 

 マーガレットは痛みを我慢していたのだろう。ジュンナの葉を巻き付けるとひんやりとした感覚にホッと息を吐き、気持ちよさそうにしていた。大事なくて本当に良かった。


 処置が済めば、マーガレットも自分の足で俺たちと共に歩き出した。


「そしてこの奥が”手術室”だ。大掛かりな処置が必要な患者はこちらを使う。とまぁ、ここまでは私が使用したいスペースだな。。ではヨランダ様が主に使用される調剤室と研究室へ行きましょうか。」

 

 通りすがりにある休憩室なども覗きながら研究室へと到着した。

 

「これは。。。立派な。。。」

 ヨランダ様が声を詰まらせた。


 それもそうだろう。。俺も使うのだ。。公爵の財力に甘えて、つい力を入れてしまった。

 片側一面の壁に設えた棚には、びっしりと薬草や薬品の瓶が並び、もう片側の棚には、必要であろう機材・器具が並ぶ。とはいえこの世界にあった物だけだ。ゆくゆくはオーダーで日本で使っていた器具類も揃えるつもりだ。

「これほどの品を集めるには。。相当な金がかかったであろう?」

「一応この国の筆頭貴族である公爵家ですからね。これくらいは容易いです。」

 こういう時の為にドヤ顔ってあるのだろうな。と思うくらい自慢気に言ってしまった。その上自分の功績でもない。人の褌で何とやらだ。


「驚くのはまだ早いです。こちらをどうぞ。」

 そう言いながらもドヤ顔は健在だ。何せこれから見せるものにも自信があるからな。


 勿体付けるように鍵を取り出し、棚の下部にある扉を開けると、さらに鍵付きの引き出し。

 なぜにそれほど厳重であるかと言えば。。


「・・・ちょ。。。これは。。。魔石ではありませんかっ!!」

 王宮務めのデリーですら驚愕の声を上げた。


 そう、引き出しの中にはびっしりと大きさや色も選び放題と言っても良いほどの魔石が並ぶのだ。

 それも戸棚の引き出し全部に。。

 引き出し一つ分でも、小さな家が買えるくらいだ。


「デリーもまだまだだな。こちらは加工済みの魔石だからな。」

 と訂正も忘れない。原石である魔石ももちろん高価だが、加工済みの魔石はさらに高価なのだ。それが引き出し2つ分ある。


 ヨランダ様はまるで宝物を前にした子供みたいに目を輝かせ、

「本当にここを使っても良いのか?」

 と俺に期待の眼差しを送ってくる。

「もちろんです。ですが、私に講義してくださるという交換条件はお忘れなく。」

「そんなことでは返しきれぬほどの研究室じゃ。。」

「喜んでいただけたようで、何よりですが、防護万全の地下室も使いたい放題ですからね。それと、地下の薬品室にはまだ在庫がありますから。存分にお使い下さい。」

 そう伝えると、ヨランダ様は少女のように顔を綻ばせて喜んだ。そんな姿に俺も嬉しい。俺も制限なく使い放題の研究室ができて嬉しい。そこに世界随一の先生付きなのだ。この出会いに感謝せねば。


「というわけで、戦争は終わったがヨランダ様にはもう少しここに滞在して欲しい。君たちも良いかな?」

 と姉弟を見れば、

「はいっ。」

「やったー。」

 と姉ミミと弟トトはぴょんぴょん飛び跳ね喜びを体中で表現してくれた。



 2階の寝室なども確認してもらうと、それぞれに個室があるのが、姉弟には相当嬉しかった様子。

 内装もメイドたちに任せたが当人たちの趣味にも合っていたようだ。

 

「あの。。ご主人様。。」

「どうした?ミミ。」

 姉のミミが、スカートを握りしめて何やら困っている様子。


「あの。。できることは少ないかもしれませんが。。お仕事を頂きたいのと。。ちゃんとお返しするので、少しだけお金を貸してはいただけませんか?」

 そういって顔を上げると、相当緊張しているようで、気の毒なほど目が潤みきっていた。

 

「ミミ?どうした。何か欲しいものでもあったか?ならばセバスかメイドに言えば良いぞ。」

「・・・えっと。。私たち森で自給自足できていたので、あまりお金を持っていないんです。。恥ずかしい話、こちらで生活する食材を買うにも。。たぶん足りないかと。。」

 ぽつり。。顔を伏せた彼女からしずくが落ちた。


 俺は自室があった方がのびのびできるかと思い、研究棟に彼女らの私室を作ったのだが、それがまさか、こちらに追いやって自分たちで生活しろと勘違いさせてしまったとは。。


 溜息をつきながら髪をかき上げ、ミミの前に屈み目線を同じくする。

「なぁミミ。私の都合でこちらに来てもらったのだ。まさか君たちに独立して生活しろなど、言うはずがないだろう?私は表情が乏しく目つきがキツイ。さらには威圧感を与える話し方だ。君たちには怖いと印象を与えただろうが、そういう人間なのだと気にしないでくれると助かる。それから、私は”ご主人様”でもない。・・・そうだな。年の離れた兄とでも思ってくれ。だからむしろ子供らしく甘えてねだってくれた方が嬉しいぞ。」

 ミミとトトの頭をポンポンと優しく撫でれば、


「じゃ。じゃあさ。。アルベルトお兄さんって呼んでもいいの?」

 と弟トトは無邪気に聞いてきた。

「アルベルトだと長くないか?しかも、その名で呼ぶと街に遊びに行った際には私が貴族であるとすぐにバレて仰々しくなるぞ?」

 俺が片まゆをあげれば、

「えっと。それは困る。。僕、お貴族様にはなれないもん。。」

 トトは口をとがらせて拗ねる。この子は本当に喜怒哀楽が分りやすくて子供らしい。このままのびやかに育ってほしい。


「アルでいいぞ?」

「じゃ。アルお兄ちゃんはどう?」

「いい呼び名だな。」

 くしゃりと頭を撫でれば、俺の手に自分の手を重ねて「へへっ。」と嬉しそうにトトは笑った。


「皆もそれでいいな?」

 後ろに控えるセバスに目配せすれば、そっと頷きを返した。これで屋敷の者たちにも伝わるだろう。失礼な子供と捉えられることも無くなる。

「では、ワシもアル殿と呼ぶこととしよう。」

「お願いします。」

 ヨランダ様も了承してくれた。



「さてと。。だが、ミミにはまだ遠慮が見えるな。。ここは一つ大人の本気を見せておこうか。セバス、アナベルが戻ったら、この子たちの衣装を一式揃えるように伝えよ。普段着るものから、森に入っても問題ない活動的な服、それからマーガレットと共に楽しめるようにドレス類も忘れるな。うーむ。そうなると、私とマーガレットとこの子たちで揃いで作るのも面白いか。。せっかく”兄”と呼んでくれるのだからな。。それから。。。」

 次から次へと浮かぶアイデアをセバスに伝える。俺も一人っ子だったから、兄などと呼ばれて浮かれているのは確かだ。俺に妹や弟がいたのなら、こうしてめいっぱい甘やかし倒していただろう。


 あまりの量の多さに姉弟があわあわとし始め、首をブンブンと振りながら暴走気味の俺を止めようとしてくる。

「私としてはまだ序盤なのだが。。マーガレットはどう思う?」

 と振ってみた。

(私もこの子たちがとても可愛く思います。すごく良いと思います。)

 サラサラと書かれたメモを姉弟に見せる。

「ほら、彼女もこう言っている。問題ない。」

 これで二人が納得してくれるかと思ったのだが。。二人は一生懸命にメモを見て、解読に必死だ。


「ヨランダ様。この子たちの読み書きは?」

「ふむ。絵本の活字は問題ないが、マーガレット殿のように貴族女性が美しさから好んで使う筆記体は馴染みがないのでな。」

 

 そこでふと思いついた。学校もいいが、ここにどれほどの期間いてくれるのかもわからない現状では入学は時期尚早だろう。だが勉強をしておいて悪いことなど一つもない。


「君たちは勉強には興味ないか?」

 突然、話題が変わって子供たちはきょとんと首を傾げた。

「えっと。考えたこともないので。。」

「絵本とか図鑑はおうちにあったよ?」

「・・・そうか。。」

 二人は勉強として向き合ったことがないから嫌いにもなっていない様子。


「マーガレット。。こっちに。」

 彼女の手を引いて、皆から少し離れる。


「ゆくゆく、あの子たちがここに長く居てくれるならば学校という選択肢もあると思うのだが、今の現状ではそれは時期尚早であろうと思うのだ。」

 彼女もこくりと賛同。

「それでだ。。君さえよければ、あの子たちに勉強を教えてやってはくれないだろうか?」

「・・・・っ!!!」

 俺の一言にマーガレットは目を丸くして、その次にはのどに手を当て首を横に振る。


「あぁ。君の声が出ないことは重々承知している。だが、君の知識が官吏並みであることも把握している。読み書きを覚えるのに、筆談はかえっていいかもしれないし、アナベルも側にいる。遊びの延長程度で構わないのだ。考えてくれないか?」

 こそこそと話してみるが、マーガレットが困惑しているのは分かる。


 しかし。。

(一度、二人と過ごしてみてからお返事してもよろしいですか?)

 筆談で返ってきたのは前向きな言葉だった。

「あぁ。もちろんだ。気の合う合わないもあるだろうからな。」

 コクンと彼女が頷いたのを見て、皆の元に戻る。


「ミミ。トト。マーガレットは体調が優れない日もあるし、声も出せない。だが本の知識に関しては王宮官吏クラスと言ってもいいほどなのだ。字も。。筆記体を見たことがないから分らないと思うが、手習いの先生よりも綺麗なのだぞ。だからもし分らないことがあれば、彼女に聞いてみるのもいいと思う。もちろん私とて勉学はまあまあできるほうだ。気になることがあればいつでも聞いてくれ。」

 そこまで言って、ハッと思い出す。。ここが異世界だったことに。。マズイ。もしも俺の知らない一般常識とかあったら恥をかくかもしれない。。だが前言撤回するのも大人げない。。まぁ小学生か中学生程度だろうから、俺でも答えられると思っておこう。



 そんなことをしていれば、あっという間に午前は過ぎる。


 ヨランダ様からは揃えられた薬品や薬草以外にも欲しいものがあるということで、市場へ買い物に行くことを許可をした。普通に食材などで売られている物の中にも、組み合わせることにより薬効をもたらす品もあるそうだ。

 地下室での物騒な実験案については子供には刺激も強いだろうし、流石に聞かせられない魔法などもあることから、後日、改めて時間をとることとなった。こっちの方が俺としては面白そうだ。

 だが、小さくとも戦争の名残はあるもので、戦争の為に国境領へと放出し、僅かとなった備蓄の回復薬や治癒薬などをヨランダ様が作ってくれることとなり、しばらくは調剤室が忙しくなりそうだ。

 

 今日は午前中だけで、ギュッと予定を凝縮してしまった。楽しみにしていた時計塔も行けたし、気になっていた研究棟のお披露目も出来たので、良かったと言えばそうなのだが。。

 少しばかり燃え尽き症候群だ。。。


 はぁぁ。。午後からは何事もなく平穏に仕事が終わってくれよ。。

 晴れやかな空を見上げながら、俺は出勤用の馬車に乗り込むのだった。



 一方その頃、庭園では。。


「なぁ。主様さぁ。完全に俺らの存在、忘れてたにゃ。」

「ねね様、溺愛っぴ。あんな擦り傷、舐めたら治るっぴよ。」

 猫と小鳥は綺麗に剪定された植え込みに隠れながらいじけていた。


「そういや、お前の足。なんで無くなったにゃ?グリフォン族とはいえ、フェニックスの血を引いてるなら、治せたにゃ?」

 猫シャルルの問いに、ブルーは語る。


「普段は、もう少し北の森で暮らしてたぴよ。それまでも時々、大きな魔力は感じてたぴよ。でも魔王の復活じゃないし、すぐに治まってたから、気にしなかったぴよ。それが、主様に拾ってもらうちょっと前に、ものすごく感じたぴよ。。ゾワッってしたぴよ。。普通の魔力じゃなかったぴよ。。」

 その時を思い出したのか、ブルーは羽根で自分を包みながら話す。


「それで、魔力を見に来たぴよ。僕だってちょっとくらいは神獣の力を使えるぴよ。。だから役に立つかもって。。そうしたら、このお屋敷の近くで空間のひずみを見つけったぴ。。真っ黒で恨みとか恐怖とか憎しみも怒りも不安も悲観も。。これでもかってくらいの負の感情でどす黒かったぴよ。。僕が見つけた時には人の指くらいの穴だったから、魔物とかも通れない大きさだったぴよ。でもこれから閉じるのか広がるのかも分からなくて。。。少しだけでも閉じるようにって、近づいたぴよ。。そうしたら、思ってたよりも魔力が濃厚で。。近づいただけで弾かれて、それだけで大怪我したぴよ。。もちろん、僕だって危ないのはわかってたから、防御もしてたし、穴をふさぐための力も溜めてたっぴ。。だからそれくらいの怪我で済んだぴよ。。」

 項垂れるブルーの肩に手を乗せ、シャルルが問う。

「じゃ、何もしなかったら”即死”って感じだにゃ?」

「うん。たぶん。。」

「だから、怪我も回復ができなかったんだにゃ?」

「そうぴよ。。それで、このお屋敷から出てきた馬車に、あったかい光を感じて。。必死に追いかけて。。そうして主様に出会えたっぴ。。」

 アルベルトと出会えた件に来るとようやくブルーの顔色も戻ってきた。


「ホントラッキーだったにゃ。。」

「本当にそうぴよ。。主様を見つけてなかったら野垂れ死んでたぴよぉ。」

「そうにゃ。。俺も主様が通りがかってくれなかったら、トトが殺されてたにゃ。」

「え?そこんところ、もっと詳しく聞きたいっぴ。」


 そんなこんなで、アルベルトこと田之上信二こと”主様”の話が弾む一匹と一羽なのであった。




 

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