20.時計塔
「・・・ぅ~ん。。」
腕の中がぽかぽかと温かく幸せな気分だ。。
「・・・まーがれっとぉ。。。」
微睡みの中で愛しい人の名を呼ぶと。。。
「違うにゃ。」
「寝ぼけてるぴよ。」
ペシペシと胸を叩かれてようやく目覚める。
「あぁ。君たちだったか。。おはよう。」
「おはようにゃ。」「おはようぴよ。」
二人から可愛らしい挨拶を受けて今後の対応を話し合う。
とりあえず、ブルーに関しては鳥かごは要らないだろう。形だけは残しておく予定だが、ほぼ使わないと思われる。
そしてシャルルは、猫だと思っていたので、俺の部屋に幼児用のソファーとブランケットという寝床を用意していただけだが、とりあえずはそれでいいようだ。
「でも、ねね様の部屋だけは窮屈ぴよ~。主様の権限でどこでも自由がいいぴよ~。」
「あっ。そういう事なら俺もにゃ。ちゃーんとここには帰ってくるにゃ。嫌だと言われても戻ってくるにゃ。もうこの家は俺の家にゃ。」
ブルーは可愛くお願いする系で、シャルルはドヤる系か。。何となく性格を把握してきた。まあ、元来動物好きの俺としてはどちらも可愛くてしょうがないが。
「もちろん、ここはもう君たちの家だ。家族になったのだから、屋敷のどこでも危ないこと以外は自由に過ごしてくれて構わない。だが、ブルーは足を欠損してるだろう?屋敷の敷地内であれば安心だが、外に出るのは心配だ。」
ふわふわとモフモフを撫でながら二人を見れば、
「なんでお前は足を治さないにゃ?縛りプレイなのか?」
とシャルルが不思議そうにブルーを見ると、ブルーはブルーで気まずそうに眼を逸らした。
・・・ん?
どういう事だろうか。。まさか。。
「普通の”鳥”って主様が思ってたから。。。足を戻すタイミングを無くしてたぴよぉ。」
思った通りの答えに、
「ということは。。足は戻せるのか?」
目を丸くした俺を見て、シャルルが呆れたように笑う。
「本当にフェニックスの血を引いてるなら、それくらい当たり前にゃ。もちろん俺もできるにゃ。」
「・・・マジか。」
驚きで思わず田之上信二が出てしまった。。が、そんな口調の変化は二人は気付かず、ブルーは俺の出方を窺っている。
「まぁ、治せるなら、治そう。生活しにくいだろう?今まで気付かずに不便をかけたな?」
「いいぴよ?」
「もちろん。」
「嬉しいぴよぉ。」
とブルーがぴょんと飛び跳ねると、ぴょこっと足が生えた。。。まるでアニメを見ているようだ。
「でも、マーガレットになんで説明するにゃ?普通の鳥だと思ってるなら驚くにゃ。」
「マーガレット様を呼び捨てにしちゃダメぴよ。”ねね様”って呼ぶぴよ。」
「なんで”ねね様”にゃ?主様じゃないから何でもいいにゃ。」
「ダメぴよぉ。主様の大切な人ぴよ。それに綺麗な女の人の事は”ねね様”て呼ぶって昔に教えてもらったぴよ。」
二人の掛け合いは楽しい。こちらが入る余地が無いくらいに軽快に進んでいく。
が、聞きたいことは聞いておこう。
「なぁ昔に聞いたとは人間にか?」
「もちろんぴよぉ。300年くらい前?綺麗な魔法使いの人間が教えてくれたぴよ。でも、人間と一緒には暮らさないから、ねね様って呼んだのは、その人だけだったぴよ。今はマーガレット様がいるから、”ねね様”って呼ぶぴよ。」
誇らしげにブルーが説明してくれたのだが、
「・・・300年前?・・・長生きなんだな。」
幼鳥だと思っていたのに、桁違いの年数が出てきたために、思考が追い付かない。
「長生き?だってフェニックスぴよ。。生まれ変わるぴよ。」
不思議顔のブルーだが、俺の方が不思議がりたい。。生まれ変わるんだ。。記憶有して。。
やはり異世界はぶっ飛んでいるな。と再認識。だが、異世界だからなんでもありか。とも納得してしまう。
ということで、まぁなんでもありの世界なので、そういうものと受け入れ、ブルーの足は人間用の治癒薬がものすごく良く効いて治ったのだと誤魔化すことにした。
そして二人からの要望は活動範囲だけでなく、食事にも及んだ。
普通の猫と鳥じゃないから、人間の食べ物で問題ない。というかそれがいいのだと。動物のフリしてずっと我慢していたらしい。可愛そうなことをした。
そうして朝食の場に向かうと、そこには既にマーガレット・デリー・ヨランダ様と子供たちが揃っていた。
マーガレットの顔色が少し戻ったようで少し安心した。
「おはよう。私を待たずとも、食事を始めて構わなかったが。。」
水のグラスだけが置かれたテーブルになんだか申し訳なくなる。一人暮らしが長く、病院でも各々空いた時間に食事を摂るスタイルだったので、誰かを待つという習慣がほぼない。あるとしたら飲み会の席くらいだった。なので、好きに食べてくれても気にならないのだ。
フルフルと首を振るマーガレット。
「閣下をお待ちするのは当然です。」
「無論であるな。」
と言う副官デリーとそれに同意するヨランダ様。
そこで何か言うのも無粋といもの。話を長引かせるより育ち盛りの子供たちの腹を満たしてやりたい。セバスに目配せすれば、すぐに配膳が始まる。
俺の席の隣に椅子を持ってこさせた。
「さて、まずは皆に一つ報告だ。」
その一言に、朝食を始めた皆に緊張感が走った気がする。
「そんな大層な話ではないから、そのままで。」
と皆の食事を促しながら、
「ブルー。シャルル。おいで。」
と一羽と一匹を呼ぶ。ブルーを背中に乗せたシャルルが打ち合わせ通りにぴょんと椅子に飛び乗った。ちなみに、シャルルはブーツは履いてない。流石に何も知らない皆に”長靴をはいた猫”は刺激が強いだろうからな。
「昨晩はマーガレットの体調が良くなかった為に、ブルーも私の部屋ですごしたのだが。。。あぁ。それよりも、この猫の名は”シャルル”にした。」
と前置きをしつつ、ブルーの足が治ったこと。二人はとても賢い上に、気が合うので、屋敷の中では放し飼いで自由にさせること。食事も人間の料理が食べられることを説明した。
マーガレットもデリーも目を丸くしていたが、ヨランダ様と子供たちは頷いていた。大魔導士であるから、シャルルの種族を知っていたのかもしれない。
「それと、三日後に休みが取れる。離れに建設していた研究棟も完成したようだし、マーガレットと約束していた時計塔の件は、その日に時間を取ろうか。」
俺の一言に皆の顔がぱっと明るくなった。待ちに待っていたようだ。
そんな穏やかな朝食も終わろうとしていたところで、
「旦那様。。王宮から急ぎの書簡が。。」
と従者から差し出された封書。封緘は王宮官吏のものだ。何かあったのかと眉間に皺が寄る。
デリーもすぐに険しい目つきに代わり仕事モードになった。
緊急を要する可能性も含め、セバスのペーパーカッターを待たずに乱雑に封を開け中身を確認する。
「・・・・。」
瞬間で読み終えた俺は無言のままデリーに便箋を渡した。
「・・・・。」
デリーも同じ反応になった。。。
その様子を見て、堪らずセバスが声をかけてくる。
「旦那様。急ぎお支度を整えますか?」
「逆だ。逆。」
「・・・はい?」
どういう意味か理解できないセバスは戸惑い気味だ。
「陛下とオーウェン殿下がまた”意見の相違”という名の兄弟喧嘩をしたようだ。しかも今回は派手にな。。そのため午前の会議は中止となった。午後からの出仕で良いそうだ。」
そう言って、セバスにも王宮からの便箋を見せておけば、納得の表情で頷いた。
この兄弟。良くあるのだ意見の衝突が。。しかも二人とも武闘派。大柄な体躯で暴力は振るわないまでも、大声でやり合うものだから、周りは堪った物じゃない。近衛騎士でも竦み上がるような兄弟喧嘩となることもあるのだ。
「これは午後も休みとなるかもしれませんね。」
「流石にそれはないだろう。書類仕事だけでも済ませておかねば。」
デリーもため息を付く。過去にはこの兄弟喧嘩で3日間王宮の仕事が停止したこともあった。官吏たちが出仕できないほどで、王宮付きの女官や侍従たちは逃げ場なく陛下たちによるブリザード吹きすさぶ環境で失神者も出たとか。。今回はそこまでではないと思いたい。
そして急にできた午前休み。。ともなれば、皆の意見も聞いてみようか。
「では、マーガレット。無理は厳禁だぞ?すぐ後ろにいるから何かあればすぐに言うのだぞ?」
時計塔の階段を前にマーガレットに念を押す。
本来であれば俺がいない方が彼女にとって気がラクかとは思ったのだが、昨日の体調を考慮した。
彼女は余程待っていたのだろう。俺が一緒であれば、今日でも構わないと妥協案を出した時の彼女の嬉しそうな微笑みが目に焼き付いている。物凄く可愛かったぁ。
「なんでお前まで来るんだ?」
「閣下の護衛です。」
何故かデリーまで帯同している。。というか、デリーは怪我が治ったにも関わらず、余程うちが気に入ったのか、ほぼ居候している。彼曰く”閣下の護衛です”だそうだ。
オルティース公爵家の時計塔は、母屋の対角線である南西の角に建てられている。朝5時から夜9時までの15分毎に小鐘が、1時間事には大時鐘が鳴らされる。王都の時報になっていると言ってもいいだろう。
建物は中心に時計塔、それの下部には2階建てとなっており、庭番たちの宿舎となっている。
というわけで、実のところは見張り台の要素の方が高い。15分刻みの鐘を鳴らす為に、そこに人が常駐していても違和感があるはずもない。しかも見晴らしは王都でも指折りだ。流石に王城には負けるがな。
先導は女性の庭師に任せ、マーガレットの脇には軽やかな足取りでシャルルとブルー。
その後ろには俺とデリーだ。
しかし、観光用ではないので、階段の横幅は狭く、1.5人分ほどしかない。すれ違うのは難しい。
マーガレット用に手摺を付けさせたのは正解だったようで、彼女はそれを握りながらゆっくりと上がっていく。今日の為に乗馬服をアレンジしたパンツスタイルを着せたが、これも良く似合っている。
この世界では女性のパンツスタイルはほぼ無いようで、マーガレットも初めは躊躇していたが、時計塔に登りたいという気持ちが勝ったようだった。
「・・・ぁっ!!」
建物にすると4階分くらいまで来た辺りで、マーガレットが階段を踏み外しそうになった。
息もかなり上がっている。だが、見晴台まではもう少しある。
「マーガレット。少し休むか?」
そう声をかけ、階段に腰かけさせつつ、水筒の水分を飲ませた。もちろん俺特製のスポーツドリンクだ。
ブルー用に作って以来、屋敷の者たちも飲むようになり、今では料理長のアレンジが加わったフルーツ味付きのものもある。やはりスポーツドリンクは水分補給力が強く、騎士や庭師たちには大好評だ。
マーガレットの呼吸が安定したのを確認して、先に進むことにしたのだが。。
「・・・ぁっ!!」
今度は確実に踏み外してしまった。。俺が手を添えた時には既に脛を打ち付けた後で、彼女の瞳が潤んでいた。
「痛かったな?体力が伴っていないのに無理をさせた私が悪かった。」
そう言ってひょいっと彼女を抱き上げた。驚いた彼女が首をフリフリ拒むが、
「危ないからじっとしていてくれ。傷を見るためにも展望台へはこのまま急ごう。」
「ですね。」
「にゃう。」
「ぴぃ。」
全員一致の意見で、マーガレットは大人しくなった。
体力バカの俺たちだけとなれば、時計塔攻略など些事だ。腕の中のマーガレットを驚かてはいけないので駆けあがりはしないものの、トントントンと軽快なリズムで進めば、展望台はすぐだった。
「・・・・ぁぁ。」
急に開けた明るさにマーガレットは顔を俯せたが、さっと吹き抜ける風に気持ちよさそうに顔を上げた。
「先に傷だけ見せてくれ。」
最上段に彼女を座らせズボンの裾を上げる。そんな場所を見られることに慣れていないマーガレットの顔はみるみるうちに真っ赤に染まり、同じく耳まで真っ赤に染めたデリーは背を向けていた。
こうやって露出が少ないと、脛ごときに顔を赤らめるのかと、つい心で笑ってしまった。俺みたいな外科医なんて、裸どころかそのさらに中の内臓まで見るけどな。。骨や内臓を見られて恥ずかしがる患者はいないなぁ。など下らない事を思いつつ、マーガレットの足に意識を向ける。
擦り剝けて血が滲みつつ、既に青く腫れている。チーフを取り出し素早く巻き付けておく。
こういう時が来るなど想定していたわけではないのだが、ピッタリとした乗馬服では初めて着るには抵抗があるかもと、パンツを少しゆったりとアレンジさせて作らせたのは正解だった。
「これで少しはマシだろう。さ、待たせてしまったが景色を楽しもうか。」
丁寧に裾を治して彼女の手を取って立ち上がらせれば、期待に顔が綻ぶ彼女。
俺の手を離しかけて手摺へと向かったのだが。。。
離れた手が握り返され、大きく前に出された一歩が、また戻る。その身体が僅かに震えたように感じた。
「ははっ。少し見晴らしが良すぎたか?私が支えるから、安心しろ。私の事は命綱だとでも思っておけ。身を乗り出したとしても絶対に離さないから、好きに見るといい。」
そう伝えて後ろから彼女の腰に手を回す。抱き着く形になるが、安全装置役としては仕方ない。
少しずつ手摺へと近づいて行けば、俺の手を抱え込むようにギュッとしてくる仕草が堪らない。
ようやく一番前まで出たところで、真っ白な鳩が目の前を周回していった。
「・・・はぁぁっぁ。」
その美しい羽ばたきに彼女の目は奪われたようだが。。。俺としてはどこぞの製薬会社のCMを見ている気分で、感動は。。しなかった。
「んん。。」
「あぁ。あれは王立の図書館だな。ああしてツタが絡むと本来は建物の老朽化を早めるのだが、あの建物には魔宝玉が使われて、景観を楽しめるようにしてある。」
「んー。」
「あちらは王都で人気の百貨店だ。あの赤いレンガが目を引くが、建てた当初は下品だと揶揄されたものだ。今ではあの色が一線を画し高級感があると言われているな。」
髪色のせいで屋敷から一歩も出たことが無かったマーガレットに、王都の街並みは刺激が多かったようだ。
興味が尽きないようで、指を差し振り返っては俺を見上げ、その一言を目を輝かせながら聞き漏らさまいと頷いている。
彼女のこんな生き生きした姿を初めて見た。これからもこんなマーガレットでいて欲しいと願わずにはいられない。
そんなことを考えていると、ちょんちょんと袖を引かれ、また違う方角へと向く。
「あれは教会だ。あの十字架がかかげられている建物には近づいてはならぬぞ。。」
そこまで言って声を潜めて彼女の耳に唇を寄せた。
「魔女排斥思想だ。これまでも過度の魔女狩りによって幾人もが処刑されてきた。あの敷地内だけは治外法権が適用され、我が王立軍も手出しができない。」
思わずギュッと彼女に回した腕に力が籠ってしまった。万が一にでも奴らに見つかればマーガレットが無事で返されることは無い。今までも疑わしいとか髪が痛んで色が僅かに変色しているだけで処刑された者もいた。完全に二色の髪色の彼女では言い逃れはできない。
彼女にそんなことが起きれば、俺は我を忘れてしまうだろう。例えこの身を滅ぼすこととなったとしても。
彼女もフルっと身体を振るわせて、泣きそうな顔で俺を見上げた。
「大丈夫。私がいる。絶対に守る。だが不用意に近づくのだけはやめてくれ。愛しい君に何か起きると想像しただけでも心が引き裂かれる思いがする。。それほど君を愛しているんだ。」
彼女の頭に顔を埋めて思わず弱音を吐いてしまった。。彼女は嫌がるわけでも無くただ俯いていた。
さぁーーーーー。
強い風が吹き抜けた。この沈んだ話題から抜け出すにはちょうどいいかも知れない。
「少し風が強くなってきたな。。身体を冷やしてはいけないし、傷も処置しないとな。」
明らかな話題変更ではあったが、彼女も「ん。」と頷いて、抱え上げた俺の行動にも何も言わず身体を預けてくれた。
庭師とデリーは特に気にする様子もなく、俺たちは時計塔を後にして、ヨランダ様と子供たちと合流して出来上がったばかりの研究棟に向かうことにしたのだった。