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18.困惑する


 遠征から戻った俺を、マーガレット筆頭に使用人たち総出で出迎えてくれた。


「ただいま。」

 そう言った俺にマーガレットは深く頭を下げる。

 彼女は室内だというのにレースがふんだんに使われたボンネットを被っていた。

 治療の為に滞在させた副官デリーと、ヨランダ様一家に髪を見せないようにするためだろう。


「客人を君に断りもなく滞在させることになって驚かせてしまったな。その話もしたいから、こんな遅い時間だが、少しサロンで話をしてもいいだろうか?」

 すっかり日付も変わった夜中ではあるが、明日も午後から出勤してしまえばしばらく家に帰れなくなる。

 せめてその前に話をしておきたい。

 


 サロンへ到着すると、執事セバスチャンとマーガレットの侍女アナベル以外には部屋を出ていくように指示を出し、マーガレットは隣に座らせた。


「マーガレット。恙なく過ごせていたか?」

 コクンと彼女は頷きで返事をしてくれる。セバスとアナベルを見れば二人もしっかりと頷いてくれたので、問題なく過ごせていたのだろう。


 そして、今回の滞在者について説明をする。

 副官デリーは、命に関わるほどの大怪我をし、治癒薬を使ったが全快には至らず、傷口は縫ってあり、治療の為に滞在させること。

 ヨランダ様には旅の途中で2度も助けてもらった恩があり、国境付近の治安が戻るまでは滞在してもらいたいことを話した。


 そしてセバスが口を開く。

「私の一存で、奥様は体調が悪いとして、御客人の皆様とはお顔を合わせておりません。ですが、奥様といたしましては、非礼であったのではないかと、大変気に病んでおられます。」

 その説明にマーガレットも不安そうに小さくなっている。


「マーガレット。帽子をとってもらえるか?」

 コクンと頷いて、顎のリボンをしゅるりと解けば、ハーフアップにされた髪が見て取れる。

 アップした部分には、色が違っている髪が綺麗に編み込まれ、帽子さえ被っていれば、2色の髪色は見えないように工夫されていた。


「せっかくの君の綺麗な髪が見えないのは残念だが、これならば帽子が少しずれたくらいでは髪色に気付かれることは無いな。」

(アナベルが考えてくれたのです。)

 マーガレットは紙にそう書く。


「流石は私が見込んだアナベルだ。良くやってくれているな。セバスも機転を利かせてくれたのだな。二人ともありがとう。」

 そう言うと、公爵からお礼を言われ慣れていない二人は一瞬驚きつつも嬉しそうに頬をほころばせた。


 そして明日から軍に泊まり込みになることを伝えつつ、しばらく生活を一緒にするのに、デリーとヨランダ様達と顔を合わせないことが続くのは不自然であるため、その対応について話をすれば、既に真夜中の2時を回ってしまい、遅くなってしまったことを詫びつつ、その日は解散した。



 翌朝。

 朝食の席には、昨日と同じくボンネットを被ったマーガレット、副官デリー、ヨランダ様と子供達が同席して、賑やかな食卓となる。


 マーガレットの件は、先日図書室での怪我がまだ少し残っており、ボンネットを着用して隠していること。少し前に酷い風邪をひき、声が出なくなっていることを理由として作っておいた。


「私の傷はもうすっかり良くなっておりますので、明日の出仕からご一緒させていただきます。」

「ダメだ。」

「しかし、」

「しかしも何もない。抜糸が済むまでは仕事は休みだ。」

「・・・あと、何日。。」

「あと数日だ。我慢しろ。」

「・・・はい。」

 全く納得していないようだが、デリーは引き下がった。医者であった俺から見れば、あの傷を数日で治ったなど奇跡なのだ。本来なら経過観察したいから、あと1週間は安静にしてほしいところなのだが、そこはファンタジーな世界。あまりごり押しするのもおかしいだろう。


「ヨランダ様。薬学に関しましては滞在中にご教授願いたい。研究棟を離れに建設しますので、薬草や器具など必要なものがあれば、セバスチャンに。それから、これが新築する研究棟の図面になりまして。」

 食後の茶となったところで、昨晩のうちに描いておいた研究棟の図面を取り出した。


 2階建ての研究棟。

 1階には、研修室、診察室、手術室、検査・処置室、調剤室とミニキッチン付きの休憩室とトイレ。

 2階には、ヨランダ様と子供たちの部屋をそれぞれで3つと、もう一部屋、これは俺が泊まり込む用。風呂とトイレ、キッチンなどももちろんある。


「間取りや内装は私の好みで配置してしまいましたが、ヨランダ様の希望があれば何なりと。」

 実はキヌタに行ってからというもの、無医村の田舎で診療所をやるのも悪くないかもな。などと構想した時があり今回はそれを元に設計してしまった。そして何より今は金の心配など皆無の公爵なのだ。予算など度外視で好きなようにできるという夢の実現にはもってこいの環境だ。少しばかり暴走してしまうのはしょうがない。


「この診察室というのは分かるのじゃが、手術室、処置室というのはなんじゃ?」

「あぁ、これはですね。先日のデリーのような怪我人が出た場合、出血が多いですし、薬品を使いますから専用の部屋を作っておくのですよ。処置室や検査室も同様ですね。」

「調剤室と研究室は違うのかえ?」

「はい。日々の薬品の調剤は調剤室で。毒薬などを使用したり新薬の研究は、当然危険を伴いますから研究室ですね。壁の厚みも通常の3倍はとりますから、軽い爆発にも耐えるでしょう。」

 つい新築で理想の診療所が建てられるとあってワクワクして饒舌になってしまったのだが、「爆発?」と子供たちは驚きつつ、

「どれほどまで耐えるかの?」

 とヨランダ様は食いついた。


 やはり俺の目に狂いは無かった。毒薬になる木の実を常備して持っていたのだ。研究好きな俺と同類と見て間違いなさそうだ。


「ヨランダ様の想定が既におありなのでしたら、それに耐えうるように設計をし直します。」

「ならば、地下室もできないかの?地上を固めるより、地下の方が爆発には強いでの。」

「もちろんです。では地下室を加えましょう。そうなると、倉庫も地下に作りましょうか?温度が安定しますから、薬品の保管には良いかと。」

「ふむ。確かにじゃな。ならば。。。」


 俺とヨランダ様の夢を詰め込んだ、ぶっ飛んだ研究室が出来上がるのはもう少し先の事。



 そして長い朝食の時間を終え、子供達には俺が戻るまでは屋敷で自由に過ごし、仕事で休日が取れるようになったら、王都を案内すると約束をした。多感な時期、外で自由に遊ばせてやりたいが慣れぬ場所で何かあってはいけない。

 残念そうにするかと思ったのだが、見たことも無い屋敷の広さに子供たちはどこで何をしようかと今から楽しみでしょうがないようだ。




 俺はデリーを連れ、セバスとマーガレットそしてアナベルを従え自室へと戻る。


「さ、デリー。傷の状態を診よう。」

「はっ。」

 女性の前だが、デリーの公爵に対する忠誠は流石なもので、躊躇せずに上着を脱ぎ、傷口を出した。


 その傷口に女性陣は口に手を当て驚きを隠せないでいるが、俺がどうしても屋敷に戻る時間が取れなかった場合を想定して、消毒の仕方を教えねばならない。


「これはヨランダ様が調合してくれた軟膏だ。傷口を消毒し化膿させないようにしてくれる。これを朝食後に一度塗るんだ。あと数日でこの傷口を縫った糸も外せるが、それまでは私が帰宅できない場合には対応して欲しい。」

 セバス、マーガレット、アナベルは真剣な顔つきで俺の手元を見ながら頷いてくれた。

 しかし”消毒”という概念が無いようで、傷口を綺麗にするとだけ説明しておいた。



「・・・それとだな。。」

 俺も上着を脱ぐ。

「・・・旦那様。。これは!!」

 セバスが思わず声を上げると、着替えをしていたデリーも息をのんだ。

 マーガレットにいたっては胸元で手を握りしめた手がガタガタと震えている。


 昨晩、自分で見た時は鏡越しだったし。。そもそも外科医から見れば大した傷でもないが。。

 初めて見るであろうマーガレットには酷だったようだ。


「マーガレットすまないな。俺も毒矢による矢傷を負ってしまったのだが、自分では手が届かずに薬が塗れずに、傷口が開いてしまったんだ。醜いものを見せてすまない。。アナベル。確か君は裁縫が得意であったな?できるならば、デリーの傷のように縫合をして欲しいのだが。。」

「わっ。私が。。ですか?」

「怖いようならセバスにやらせる。どうだ?」

「えっと。侍女としての教育でケガの手当ては学んでおりますが。。”縫う”というのは。。」

 躊躇いが見えるが、傷自体には恐怖を感じていないようだ。これならば教えればできるようになるだろう。何事も経験が大切だ。


「旦那様。。そのようなことをなさらずとも、治癒薬をお持ちしますから。」

「セバス。先ほども言っただろう?これからの戦況を考えれば、治癒薬などの貴重な薬品の在庫は減らすべきではない。」

 公爵家には治癒薬の備蓄はもちろんあるのだが、戦況の悪化により国境領へ送った分が足りなくなる可能性も考えねばならない。


 そうしてセバスを説得しアナベルには、傷口にはヨランダ様の薬を塗ると痛みを感じなくなるため、安心して手元に集中しても問題ないことと、外科結びを教えれば、思っていたよりも短時間で器用に覚えてくれた。


「・・・では。旦那様。。。行きますよぉ。」

 針を持って鼻息荒く真剣になり過ぎた顔はまるで般若のようで、かえって怖いんだが。。。


「アナベル。そう気負うな。。その顔では、傷を癒すのではなく、拷問をかけるときの顔だぞ?」

「プっ。。閣下。。レディーに対してその言い方は。。失礼では?」

 デリーが思わず笑ってしまい、

「だってそうだろう?あれで針では無く剣を持たせたら、私でも無いことを自白してしまいそうだ。」

「くくっ。確かに。。」

「ちょっと。。。デリー様も。。。そんなに怖い顔してましたでしょうか?」

 僅かに唇を尖らせてアナベルが不満げにするが。。


「そう。それでいい。肩の力が抜けたであろう?先ほども言ったように私に痛みは無い。教えた通りに縫えば綺麗に治るのだ。頼んだぞ?」

「はい。」

 今度は適度な緊張感を持った笑顔を返してくれた。それでいいのだ。まるで新任の看護師や研修医を見ているようで、なんだか嬉しい気持ちになった。


 だがしかし、ヨランダ様の配合した麻痺薬はいい。麻酔薬と遜色ない。これならば、これからも役に立つ機会は多くあるだろう。

 自分自身で薬の効能を試すいい機会だった。何事も経験だからな。



「・・・これで。。いかがですか?」

 丁寧に縫合を終えると、手鏡を出した。

「初めてにしては、かなり綺麗な縫合だな。私でもここまででは無かった。」

 最初の縫合の実習を思い出す。緊張で手元に集中できなかった。

「デリー様の傷口のようにはうまくできず。。大変申し訳ございません。」

「アナベル。状況が違う。デリーの傷は鋭利な剣で切れた傷口であったし、すぐに対処できたため、綺麗に縫合できるのだ。私のように化膿した傷口は変に広がっているからな。それを一文字に縫うのはセンスもあるのだぞ。」

 どの部位をどれほど引っ張りながら縫い込んでいくのかは熟練するまではセンスによるものも大きい。

 変に皮膚が余ってしまうと傷跡が残ってしまう。



「さてと。。丁度いい時間になったな。。軽くシャワーを浴びてから出仕するとしよう。」

 出勤するための身支度を整える為に皆を下がらせ、部屋に備え付けの風呂場へと向かう。

 傷を縫合したばかりとはいえ、化膿止め薬もあるし、シャワー程度であれば問題ない。


 シャワーを出しながら思う。

 現代日本と変わらない設備。。蛇口をひねればお湯が出るし、トイレとて水洗だ。

 というか、湯沸かし器が無いのでひねった時にはちょうどいい温度の湯が出る。。むしろ日本の技術よりも上を言っているかもしれない。

 中世ヨーロッパのような趣で、当初は生活に心配もあったが、特に困ることが無い。

  

 それもこれも、”魔石”の力。

 電気ガス水道といった日常のものは大抵これで賄える。

 それぞれ用途ごとの魔力を注入した魔石を使えば、魔力が尽きるまでは使える。

 ガスコンロはないが、炎の出る魔石があるので、コンロもあるし。

 ポンプはないが、水をくみ上げる魔石があるので、貯水槽が使えて上水道として使える。

 湯沸かし器はないが、設定温度に水を温める魔石があるので、湯用の蛇口にセットしておけば、常に一定の温度になった湯が出てくる。

 だが、魔石とそれに魔力を注入するのは錬金術師に頼ることになるため、金がある公爵家であるから全てを賄えているとも言える。しかし庶民の家庭では、井戸や薪を使う事の方が一般的のようだ。

 

「便利だよなぁ~。」

 蛇口をひねりお湯を出しながら、一人になったことで田之上信二としての独り言が出てくる。


 ガチャ。


「・・・ん?」

 扉が開いた音がした。。

「セバスか?どうした?」

 瞬時に公爵スイッチが入るが。。次の瞬間、驚きに目を見開く。


 シャワーカーテンの向こうから現れたのは、一糸纏わぬ姿のマーガレットだったのだ。

(お手伝いします。)

 というメモが差し出されたがすぐにシャワーの湯によって文字が滲む。

 恥ずかしそうにしながらもボディーソープを手に取って泡を立て始め彼女。。


「・・・マーガレット?自分でできる。。」

 やっと言葉を絞り出したが、彼女は俺の顔を潤んだ目で見上げながらフルフルと首を横に振りつつ、泡に包まれた手は艶めかしく俺の身体を撫でていく。


「・・・いや。。これ以上は。。。」

 妻だとは言ったところでそれは”公爵”の妻であって、田之上信二の妻じゃない。。罪悪感がある。

 俺としては大本命の女性からのこの状況。。。理性が。。。


 そんな俺の事は構わずマーガレットは、俺の俺に手をかける。

「流石に。。それは。。マーガレット。俺は君が許してくれるまで手を出さないと。。言っただろう?」

 そうは言いつつ、俺の分身はやる気を出してしまっており。。彼女は彼女でそのつもりだと言うように、俺の分身を洗いながら、俺の口を塞ぎ濃厚な口づけをしてくる。。


 えっと。。。これはどういう状況なのか。。。嫌っているであろう俺を受け入れるのか?

 なぜ故?だが、彼女の顔は嫌々という感じもない。。というか積極的で。。。


 もう俺の理性。。。限界。。。

「マーガレット。。ここで離れなければ、止めることはできなくなるぞ?」

 最後の理性を振り絞って彼女を見れば。。。熱に浮かされたように蕩ける顔でコクンと頷いた。




「何だったのだろうか。。。」

 城へ向かう馬車の中で呟く。。途轍もなく幸せな大人の時間ではあったものの、彼女の気持ちが分からず困惑もする。


 公爵の記憶の中では、彼の傍若無人の行いに、悲しそうな目を向けたり、恨んだ目を向けたりしていた。もちろん絶望に暮れた瞳もあった。が、行為を自ら望んだことは一度足りとて無かったはずだ。しかもあんなにも熱の籠った視線も。。。


 こっちの世界には繁殖期とはあるのか?とも思ったが、そんなものは日本の人間と同じだったはず。

「うーむ。」

 と悩んでいるうちに城に着く。この問題は一旦保留だな。。


「オルティース公爵。御参内~~~~。」

 いつも通りの謎の出仕報告をされながら、統合司令官の部屋へと向かう。

 今日も遅刻せずに済んで良かった。



 部屋には既に軍の各司令官クラスが応接に集っていた。


「遅くなったか?」

 上着を脱ぎつつ聞くが、

「デリー副官が復帰なさるまでは、万全の体制を取っておくべきかと。」

「ですな。」

 そう言った彼らの手元を見れば、既に処理を終えた書類が積み上がり、俺の決済を待つばかりとなっていた。普段、デリーがこなしてくれている業務だ。

「助かる。」

 俺の一言に、司令官たちが目を見開き互いに顔を見合わせた。ここでも公爵が礼を言うのは異例の事か。。まぁ。こういった反応には随分慣れたが。。


 俺にとっては普通の事をしているだけだ。俺が改心したわけでない。だから本当に更生すべきは公爵なのだ。もしも公爵がまたこの身体に戻ることがあるならば、せめて礼くらいは言ってくれ。人間として当たり前の事だぞ?少しでも心を入れ替えて欲しいと切に願ってしまった。


 そんな事がありつつ俺は統合司令官としての業務をこなしていった。


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