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17.帰還


 完全回復薬エーテルエクスポーションと聞いてざわついたが、ヨランダ様は手で制す。


「ぬか喜びさせるようで申し訳ない。ワシも本当の意味での完全体である完全回復薬エーテルエクスポーションを見たのは一度きりじゃ。じゃから似ている(・・・・)としか表現できぬが、この独特の紫色はそれに近しいと思うのじゃ。」

「お使いになった。という事ですか?」

 俺は唾を飲み込むようにして聞いた。


「ふむ。魔王の片腕であったドラゴンを倒した際にドロップしての。。完全回復薬エーテルエクスポーションが金色の粉を混ぜたような紫色をしていることは文献で知っておったから、まず間違いないとな。だが、伝説級のアイテム。入手したからと言っておいそれと使う訳にはいくまい?どうするか迷ったが、戦いは待ってはくれなくての。魔王戦で勇者が致命傷を負った。いや、凡人なら即死という状態じゃった。四肢がちぎられはらわたが出ておったでな。事切れるすんでのところでワシはそれをかけた。そこからは劇的。光に包まれたかと思った次の瞬間には、勇者が魔王にトドメの一撃を与えておったのじゃから。」

 ふぅっと話を終えたヨランダ様はどこか遠くの思い出をみていた。


 だがしかし聞きしに勝る”完全回復”。。

 それでも手元の瓶では数滴しかない。それに近しかったとして、どこまで効能が期待できるか。。。

 僅かに迷ったが、そもそも俺のいた世界にそんな奇跡薬など無かったから医学が発展してきたのだ。そしてその技術を俺は持っている。器具や設備が無いから実際にはできることは少ないが。。


(これが無くなろうと問題ない。)

 自分に言い聞かせるようにして一つ頷き、その小瓶の蓋を開けた。


「・・・か。。閣下。。な、りま。。せん。。」

 息も絶え絶えにデリーが口を開くが、俺はそれをあえてスルーをして手元に集中をする。


 ヨランダ様の話を基にするならば、効果は瞬間。だが私の手持ちは効果が薄い可能性。

 治癒までに時間がかかるのか、治癒の効果が薄いのか。。どちらとなっても良いように、その後の準備を進めておかねば。

「トト君。お姉さんと一緒に、縫い針の全部に糸を通してくれるかな?」

「うん。わかった。」

「ヨランダ様。この量で全部の傷を塞げるとは思えません。すぐに傷口を処置することになると思いますから、化膿止め薬を塗れるようにお願いします。」

「ふむ。小皿に刷毛で良いかの?」

「十分です。」

 俺が頷くと、子供達とヨランダ様も頷きを返してくれ、それぞれに準備に取り掛かってくれる。


「いいかお前たち。痛みが無いとも限らない。デリーを守ってやってくれ。」

『はっ。』

 部下達はいつも通り安定の信頼感だ。任せておけば問題ない。


「さて。。デリー。これが本物であることを祈ろう。違っていたとしても、私が傷を縫合するから。。私を信じてくれ。」

「・・かっ、か。。いけ、ま、せ。。」

「俺を信じてくれるんだろう?」

 未だに拒もうとするデリーの額に手を当てて、俺は深呼吸する。


(頼む。。。デリーを生かしてくれ。)


 キュポン。

 

 コルク栓は軽い音を立てて抜け、鼻を近づけると、微かに甘いはちみつのような香りがした。

 数滴しかないであろう貴重性から、慎重に瓶を傾けていく。


 1滴ずつの効果を見定め、無駄を絶対に出さぬように。。。

 緊張のあまり手が震える。。。などという失態は絶対に冒さない自信はある。

 今までどれほどの外科手術を乗り越えてきたと思ってるんだ。自分の呼吸の大きさすらコントロールして髪の毛よりも細い誤差を生まぬように手元には細心の注意を払うオペをこなしてきた。


 ポタ。

 

 最初の一滴が落ちて、それは本当に奇跡としか言いようのない光景が目の前に広がった。

 生まれた光は、ヨランダ様の話とは違い僅かであったが、その液体が広がるのはまるでスローモーションを見ているかのようで、飛び出た腸に落ちた薬によって、裂けた腸の傷が修復され元の位置に戻ろうと動き出す。


 もう2滴。


 本能がそう言った。慎重にもう一滴・もう一滴と落とせば、変化はさらに劇的で、腸は元の位置に戻り、腹膜が何事も無かったかのように膜を張っていき、斬られていた周辺の筋肉も元に戻っていく。筋膜が張られた辺りでその変化が止まった。


「・・・・あと一滴。。。」

 まだ表面の傷口は開いたままで、あと一滴あれば、塞がる様相を呈していたのだが。。。


「・・・クソッ。」

 瓶の中にはまだ残りの残渣があるのだが、瓶を伝って落ちる程は残っておらず、振ってみたが出てくる様子がない。


「仕方ない。ここまでか。。。皆さん。縫合に移ります。」

 ヨランダ様によって準備された小皿の液体を刷毛に取り、未だ開く傷に丁寧に伸ばす。

「麻酔がありません。かなり痛むと思います。苦しいでしょうが我慢してください。」

 そうデリーに言いながら可能止め薬に浸した針を持った。


「せめて痛み止めがあれば。。。」

 小さくポソリと呟いた声を拾ったのはヨランダ様だった。

「何が必要か?」

「そうですね。せめて痺れたり麻痺するようなものが欲しかっただけです。」

「毒ならばあるぞ?」

 その言葉にピリッと反応した。毒か。。いやボツリヌス的な?使えるかもしれない。


「その毒を使った際の副反応は?」

「少量であれば、その場所が数時間麻痺するの。。もちろんそれなりの量であれば致死となる。」

「それは有り難い。今スグ用意できますか?」

「ちょっと待っておれ。。。。。。ほれ、これじゃ。」

 本当にすぐに持ってきたのはただの木の実が2種類。まるでグミの実に見えるが、色が毒々しい青と蛍光色の緑の2種。


「これとこれを合わせると毒となる。」

 そう言って、新しい小皿にプチっ。プチっとつぶれて数滴の汁が合わさると、何故かオレンジ色に変化した。

「量はどれほど使うものなのでしょう?」

「これで腕一本麻痺させる程度じゃな。化膿止めに混ぜるとよいぞ。」

「確かに。助かります。」

 ヨランダ様は先ほどの化膿止めの小皿に絞った毒を垂らしてくれたので、俺はそれを刷毛でもう一度練るように混ぜた。

「ふむ。それくらいで良かろうな。」

「はい。それでは。」

 彼女の許可を取ると躊躇なくそれをもう一度傷口に塗り広げていく。


「では、改めて。今度こそ縫合に移ります。・・・・痛みますか?」

 ひと針縫ったところで、デリーを見たが、不思議そうにしながら、

「えっと。。何も。」

 想像以上に痺れているようで、何をされたかも感じていないようだ。しかし意識は鮮明である上に、さきほどまでより顔色も良く、受け答えもしっかりしてきた。問題ないようで何より。


「では続けますね。。」

 それから数分で縫い終わる。特に何も障害がない30センチの縫合など容易いものだ。


 用意してもらった新しい晒を手際よくデリーに巻き終え、ようやく肩の荷が下りた気がした。



「ふぅ。。。これで一安心でしょうか。。。少し様子を見ましょう。。皆さんもありがとうございました。」

 僅かに出た額の汗を腕で拭い、安堵のため息を付くと、周りも緊張から解き放たれたようで、同じように深い息を吐いていた。


「・・・閣下。。。ありがとうございます。」

 デリーがまだ少し弱い笑みを浮かべながら礼を述べてくれた。

「いえ。こちらこそです。まだ油断してはいけません。ゆっくり休んでください。」

 彼の方が俺よりもよほど玉のような汗を額に浮かべていた。そっと拭ってやりながら体温と、バイタイルもチェックしておく。

 脈も強く反応するようになってきたし、脈拍も安定している。熱もない。

 なぜだか、もう大丈夫だと分かる。



 少しするとデリーが眠り始めた。やはり回復には寝るのが一番だからな。

 トトの姉、ミミはいつの間にか、皆の為に茶を淹れてくれたようで、運んできてくれた。


「それにしても閣下。すごかったですね。」

「流石は公爵家。伝説のアイテムが出てくるなんて。」

「あぁ。それに傷口を縫うことができるなんて、惚れ惚れするくらい手際が良かった。」

「それに口調もまるで別人で。」

 隊員たちが雑談を始めたのだが、そこでハタと気づいた。

 

 医者としての状況が近づくにつれ、つい、医師田之上信二が出てきていたと。。

 オペ中のように話してしまっていたと。。。

 まあ、だが、職業病みたいなものだ。仕方ない。

 言い訳。。。言い訳っと。。。


「確か、侍女たちが読んでいた読み物の医師が、神の手を持つ者で、どんな傷も治してしまうとかなんとか。。私もデリーを治したい一心で、せめて縁起を担ごうと、その医師の口調を真似してみたが。。」

 なんとも出まかせっぽい嘘になってしまった。

「そうだったんですねぇ。小説の主人公ってマジかっこいいですもんねぇ。」

「いや。それを国中で一番の美男である閣下が演じるのだぞ?小説の主人公の方が負ける。」

『確かに~~~。』

 異質な状況であったために興奮しているのか、俺のダサい嘘にも気づかず、部下たちはさらに盛り上がって雑談に花を咲かせていく。。。



「のう。公爵殿。。」

 そんな中、ヨランダ様が近くに来た。

「礼も言えず。。先ほどはありがとうございました。」

 と遅ればせながら頭を下げる。

「なんのなんの。。大したことはない。。それにしても、変わった考えをお持ちじゃな?」

「・・・と言いますと?」

 何のどの件を指しているのか分からず、答えに苦しむ。異世界に繋がるような下手な答えは出せない。


「傷の痛みをどうするかなど、考えたことも無かった。しかも軍人であればなおの事ではないか?日常的に傷はできる。。しかも痛みを軽くするために痺れさせたり麻痺させるなど思いもつかなんだし、それに対して毒を使うともな。」

「確かに。。。ただ、異国の文献で読んだ気がしたものですから。」

 そう言ってまたも誤魔化しておく。


 この世界では、痛みに対しては薬湯を飲んで軽減させる程度。所詮気休めだ。傷そのものに対して出す良薬といえば回復薬か治癒薬で、こちらは根本的に治してしまうのだから、痛みも無くなってしまうのだ。


「のう。公爵殿。。もしまだ撤回できるのならば、ワシと子供らがここに残るという選択をやめても良いかの?。。そなたに興味が湧いたゆえ、そなたの屋敷に戦が終わるまでだけでも厄介になりたい。」

 申し訳なさそうにヨランダ様が言うと、聞こえていたのだろう、子供たちが不安そうにこちらを見てきた。

 だが俺としては渡りに船の話となった。

「それは是非。私もヨランダ様の薬学の知識に教えを乞いたいと願っていたところだったのです。厄介などでは無く、我が家の賓客としてお迎えさせていただきたくお願い申し上げます。」

 胸に手を当て深く頭を下げれば、彼女は驚いたようにそれを止めた。



 そうしてデリーの安定を見るためと、ヨランダ様たちの旅支度の時間として、また一晩御厄介になった。


 翌朝。


「では、出発しましょう。」

 私の合図で馬が歩を進め始めた。今回は魔眼(レーダー機能)を持つヨランダ様が一緒なので、索敵はパッチリだ。デリーは普通の速度であれば馬に揺られて傷は痛まぬ様子。隊員とタンデムさせ傷の様子を逐一報告させるようにした。


 数時間走り、まもなくルーゼン辺境伯領へ差し掛かろうというところで、ヨランダ様からストップがかかる。

「前方2.5キロほどから、50名ほどがこちらに向かってきておる。このまま進めば数分かからず会うであろうな。」

 という彼女の進言に、まずは身を隠す。国内とはいえ、必ずしも味方とは限らない。


「閣下。オーウェン殿下の部隊のようです。」

「殿下の?第2師団には応援要請を出していないが。。」

 偵察が戻りその部隊が判明した。が、隠れたままでいるか迎えるか。。判断を迷う時間がない。

 

 俺たちはオーウェン第二王子を迎えることとした。


「おー。オルティース統合司令官。無事だったか。」

 俺たちの姿を見るなり、満面の笑みになってくれ、その後ろに控える兵たちも安堵の表情を浮かべている。人懐こい笑みを浮かべるオーウェン殿下には、昔から弟のように可愛がってもらっている。信用のできる人物だ。


 そして話を聞く。


「俺らは別働で前線基地に向かう予定だったんだ。丁度配備の隊が入れ替わる時期だしな。そうしたら、身元不明の遺体が2体上がった。明らかに不審死だ。顔と指紋が潰されてたし、一人は毒死。もう一人は拷問を受けた痕があった。旅装姿の旅人が受ける傷じゃねぇ。そんで、お前の隊員だとブーツの裏に隊章を焼き入れてるのを思い出してな。靴を引っぺがして分解したら。」

「隊章が見つかったと。」

「あぁ。」

 殿下の話に悔しさが募る。だが立ち止まることは許されないだろう。

 

 俺はコンラード公爵が起こそうとしている悪事をあくまで予想としながらも話す。

「あいつならやりかねないな。ちなみに、既に第一陣は前線基地に到着した頃合いだし、あと万が一を考えて、中隊を2部隊投入予定で、既に出発させてある。俺のカンが今回も働いてラッキーだぜ。」

 そう、殿下の武人ぶりは昔から流石で、実力を伴って、軍の最高司令官をしているのだ。しかも前線に出ることもしばしば。


「とりあえず、お前は王都に戻って指揮を取れ。デリーと民間人を抱えて戦闘になっちゃならねぇ。。こっちの事は心配するな。なんといっても俺がいるからな。」

「ご武運を。」

 そうして、殿下の部隊から腕利きを2名警護として付けてもらい、俺たちは王都に戻ることになった。



 多めの休憩を取りながらもなんとか王都へ帰還する。早馬にて公爵邸には、ヨランダ様と子供が滞在する旨と、デリーの治療を伝えてあったので、屋敷前で4人を降ろすと、そのまま王城へと馬を走らせた。


 王都の謁見を済ませ、緊急の軍会議を始める。

「オルティースが既に交戦している。コンラード公爵の身柄を確保し、事情聴取をせよ。気取られるなよ?」

 王の一言に、特別部隊が秘密裏に出発した。


「前線基地にはオーウェン殿下の部隊が到着しておりますが、ルーゼン辺境伯領には我が領の私兵団と小隊のみ。ここと。ここ。。。突破の可能性がある数か所には援軍を。。。」

 考えられる手立てを組み立てていく。

「毒を試していましたから、そちらの線を含め、医師・薬師たち医療班も手厚く配備しましょう。」

 と唱えたのだが、

「しかし、薬草やポーションの備蓄が。」

「問題ありません。既に国境のオルティース公爵領へは、我が家の備蓄分を手配しております。ルーゼン辺境伯領も備蓄に余裕がありました。万が一の際は、ルーゼン辺境伯領・オルティース公爵領ともに、医療拠点となる可能性を含め、準備を整えるようあちらを出るときに指示をして参りました。」

「流石オルティース殿だな。」


 軍に関して、戦争に近い状態になったとしても対処できるよう、細々としたことまで指示を出し、ようやく日付が変わるころ、帰還当日としての仕事が終了した。


 だが、臨戦状態となることが予想され、今後しばらくは軍に泊まり込むことになるため、その準備も含め、各々一度家に帰ることになった。

 明日の午後から出勤となる。。


(はぁ。やっと帰還して半日休でまた戦いが落ち着くまで無休かぁ。)

 帰る道すがら、つい愚痴が出る。が、それができる程、余裕が生まれたという事だ。一晩でも安全な場所で休むことができるのだ。




『おかえりなさいませ。旦那様。』

 屋敷に帰ると、マーガレットを先頭に、使用人たちが勢ぞろいで迎えてくれた。

「あぁ。ただいま。」

 自然と出るその言葉と、この屋敷に戻って来た時の安心感に、すっかり自分がこの屋敷を自分の居所だと思っているのだと感じた。悪くない気分だ。


 そうして、短いようで長く濃い、俺の初めての遠征が終わったのだった。

 


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