16.秘密のはなし
ヨランダ様のあり得ない話を聞いて現実とは思えず固まっていると、ふわりと膝の上に何かが乗った。
視線を落とすと先ほど男の子が助けた猫。戸惑う俺をよそに気持ちよさそうに身体を擦り付け丸まっている。
「まぁ今は、その可能性がある。という段階じゃて。そう驚きなさるな。」
クツクツと笑う顔はまるで悪戯が成功した子供のよう。
「ふぅ。。冗談はほどほどにしていただけませんか。心臓に良くありませんよ。」
額に手を当て深いため息を吐く。少しでも落ち着かねば。いくら身体が公爵で自分が異世界人だとしても。良くある転生物の設定のように都合よくチート能力が付与されているとは考えにくい。こちらの世界に来てから特にそんなご都合主義が発動していないのだから。
「じゃが、そなたが能力を開花させることができれば、300年ぶりに聖騎士が誕生する。」
「・・・どういうことでしょう。」
「言葉のままじゃな。聖騎士になるためには”聖”の能力が必要。そなたはそれを持っておる。」
「・・・身に覚えがありませんし。。そもそもそのような力を。」
「聞いたことはない。じゃな。では問おうか。魔王は何故強い?勇者は何故強い?」
唐突な問いに戸惑う。
が、ここはファンタジーな異世界。ゲームを軸として考えるならば。
「独自の能力があるから。。。でしょうか。」
「ふむ。まぁ及第点じゃな。それだけではないがな。話を戻すかの。そなたは騎士としての資質があり、”聖”の力を持っておるゆえ、”聖騎士”なのじゃ。」
彼女は確信を持っているようだった。
「にゃぁ。」
「そうであろう?そなたもそう思うであろう?」
タイミング良く猫が鳴けば、ヨランダ様は同意をもらえたとばかりに嬉しそうに頷きを返していた。
「・・・しかし。。私が”聖”の力を。。。ですか?」
だが俺としても不思議なのだ。”聖”の力となれば清いイメージ。”黒闇の公爵”が持っているのか?と。。。それはヨランダ様も同じだったようで、
「我が結界に近づく者は我には分かる。そなたら一団が近づいた時、”聖”の力を感じ取ったゆえ、結界内に入れたのじゃ。その者を見てみたくてな。」
「そうしてそなたがふと出した懐中時計を見て不思議に思ったのじゃ。。そこには悪評高い”黒闇の公爵”、オルティース公爵の紋章が入っておった。」
「お気づきでしたか。」
「ふむ。こんな場所におれど、世界の情勢程度は大まかにでも把握しておかねばな。」
「・・・さすが大魔導士とまで呼ばれたお方だ。」
素直に称賛する。どのように情報を手に入れているか分からないが、オルティース公爵の二つ名まで知られているとは。
「まぁ、人には表と裏があるもの。オルティース公爵家は代々軍部を取り仕切る。嫡男に生まれたからには軍人として時には厳しい面も必要なのであろうな。」
そう言ってくれるのだが。。罪悪感がハンパない。表も裏もなにも。。公爵はノリノリで”悪”をやっていたのだから。それに、ヨランダ様とお会いしたのは俺だから。もはや表と裏どころか別人なのだ。
だが、起こってもいないこんな話をして、どうだというのだろうか。俺としてはデリーを助ける事の方がよほど重要。
勇者だとか魔王だとか聖騎士だとか。俺には荒唐無稽の話。されたところで何になるというものでもない。
そんなことを考えつつも、手はしっかりと膝の上に乗った猫を撫でていた。
思いのほか気持ちが良い。。っと思考がずれた。
「ヨランダ様。今のところ自覚もありませんから聖騎士の話は置いておきましょう。」
「まぁ。そうであるな。」
と話を終えようとすると、意外にもあっさりと受け入れてくれた。
「まぁの。本題はこれからじゃ。」
「・・・・。」
まだ本題じゃなかったのかよっ。と思わずツッコミそうになってしまった。。まぁまぁの時間を費やしたように思うのだ。
「ワシの寿命もそろそろかも知れぬ。」
「実のところはおいくつで?」
「ふむ。。300と25年までは数えておったがなぁ。」
「・・・・っ!!!」
聞いてた話より3倍は長い。。もはや人間の域を超えたかもでなく、間違いなく超えている。。
「まぁまぁ。特殊な能力持ちの寿命は分からぬものよ。」
「そうなんですか。。それで本題とは。。」
「ふむ。。。であるから、ワシに死が訪れた時、あの子らの成人前であったならば、受け入れてくれる者がいないか考えておったのよ。ルーゼン殿には前々から頼んではあったのじゃが、聖騎士候補が現れたとなれば、話は変わってくるであろう?」
彼女は奥にいる二人の子供へと目を向けた。それは慈愛に満ちて温かい。
「そういう事でしたか。。ですが私が噂通りの”黒闇の公爵”かもしれませんよ?」
「ふっふっふ。この歳まで生きてきた。世界も廻った。そしてワシの伴侶も”聖騎士”じゃった。人を見る目はあるつもりじゃ。そなたが悪い人間でない事だけは分かるぞ?」
うんうんと何度も頷きながら俺を見る。
だがしかし。聞き捨てならない情報がまたもや入ってきたな。
「ヨランダ様。。情報を小出しにし過ぎではありませんか?300年以上前にいた”聖騎士”様が伴侶だったのですか?」
「ふむ。そうであるぞ。たまたま好きになった相手が聖騎士じゃった。それだけじゃ。」
「聖騎士と大魔導士が一緒にいるとなると、まるで魔王でも倒しに行くパーティーみたいではありませんか。」
俺は冗談のつもりで半笑いで言ったのだが。
「ふむ。混乱させぬよう公表はしておらぬのに知っておったのか。。。そうである。魔王討伐隊の旅で出会うての。いつしかそんな仲になっておったのよ。」
まるで少女のように少し頬を染めた彼女。。。
つか。。魔王いるのか。。冗談のつもりだったのに。。話がもうついていけない。。
もしかしてまた魔王とか出てきた場合、俺が行く可能性もあるのか?勘弁してほしい。
とか思っていた為につい手元に力が入っていたのか、「にゃうっ。」と猫が身を固くして恨めしそうに俺を見上げた。
うーん。しかし、ヨランダ様の寿命が近いかもしれないという話は現実味を帯びているのだろう。だからこそ、得体の知れない俺にでも縋ってきたのだと思われる。
「では、お返事をしなくてはいけませんね。。子供たちのことは我がオルティース公爵家で引き取ることを本人たちが了承してくれるのであれば、もちろん構いません。ですが、目下のところ、この周辺が戦地になる可能性があるのです。ですから、先の未来でなく、今からでも我が屋敷に滞在されませんか?」
ようやく俺の目的を伝えることに成功した。。。ルーゼン卿の所を出てから長かった。。
「にゃうっ!!」
膝の上の猫は、やっぱりタイミング良く右前足をシュタッと挙げていい返事。
「結界があるからの。ここが一番安全じゃ。」
彼女は首を横に振るが、俺としても折れるわけにはいかない。
「ですが、先ほどの事もあります。万が一、子供たちが結界を出るという事も考えられる。」
「問題ないのじゃ。それでも心配かえ?」
「・・・はい。せめて子供達だけでも。」
なおも食い下がる。
「・・・では。もう一つ、ワシの秘密を晒そうかの。」
「みゃっ?」
その言葉に、猫が驚いたように声を上げた。本当にこの猫は人間の言葉を理解しているようなタイミングで声を上げるものだ。
「ワシは”魔眼”を持っておる。」
「・・・っっ!!!」
静かに俯きながら言った言葉。。自分の聞き間違えかと思うほどあり得ない言葉を聞いた気がした。。
あれは眉唾の都市伝説並の能力ではなかったのか。。。
「ワシの魔眼は例えるのが難しいのじゃが。。こう網目を広げたようでの。そこに触れた物を感じることができる能力じゃ。普段は平面として広げておるが、立体にもできるし、網目の細かさも自由自在じゃ。もちろん魔力や集中力が必要じゃから、常時立体で布地ほどの細かさは無理じゃがの。。細かい網目にしておけば、地形はおろか人の指の動きとて感じることができる。」
「・・・まるでレーダーだ。」
つい口に出してしまってから、慌てて口元を押さえた。こんな場所で不用意に元の世界の単語を言ってしまった。
「ふむ。公爵殿はこの能力に似た力を知っておられるか。。それは説明が省けて助かるの。。この話をすると、大抵の者は理解をするまでに時間がかかるか、理解せぬままじゃからの。」
確かに。レーダー探知が存在しない世界で説明しようとするのはかなりの無理がある。が、それが分かるからこそ途轍もないチート能力だというのも理解できた。
「・・・分かりました。ヨランダ様の強さの秘密を明かしていただいた以上、私ごときが口を挟める問題でもありませんでしたね。。」
ここは一旦引くしかないだろう。彼女が本気を出せば我々よりよほど強いだろう。
二人での話が終わり、ヨランダ様が能力を解除すると、外では数分しか経っていなかったよう。
「閣下。傷はどうでしたか?」
「あぁ。毒もすっかり治まった。それよりもデリーの状態は?」
「はっ。。。はは。。閣下に、ご心配、をいただくなど、不敬であり。。ます。。」
「おいデリー。喋るんじゃない。」
無理にでもと口を開くデリーの汗を拭く。やはり状態はかなり悪い。
「少し診るぞ?」
一言声をかけて、シャツを捲る。
背中から脇腹にかけて斬られている。30㎝ほどだが、実際内臓が見える程の深さがあるのは10cm程の幅。
「もう少し光を寄越せ。」
俺の声でぱっと辺りが明るくなる。まるで無影灯のような明るさに驚いて上を見ると、ヨランダ様が魔法にて光を創り出してくれたようだ。
「助かります。」その一言を伝えて、再び傷口に目をやる。
出ている内臓は腸か。縫合でいける。。
いや。。違った。ここは医療設備のない異世界だった。。
しかし、広背筋が斬られているのが問題だ。手術できない今の状況では後遺症は免れない。。
剣を振ることはできなくなるだろう。騎士としては致命的だ。
ここには、治療に必要なものがなにもない。
糸も針もない。消毒液もない。術後のドレーンも必要になる。
無いないづくしだ。。
だがせめて命だけでも。。
「公爵殿?これは化膿止めの薬じゃ。これを使えば傷が腐ることはない。」
そう言って出してくれた白磁の入れ物には青い液体が入っていた。
「じゃがの、ワシは魔導士。薬草にて作る回復薬はあるが、希少な治癒薬は手持ちがないのじゃ。。回復薬を使ってしまえば傷全ては治せぬ。それはそなたが望む結果ではないのであろう?」
ヨランダ様からの声掛けに、確かに使いどころを間違えてはならないと傷口から目を離さずに頷きだけを返す。
「そうですね。化膿止めの効能についてですが、”絶対”に傷口を化膿させないというお墨付きですか?」
「もちろんじゃ。ワシの手持ちの中で最高位の化膿止め薬。効能が高すぎて売り物にはできない代物じゃ。」
「貴重な物なのですね。。ですが有り難い。。」
そこまで言って、考えを集中させる。
どうだろうか。。化膿止めがあるとはいっても直接塗るタイプでは、腹腔内全体をカバーできるわけでは無い。今現在、既に傷ついてしまった腸がある以上、腹膜炎を起こす可能性は非常に高い。
背中の傷に関しても筋肉が傷ついている。どちらの傷もいかに早く手術ができるかにかかっている問題だ。
裁縫用の糸と針で応急処置的に最低限の縫合をして、化膿止めを使い。。。王都に戻る時間を稼げれば、我が家にある治癒薬を使う事ができる。。だが。。。それでも。。。。
俺は項垂れる。
あまりにも賭けだ。。それも勝算が限りなく低い。。。
応急処置ができたとしても重症患者であるデリー。馬に乗せての移動はできない。馬車を使えば移動時間が長くなる。。
そんな俺の苦悩が伝わってしまったのだろう。。
「か。。閣下。。私の。。こと、は。。捨て。。置き。を。。」
朦朧としているだろうデリーが言葉を絞り出す。この状態でまだ意識を保っているなど、強靭な精神の持ち主だが、それだけに苦痛も途轍もないほど感じていることだろう。
「何を言うか。今手立てを。。。」
そこまで言って、ふと内ポケットの中身が思い出された。公爵家当主になると受け渡される銀製の名刺入れのようなもの。中身が何かは知らされていないが、確か入れ物にピッタリに作られたガラス瓶が入っており、中身が液体だった。
この場面で思い出すなど天啓か?液体が何か分からないがここには伝説の大魔導士がいる。
ならば賭けてみるのもいいだろう。
俺はおもむろに内ポケットに手を入れると、
「ヨランダ様。これを見ていただきたい。オルティース公爵家当主に受け継がれるものなのですが。」
そう言って蓋を開けると、彼女の瞳が驚きに見開かれていく。
「これは。。。。完全回復薬!!」
大魔導士ヨランダの一言に、今度はその場にいる全員の瞳が驚きに見開かれていくのだった。