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15.おばあさんの正体

本日より毎週月曜日更新を基本として行こうと思ってます。


 覚悟を決めたようにルーゼン卿は話を始めた。


「あのご老人の名は”ヨランダ”様とおっしゃいます。本来であればあの家は我が辺境伯領内にあったのですが。。。」

「もしや一昨年の豪雨でのコンラード公爵との小競り合いか?」

「はい。あの豪雨で領土境の川が氾濫し、我が領の本流をせき止め、コンラード公爵領に流れる支流に全て流れるように細工されました。」

「そうだったのか。あの森は深く、地図ではそう広い範囲でもないために、卿の訴えは早々に下げられたと思っていたが。」

「当然ですが、公爵家の発言が優先されました。」

「そういう裏があったか。私も揉めるほどの領土の差でもなかったし、そもそも手つかずの自然な森の部分だったのでな。訴えを起こすほどでもないと、たいして気にも留めなかった案件だった。」

 当時の記憶がさらっと流れ込んできたが、本当に公爵自身の興味をひかなかったようで記憶の情報もほぼ無いに等しかった。


「当然でしょう。ヨランダ様の家があることは、我が辺境伯当主のみが受け継ぐ秘匿事項であれば、王家すら知らぬ存在。そのため、当時の貴族の皆様は、オルティース公爵がおっしゃったように、削られたとしても僅かな領土であるし、使い道もない森にどうして固執するのかと、訴えの内容を精査するまでもなく、取り下げさせられました。」

 当時を思い出したのだろう、拳を握り悔しさを滲ませているが、俺としてもその情報しかないのであれば同じように対応していただろう。


「あのご婦人はそれほどの存在なのだな?」

 辺境伯当主が秘匿していく存在とはどれほどの人物なのか。穏やかな老人であっただけに見えたが。。


「ヨランダ様は”大魔導士”であらせられます。」

『・・・大魔導士???』

 思いがけない言葉に、思わず俺も部下たちも声を上げてしまった。そんな伝説級の存在など。。


「驚かれるのも無理はないでしょう。そして彼女の正確な年齢は分かりませんが、我が当主3代は確実に交流を持っております。私から見て4代先の領主の際、恥ずかしながら骨肉の争いがおきておりまして、それ以前のことは分かりかねますが。」

「それでも3代に渡っているのであれば優に100年は経っているだろう?その時点ですでに”大魔導士”であるならば。。人間の枠は超えているのではないか?」

 出てくる情報がいちいち現実離れしすぎて、興奮しつつも現実味がなくどこか冷静な自分に困惑する。


「もちろんです。ですが我が辺境伯領としては、守り神であるヨランダ様を大切にしていきたい。」

「守り神とは。。」

「あの森がなぜ”困惑の森”と呼ばれているかと申しますと、ヨランダ様の魔力結界によるものでして。。そしてどうして結界を施しているかと申しますと、あの場所には精霊が住んでいるのです。それをヨランダ様は守り続けてくださっているのです。」

 胸に手を当て、ここにいない彼女への敬意を払うように深々と首を垂れるその姿に、”守り神”として崇めているのは確かなのだと思わざるを得ない。


「・・・ですから、我々がご婦人に出会うことができたことを不思議そうにされていたのですね。」

 副官デリーがやっと理解できたといわんばかりに何度も頷いている。

「そうなのです。あのお方が結界内に人を入れることはほぼありません。あの二人の子は森に捨てられていた所を気まぐれで拾ったとおっしゃっていました。今まであの近くで瀕死の旅人がいたとしても助けられたことはありませんでした。」

 フルフルと首を振るルーゼン卿を見ながら、我々は首を傾げながら目を見交わす。


「僕は普通に民家を見つけましたよ?雨宿りできる家があってラッキーだと。。」

「そうだった。特に結界を抜けた感覚もなかったよな?」

「見た感じも話をしてても、普通のおばあさんと子供たちでしたよね?」

 隊員たちがこそこそと話をしているが、俺としても同じ感想だ。あの穏やかなおばあさんが”大魔導士”とはとても思えない。


 だが。。俺の結論は同じだ。


「それでも、ヨランダ様と子供たちが戦禍に巻き込まれることは見て見ぬふりをできない。一宿一飯の恩義を果たさねば。」

 俺がそう言いながら隊員たちを見渡せば、皆も同じ気持ちだったようで、清々しい笑みを湛えて強く頷いてくれた。


「ですが、オルティース公爵。彼女の結界があれば、近くで激しい戦闘が起きたとしても、兵隊たちがあの結界内に入れないでしょうし、戦いとなれば、この国でも敵う者はどれだけいるのかと。」

「もちろん承知している。だが、戦いが長引くことになれば、食料も心もとなくなるだろう。結界が維持されているのであれば、なおさら支援物資を送り込めない。結界の維持方法なども分らないからなんとも言えないが、一時避難の意志だけでも確認したい。断られたのであれば、食料補給の方法を考えるとしよう。」

 良し。と自分の案に満足していると。。


「まぁこう言っては何ですが、そもそも論として、我々をもう一度結界内に導き入れてくださるとも限りませんがね。」

 デリーの一言に、俺とルーゼン卿がハッとしてしまう。


「はっはっは。確かに。」

「すっかり失念していましたね。」

 ヨランダ大魔導士の存在を話すことに集中しすぎて、当たり前のことに頭がいってなかったことに苦笑する。



 そして今後の兵の配置など諸々の手配を大急ぎで済ませ、俺たちの隊はまた来た道を引き返す。


「お会いできますかね?」

 デリーは少々不安気だ。

「いくら大魔導士の気まぐれといえど、子供たちを大切にしていたのは伝わってきた。それに、それほどの方であるならば、我々よりきな臭さを感じ取っているかもしれん。話しだけでも聞いてくれる可能性はあるだろう。」

 そうは言いつつも俺は何故だか会えるという自信があった。根拠のない自信なのだが。。


「そろそろですねぇ。」

 先頭を行く隊員が声を上げた時だった。

「・・・っ!!」

 いつもの霞が横切り、つい顔を横向けてしまった。。が、その視線の先、木陰に。。


「子供だっ!!!」「急襲だっ!!!」

 おばあさんの家にいた男の子が木陰から飛び出したのと、隊員が声を上げたのが同時だった。


 素早く周囲を確認すれば、敵は3人。すでにこちらに攻撃態勢で飛び出していた。

 飛び出した子供は何かを抱え込み庇うようにうずくまろうとしている。


「・・・クソッ。」

 公爵の身体で柄にもない言葉を吐いた。思考は田之上信二だ。子供の存在は俺しか気づいていない様子。

 公爵の部下たちの人並外れた戦闘力であれば、敵を倒せると信じて、俺は子供へと身をひるがえした。


「・・・・クッ。」

 子供の前に到着した刹那に左背中に衝撃を感じた。その直後には灼熱感に襲われる。

 背中に視線を向ければ矢が肩口に刺さっていた。それでも

「大丈夫か?」

「・・・ぅ。。。うん。」

 恐怖に震え、子供が大粒の涙を零した。

「大丈夫。我々の隊が敗北したことは一度もないんだ。」

 ポンポンと子供の背中を優しく叩くと、

「・・・ごめんなさい。。」

 と震える声で絞り出していた。

「気にするな。君たちに会いに来たのだから。無事ならそれでいい。」

 少しでも安心してほしくて頭を撫でてやりながら、抜剣し周囲を窺う。


 既に交戦している部下達。人数的にこちらの方が多い。それでも敵は手練れなのだろう。苦戦を強いられていた。

 剣がかち合う音と怒号が静かな森に響く。


 それにしても背中の痛いこと。。いや。痛いなんて生易しくない。。手術するのは得意なんだが。。。手術される側はなぁ。。。と何故だか思考力まで落ちてきて、ぼうっとそんなことを考えてしまった。


「閣下っ!!!大丈夫ですかっ!!」

 隊員の声で我に返る。

「あぁ。矢傷は骨で止まっている。問題ない。皆は無事か?」

「・・・・はい。」

 言葉を濁した隊員に瞬時に状況を把握する。怪我人が出たのだろう。と。


「誰がやられた?」

「それが。。。デリー副官です。」

「・・・・っ!!」

 隊員の顔色からただならぬものを感じ取り、デリーの元へと走る。


「・・・これは。。」

 絶句してしまった。医師である俺だからこそ分かる。。この世界でこの傷は絶望的だ。

 腹を切られ、一部内臓が出てしまっている。。

 傷口を縫合したところで、内部の血管や筋などまでは、設備のないこの世界では無理だ。しかも術後の感染症を防ぐ薬もない。薬剤を投与できないことも致命的なのだ。

 現代に戻ることができたのなら、古い設備のキヌタの病院であっても、俺ならば対処できたはずなのだ。

 

 悔しさがまるで身体中に広がるように。。無力感に包まれようとした時だった。

「おばあちゃんのとこ。。行く?・・・助けてくれるかは分かんないんだけど。僕を助けてくれたんだってお願いしてみるから。」

 少年は涙を溜めて俺を見上げた。その腕にはこの子が助けようとしていたであろう猫が抱えられていた。


 その言葉に正気に戻る。俺は何をしようとしていたのだ。俺の右腕であるデリーに絶望的だからと、何もせずに諦めようとしていたなんて。


「ありがとう。彼の手当てをするにも、土の上よりも、家の中で行った方がいいんだ。ちょうどおばあさんの所に行こうとしていたところなんでね。助かるよ。」

 ポンポンと少年の頭を撫でようとして、左手を持ち上げたところで激痛が走り、矢が刺さったままだったのを思い出した。


 隊員に矢を抜かせ傷口を洗ってもらい、とりあえずの応急処置をさせる。何せ傷口を見ることができない。想像するしかないのだ。傷口を覆っておけば、暫しは何とかなるだろう。

 デリーは一刻を争うのだ。命に関わらない傷は後回しだ。



「その枝を落とせ。。。そうだ。。。上着をここに通して。。。」

 デリーの身長ほどの枝を2本用意させ、隊員の上着を脱がせ、ボタンを嵌めて万歳した形で枝に通す。3人分を通すと。。

「・・・担架になるんですね。。」

 現代では知られた方法だが、この世界では珍しいようだ。確かに戦場では竿などないから、助けるにしても担ぎあげるし、そもそも他人を助けていては自分の命が危険にさらされる。

 しかし現代で使う物干しざおではない。強度が分からないので、そこは運ぶ隊員たちに枝の異常を気にするように念を押しておいた。


 子供の先導のもと、おばあさんの家に着く。

 馬から降りるのも背中の傷が痛み辛い。しかも早くも熱でもでてきたのだろうか。。少々ぼうーっとする感覚がある。


「おばぁちゃ~ん。」

 子供は家に戻るなり、ほっとしたのだろう、ヨランダ様の顔を見ると号泣しはじめてしまった。

「よいよい。分かっておる。無事で何よりじゃ。」

 男の子の背を撫でながら、彼女はこちらに顔を向けた。


「そのベッドを使っておくれ。」

 そう言ってデリーを寝かせると、奥の戸棚へ向かい、その扉を開けると。。。


 びっしりと並べられた小瓶や包み紙。手慣れた様子でそれらのいくつかを手に取り、小鍋を火にかける。

「そなたも腰をかけなされ。背の傷を治さねばな。」

 と手招きしながら俺を見てくるので、言われるがままにキッチンの小さな椅子へと腰かけた。


「申し訳ないが、ヨランダ様。私はデリーの傷を手当てしたい。」

 丁重に断ったのだが、

「そなたの傷が先じゃて。毒が周りはじめておる。そなたが治られば、部下の傷も治せまいて。」

 そう言われて初めて自分が毒に冒されていたことに気付いた。

 先ほどからの熱っぽさや強い倦怠感は毒から来ていたのだろう。


 10数分して、煮込まれた鍋を火から外すとおばあさんはそれに手を翳す。シュッと小さな音がしたかと思うと、先ほどまで出ていた湯気は見えない。


 ヨランダ様は鍋の液体を椀に入れて俺の元まで来ると、

「ワシのことはルーゼン殿に聞いたな?」

「はい。秘匿事項であることは重々承知しております。」

「よい。隠してくれと言ったわけでもないでな。」

 そうして背の傷に椀に出来上がっていた薬液を塗り始める。先ほどまで火にかけていたのが嘘のようにひんやりと冷たい。

 やはり手を翳した時に魔法を使ったのだろう。


「ワシは魔導士なのでな。回復や治癒の魔法が使えぬ。代わりに薬学を学んだのよ。」

 しっかりと薬液を塗り終えると傷口に新しい布を貼り付けた。

「あの時、そなたが庇ってくれねば、あの子は死んでおったであろう。この系統の毒は強いからの。じゃがこれでそなたの毒は消えようて。」

 出来たとばかりにポンと傷口の上を叩かれて、上着を着直す。


「それほどの毒だったのですか?」

「そうじゃな。あの者どもは、この辺りを通る旅人を使っていくつかの毒の効能を試しておったようじゃ。結界を出たトトを偶然見つけたようじゃった。」

「・・・そうでしたか。」

 そんな話をしていてふと気づく。こんな物騒な話、普段であればうちの隊員たちが騒がないはずがないのだが。。。シンと静まっているかのよう。不思議にデリーのベッドの方面へ目を向けたが、皆は変わりなく彼の看護をしているようだ。


「聖騎士様。我らの周りには防音結界を張っておりますぞ。それと時間経過魔法もですな。僅かにこちらの時間経過が早くなっております。少し長話したところで、怪我人にとっては僅かな時間じゃ。気にせず話を続けましょうぞ。」

 何でもないかのように言うが、俺は驚きに固まる。いくらファンタジーな世界と言えど格が違い過ぎる。”大魔導士”恐るべし。。。


 とか若干の現実逃避をしつつ、気になっていることを聞くことにする。

「ヨランダ様。昨日も否定しておりますが、私は聖騎士団員ではありません。」

「ふっふっふ。今では”聖騎士”がおらぬでな。その名に肖ってつけられた”聖騎士団”の方が有名になってしもうただけじゃ。昔は”勇者”や”賢者”、”大魔導士”と同じく”聖騎士”がおったのじゃよ。」

 またも何でもないかのように言う彼女。。。


 思考停止レベルじゃ済まない。俺が??俺の話し????


 固まる俺を見て楽しそうに懐かしそうに笑うヨランダ様。目の前にいるのになんだか遠く見えてしまった。。。


次回 1月22日(月)更新予定です。

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