14.辺境伯領に入る
明日から毎週月曜日更新を基本にしていこうかと思います。
そして食卓。。と床には、これでもかという量が並んだ。メインは唐揚げと熊肉が並ぶ。
おばあさんにはフレンチトーストをメインで。子供達と隊員たちにはデザート代わりに少しずつ作っておいた。
「他国の料理ですから、お口に合わないかもしれませんが、思いついたものがこれでしたので。」
俺が頭を下げていると、
「早く食べようよぉ。」
と弟クンの催促に、全員が顔を綻ばせ、それがきっかけとなり、皆が思い思いに食べ始めた。
おばあさんと子供達は小さな食卓テーブルに。俺も誘われたが、隊員たちと床で食すことにした。
「閣下が料理をなさるとは知りませんでした。」
子供たちに聞こえぬよう、デリーが俺に耳打ちしてきた。
前世でな。とは言えないので、
「静養中に目を通した本に載っていてな。」
「本を読んだだけでこれほどの物を御作りになるとは。。流石です。」
とまるで神でも崇めそうな勢いのデリーだが。。日本で両親が死んでから自炊していたから慣れたものさ。とはもっと言えない。賛美の声には頷きだけ返しておく。
だが、一番心配なのは、おばあさんだ。メインの料理が口に合わなければ、肉は食べることができない。
立ち上がり、食卓へと向かう。
「いかがでしょうか?食べられそうですか?」
一口だけ食べて手が止まっていた彼女に声をかけると、
「もうパンは食べられぬと思っておった。。しかもこれほど柔らかく甘いものは。。初めて食べた。世の中にこれほど美味しいものがあったとは知らなんだ。。」
その言葉と共に、大粒の涙が零れ落ちた。
「うんうん。僕も、こんな甘くて美味しいの初めて食べたよ。」
「そうだね。。」
3人とも感動していたようだ。
砂糖は貴重とはいえ、我々の手持ちにはまだ余裕があり、置いていくことにした。もちろん、フレンチトーストのレシピと一緒に。
「うちの嫁にもレシピいただけませんか?」
「この唐揚げというもののレシピも。」
隊員たちも口々に求めるものだから、「あとでな。」といつも通りの鉄面皮で答えておく。
だが、このおかげで、畏怖される対象であった公爵の印象が随分と和らいだように思う。
一晩を無事に乗り切り、レーション以外の調味料や小麦粉など手持ちの食材をお礼としてこの家に置いていく。
何度も拝むように感謝されながら、子供たちは見えなくなるまで手を振ってくれ、隊員たちは笑顔を返し、我々は出発した。
和やかで平和なひと時は終わりだ。
改めて気を引き締め直した我々は冷たい軍人の目に戻り、未だぬかるみがある道を注視しながら馬を走らせた。
遅れた日程に急ぎつつ、デリーに声をかける。
「昨日の輩だが。」
「コンラード領の傭兵が混じってましたね。」
「やはりか。」
「南部人も混じってましたよ。」
「・・・本当か?」
「はい。隠れ潜んでいた者の中に、フードを被っていた者がいたのですが、南部人特有の入れ墨が首に見えました。」
『・・・・・。』
絶句する。。コンラードの手の者がいたことは想定内だったが、まさかすでに南部人までいたとは。
「クーデターでも起こす気か?」
「時期尚早でしょう。」
「だが。。」
「えぇ。急がねばならぬことは分かりましたね。」
全員が頷く。
何を起こす気かは知らないが、良くない事が起きるはずだ。しかもすでに隣国人を取り込んでいる。
最悪、戦争になりかねない事態だ。
昨晩は予定外に休養時間が多くなったおかげで、隊員も馬も疲労が抜けた状態でルーゼン辺境伯領に入ることができた。時間的にはロスが生じたが、体力が回復した状態でいることは結果オーライか。
「オルティース公爵。ご無事で何よりです。」
ルーゼン卿の第一声、”無事に”という言葉に眉がピクリと反応すれば、彼もすぐに続ける。
その話を纏めると、先発させた2人が何者かに襲われたそうだ。
ラリアンは重傷を負いながらもルーゼンの元へとたどり着いたが、ケントの行方は未だ不明。
「ラリアン殿の怪我は深く、報告後に気を失ってから、未だ眠っております。」
「手当いただき、感謝する。」
そして状況を擦り合わせる。
ラリアンたちを襲ったのは、我々と遭遇した者たちと風体が似ていた。コンラードの手下で間違いないようだ。
「オルティース公爵からの書簡が無ければ、干ばつの対処も国境の衛りも間に合いませんでした。感謝します。おかげで密偵を捕まえることができました。」
そう言ってルーゼン卿が頭を下げる。
だが、捕虜を捕えたことは僥倖であろう。全く口を割らないらしいが。。
「私の得意分野だ。」
ニヤリと嗤う。。。公爵の鉄面皮からは黒い笑みは出るようだ。。むしろこういう時は出ない方が良い気がしたが、
「腕がなりますね。」
隣を見れば、デリーも負けず劣らず黒い笑み。。流石”黒闇の公爵”に憧れているだけはある。
そうして、我々が動けば。。。
ものの1時間もかからずの尋問で全容が明らかとなった。
デリーは「私にお任せを。」と一番弟子を名乗るだけあって、その手腕は大したもので、駆け引きなど一切なく、容赦ない攻めで口を割らせていた。。。拷問のやり方に弟子とかいらんだろっ。
口を割った密偵は。生きてはいるが虚ろな目でまともな単語にもなっていないことを呟いている。。廃人決定だな。
俺はというと。。強い吐き気に襲われたが、なんとか堪えた。
分かったことは。。
コンラード領地には外部に秘匿にされた暗黙のルールがあった。
国境付近において、ある一定の場所までは、野盗だろうが、隣国の南部人であろうが、所謂、弱肉強食だというのだ。
その範囲に村があろうとそれは適用され、強い者が勝つ。強さはもちろん腕力でねじ伏せるも良し、金にモノを言わせるでも良し。らしい。
そのため、村人たちは怯えて暮らさざるを得ないという。だが、その危険地帯であれば、税率は少なく、貧しい者たちが集まるようだ。
野盗どもも考えたもので、”村”という単位は崩さない。その理由は、村人がいなければ作物などが手に入らなくなるからだ。女子供の人身売買も行われているが、村を存続させるために、ある程度計算されて行われているようなのだ。
そして今回の干ばつ。
自領では立ち行かなくなりそうだと、ようやく気付いたコンラードは、隣領のルーゼン辺境伯領に目を付けた。数年前にも幾分かの領土を奪ったが、もはやそれでは足りないのだろう。あわよくば、目の上のたん瘤であるオルティース公爵領も手に入れたいと考えた。
ルーゼン辺境伯領で野盗と南部人を争わせ、国境を守るべき辺境伯が、野盗をのさばらせておくとは何事か。と難癖をつける算段。そして、追われた奴らはオルティース公爵領地へと逃げ延び、そこでも揉め事を起こさせ、管理責任をオルティース公爵に押し付けられれば万々歳らしい。
「浅慮すぎる作戦だな。」
呆れてものが言えないとはこういう時に使うのだろう。俺が大きなため息を付けば、
「四大公爵家の名を汚すとは。」
ルーゼン卿も頭を抱える程に馬鹿な作戦だ。普通ならばさらに裏があるのではと考えるのだが、そこがコンラードという男。強欲なのだが。。イマイチ頭脳戦には向いていない。先代は狡猾で有名だったのだが、当代は全くもって頭が弱いというか詰めが甘いというか。。身内としては面倒なのだが、敵となれば容易い相手ともいえよう。
ルーゼン卿と目の前に地図を広げる。
隣国との国境に赤い線を引く。
コンラード領の国境は峡谷が連なり天然の防護堀となっている。
我がオルティース領は資金が豊富なため、強固な城壁で隣国と隔たりを設けている。さながら”万里の長城”だ。
そしてルーゼン領。ここは一番国境との隣接面が長距離だ。そして獣やモンスターが多く生息する深い森があるため侵入したところで突破率が下がるため、防護柵があるのみ。
そのため今までも攻め入られることは度々あったのだが、そこは”辺境伯”だ。屈強な国境警備隊を配置している。過去何度も攻め入られている場所には、国軍の前線基地もある。
だが、穴というのはあるもの。今回はそこを狙う算段らしい。外から攻め入りにくい場所であっても、内から手引きするとなれば話は別だ。
密偵からは数か所の候補が挙がっていた。。
「あの密偵が全てを知っているとはもちろん思わぬが。。」
「確かにこの場所であれば、内からの手引きがあれば突破可能ですね。今まで突破されなかったのは、この場所の森が”困惑の森”と呼ばれる迷宮並の複雑な地形であるが故。そのために、この場所は警備もさほどしておりません。」
差したその場所は、コンラード領との境。確かに詳細な地図が無ければ通り抜けるのは難しい地形だ。
「ならばこの場所が最有力候補だな。デリーこの場所の指揮はお前が執れ。」
地図を囲み作戦を立てていくのだが。。一つだけ気掛かりが。。
「なぁ。デリー。この場所だが。」
「えぇ。あの民家が近くにありますね。」
「避難させねばな。」
そう、昨晩世話になった、おばあさんと子供たちが住む民家がある付近なのだ。万が一にでも戦闘に巻き込まれてはならない。そう思っていると、
「・・・民家。とは?」
ルーゼン卿が難しい顔で我々を見る。深い森の中にある年寄りと子供だけの小さな民家がポツンと一軒。領主が把握などしていないだろう。しかもギリギリコンラード領だ。
「あぁ。この辺りに小さな民家があるのだ。年老いた婦人と子供が二人住んでいるようだったな。」
「・・・まさか。。あの家に辿り着いたのですか?」
目を見開くルーゼン卿の様子を不思議に思いながら、
「あぁ。昨日夕刻に突然の豪雨に遭ってな。運よく民家を見つけ雨宿りをさせてもらったのだ。雨でずぶ濡れになった我々に少ないだろう食料でもてなしてくれた。2時間ほどで雨が止んだのだが、道は馬を出せぬほどぬかるみが酷かったので、一晩やっかいになった。」
俺が昨晩の様子を話せば話すほど、ルーゼン卿の驚きは深まっていく。
「・・・ヨランダ様の結界を抜けるとは。。」
ブツっと小さな一言を放って、ハッと息をのみルーゼン卿は失言したとばかりに口を手で覆った。
”結界”。この世界では無くもない話だろうが、それこそ人間は魔力が少ない者しかいない世界。結界まで張れる人間は相当珍しいのではないだろうか。しかも隠れ住む。何か理由がありそうだ。
「ルーゼン卿。我々は国の中枢にいるとはいえ、特殊部隊員だ。口は堅い。しかも世話になった民間人を売る様な者は私の部下には居ない。そうだな?」
ルーゼン卿の顔色は優れないままだが、後ろにいる部下たちに口止め兼念押しをすれば、
『はっ。』
当然の如く、寸分の乱れもなく返事が返ってきた。
「何か隠しごとがおありのようだが、お聞きになった通り口を割るような者はいない。先ほどの間諜へ行ったような拷問を受けたとしても。そしてこう考えてはいただけないか?我々が国の中枢にいるからこその後ろ盾があると。」
いつも通り公爵の身体は尊大な言い方ではあったが、こういう時には絶対感が出て良いのではないか。。。と中身の俺はちょっとドキドキしながらルーゼン卿の出方を窺う。
ルーゼン卿は目を瞑り大きく一呼吸すると、覚悟を決めたように目を開けばその瞳は強い意志を感じさせた。
「何度も助けていただいているオルティース公爵のお言葉です。ですから心よりの信を置くからこその発言と、どうかご承知おきくださいませ。」
厳重なほどの念の押し様にただならぬものを感じるが。。公爵はもとより、医者としての田之上信二であっても守秘義務は当然のことである。
「無論だ。信用を裏切る真似はしないと誓おう。」
俺の一言に強く頷き、ルーゼン卿は話を始めようとしていた。