13.森の出会い
本能が警鐘を鳴らした。
その直後だった。
「おいおいおいぃ。。こんなところに人がいるとはなぁ。物騒じゃねぇかぁ?」
下卑た笑いの野盗と思しき者たちが現れた。見たところは7人だが、あと数人が隠れ潜んでいるようだ。
皆に目線を送れば、流石は俺の部下達。彼らも隠れている敵がいることを把握した様子。
こちらは8名。。相手の出方次第では戦闘になる。
だが、こんなところで時間を喰いたくない。奴らの動きをもう少し見極める必要があるか。
「そう警戒するなって。。俺らは冒険者なんだよぉ。」
下卑た笑いはこいつの標準装備らしい。
胸糞が悪い。しかも”冒険者”だと?見え透いた嘘をつきやがって。。何が目的だ?そう思うが、まだ早いもう少し様子見だ。
「冒険者なのか。。それにしては大所帯だな?」
「まぁな。東の国境がきな臭いってんで、道すがら一緒になったパーティーと今から向かうところよ。で?お前さんたち、あっちから来たよなぁ?向こうの状況はどうだったぁ?」
「我々はベッケン領の商会の者だ。確かにコンラード領地から来たが、あの橋を見て、道を間違えてしまったことに先ほど気付いたところだ。初めて南方に来たので、状況と言われても、それが普通なのか緊迫していたのかすら判断がつかないのだが。。」
デリーが北方の領土である”ベッケン伯爵領”の通行札を出して経緯を説明した。
当然、嘘なのだが。。。
「・・・そうだったかぁ。。こんな国境沿いを屈強そうな奴らがうろついてるから、どこぞの軍人か斥候かと思ったんだがなぁ。。」
通行札を覗き込んだ男は、それが本物かどうか確かめ、それでも疑いが晴れないのか、こちらをじっとりとした目で値踏みする。
「国を数か月かけて縦断するのだから傭兵を雇うのは当たり前だろう?僕の雇った傭兵たちは北方では知らぬ者はいないほど強いのだぞ?たかが冒険者のお前たちなど一捻りだっ。」
皆の陰になっていた一番小柄の隊員がまるで子供の様に口を尖らせ前に出る。この隊員、こうしていると17,8にしか見えないが、実のところ29歳で公爵より年上。。童顔にもほどがある。
「・・若様。。無用な争いはせぬとお約束なさいましたよね?」
「お前は無礼な物言いをされて僕に黙っていろと言うのか?」
「まぁまぁ坊ちゃま。そう憤慨なさらず。。この後、馬を走らせ続ければ夜半にはルーゼン卿の元へとたどり着きますから。」
「何っ!!まだあと半日もかかるのか?お前たちが道を間違えなければっ。。。。」
「そうおっしゃらずに。。」
俺とデリーの後ろにいた面々が小芝居を打っていると。。。
「・・・ったく。。うるせえガキだなぁ。。まさか本当に旅人とはな。。お前らもガキのお守りたぁ大変だなぁ。。まぁ足止めして悪かった。今の時間からルーゼン領都まで本気で行く気かよ?どのみち領主様が夜中に入れてくれるわけなんてねぇがなぁ。。まぁがんばれよ。じゃぁなぁ。」
男はしっしっと手を振って、興が失せたと言わんばかりに背を向けて歩き去って行った。
「・・・まったく。。僕を馬鹿にしやがって。。お前らさっさと行くぞ。父上からお預かりした豚の専売契約の書面を一刻でも早くルーゼン卿に結んでいただかねば。。」
「坊ちゃま。。お待ちください。」
「水がまだ。。」
あえて大きな声でガヤガヤと支度して馬に跨ると、小走りにその場を後にし、奴らに付けられていないかを確認しながら進む。
そこから無言で1時間ほど走らせたところで今度は急に空模様が怪しくなってきた。
「これは一雨来そうだな。」
というが早いか、ポツリと一滴。。。と感じた直後には。。。
ザァァァァッァァァァ。
ものの5分でバケツをひっくり返したかのような大雨となってしまった。
馬を走らせることなどできず、堪らず木陰へと入った。
「野盗の次は大雨とは。。ついてませんね。」
デリーが大きくため息をつく。
「だがしかし。。さっきの小芝居はなんだ?よくあれで騙せると思ったな。」
思わずクックと笑ってしまった。とはいえ、鉄面皮の公爵。口角が僅かに上がっただけだったが。。
「閣下が。。。笑った?」
ホラー映画を見ていたのかと言いたいほどの皆の顔。。
「私が笑ってはいけない決まりでもあったか?」
標準装備の鉄面皮に戻ってデリーを睨めば、
「そのようなルールは私も知りませんが。。閣下の表情が緩む姿を拝見したのは。。。そういえば初めてですね。。」
「・・・・・。」
デリーの言葉に言葉を失った。笑わない人間っているのだろうか。。
「ま、まぁ仕事中であったからな。。」
「今も任務中です。」
「ま、まぁなんだ。そんな日もある。」
「そうですね。閣下も。。。」
「・・・人間だぞ?」
しどろもどろになったところにデリーの冷静な返し。だがやはり上官に対する畏怖があるのだろう。濁した言葉にはこちらからとどめを差してみれば、若干顔色が青くなっていた。
だが、そんなことで俺は怒らないさ。だって中身は俺だから。
「閣下。この先に民家があるようです。納屋と牛小屋がありますから、雨宿りできるかと。」
偵察に行っていた者から有益な情報が上がった。
しかも牛小屋には現在1頭しか飼われていないらしい。であれば、馬たちも入れてもらえるだろう。
偵察者の言葉通りに20分ほど歩けば民家へと到着した。
「すみません。旅の者ですが、牛小屋で雨宿りさせていただきたく。」
「えっと。。。ちょっと待ってて。」
随分低い位置にある覗き穴が開き、そこに先ほどと同じように身分証代わりの通行札を見せる。
ガチャリ。
「えっとぉ。旅人さんは何人ですか?」
「8名だ。」
「おばあちゃーん。8人もいるって。」
「まぁまぁ。入ってもらいんさい。」
「はーい。」
小さく扉が開くと、12,3歳の男の子が顔を出し、後ろにいるであろう”おばあちゃん”に伺いを立てた。
促されるままに家に入る。
「この雨で大変でしたねぇ。狭い家でもてなしはできませぬがよろしいかのぉ。」
奥から薄い藤色の髪をしたおばあさんから返答があった。
「いえいえ。こちらこそ無理を申し上げました。人数も多いですから、主と執事の二人だけお邪魔させてください。我々は牛小屋で過ごしますから。」
隊員たちは玄関に立ったままで断りを入れたのだが、
「聖騎士様のお仲間をそのような場所で過ごしていただくわけには参りますまい。スープ程度しかご用意はできませぬが、どうぞ冷えた身体を温めてくだされ。」
揺り椅子に座り目を瞑ったままのおばあさんの言葉に皆で目を見交わし合う。
「マダム。。我々は聖騎士団ではありません。」
デリーが困惑しながらも答えると、
「ふふっ。聖騎士団様ではありませぬよ。聖騎士様ですじゃ。」
そう言って満足そうに何度も何度も頷くおばあさん。
こうなったお年寄りの話は自己完結しているので、しばらく放っておくしかない。今喰らいついたところで、有力な話は出てこないだろう。田舎医者時代の経験だ。
そっと皆に目配せしてこの話が終わったことを伝える。
そして。。
「お待たせしましたぁ。」
と先ほどの男の子の姉と思しき少女が湯気の立つ木の椀を持ってやってきた。
皆に「粗末ですけど温まります。」と言って配って回る。
中身を見れば、野菜と乾燥肉が入っている。
「有り難くいただこう。」
そう言って俺が口を付ければ皆も同じように飲み始めた。
確かに日本の庶民出の俺からしても質素な内容ではあるが、家の中を見るに、辺境の一軒家で子供と老人の暮らしで乾燥肉まで入れてあるのは贅沢なのではなかろうか。。しかもなんだか身体が芯から温まった様な気がする。
「・・・薬草まで入ってこれは温まりますね。」
ポツリと言った隊員の独り言で俺の疑念が確信に変わる。
「マダム。無理をさせてしまいましたね。」
「なんのなんの。聖騎士様が来て下されたのに、こんな粗末な物しか用意できませぬで。。」
首を振り本当に何でもない事かのように振る舞うおばあさんではあるが、8名もの隊員たちの為に家の中の保存食は尽きてしまったと考える方が自然だ。
しかも、目の前にいる姉弟の体つきは細く、普段もかなり粗食であろうと思われる。
見渡した家の中にはベッドは3つ。となれば、おばあさんと姉弟の3人暮らし。子供ではこのスープに入っている乾燥肉を仕留めに行くのも苦労したはずだ。
外の気配からは雨音は止んでいた。
「マダム。雨は止んだようですが、先ほどの雨量では森を移動するにもぬかるみが酷いようで。。今晩はこのまま泊めていただけませんか?」
そう提案すると、
「寝具が足りませんが。」
「旅をしていますから自分たちの分は持っています。屋根をお借りできるだけで我々は助かります。」
そう言えばおばあさんも安心したように頷いた。
「・・・さてと。。君たちは肉は好きかい?」
「えーっと。。」
「うん。好きだよ。」
唐突な俺の質問に姉は返答に困っていたが、少年は素直に頷いてくれた。
「そうか。ならば少し待っていてくれ。宿代には足りぬが、夕食は私が作ろう。」
と立ち上がれば。。。またしても隊員たちがギョッと目を見開く。。
まぁ公爵が言うようなセリフではないか。。
ポンと弟クンの頭を撫でて、「クロード、ちょっと付き合え。」と隊員の一人を指名する。
「すぐに戻る。」
とだけ告げ、呆然とする皆を置いて家を出た。
「閣下。。どうするおつもりで?」
「ここに来る途中、あなうさぎの巣がかなりあった。あの大雨では巣の中には留まれまい。外に出たウサギを狩ろう。」
「あぁ。ウサギですか。それはいい。」
「多めに狩れば、乾燥肉にもできるだろう?」
「流石閣下です。」
そんなやり取りをして、自信満々に歩みを進めつつも。。。見つからなかったらどうしよう。と内心焦っていたが、公爵の鉄面皮は健在で余裕綽々に見えていただろう。
「戻った。」
いつもながら尊大に帰ってきたが。。。皆の視線は俺のカラの手元に集中していた。
姉弟の視線が痛い。
が、
「大量たいりょーう。」
扉にたたずむクロードの手には、5羽のうさぎ。
「まぁ。夕食には足りますか。」
とデリーが冷静に批評するのだが。。
「ま、レッドグリズリーも狩れたのでな。」
と戸口を差す。
『・・・おぉぉぉぉ。』
隊員たちの声が喜びに震える。
そう、レッドグリズリーという熊の魔獣はそもそもレベルもさることながら滅多に姿を見ない。そして味は何より美味いのだ見た目に反して柔らかくジューシーな肉質なのだ。さらには毛皮も珍重され、歯は鏃に使えるため、素材としても高く売れる。
「これで、8名分の宿代には足りるだろうか。」
俺の言葉に、姉弟はぽかんと口を開けっ放しだ。おばあさんにいたっては俺たちを拝み始めた。
ならば宿代としては事足りると見ていいだろう。
とその時は安心していたのだが。。。あとから調べたところ、レッドグリズリーの素材は、なんだかんだ兵士の給料の半年分にはなるそうだ。この子たちの家なら年収以上にはなっただろう。。ぽかんとしたあの顔も納得だった。
そんなことだったとは知らない俺は、シャツの袖を捲り小さなキッチンに立つ。
ふむふむ。食料担当の隊員が持っていた香辛料と小麦粉。この家にあった調味料と片栗粉。そしてウサギの肉。
隊員たちは未だ外でウサギやレッドグリズリーの肉を解体中だ。今夜食べる熊肉は外で焼くつもりだ。
余った分は干し肉にするよう言いつけてある。
なので、俺はキッチンで子供も大好きなアレを作るのだ。
こちらに来てからまだ食べていないアレ。。まぁ常にフルコース料理の公爵家では庶民食が出てこないだけかも知れないが、隊員たちに聞いたところ知らないという事なので、試しに作ることにした。
そう、万人受けするであろう、からあげを。
料理は好きでもないが嫌いじゃあない。得意かと言われれれば、不得手ではない。俺にとって料理は科学実験のようなものだ。レシピ通りに作れば失敗などないのだから。
「ねぇねぇ。何を作るの?」
弟クンは興味津々で、姉君はメモを取るつもりだ。
「本当は鍋いっぱいの油で揚げると美味いんだが、これだけしかないからな。」
と目の前の植物油を見て、揚げ焼にすることにする。。。
そう思っていたのだが。。ふと思い出す。ラードの存在を。
あれだけ大きなレッドグリズリーだ。脂身も多いはず。と。
その予想は的中し、上質なラードが手に入った。というよりも、期待以上だった。
植物油よりは濃いが、ラードのようなこってりさが全くないのだ。。
鍋いっぱいの油が仕上がったところで、ウサギ肉の下味も丁度いい具合についた。
ジュワァァッァァァ。
粉を付けた肉を入れるたびに弾ける音。俺としては食欲をそそる音だが、初めて聞く皆は驚きを隠せない。
油を使う際の注意事項をしっかりと子供たちに教え込みながら肉を揚げていく。
11名分のからあげ。しかも軍人の腹を満たすにはどれほどの量を揚げなくてはいけないのか。と思ったが、外からは熊肉の焼ける音もしている。ほどほどで良いだろう。
と、その前に、この世界の皆に受け入れられるかも分からない。
「味見をしてくれるか?」
と揚げたてのからあげを子供たちと補助していたクロードに渡す。
「うわー。。カリカリでおいしい。」
「うんうん。ジュワァッてするね。」
「これは。。美味いっすね。」
零れる笑みを見て成功を確信し、残りの肉も揚げることにした。
「でもおばあちゃんは食べれないか。」
そう言った少女に問えば、歯が悪く、今はパンですら硬くて食べることに苦労しているらしい。
見れば王都で見るような柔らかいパンでなく、保存がきく水分量の少ない固いパンが置いてあった。
さすがにレーションは持っているが、パンの手持ちはない。
少し思案して、こちらも妙案が浮かんだ。
「クロード。少し肉を見ていてくれ。この色になれば問題ない。」
そう言い残して、空の鍋を持ち、牛舎へ向かう。記憶が確かならば、雌牛だったような気がする。
「よし。」
戻った俺の手には牛の乳。
「・・・それ。どうするの?」
「料理に使うのだ。」
「牛の乳って、飲んで大丈夫なの?」
「あぁ。むしろ栄養価が高く飲むといい。」
この世界では、ヤギの乳が主流で、牛の乳を飲む習慣が無かった。物珍しそうにしているので、俺が一口飲んで見せれば、子供たちも安心したようだ。
カチカチのパンをスライスして、牛乳、卵、砂糖を入れた卵液にパンを浸す。フレンチトーストにするのだ。
砂糖はこの世界では貴重で高価なものだが、我々はエリート集団。もちろん手持ちを使い切ったとして痛くもかゆくもない。遠慮なく使い、子供たちが喜ぶように少し甘めの味付けにし、仕上がりにも砂糖を振りかけた。
目の前にでき上がった料理を見て、こちらでも料理が問題なくできることは素直に嬉しい。
さて。。皆の評価はどうなるだろうか。。。
きっと気に入ってくれるさ。という少しの自信と。
初めての味に受け入れられないかも知れないという少しの不安を抱きながら配膳をしたのだった。