12.違和感
なんだかんだありつつも、遠征はやってくる。
今回は、南の国境付近へ向かう。以前から問題になっていた干ばつが本格化する予測が立てられ、国境付近がキナ臭くなってきたらしい。
現在は盗賊団がチラホラしているが、干ばつが進めば、南の隣国からの難民や困窮した民の暴徒化など問題が出てるくはずだ。
南部に位置する領地で国境に面しているのは現在3か所。
西側に我が公爵家領地、真ん中に横長のルーゼン辺境伯領地。そして東側にコンラード公爵領地。
我が領地は公爵家私兵団を既に配置しており、領民には不足した水も供給し問題はない。
また、ルーゼン辺境伯には書簡を送り、こちらも対応済みのはずなのだが。。。
問題は、政敵でもあるコンラードの領地だ。特に教えてやる義理もないので放置していたのだが、案の定、先を見通す能力のないコンラードはただの水不足と捉え、対策を怠っていたのだ。
そのために、飢えた素行の悪い領民の一部が盗賊となり、いくつかの集団を作ってしまったようだ。
しかもコンラード公爵家と隣国との国境付近は険しい渓谷が多く、格好の隠れ場所ともなってしまっている。自国側でもそれなのだ。隣国側とて同じこと。。まして隣国は土壌の問題から、肥沃な土地が少なく、常に食糧難が付きまとっている国で、治安も悪い。
こちらに流入する輩を排除する対策が必要となってくる。
先発隊からの報告が上がり、今後の軍の方針を決めるために、我々が派遣されることになった。
本来ならば、統合司令官である公爵が前線に出ることは無いのだが、自らの領地も国境に面しており、土地勘も他の司令官たちよりも持っている為に、向かう事となったのだ。
馬を走らせ5日かけてようやくコンラード公爵領地へと入った。
普通ならば10日以上かかる旅程であるが、流石は国の要職である”統合司令官”の遠征。
機動力を重視し、休憩・宿泊する場所には次に乗る馬が用意され、馬の休息を考えずに先に進める。
もちろん軍の遠征であるので、馬車も使わない。自国内でもあるので、補給物資の運搬も必要なく、ただただ前に進むことに専念できるようにさせた。
「やはり国境に近づくにつれ貧困と治安の悪さが目立ちますね。。」
部下の一人が呟いた一言に納得してしまう。”公爵家領地”であるのに、この治安の悪さはいただけない。しかもなぜここまで貧困が進んでいるのか。。
目の前に広がるのは貧困にあえぐ村。活気などというものは全くなく、家もあばら家ばかりで、飢えた子供が虚ろな目でもう動ける力もなく道端に座り込んでいる。
今回の干ばつによる飢餓が始まるには早すぎる。
「水不足が深刻だからといってここまで貧しくなりますかね。。」
「確かにな。。道中には畑もあったし、果樹園もあった。あれらは。。」
「重税となっているかもしれませんね。」
重い空気が流れる。
この国では徴税は領主に一任されている。それらをまとめて領主が国に収めるのだ。領主の納税率は国で定められている。なので悪徳領主は領民に重い徴税を課し、国への納税との差額で懐を温めることになるのだが、それを行えば領民は飢え、働こうにも飢えた身体では思うように働けず、となれば税を収められない。そうなったところで、領主は取り立てる。という負のスパイラルに陥るのが分かり切っているために、そんなことをする領主はごくわずかだ。
しかも公爵領。そんなことをしなくともそもそもが良い土地ばかりを持っているのだ。
この領地とて普段は肥沃な大地である。
「・・・解せんな。」
俺は一言だけ呟き、周囲の警戒を始める。
生きるか死ぬかの村人からすれば、助けてもくれない軍人たちなど敵も良いところだろう。
既に睨みつけるようにしている者も幾人もいた。暴徒化する可能性がある。
民たちの不満が募れば、領地管理に問題が出る。反乱ともなれば王への報告も必要となってくる。野放しにすればするほど心象は悪くなる。良いことなど一つも無い。なぜこの状態を放置しているのか。。
「ここはもういいだろう。国境へ向かう。」
「はっ。」
村の状況は見ることができたのだから長居は無用だ。ここでこの治安の悪さとなると、肝心の国境の状態も心配になってくる。予想以上に深刻な状態かも知れない。苦虫を潰す。
国境の状態把握は早い方が良いだろうとその足で向かうことにした。
「・・・まずいな。。」
「・・・ですね。。」
崖の上に立ち、眼下を見下ろせば、報告通りに野盗どもの巣窟になっていたがその数が多い。
それは隣国側にも。。ここまで集まっているとは想定外だった。
「あいつらがどう動くか。」
「最悪、手を組む可能性もありますね。」
「うむ。」
そう。一触即発ならばまだかわいいものなのだ。もしも手を組まれてこちらの国になだれ込みでもしたら。。。先ほどの貧しい村では満足できるはずもなく、いくつもの村を蹂躙することになるだろう。。
万が一を考え、小隊を後方に控えさせていた。そして中隊もルーゼン辺境伯領に待機させてある。
「ルーゼン卿の元へ早馬を。国境へは中隊を投入せよ。後方の小隊長にはすぐに護りに入るよう伝えよ。」
「はっ。」
すぐに指示を飛ばすが、何か嫌な予感がする。ざわつく感覚が何なのかが情報が少なすぎて判断が下せないのがもどかしい。。
「デリー副官。」
俺は公爵の右腕であるデリーに声をかける。今の中途半端な俺よりも的確な判断を下せるだろう。
「進軍ルートとしては、ここだな。」
俺は地図を広げていくつかあるうちの一番大きい谷を差す。
「えぇ。ある程度の人数で攻め込むとなれば。。ですが。」
「ならば少人数の奇襲ルートに関しては?」
「把握しているのはこの3ルートですね。」
トントントンと小さな谷をデリーが示す。
「投入すべきと思うか?」
「そうおっしゃるだろうと思い既にガイア班を派遣しております。」
「流石だな。」
「ですが、なにぶん、少数精鋭班ですので、本格的な進軍があった場合には時間稼ぎにしかなりません。」
「十分だ。」
公爵の身体で瞬時に浮かんだいくつもの可能性をデリーは阿吽の呼吸で対応してくれていた。頼りになる男だ。公爵が右腕にしていたのも納得だ。
「だが。。何かが引っかかる。。このまま国境に添って我が領地まで横断したいのだが、どう思う?」
「閣下が私に判断を仰ぐ日が来るとは。。ですが、良い判断かと。」
「ではすぐに向かおう。」
「はっ。」
そうして、我々はコンラード公爵領を後に。。。はせず、遠征を続けていることを装うこととした。
コンラードの事だ。この事態を気付かなかった。というのも十分あり得るのだが。。あいつならば、良からぬことを考えている可能性もある。
「いいか。お前たちはこのまま東側へ進んでいけ。あくまでもコンラード領地の国境を巡視しているように見せかけるのだ。」
俺の指示に皆が頷く。その出で立ちは。。俺と副官の服を着用した我がオルティース公爵家騎士団の者たち。統合司令官の顔など、国境付近の領民たちが知る由もない。相手の制服を見て身分を知るくらいのものだ。替え玉とは気付くはずもない。
コンラードが密偵を送ってきたとしても、顔が判別できる距離まで近づくことなどできないだろう。我が家の騎士団は今回のような影武者の役目はしょっちゅうなので、俺や副官の仕草は完璧に真似る。よって、離れた場所からの偵察者の目など容易く欺ける。
筆頭貴族である我が公爵家。こういった影武者的な場面や護衛の為に常に周囲に気付かれぬよう数名の騎士が同行していた。今回も役に立つ。
ま、バレても特に問題はないのだが。邪魔をされるのは面倒なのだ。
そうして餌も播き終えて、我々は逆方向、西側へと馬を走らせた。怪しまれないように3分の2は東側へと向かわせたので、こちらの戦力は心もとないとも思うが、少人数であるからこその機動力でもある。
冒険者のような服装に身を包み、ルーゼン辺境伯領を目指すこととなった。
馬を走らせていると、時折、目の前に霞みが横切る様な不快感がある。
何かが横切っていくような邪魔な感覚に小さく顔を振る。
王都にいた頃よりも、遠征に来てから回数が確実に増えている。しかもただでさえ森の中で足元を注意して進まねばならない状況。。
「・・・はぁ。。」
気を付けていたのに、ついため息を吐いてしまった。
「閣下。いかがなさいましたか?」
デリーが馬を寄せ、周りには気付かれないように小さな声で問うてきた。
「・・・。少し話がある。しばし休憩を。」
彼は小さく頷ずくと先頭まで走り、すぐに休息の時間を設けた。
俺が小さく手を挙げれば、人払いのサインだ。デリーを残し、皆は話し声が聞こえない一定距離まで離れ、休息をとりつつも周囲の警戒にあたっていた。
「・・・閣下。体調が優れませんか?」
「・・・ん。。正直なところ、自分でも分からぬのだ。」
デリーの気遣う声に思わず弱音が出る。医師であった俺自身もこんな症状を知らないのだ。脳に障害があれば、視野におかしな症状が出ることは承知だが。。人それぞれ千差万別。目の異常というより、どうしても脳に何かしらの異常が起きていると考えてしまう。
「ひと月の闘病で、体力は完全には戻り切っていないのだが、問題はそこではなくてな。」
本当は指揮官が弱音を吐くべきでないのだろうが、今後突然何かが起きた場合を考え、公爵の記憶の中で最も信頼のおけるデリーには話しておくべきだと判断した。
「頻度が多いわけではないのだが、目の前を霞が横切る様な症状が続いている。遠征に来てから回数が増えた。もしも突然の敵襲があった際に、その症状が出てしまえば、敵の攻撃を喰らう可能性が出てくる。であるからして、お前にだけは話しておくべきだと判断した。」
低い声で打ち明けると、彼の目は見る見る開かれていく。
「・・・閣下。私にこのような重大事項をお伝え頂くとは。。。信頼を頂いたと。。。自惚れてもよろしいのでしょうか。。。」
手を白むまで握りこみ俯いたデリーの声は震えていた。
「もちろんだ。先ほども言ったように、信のおけるデリーだからこそ打ち明けたのだ。もしも私が遅れをとり皆を危険に晒し、足手まといになるようなら、容赦なく切り捨ててくれ。これが病の後遺症であるならば、今後も治る保証はない上に、病自体が治っていない可能性もあるのだ。皆を巻き込むわけにはいかぬ。」
俺は包み隠さずに伝える事にした。皆の命を預かる立場である以上、指揮官が足を引っ張るわけにはいかない。デリーならば、俺に万が一があったとしても皆を纏められるだろう。公爵の記憶から、彼が皆に慕われているのは見て取れた。
「・・・ぅ。。くっ。。。。」
何故かデリーは苦しそうな息を漏らし、そして大きく深呼吸すると、バッと顔を上げた。
「申し訳ありません。。私は。閣下の事を。。。閣下に対する忠誠が。。ぅぅ。。。このデリー。。命を懸けてお護りすると誓います。」
躊躇いつつ迷いつつ。それでも最後には力強く言った彼の目は潤んでいた。
「デリー。。少し暑苦しくないか?」
公爵の身体の支配権があったが、部下の言葉に心を動かされ、俺は俺なりの精いっぱいの冗談で照れ隠ししてみると、デリーは目を見開いて驚いたかと思うと、潤んでいた目からポロリと溢れた涙が零れ落ち。。
「・・・ぅ。。。閣下。。私は。。。私は。。」
流れ落ちた涙を拭くことも無く、デリーが感情を見せてくる。
「私は。。閣下に憧れて。。あえて過酷なこの隊を。。嫌われようと汚かろうと命がけとなろうと、それを厭わない閣下の崇高な精神に感銘を受けてこの部隊を志願したのです。けれど時に仲間の命すら懸けねばならぬ決断を下すのは。。私には迷いがあったのです。。顔色を変えずに命を下す閣下に。。まだほかにも手立てがあるのではと、思ってしまう事が。。。しかし。。病からお戻りになった閣下のお姿は。。・・・ぅ。。。やはり心を鬼にしてこれまでの決断を下されていたのだと分かりました。。。僅かでも心を揺るがせてしまった私をお許し下さい。。。これより先、私は身命を賭して閣下に付いて行きます。。。ですからどうぞ。。。ぅぅ。。。」
デリーの告白は驚くほど情熱的だったのだが。。
いや。公爵の命令はマジで迷いなく下してますから。
ガチの鬼ですから。
そこに人間的なモノはありませんから。。
病後の姿は俺だから。。
ツッコミどころが多すぎるのだが。。それを言えるわけなく。。
「頼りにさせてもらうぞ。」
そう呟いて彼の背を撫でれば、デリーの男泣きを促してしまったようで、落ち着くまでに暫しの時間を要した。
デリーの状態も落ち着いたところで、皆にも一言を。
「国境の状況は危惧する状況である可能性が高い。バリーとジャックは直ちに王都へ。ラリアンとケントはルーゼン辺境伯の元へ。我々はこのまま我が領までの国境沿いを横断し状況を見極める。万が一敵と相対したならば。。分かるな?」
『はっ!!!』
全員の声が揃う。
俺はバリー組とラリアン組にそれぞれ書状を渡せば、彼らは逡巡なく出発する。
我々もそれを見送り先を急ぐ。
敵と相対したならば。。。あの先は、たとえ仲間が犠牲になろうとも、任務を完遂せよ。との言葉だ。当然、俺自身が死したとしても、それはそれ。国を守るためには必要な犠牲なのだ。というのは一般論で、司令官である公爵の身は最優先事項として守られるはずだ。。
しかし、デリーにも言った通り、俺自身の体調の不安が拭いきれない今、先の言葉は”俺も含めて”となった。俺と共に行くことになった皆にはもしもの時はデリーから伝えられるだろう。
皆はあえて再確認した俺の言葉に目を見開き、驚きを隠せないでいたが、デリーが男泣きをしていた現場の話し声は聞こえずとも姿は見ていた。優秀な彼らの事だ、皆まで言わずとも何かあったのだろうとは理解しただろう。一様に神妙な顔になったがそこはエリート部隊。むやみに上官に異論を唱える者はいなかった。
半日ほど馬を走らせると、ルーゼン辺境伯領が見えてきた。
「あの橋から向こうが辺境伯領となりますね。」
デリーが指差す先には、小さく石造りの橋が見て取れる。崖の上から皆で見下ろす。
「この崖を迂回して橋まで行くには、あと2~3時間と言ったところか。。小川もあるし、ここで一旦休憩を取ろうか。」
地図を見ながら俺がそう言うと、皆は静かに頷き、馬を休ませる。
直線距離で言えば、橋まではそう遠くないのだが、如何せん山を一つ越える程度の崖に阻まれている。かなり回り込まないと橋に行けないのだ。
夕刻までには辺境伯領に入っておきたい。自国とはいえ治安に不安の残るコンラード領で野営は避けたい。
デリーと今夜の野営地をどこにするかと地図を見ていると。。。
「・・・・っ!!!」
ザワリと本能がうごめいた。
「警戒しろっ!!」
俺の声で、全員が一斉に抜剣し、警戒態勢に入った。