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11.苦さと甘さと


 歩きながらセバスチャンに先ほどの件を伝えてみる。。。


 予定以上の時間をマーガレットの部屋で費やしてしまったために、朝食の時間はほとんどない。大股で足早に急ぎつつ、話をしていたのだが、後ろからセバスの足音が聞こえなくなった。有能な彼に限って遅れをとるとも考えられず振り返ると。。


 デジャヴか???


 先ほどのマーガレットと侍女アナベルと同じようにものすごい形相で固まっていた。

「まったく。。世話の焼ける。」

 溜息をつくが、原因は俺の発言であることは明白。少し呆れてセバスに並ぶとその背中をそっと押し、歩みを促す。


 動悸がしていそうなセバスに合わせて、今度はゆっくりと歩む。食事を摂る時間が無くなっても構わない。。彼にはそれほど苦労を掛けているのだから。


「・・・あの。。坊ちゃま。。」

 有能な彼にあるまじき表情。。眉を寄せ困惑をさせて。。

「セバス。。皆まで言うな。。お前の言いたいことは重々承知している。。だがな。あの生死を彷徨う時間で私も気づかされたのだ。死生観を全て覆す程で、今までの私は最低な男であったのだと自覚した。。全ての人の痛みに寄り添うことは今後も立場上できない。けれども、そうでない場面まで鬼となる必要もないだろう?マーガレットの心の傷を癒してやることは残りの人生をかけても全てを取り去ることは無理かもしれないが、それでも少しでも忘れられるようにこれからは過ごしてほしいと心から願うのだ。。。セバス。お前にも苦労ばかり掛けて本当に申し訳ない。。だが、私の傳役はお前しかいないのだ。頼りにしているぞ?」

 押している彼の背中が震えたかと思うと。。。


「・・・・ぼっちゃまぁぁぁっぁ。」

 セバスチャンの涙腺が崩壊した。。というか。。。背中に触れた瞬間に公爵とセバスの記憶が蘇ったのだが、その記憶の中でもセバスが涙する姿を見ていない。しかも声を上げて泣くなど。。

「お前も年をとったな。」

 そう呟きながらセバスチャンの背中を撫でる。幼いアルベルトが泣くといつも彼がそうしてくれたように。

 

 

 セバスチャンのただならぬ様子に、屋敷中の使用人たちが集まり始め。。。

 彼の涙が止まるころには、本当にほとんどの使用人が集まっていた。。


 仲間の異変に心配をする使用人たちの心根の優しさが嬉しく思っていたのだが。。。

 おい。ゼぺト。。御庭番が庭を空にしてはダメだろう。。とここにいてはならないメンバーを見つけた。

 そんな俺の視線に気づいたのか、

(問題ありません。最低限は残してきました。)

 というハンドサインが返ってきた。


「・・・申し訳ございません。取り乱しました。。」

 丁寧にハンカチで涙を拭い、それを仕舞うと、セバスチャンは改めて俺に向き直りいつもの素晴らしい姿勢をさらに正し。


「わたくしめは先ほどの旦那様のお言葉を聞き、改めてお誓い申し上げます。このセバスチャン。命の限りアルベルト・フォン・オルティース様に忠誠をお誓い申し上げます。」

 胸に手を当て、執事らしい美しい最敬礼がなされた。


 その様子に邸内のざわつきはより一層大きなものとなったのだが。。。


 時間切れの俺は、その後が気になりつつも出勤時間となってしまった。。。


 残された屋敷では。。。

 セバスチャンから公爵の言葉が全ての使用人に対して伝えられた。

 俄かに信じられない内容ではあったが、証人であるアナベルからもマーガレットの部屋での件が伝えられると。。。


 有事にも即対応でき、ちょっとやそっとの事では動じない超一流使用人の面々に衝撃を与え、使用人たちが現実と受け入れるのにかなりの時間を費やしたらしい。



 王族と親類関係でもある公爵家当主が、自らの身分以下の者たちに頭を下げるなどという事は貴族としてしてはならぬことであり、あり得ないことなのだが、それがまた”黒闇の公爵”だの”鬼畜”だの言われている公爵が発言したともなれば、使用人たちの衝撃は計り知れなく、有能な使用人たちの業務が一時全停止するほど屋敷中に激震が走ったという前代未聞の出来事は、オルティース公爵家、始まって以来の大事件となったのだった。。。。



 

 

 俺の発言が公爵家の使用人たちを揺るがした衝撃から1週間。


 やはり交流はほとんどないが、セバスチャンからの報告では、マーガレットが少しずつ部屋から出るようになったと聞いている。青い鳥”ブルー”の世話も戸惑いながらも可愛がっているようだ。

 

「時計塔にはまだ行っていないのか?」

「はい。塔の上まで登らねばなりませぬので、まずは体力をお付けになるよう、侍女長が見守っております。」

 セバスと侍女長の気づかいには驚かされる。確かに引きこもりだった女性がいきなり塔のてっぺんに登るのはキツイ。当たり前だが階段しかないし、俺が登った体感では、マンションの5階分はあったように思うのだ。それをいきなりでは無理があった。


「明日からの軍の遠征では2週間は戻れない。私が不在の間にマーガレットに何かあってはならぬから、時計塔に登るのは、私が戻ってからにしてくれないか?」

「それは直接奥様にお伝えくださいませ。」

「・・・。ではセバスは私が戻るまでに階段に手すりを付けるよう改修をしてくれ。」

「かしこまりました。」

 恭しくお辞儀をしてセバスが下がる。


 まぁ俺としても直接伝えたいのはやまやまなのだが、何せ顔を合わせる機会が中々訪れないのだ。

 ”呼び出し”には過度の緊張を与えると前回学んだから、食事や茶に誘うのも気が引ける。

 かといって、廊下で偶然すれ違うということもほぼない。

 少し思案して。。。妙案が浮かんだ。


「・・・旦那様。お呼びでしょうか?」

 俺の部屋付きの侍女だ。彼女はメイド服を着用してはいるが、庭師たち同様、裏の顔を持つ使用人。諜報には長けている。

「マーガレットと話がしたいのだが。。まぁ分かるだろう?私が呼び出せば仰々しくなってしまう。。。。」

「・・・ですから、偶然を装いたいと?」

「・・・まぁ。そんなところだ。」

 俺の言葉に被せて見透かされたことに若干の気恥ずかしさを覚えるが、話が早くて助かるのも事実。しかも、


「先ほど図書室へ向かわれましたから、あと1時間ほどはご滞在なさるかと。」

「・・・っ!!・・・そうか。よくやった。。では行ってくる。」

 タイミングが良いな。。すぐに行かなくては。と足早に部屋を後にした。



「・・・さてと。。遠征の前に、もう少し資料を。。。」

 扉を開けるなり、とってつけたかのような独り言を呟き、マーガレットを驚かせないように俺の存在をアピールする。。。。さながら熊除けの鈴になった気分だ。


 ットットット。

 絨毯張りの床を慌てた様子の音が近づいてくる。


 棚の数が多く、キョロキョロと周囲を探すような素振りのマーガレットを見つけ、

「あぁ。マーガレットも来ていたのか。」

 と、さも今気づいた風を装えば、彼女も俺に気づき、スカートを少し上げて膝を折り淑女の礼をする。公爵を迎えなければまた叱責が待っていると染み付いた恐怖が俺を探させたのだろう。


「つつがなく過ごしているか?」

 コクン。と頷き。

「怪我はもう良いか?」

 コクン。と頷き。

「ブルーのことは迷惑でないか?」

 コクン。と頷き。


 報告ですべて知っているが、彼女から直接聞けば安心する。


「庭園は散歩したか?」

 コクン。とまた頷く。

「庭のことはゼぺトに言えばいい。どんな我儘でも君の希望を最大限叶えるよう、言ってあるからな。」

 フルフルフル。と首が横に振られ、侍女の持つ紙に何かを書付た。


---とても素敵なお庭でした。散策の機会を与えてくださいましたこと、感謝申し上げます。見ているだけで幸せですから、要望など畏れ多いことは何一つとしてございません。----


 なんて不憫なのだろう。。公爵の妻なのだぞ?屋敷の全てを自分好みに変えることとてできる立場であるというのに。。虐待とはここまで人の尊厳を壊してしまうものなのだな。と改めて突き付けられた。


 この公爵の身体があとどれほど持つかも分からない。俺の魂が元の世界に戻ってしまうかも知れない。残された時間が分からないが、もしも短くとも。せめてその間だけでも。。。


「マーガレット。。私は王族に次ぐ地位を持っている。君はその妻なのだ。贅沢の全てが良いとは言わぬが、湯水のように自分に金をかける公爵夫人も多い。だから君が希望を言うことが”畏れ多い”などということは絶対にないのだ。使用人の皆も君のことを気にかけている。君が我儘を言ったほうが喜ぶというものだ。」

 そう言ったが、マーガレットは顔を伏せたまま動かない。

「恐れながら旦那様。。奥様はご実家でもご自身のお部屋のみでお過ごしだったそうで、先般からの旦那様のお言葉に困惑されております。奥様の知識はとても素晴らしいのでございますが本の情報のみでございまして。。庭を散策なさることですら、戸惑われました。。ご自分でお決めになったり意見を持つことが不安のようでございます。」

 侍女アナベルがそっと俺に耳打ちで伝えてきた。。実家での虐待もある。自らの意思を持つことすら許されなかったのだろう。


「・・・そうか。。」と俺は顎に手を添えて少し迷ったが、

「なぁ。マーガレット。伯爵家ではあの屋根裏部屋で過ごしていたのか?」

 コクン。

「階下の令嬢用の部屋は?」

 フルフル。


 想像以上の劣悪な環境に置かれていたようで、思わず額に手を当ててしまった。

 だがそれは侍女も同じだったようで、俺の質問で初めて”屋根裏部屋”に押し込められていたと知ったようだ。アナベルの顔には悲しみと同時に怒りが垣間見える。


 くそっ。蝶よ花よと育てられるはずの貴族の令嬢が。。。屋根裏部屋など使用人でも住まわせない。それ以下の待遇だったなど。。。許せない。。。今の俺には地位も金もあるんだ。。まぁ俺が稼いだわけじゃないが、この際、身体は公爵なのだ。使ってやるさ。


「アナベル。」

「・・はい。」

 俺は侍女に的を絞ることにした。

「いいか、私は”机上の空論”は意味がないと常々思っている。あくまで実践が伴ってこそ、身につくものだ。」

「・・・はい。」

 俺の一言に、何が言いたいのか分からず、侍女アナベルは戸惑いの相槌を打っている。


「であるならば。だ。。これからはマーガレットには。。私の妻になってよかった。。は無理かもしれないが、この屋敷に来て良かったとは思ってほしいのだ。」

 そこまで言うと、俺の思いが段々と分かり始めたようで、アナベルが鼻息荒く、「はい。はい。」と力強く嬉しそうに頷き始めた。いい兆候だ。


「今までは私の相手をするためだけに着飾らせ身体を磨き上げていたが。いや自ら言っていて情けない話だが、事実であるから致し方ない。っと話が逸れた。。。そうではなく、これからは彼女自身のために。ここが重要だ。分かるか?」

「はいっ!!」

「金額は問わん。マーガレットが自分らしく過ごせるよう、先日も言ったが、ドレスだろうが宝飾品だろうが、食事だろうが、本だろうが。部屋の改修だろうが。彼女のために!!」

「良いのですか?」

 力強く言い放つと、アナベルも胸の前で両手を握りしめ興奮気味にキラキラした目を向け食いついてくる。

「もちろんだ。私の本気を見せてやる。。」

「はいっ!!私も奥様のことをっ!!」

 アナベルは感極まって涙を浮かべ始めた。これは”同士”と見て間違いない。


「私は全力で甘やかすつもりだが、君はどうする?」

「わたくしとて、奥様付き侍女を自ら望んだのですよ?奥様が光り輝くようにお世話したかったのです。それなのに旦那様が。。」

 と興奮していたのが、語尾の一言はボソボソと小さな声で。

「私がどうした?」

 分かっていて意地悪をしてみれば。アナベルはしまったという表情を隠すように顔を伏せる。

「遠慮するな。鬼畜の所業の私に使用人一同”反吐が出る”思いだったのだろう?」

「そっそこまでは。。」

「そこまでは。ということは多少なりとも思っていた。。と?」

「・・・・。」

 手を握りしめアナベルが黙り込む。

 すると、マーガレットが彼女の前に庇うように進み出て、胸に手を当てフルフルと首を横に振る。


「すまない。少しからかっただけだ。マーガレットが心配することは何もない。アナベルもだ。ただ私の想いを具現化してくれそうな感じを受けたので、”同士”かどうかを探っただけだ。」

「・・・同士。。ですか?」

 二人は不思議そうな顔を僕に返してくる。


「あぁ。これからの私はマーガレットを甘やかす。それこそ砂糖が味気ない砂粒かと間違える程に、私の甘やかしっぷりは極甘だと思え!!」

 パチパチパチ。。

「旦那様。。。素敵ですぅ。。。」

 アナベルは拍手喝采に喜び。。。マーガレットは意味が分からないようできょとんと呆けていた。


「では同士アナベルよ。今この時から甘やかしたいとは思うのだが、明日からの遠征の準備の為に時間がない。2週間後に私が戻り次第、この件を始動しようと思う。。となれば、主人と使用人という立場ではあるが、マーガレットの件に関しては君とは”同士”でもある。今までの鬼畜は封印した。安心して私に接してくれ。遠慮があるとマーガレットに対する甘やかしに支障が出る可能性があるからな。」

 自分で言っていて馬鹿馬鹿しいとは思いつつ、アナベルが真剣に食いついてくれるものだから、可笑しいまでの茶番になってきた。


「かしこまりました。旦那様っ!!奥様に幸せになっていただけるよう、今まで以上に誠心誠意お仕えいたしますっ!!」

 顔を紅潮させるほど興奮して、これでもかという満面の笑みでアナベルが答えた。

 ようやく距離を置かれていた使用人の一人をゲットできた。。だがこれでいい。これまでの公爵の鬼畜さからいけば、地道に関係改善をはからねばならないだろう。崩壊している信頼を取り戻さねば、この先の公爵家に未来はない。


 全くもって行きたくもない遠征だが、帰ってこればマーガレットを甘やかせると思えば、少し気が晴れたように感じるのだった。。。


 

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