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10.規制解除


 思わずマーガレットに心を吐露してしまった翌日。


 当然朝食にマーガレットは来ない。公爵が当初に命令したからであるが、彼の気分次第では呼び出していたこともあるようだ。。

 だが、鬼畜な野郎。。何かとマーガレットを部屋から呼び出すときはロクな事をしていない。

 そもそも癇癪持ちだったようで、何が地雷なのかは記憶を見ただけでは判断できぬほど、些細なことにもいちゃもんを付けて、彼女を好きにしていたようだ。。

 そんなことを毎度されていれば、怯えるのも無理ないだろう。。


 ”何もしないから食事だけでもどうだ?”と直球で言えば言うほど胡散臭くもあるしな。。


 せめて顔を見たいだけなのだが、モヤモヤする。。

 しかし焦りは禁物。彼女がこの屋敷に嫁いできて1年にも満たない中で、実家でも暴力の虐待を受け、ここでも内容は違えど虐待を受けていたとなれば、心の傷は奥深い。しかも髪色の差別も加わっており、幼い頃からの擦り込みもある。となれば現代日本の医学でも完治させられないかもしれない。それほど精神疾患は難しいのだ。


 絶望的な感覚にとらわれるが、俺がここにいる間は、せめて怯える生活からは解放してやりたい。

 俺の身に降りかかっているこの”入れ替わり”の現象には、あとどれほどの時間の猶予があるのだろう。

 少しでも彼女の心が軽くなる時間をもらいたいと、マーガレットの顔を見るたびに想いが強くなる。



「マーガレット。。朝からすまぬな。。様子を見に来たのだが。。。入っても良いか?」

 扉を開けさせたが、彼女の気持ちを最優先させたいと思い、入り口でそう声をかければ、マーガレットは慌てて奥から走ってきて俺にソファーを勧めた。やはり公爵の顔色を窺う事が染みついているようだ。

 そして侍女に持たせていた鳥かごをそっと前に出す。


「・・・いや。。鳥の様子じゃなくてだな。。君の怪我の様子を聞きに来たんだが。」

 と言葉を濁すと、彼女は、ハッとして頭のガーゼを触りながら、小さく頷きを返してくれる。


「そこは傷が少々大きかった。痕が残らぬと良いのだがな。。あと後頭部はまだ腫れているだろう?痛みは大丈夫か?酷くなったりいつもと違う事があれば、すぐに侍女に言うんだぞ?それから。。。」

 思いつくことを連ねていると、マーガレットが俺の顔を覗き込み、胸に手を当てて首を横に振る。まるで私は大丈夫と言っているよう。そしてすぐに小鳥を前に出してきた。


「ブルーを診ろと?」

 俺をじっと見つめるマーガレットの後ろから、侍女が申し訳なさそうに、

「はい。。ブルー様がご飯を召し上がらないのです。旦那様にいただいたお水は召し上がっておりましたが。。僅かしかございませんでしたので、無くなりましたらどうしたものかと。一応どのような水か確かめるため舐めてみたのですが、特別なお味がしておりましたので、特殊な魔法水などであったかと。。」

 そう言って深々と頭を下げた。


 いや。そんな貴重な水じゃないですけど?ただのスポーツドリンクですけど?

 とはいえ、この世界では水分補給の概念もないかもな。。

 作り方を教えておけば今後も不安が無いだろう。


「特別なものではない。マーガレットも容易に作れる。作ってみるか?」

 とりあえず彼女が頷く。。。


 ここに来てようやく気付いた。。俺の問いかけに、ほぼ”Yes”であることに。。

 まぁ口が利けぬのだから、YesかNoしかないのだが。。

 これも徐々にでも変えていかなくてはな。。


 だが、まずはスポーツドリンクか。。


 水・塩・砂糖・レモンを持ってこさせて、

「さぁ、これを混ぜるだけだ。」

「・・・・???」

「・・・・混ぜるだけ。。ですか?」

 あまりにも簡単なレシピに、マーガレットと侍女がきょとんと目を丸くする。

 そんな表情も可愛らしい。っと思考がずれた。


 混ぜねば。。。

 マーガレットに募る気持ちを抑えねばと無心にかき混ぜ。。られれば、有り難いのだが、一瞬で終わる。

 まぁ仕方ないか。。まずは彼女が公爵に持っている恐怖心を取り除くことが先決だ。

 俺のマーガレットに対する恋心など。。。捨てることはできそうもないから、全力で時間を短縮させるために努力をするのみだな。


「これは、人間が飲むにも良いのだ。運動後や熱を出した時など汗をかいた後には、ただの水を飲むよりもこれを飲む方が身体が水分を受け付けやすい。」

 そう言って、コップになみなみと注いで飲み干して見せる。得体の知れない物を口にするのは不安だろうからな。。

 俺が飲み干すのを見ていた侍女は、一生懸命に手を動かし、頷きながらメモをとり、マーガレットはじーっと出来上がったスポーツドリンクを凝視している。。

 これはどういう視線なのだろうか。。興味を示しているのならば。。

「マーガレット。。飲んでも問題ないぞ?味見してみるか?」

 俺の言葉に、顔を上げた彼女はやはり初めて見る水に戸惑っているのだろう、少しだけ迷ったようにして小さく小さく頷いた。


 やはり未知の味は怖いだろうからと、コップに一口だけ入れて差し出すと、おずおずと受け取って、コクリと飲み干した。感想が気になるところだが。。。


「・・・・ん。。」

 と吐息なのか頷きなのか。。ちょっと色っぽくも聞こえる初めて聞くその声に、思わずドキッとしてしまった。。公爵の記憶にある彼女の声は知っているが。。俺としては初めて聞く生声だ。。。これも可愛らしい。。と見惚れたところで気付く。。。。


 俺が飲んだグラスで試飲分を渡してしまったことに。。。

 これは。。。どう思ったのか。。。

 やはり怖くて仕方なく受け取ったのか。。。

 嫌いな公爵のグラスだもんな。。嫌だったろう。。

 何とか取り繕わねば。。。


「あのな。。マーガレット。。。。」

 あぁ。この公爵の身体はどうしてこんな高圧的なんだ???謝らねばならぬ場面でこの物言いは無いだろう。。と心の中では額に手を当てため息を付いているが、こいつの鉄面皮は相変わらずですました能面だ。。

 さらに印象を悪くしているのは明らかだが。。ここで止まるわけにはいかない。少しでもフォローしなくては。。


「すまない。私のグラスを無意識に君に渡してしまった。嫌な思いをさせて申し訳なかった。。いい機会だから、一つ伝えておきたい。。」

 そう言って一息つくと、マーガレットは表情を変えなかったが。。。侍女は明らかに身構えた。まぁそこは公爵家につかえるプロの使用人だ。公爵でなければ些細な強張りは見抜けなかっただろうが。。


「私も先般の流行病で生死を彷徨って気付いた。今さら遅いとは思うのだがな。」

 もう、そういう事にしてしまおうと思う。”中身が変わった”などという奇怪な出来事は理解できないだろうし、俺の身体がいつどうなるか分からない状況で明かすつもりもない。

 生死の境に晒されて死生観が変わるというのは良くある話だ。この先言動がおかしなことばかりになりそうな予感、いや確定だ。別人なのだらか。だからなんでもいいから理由付けをしたいが何も思いつかない。今思いついた苦し紛れの理由にしてしまえ。。。と高速で考えを巡らせた。


「今まで理不尽な扱いをしてしまったことは申し訳なく思っている。しかし婚姻した以上、私は君を守らねばならぬ。私のことは嫌悪する対象だろうが、離縁すれば女性にとっては不利益しかないだろう。だから君を守るためにも離縁はしないつもりだ。しかし、今までのように私の気分だけで、君を好きに扱うようなことはやめると誓う。これからは君の意見を尊重したい。嫌なことがあれば嫌とハッキリ示してくれて構わない。。いや。むしろそうして君の気持ちを示して欲しいのだ。」

 私の言葉にマーガレットと侍女は固まっている。。そりゃそうだろう。公爵ではありえない言葉なのだから。。これは俺自身にも楔を打ち込む意味でも言った。自分の意思でこの道を選んだわけではない。それでも、この世界で過ごす以上、責任はあるのだから。。


 固まっている侍女に視線を向け、

「アナベル、君は証人だ。この場だけの口約束ではマーガレットの不安は拭い去れないと考える。だから今日の私の言葉は使用人皆に伝えておけ。私からもセバスチャンには言っておく。もしも私が今までのように理不尽な行いをしたならば、使用人であろうと私を諫めてくれ。それによって君たちに不利益な扱いを私ができぬよう、書面に認め、セバスチャンに渡してもおく。良いか?」

 侍女アナベルは硬直したままだ。だが、聞こえてはいただろう。突然の主からのあり得ない言動に脳内処理時間が必要か。


 あとは。。。そうだマーガレットに対して肝心なことを忘れていた。

「それから、君に対しての行動の制限も解除する。もちろん髪色のこともあるから、すぐに屋敷の外にということにはできないが、邸内であれば、どこでも自由に過ごしてくれ。小鳥が大丈夫ならば、小動物も平気だろうか?表の庭園は整備された区画であるが、裏庭は使用人たちがくつろぐ場だ。だから比較的自然が残っている。前に”リス”を見かけたことがあるから、もしかすると今でも見ることができるかもしれない。庭園に関しては今朝、私自身も好きな野草を見つけて、少し植え付けるように指示したところだ。君も好きな植物があればゼぺトに命じれば、庭園か裏庭かは分らぬが、うまく植え付けてくれることだろう。図書に関してはセバスチャンに伝えれば取り寄せてくれる。どんなに珍しく高価な本でも構わんぞ?我が公爵家で出せぬ金額の本は今のところ聞いたことがないからな。あとは。。ダンスが好きならばホールも使って良い。侍女長はああ見えてダンスの腕は一流だ。ついでにピアノもな。話ついでだが、楽器類が気になれば、ホールの裏には楽団を呼んだときのための防音室と楽器用の倉庫がある。一通りは揃えているつもりだが、欲しいものがあれば言ってくれ。。それから。。」

「・・・ちょ。。。ちょっとお待ち。。頂けますか。。」

 侍女から待ったがかかる。。言ってない場所はまだまだあるが、今の内容だけでは説明が足りなかっただろうか?


「悪い。説明不足は重々承知している。伝えきれていない場所は今からだな。。」

「・・・そっ。そうではなく。。。メモが。。。追いつきません。。」

「あぁ。そういう意味か。。。問題ない。そのまま続けてくれ。。」

 そう伝え、アナベルが筆を進めている間に、マーガレットに向きあう。


「マーガレット。今のアナベルのように、気づいたことがあれば、都度、教えてくれ。。私は未熟者だ。。アナベルがメモを取っていることは把握していたが、構わず自分のペースで話してしまった。今のは私が悪いだろう?”気遣う”ということを知らぬのだ。これから覚えていく。だから私の至らぬ点を気づいたら教えてほしいのだ。」

 そうは言ったものの、突然の俺の豹変ぶりにマーガレットの頭はまったくと言っていいほど追いついていないのが良く分る。”混乱”が顔ににじみ出てしまっている。これ以上はさらなる混乱を招く恐れもあるか。。今日のところはここまでだな。と沈黙する。


「お待たせしました。」

 少しするとアナベルが筆を止めた。

「そういうことだから、邸の中での君が行ってはならない場所はほとんど作らない。。まぁ。私の執務室だとか、仕事に関する部屋については、国軍の機密情報に関わる部分もあるから、セバスからストップがかかるかも知れぬが、そこは理解してくれ。」

 ここまで来てもやはりこの身体は横柄な口ぶりだ。努めて優しく言っているつもりなのだが。。

 不便で仕方がない。田之上信二の身体ならば、にっこり親しげに接しられたものを。。


 少しだけ悔しく思っていると、不意にマーガレットが何かを書き始めたので、その筆先を追う。

(本当に。。どこでも良いのですか?)

「あぁ。行きたいところがあったか?」

(・・・時計塔。。。)

 文字ですら遠慮がちに俺の様子を窺うように滑らせている。。だが、初めて希望を言ってくれたのだ。ものすごくうれしい。


「問題ない。中は複雑で危ないから、一緒に。。。は嫌であろうな。。。うーむ。。。」

 顎に手を当て思案する。


「アナベルよ。行くのならば、侍女の中で万が一の際の危険に対応できる人選を。。時計塔の入口には警護兵を置き、上へは侍女3人をつけること。・・・・マーガレット。それでも良いか?」

 侍女に指示をし、マーガレットを見れば。。うれしかったのだろうか、口元が少しほころんだ。。。やはり美しい。。。提案して良かったと胸を撫でおろす。

「良し。では、行く際には、十分気を付けるのだぞ?」

 勢いで頭を撫でようと手を近づけると。。。マーガレットはビクリと反応してしまって、「すまぬ。」と慌てて手を引っ込めれば、マーガレットは視線を落としたが。すぐに俺の顔を見上げてくれた。そこまでの恐怖ではなかったのか。それとも辛さを隠したのか。条件反射で身が竦んだのだろうというのは痛いほどわかった。


 実のところ、昨晩より自分の気持ちや考えを押し付けすぎている自覚がものすごくあった。。

 拒否られでもしたら。。と思う反面、早々にこの状況を何とかしたいとの思いも強くあり、ついつい強引に話をしてしまったのだ。話を受け入れられたかもという高揚感で、少し調子に乗りすぎてしまった。。気を付けよう。


 と一人反省会をしていると、

「旦那様。お時間でございます。」

 セバスチャンの声で現実に引き戻された。

「では、先ほどの件は頼んだぞ。」

「はい。仰せのままに。」

 マーガレットをアナベルに任せ、俺は朝食のため階下に降りることにした。



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