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5月、二人の帰り道



 小学生の頃のことを思い返しながら歩いていたら、いつもは少し長く感じる帰路もあっという間だった。

 

 郵便局のある十字路まで来て、わたしははっと思いだす。この十数分、いろいろなことをやなぎんに質問した。部活は友達に引っ張られて入部した演劇部で裏方をやってるとか、相変わらず本が好きで、だけど最近は映画も好きだとか。予備校には成績がなかなか上がらない英語の強化のために通ってるとか。それらも大事なことだけど、肝心なことをまだ聞いていない。

 

「あの、やなぎん」

 

 ちら、と見上げながら呼びかける。

 

「……なに?」

 

 ちょうど角までたどり着いて、わたしたちの足は止まった。やなぎんは少しだけ私の方に体を向ける。

 

「連絡先、教えてくれる?」

 

 よし、聞けた!

 なんだか、改まって聞くのに勇気がいった。小学生の頃はお互い携帯なんて持っていなかったし、学校に行けば会えた。

 

「わかった」

 

 わたしは結構思い切って聞いたのだけど、やなぎんの返事はシンプルだった。

 なんだろう、気負ってるの、わたしだけかな。

 

「……なんか、沢渡さんと話してると、小学生の頃に戻ったみたいな感じがする」

 

 桐高のロゴの入った学生鞄からスマホを取り出して操作しながら、やなぎんはしみじみとそう言った。

 

「え、そう?」

 

 わたし、そんなに子供っぽいのか……。見てくれだけは女子高生ぽく装っても、中身がお子様なのはどうしようもないらしい。

 

「うん。だから、携帯とか……思い浮かばなかった」

「……そっか」

 

 似たような思いでいたことがわかって、少しほっとした。



 

 スマホの画面中央に浮かんだ、丸いアイコン。どこかの街の風景を切り取ったそれの下に、「柳秋典」の文字。

 数秒、不思議な気持ちでそれを眺めて、わたしは顔を上げた。

 ぱち、と視線が合う。すぐにそらされたけれど、なぜかあまり気にならなかった。

 

「ありがとう。じゃあ、またね」


 またね、の言葉に、彼は少し驚いたようだった。

 けれど、わずかに目尻を下げて頷く。

 

「うん、また」

 

 挨拶を交わして、背を向けて歩き出す。

 少し歩いたところで、わたしは一度だけ振り返った。黒い学ランを着た細い背中が遠くに見える。

 

(お腹空いたな)

 

 そこから家までの足取りは、なんだかいつもと違って、ふわふわとしていた。






***

 

 その次の週の月曜日。予備校に着いて、授業の前に空腹をなんとかしようと休憩スペースに入る。

 すると、窓側のカウンター席に見覚えのある後ろ姿があった。

 

「やなぎん」

 

 隣まで行って声をかけると、彼は肩をびくっと揺らしてこちらを見た。目がまん丸になっている。

 わたしはというと、声をかけてからしまった、と思った。やなぎんの耳にワイヤレスイヤホンがついている。後ろ姿では、髪に隠れて見えなかったのだ。

 手を合わせて、ごめん、というジェスチャーをすると、やなぎんは首を横に振ってイヤホンを外した。

 

「ごめん、音楽聴いてたのに」

「ううん、大丈夫。……こんにちは? 沢渡さん」

「あはは、挨拶迷うね。こんにちは!」

 

 疑問形の挨拶がおかしくて、少し笑ってしまった。

 

「隣、座っていい?」

「どうぞ」

「やなぎんもこれから授業?」

「うん」

「わたしもなんだ。でもお腹空いてるから先におやつ!」

 

 来る途中寄ったコンビニの袋から、がさがさと菓子パンを取り出す。メロンパンと、甘くないカフェオレ。

 よく見ると、彼も何か軽食を食べたあとだったようで、コンビニの袋と甘そうなコーヒー系の飲み物がテーブルの上にある。

 あまり見かけないパッケージだったので、少し迷ったけど聞いてみた。

 

「やなぎん、それ美味しい?」

 

 やなぎんは無表情でそれを見つめ、首をひねった。

 

「……思ってたより、甘かった」

「そっか」

 

 商品名、ほろ甘キャラメルラテ。うん、ほろ苦じゃないあたり、すごく甘そう。

 もしかしてそれで飲みきれてないのかな。

 

「学習スペース、飲食禁止だもんね」

「うん」

 

 やっぱり、食べ終わってても飲み終わってないからここに残ってたみたい。

 話しながらメロンパンの袋を開け、カフェオレにストローを差そうとして、思い立つ。

 

「あ、このカフェオレ、ノンシュガーだよ。少し飲む?」


 口直しにちょうど良さそう。

 やなぎんはキャラメルラテのストローから口を離し、固まった。

 

「………………え?」

「え?」

 

 なにか、変なこと言ったかな。

 そう考えて、気づいて慌てた。

 

「ごめんごめん、やだよね、あでもまだわたし口つけてないし……ってだめか、ごめん!」

 

 普段いっしょにいる友達が、女子同士での回し飲みを全く気にしない子たちだからか、ごく自然に提案してしまった。

 

「あの、ありがとう。あとちょっとだから、大丈夫」

「うん。忘れて……」

 

 なんか気遣われた気がする……。

 気を落ち着けようと、カフェオレを飲む。

 ちょっと苦い。

 しばらく無言でメロンパンを食べた。


 わたしがメロンパンを半分食べる頃には、やなぎんも激甘キャラメルラテを飲み終え、空になった容器をコンビニの袋に入れて口を縛った。

 そして、テキストを出して受講前課題のページを開く。

 なるほど、やなぎんは校舎に来てからそこやる派なんだ。わたしは学校の休み時間にやっちゃう派。

 わたしがメロンパンを食べ終え、後片付けをする頃、ちょうどやなぎんも受講前課題を終わらせた。

 どちらともなく席を立ち、休憩スペースを出る。

 

「いつも月曜日来てるの?」

「うん。部活ない日だから」

「今日は授業、一個だけ?」

 

 わたしの質問に、やなぎんは頷いた。

 

「そしたら、帰りの時間同じくらいかも。会えたら一緒に帰らない?」

 

 学習スペースに入る前に、個別ブースの番号札をもらいに事務カウンターへ向かう。その途中で帰りの話をしたら、やなぎんは少し戸惑ったように視線を彷徨わせた。

 困らせてしまったかな、と気が沈みそうになったけど、彼は小さく頷く。

 

「……うん」

 

 よかった、とほっとする。

 順番に番号札をもらいにチューターの橋本さんに声をかけたら、橋本さんは笑顔で番号札を渡してくれて、いつものように頑張ってね、と声をかけてくれたけれど。

 わたしとやなぎんを交互に三回くらい見ていたのは、きっと気のせいじゃないと思う。






 

 19時過ぎ、映像授業の受講を終えてカウンターに番号札を返しに行くと、橋本さんが笑顔で出迎えてくれた。その笑みにいつもより含みがある気がして、首を傾げる。

 

「沢渡さん、今日もお疲れ様。ちゃんとこつこつ進められてて、良い感じだね」

「ありがとうございます」

「ところで、こんなこと聞くの、よくないってわかってるんだけど……もしかして、柳くんと知り合い?」

「? はい。小学校、おんなじで」

「そうなんだ」

 

 橋本さんは納得したように頷いて、休憩スペースの方へ顔を向けた。

 つられるようにそちらを見ると。単語帳を読んでいるやなぎんが、そこにいた。

 

(あれ?)

「柳くん、少し前に授業終わったみたいなんだけど」

 

 まさか。

 わたしは慌てた。橋本さんに帰りの挨拶をして、やなぎんのもとへ向かう。

 わたしが近くまで行くと、彼は顔をあげて単語帳を閉じた。学生鞄にそれをしまい、立ち上がる。

 

「……ごめん、もしかして、待っててくれたの?」

 

 時間が合えば、そんなつもりでああ言ったのだけど、と、申し訳ない気持ちになる。

 やなぎんはそれに答えず、すたすたと歩きだす。

 にこにこ手を振ってくれる橋本さんに会釈して、わたしたちは予備校を出た。

 エレベーターに乗り込むと、やなぎんはようやく口を開く。

 

「帰り道、途中、お寺の横の道通るから」

 

 たしかに、郵便局のある通りに出る前、お寺の横の道を通る。

 でも、それがどうしたんだろう。

 やなぎんの横顔を見上げ、続きを待つ。

 

「……怖いのかと、思って」

 

 あの道は、たしかに薄暗くて、少し怖いけど。わたしはそこまで怖がりではない。言われなければ、あまり意識したことはなかった。そんなに遅くまで予備校にいることもないから、人通りもそれなりにあるし。

 わたしは、この話の行方に少し嫌な予感がしていた。

 なんでだろう、あまり、先を聞きたくない。

 けどやなぎんは、ゆっくりとその先を口にした。

 

「そうじゃなきゃ、わざわざ僕と一緒に帰ろうとするかなって」

 

 その瞬間の感情は、自分でもなにがなんだかわからないくらい、ぐちゃぐちゃだった。

 無言の時間が、耳に痛く感じる。

 そういう理由付けが必要なくらい、この状況はやなぎんにとって不可思議なんだろうか。

 小学校でクラスが数年同じだっただけで、そのあと連絡すら取りあってなかった顔見知りの女子に馴れ馴れしくされて、迷惑だったとか。

 あの頃けっこう仲が良かったと思ってたのも、今、久しぶりに会って予備校っていう共通項があることにわくわくしてるのも、わたしだけ?

 それよりも、やなぎんはどうしてそんなに自分のこと低く見積もっているように言うんだろう。

 ……だめだ、いろいろ考えるの、わたしには向いてない。

 

「久しぶりに会って、もっと話したいって思っただけだよ」

 

 絞り出したように小さな声しか、出てこなかった。

 やなぎんは、わたしの言葉を受けて、ようやっとこちらを見た。

 驚いたような、顔だ。ほんの一瞬だけ目が合って、そして、ぎゅっと目をつぶって。

 

「……ごめん」

「なにが、ごめん?」

 

 わたしがわたしの都合のいいようにやなぎんを扱おうとしてると思っていたことへのごめん? それを口に出したことへの、ごめん?

 

「考えすぎて、考えなしだった」

 

 ごめんに続くやなぎんの正直すぎる言葉に、わたしは思わず。

 

「ほんとにそうだよ!」

 

 怒っているみたいな口調で、返してしまって。

 そうして、呆れて肩の力が抜けて、それから自分にもおかしくなった。

 

「わたし、考えすぎない人間だから、お寺の横怖いから誰かと一緒がいいやー、ちょうどいいからやなぎん待たせとこ、なんて、考えもつかないよ」

「……うん、ごめん。その通りだと思う」

「わたしも、……久しぶりなのに、急にいろいろ、ごめんね」

 

 はしゃぎすぎてしまっていたかもしれない。そう思って謝ると、やなぎんはぶんぶんと首を横に振った。

 その様子が少し面白くて、笑う。

 やなぎんは笑われたことに不本意そうに眉を寄せたけれど、やがて表情を緩めた。

 

「でも……沢渡さんって、変わってるよね」

「やなぎんには言われたくないかな、それ」

 

 月曜日、約束はしていないけれど、たまに予備校からの帰り道が二人になった。そのことが、なぜだかすごく、嬉しかった。



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