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数年前、懐かしい友達



 小学生の頃のわたしは、初対面の人によく男子に間違えられる女子だった。

 五つ上の兄・椋と、年子の兄・柊の妹として、両親待望の女の子として生まれ、蝶よ花よと可愛がられ……はせず、兄たちともみくちゃになりながら育った。うっとうしいからという理由で髪は常に短く、動きづらいからスカートも履かない。兄たちのお下がりを平気で着ていた。

 女の子を育てることを楽しみにしていたらしい母は嘆くこともあったけれど、あんたが楽しいのが一番だから、と好きにさせてくれた。

 その結果、休み時間には男子に混ざってボール遊びをしていたような小学生時代を過ごした。

 

 そんな、兄・柊が喧嘩のときに「おとこおんな」という悪口を多用していた頃……小学五年生の春、わたしはやなぎんとよく話すようになった。

 

 やなぎんは四年生の二学期の初めに転校してきた、大人しい男子だった。無口・無表情で、休み時間、はたまた授業の合間の数分にも一人静かに本を読んでいる転校生を、最初はみんな馴染めていないのではと心配した。わたしもみんなと一緒になって話しかけていたけれど、次第に理解した。

 やなぎんは人見知りなどではなく、自然体で一人でいるのだ。

 時間が経つうちに、他の大人しい男子と仲良く話している様子も見受けられ、彼はそういう子であると受け入れられた。休み時間は必ず外に飛び出していたわたしとは、ほとんど接点もなく四年生を終えた。

 

 そして、二年ごとに行われるクラス替えを経て、五年生でも同じクラスになったのだけど、そのクラスの担任が独自のルールを子供たちに課す先生だった。

 昼休みは必ず外で遊ぶこと、というのがそのルールである。

 

 わたしは最初、全くそのルールを気にしなかった。そんなことを言われなくても、外で遊ぶ以外の選択肢がなかったからだ。

 けれど、新しいクラスになって一週間後の昼休み、追加のボールを取りに教室に戻ったわたしは、やなぎんが担任の先生に注意されている場面に遭遇した。

 どうやらやなぎんは、昼休みは外で遊ぶことという言いつけに従わなかったようで、ずっと教室で本を読んで過ごしていたらしい。

 さすが、ぶれない。というかわりと頑固だと思う。

 

 担任は、体を動かすことの大切さを説いて、やなぎんを外で遊ばせようとしていた。

 教室に入りづらくて、廊下で待つ。わたしは、誰かが叱られている状況が苦手だ。

 先生か、やなぎんか。どちらかがあきらめてくれればいいのに。

 大体、休み時間なんだから好きに過ごしていいじゃないか。でもあの先生は頑固だから、やなぎんが折れた方が丸く収まりそうだし……などと考えていたら、会議に出るから君は外で遊びなさいと言い残して、先生は教室を出て行った。わたしには気づかなかったみたいで、早歩きで去っていく。

 

 わたしはそっと教室をのぞいた。目当てのボールは窓際のボール置き場にあり、やなぎんはというと。

 自分の席に座って、本を開いたところだった。

 あれだけ外に行けと言われていたのに、ハートが強い。

 

 わたしは素早くボールを取って、教室を出る。最後に少しだけ気になって振り返ると、やなぎんは相変わらず同じ姿勢で本を読んでいたけれど……いつもの凪いだ表情は変わらないのに、少しだけ悲しそうに見えた。


 翌日。あれから、先生とやなぎんのことが心の奥に引っかかっていた。

 ほんの少しのモヤモヤを抱えたまま、昼休みになる。今日はボール遊びの気分ではなく、鶏小屋でも見に行こうかと思っていた。

 給食当番だったので、片付けを終えて教室に戻るころには、やなぎん以外残っていなかった。他の給食当番の子たちは、給食着袋を机に置いて、すぐに外に飛び出して行く。

 わたしは教室を出かけて、廊下の遠くに担任の先生の姿を見つけ、踵を返した。

 

「やなぎん、外行かないの?」

 

 話しかけてからたっぷり間を置いて、まるで夢から覚めたようにぼんやりと、やなぎんはわたしを見た。話しかけられたことが信じられないような表情だった。

 

「……本、読みたいから」

「でも、外行かないと、また先生に怒られちゃうよ」

 

 たぶん、間違いなく余計なお世話だろう。でもわたしは言わずにいられなかった。

 

「べつに……」

 

 ぽつりとそう返して、やなぎんは目線を本に落とす。

 べつに、なんだろう。べつにいい? べつに気にならない?

 もういいや、わたしも行こう。

 そう思ったところで、ふとひらめいた。

 

「そうだ、いいこと思いついた、外で本読めばいいじゃん!」

「……え」

 

 目を丸くして、やなぎんは本から目を上げた。

 

「鶏小屋の近くの大岩、木陰になってて涼しいよ。あの上なら座れるし。やなぎん行ったことある? 案内してあげる」

 

 ボール遊びの気分じゃないとき、わたしはよくそこにいる。

 やなぎんはすっかり戸惑っていた。

 

「え、え……? 先生が外に行けって言うのは、そういうことじゃないんじゃ」

 

 まあ、そうだろうけど。でも外に出た後何をするかまでは、強制されていない。実際、もともと教室でおしゃべりをして過ごしていた女子たちは、とりあえず外に出るところまでは先生に従って、鯉の池の周りでおしゃべりして過ごしている。場所が外に移っただけだ。

 そうやって、とりあえず表向きは言う通りにしてやり過ごす、という考えにならないやなぎんは、超がつくほど真面目なのだろう。

 

「わたしが一緒に岩登って遊んでれば大丈夫でしょ」

 

 とりあえず、一番大丈夫だと思ってくれそうな理由を話した。

 やなぎんは不思議そうな顔をして、小さな声で言う。

 

「……岩登るのって、楽しいの」

「楽しいよ。……え、楽しくない?」

 

 長い長い沈黙の間、やなぎんは熟考していたらしく、すまなそうな顔でこう言った。

 

「…………ごめん」

「なにが?」

 

 今にして思えば、やなぎんは正直で、わたしはおばかだ。でも彼は絶対に、わたしのことをバカにしたりはしなかった。

 その後は、わたしが一方的に話しかけてやなぎんがそれに答える、というパターンで会話しながら、鶏小屋の近くの大岩に行った。

 やなぎんは昼休み終了のチャイムが鳴るまでそこで静かに本を読み、わたしは岩に登ったり鶏を眺めたりして過ごした。

 

 その帰り道も、わたしはあれこれと話しかけた。元来おしゃべりな性質なのである。

 

「やなぎんは、外遊び好きじゃないの?」

「そういうわけでもないけど……」

「あ、そうなの? それなら昼休みだけは外遊びしよう、とかって思わないの?」

 

 わたしの質問に、やなぎんはこくりと頷いた。

 

「本が面白いから、続きも気になるし……他の遊びするよりも、読みたい」

 

 予想外の返事に驚いて、大きな声が出た。

 

「え、そうだったの? もっと、なんか、俺は強制されない! みたいな、ええと……ぽんこつ精神? 絶対違う、なんだっけ」

 

 椋にいが言ってたんだけど、思い出せない。

 悩むわたしをちらっと見て、やなぎんはぼそっと言った。

 

「反骨精神のこと?」

「そうかも。たぶん」

 

 正しいかどうかもわからないのに、覚えたばっかりで会話で使いたくなってしまった。ちょっと恥ずかしい。

 

「そういうのは、ないかな」

「そっかあ。……今読んでるの、なんていう本? 面白いんだ」

 

 他の遊びをする気がおきないくらい面白い本、とっても気になる。

 やなぎんは本の表紙を見せてくれた。

 

「これ? シリーズの、9巻」

「どんな話?」

「えっと……名探偵が、謎解きする」

「それで?」

 

 やなぎんは、どんなところが面白いと思って読んでるんだろう。

 けれど彼は、考え込んでしまった。

 

「…………沢渡さんも、読む?」

 

 しばらくして、やなぎんは思いついたようにそう言った。

 

「読んでみたい!」

 

 外遊びが好きなわたしだけど、読書だってする。椋にいが読書好きだから、真似して本をたくさん読んでいた時期があるのだ。

 だから、彼の好きな本の世界に招待されたみたいで、嬉しかった。

 やなぎんも少し嬉しそうに言う。

 

「じゃあ明日、1巻持ってくる」

「貸してくれるの? ありがとう!」

「その方が、どこまで読んだか分かるから。読んだら、感想教えて」

 

 感想。わたしは夏休みの宿題の中で、読書感想文が一番苦手だ。面白かった、以外の感想を言葉にするのって、難しい。

 けど、やなぎんがそわそわと嬉しそうにしているから。

 

「……頑張る」

「うん」

 

 それが、わたしが初めて見たやなぎんの笑顔だった。


 この出来事をきっかけに、わたしたちはただのクラスメイトから、「友達」になったのだと、記憶している。


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