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第二話

この世を豊かに暮らすために必要なものは才能と幸運である




 それらをひっくるめて享受している者がいるとするならば、それはもう敬うしかない




 それが生きる術だとするならば




 だが、心まで屈服することはない




 見えるところだけを折ればいいんだ




 見えるところだけを──





 ─δ





「なあ、考えてくれた? パドラ様の勢力に加わってくれること」




 この口の利き方も知らない少年は、あのロンマス公爵家令嬢のパドラ・ロンマスの従者だという。パドラ嬢はアルファ殿下の婚約者であり、我儘娘を絵に描いたような傲慢知己な少女であった。しかし、数ヶ月前から人が変わったように品行方正になり、聡明になった。それはアリミネスにアルファを取られそうになった反動だと皆、騒ぎ立てている。しかし、僕はどうしても彼女は文字通り別人になってしまったようにしか思えない。人がそう簡単に芯を曲げられるはずがない。それは自身の否定に他ならないからだ。自身の否定をどうしてそんな容易に出来ようか? 今まで培ってきた 己 を否定することなど、我儘だった彼女に出来るはずがない。それこそ、頭を弄り回して、人格を書き換えて、別人になるしかない。





「悪いが、パドラ嬢の傘下に加わるつもりはない。話は以上だ。もう帰ってくれ」




「な!? どうしてだよ!? あんたはあの頭お花畑の女の異常さが分かってんだろ? 皆を目覚めさせたいと思ってるなら、絶対パドラ様と協力して方がいいって!」




「別に。僕は他人の人間関係にメスを入れたいとは思わない。それに先程の発言はアリミネス嬢を明らかに侮辱していたね。ここに居るのが僕だけで良かったな。彼女が平民出と言えど学園内での扱いは子爵位と同等以上だ。ここに他の誰かがいたら、君は不敬罪で最低でも懲罰房行きだよ。たとえ、パドラ嬢が気を利かせたとしてもね。それにアルファ殿下いたら、君は即刻斬り殺されていたかもしれない。つまり、僕が何を言いたいか分かるか? これからは口の利き方に気をつけろという事だよ」




 こういうまだ幼い子供は捲し立てれば、気圧されて言い返してこない。しかし、こんなスラム街に居そうな子供を従者にするとはパドラ嬢は本当にどうかしてしまったようだ。




「後悔するぜ、お前」




 少年はそう言い残して姿を消した。まるで最初からそこに居なかったかのように。ああ、なるほど。僕は覚悟を決めないといけなかったのかもしれない。




 人気のない廊下に陽が差し込み、埃を照らす。早く教室に向かおう。 そう思いながら3つの角を曲がると、そこにはゴルモンド公爵がいた────。





 そう、今日は朝から大変だったんだ。どうして、どいつもこいつも他人の関係に干渉したがるんだ。僕は僕なりの生き方があるというのに。 どうにか派閥に組み込もうと、あーでもないこーでもないと手を伸ばしてくる。本当に度し難い行為だ。それなら、無理やり無い道を切り拓くだけだ。誰の思惑にも掛からない。僕だけの道を。それがたとえ奈落に続いていたとしても─




「おはようございます、デルタ様」




 麦畑を思わせる茶髪にまるで銀弦が鳴くような声で挨拶するのは例の聖女候補であるアリミネス嬢。彼女は平民でありながら、その類稀なる素質からこの学園を入学し、この国に伝わる伝説の救世の聖女としての資質を試されているのだ。




「おはようございます。アリミネス嬢」




「何を考えていらっしゃったのですか?」




「そうですね。狐が高い木に生っている青い実を食べたがっているが、その狐がどのようにしてその実を取るかを考えていたところですね」




「まあ、なんて面白そうなお話なんでしょう。ええっと、もし、私が狐なら、私が取れる場所にある木の実をいくつか取って、それを報酬としてその木に住むリスに頼みます」




 悩む素振りを見せて 、言葉を紡ぐ彼女。一つ一つ、言葉を選んで、自信なさげに。あくまで純粋に。




「素晴らしい答えですね」




 社交辞令も気が削げる。今、僕の目に自分がどのように映っていると思っているのだろうか。端麗な少女? 優しき聖女? ああ、浮かれた表情だ。夢想は決して悪いことではないけれどもね。




「いいえ、答えは『あれは酸っぱい木の実だ』と言って唾を吐くことよ」




 鋭い針のような声が会話に割り込む。




「時には諦めも肝心ですわよね、デルタ伯爵」




「これはパドラ嬢。ご機嫌麗しゅう」




「パドラ様!おはようございます!」




 艶やかな黒髪に潤るとした黒い瞳。男女問わず、見る者を慄かせる圧を纏った公爵令嬢。




 その自信過剰さはより気品を増し、もはや同年代とは思えぬほど年季の入った佇まいに見える。




「アリミネス嬢、挨拶はそんなに声を荒らげてするものではないわ。少し落ち着きなさい」




「あ、すみません。パドラ様と本日もお会いできたのが嬉しくてつい」




 僕はてっきり彼女たちの関係は最悪なものになると思っていた。お互いを敵視し、貶め合う。大人たちの腐った部分が煮詰まったものに。しかし、両人たちの関係は悪いわけではない。アリミネス嬢はパドラ嬢のことを親愛視しているし、パドラ嬢もアリミネス嬢の面倒をよく見ている。まるで姉妹のような微笑ましい関係であると思われる。




 でも、そう思っているのは僕だけのようで




「チッ!」 「ヒソヒソ......また公爵令嬢様がアリミネスちゃんに絡んでるよ」「聖女様可哀想......」




「またあの女、パドラ様に話しかけられてる......!」「平民のくせに聖女候補だからってアルファ殿下たちにチヤホヤされて〜〜」「身の程を弁えろ、売女が!」




 仮想敵を作り上げるほど結束力を高めるものはない。共通の敵には、日頃の行き場のない負の感情を全て押し付けられる。その贄として祀り上げられたのが彼女たちだ。




 派閥の男女比は 聖女派 が男8:女2、 公爵派 は男2:女8かつ伯爵以上の子息令嬢である。2つの派閥の違いとしては、聖女派は純粋に彼女に心酔しているのに対して、公爵派はアリミネス嬢への妬み僻みを募らせた令嬢たちと反聖女派の者たちが自分たちの行動をパドラ嬢のためという大義名分にしたいだけだ。




 つまり今、この学園では政争が勃発している。




 アリミネス嬢は知らないだろう。




 パドラ嬢は既に何かしらの対応をしているはずだ。




 兎角、一刻も早くこのくだらない争いが収まることを切に願うよ

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