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第六話  落ちこぼれ学級

 入学式が終わり、休憩時間も兼ねた三十分後、俺たち新入生は各教室で最初のホームルームを行う。

 初めて入る教室は立派なものだった。

 恐らく利用できる施設に関し、AだろうとFだろうと各学級に差別はない。

 部屋は教卓を中心に扇状に広がり、また生徒たちの席は縦五列の階段状に配置され、後ろの方からでも黒板が見やすくなっている。

 誰がどこに座るか、特に決まりはないようだ。


 遅れて教室に入った俺は、アナスタシアの隣が空いているのを見つけ、そこに腰を下ろした。

 すると彼女が前を向いたまま話しかけてくる。

 俺も前を向いたまま応じる。


「どこで油を売っていたの?」

「校長先生と楽しいおしゃべりをしていた」

「あなた、ジョークのセンスはイマイチね」


 事実なんだが……。


 まあ、訂正するのも億劫だ。

 すぐに担任教師がやってきて、俺たちは私語を慎む。

 教卓に立ったのは、銀色の髪が煌めくような、エルフの美女だった。

 もちろんエルフ族は総じて美形ぞろいだが、この教師の美貌は中でも際立っている。

 そんな彼女が担任だと知り、男子のほとんどが色めき立ったほどだ。


「ジルヴァという。おまえたちの卒業まで、よろしく頼む」


 男子どもの熱視線が鬱陶しげに、担任は対照的なまでの冷淡さで名乗った。

最深淵に到達した六人アセンショナー・シックス”のジルヴァといえば、世界でも指折りの魔法使いにして精霊使いだと、聞いたことがある者も多いだろう。


「剣に覚えのある人が、担任だとよかったのだけど……」


 とアナスタシアは少し残念げだ。

 武芸を学ぶには不向きで、また魔術の覚えがないアナスタシアにとっては、得る物が少ない担任教師だと判断したのだろう。

 同じ“最深淵に到達した六人アセンショナー・シックス”でも、誰劣ることなき戦士としても著名なボーンが担任する学級のことを、内心では羨んでいるかもしれない。

 だが俺としては意見が異なる。

 ジルヴァとて学生(ヒヨッコ)に比べれば武術にもよほど造詣があるし、学ぶところは多いと思うがな。

 ホームルーム中なので、今は口にしないが。

 

 そのホームルームで担任が生徒にやらせたことは、無難に自己紹介からだった。

 ジルヴァが入試の成績順に指名し、生徒が起立して自由に語る。

 一番に名を呼ばれたのは、嫌味のない茶髪の美男子。


「ハイランド王国から来ました、リックです。ルーン魔法騎士団の見習いですが、修業の一環として〈ハイフォレスト〉に留学しました」


 ルーン魔法騎士団といえば、大陸北方に名だたる強豪騎士団だ。

 見習いとはいえその一員であれば、剣術も魔術もかなりのものだろうに。

 そんなリックがF学級とは、アナスタシア同様に何か事情があるのかもしれないな。


「タキトール侯爵家の三男、ドリヤンといえば聞いたことのある者が大半だろうねえ。そんなワタシが勇者になるため、この学校に来てあげたというわけだよ。他に勇者を目指している身の程知らずがいるなら、先に謝っておくよフフフ」


 二番目に起立した男子が、亜麻色巻毛の先端をコネコネしながら自己紹介をした。

 ちなみに家名も当人の名も、俺は初耳だ。

 そして、こいつはアナスタシアや先のリックの逆。

 もしドリヤンの入試考査に侯爵家(おやもと)の威光や賄賂が働いて、それでもなお落ちこぼれ学級入りだったのだとしたら、相当なボンクラに違いない。

 F学級内では二番目の入試成績のようだが、それもどこまで実力なのか、はてさて。


「ナインベルク伯爵が一子にして騎士、アナスタシアよ。私も勇者を目指している。でもそのためには、ここにいる皆の力で対抗試験に勝つことが大事。それを忘れてはいないつもりよ。皆、一緒に頑張りましょう!」


 三番目に堂々と名乗ったのは、隣の席のアナスタシアだった。

 勇者を目指す発言に、最前のドリヤンが忌々しげにしていたが、彼女は気にも留めていない。

 キリッとした顔つきで、むしろ皆の反応を窺う余裕がある。

 なるほど、アナスタシアは級内三位か。

 たとえこのF学級が最多賞牌(メダル)を獲得して卒業を迎え、学級の皆が“勇者一行(ブレイバーズ)”の称号を得ても、次代の勇者と認定されるのはその中の唯一人だけ。

 俺が彼女を勇者にするに当たり、学級内でのポジションが高いに越したことはない。

 ボンクラをスルーして二番手というのは、悪くない位置だ。

 

「名前はミュカです。見ての通り、ハーフエルフです。両親の大恋愛の末にあたしが生まれて、あたしもそんなステキな出会いを求めてこの学校に来ました! カレシ募集中ですハイ!」


 四番目に自己紹介したのは、学級内でも目立って可憐な少女だった。

 彼女の台詞に、また級内の男子が色めき立つ。調子に乗って、恋人に名乗り出る者も。

 しかし、とんでもない自己紹介だったな……。

 俺自身のことを棚に上げるが、「出会いを求めて」などと高邁ならざる目的で入学する奴もいるのか。

 それで入試成績・級内四位なのか。


 ――そう、ミュカでさえ四位だという俺の懸念は半ば当たった。

 五番手以降、次々とクラスメイトたちが自己紹介をしていくが、先の四人以上に目立った生徒はいなかった。

 強いて言えばドワーフやダークエルフ、リザードマン等々、亜人の生徒が多かった。

 貴族の中には亜人を差別的に扱う者が少なくないから、この彼らも不当な入試考査でF学級入りさせられたのかもしれないが、現時点では推測でしかない。


「ルースです。よろしくお願いします」


 紛れもない入試最下位の俺が、最後に起立して言った。

 俺のあまりに短すぎる自己紹介に、クラスメイトたちの目が「もっと他に何かないのか?」と訴えてくるが、気づかないふりをして着席。

 生憎として俺に、他に特別に紹介できるものはない。

 

 ともあれこれで、自己紹介の時間は終わりだ。

 今日はこの後の授業などなく、担任のジルヴァが明日からのスケジュール等について伝達事項を手早く終わらせ、下校時間となる。

 教室を出ていく生徒がいる一方、残って友人作りに励もうという生徒も多い。

「カレシ募集」宣言をしたミュカなどは特に、大勢に声をかけて回っている(ただし、現状は男女分け隔てなく、普通に友人作りに勤しんでいる様子)。


「この後少し時間をもらえる、ルース?」


 隣の席のアナスタシアが、俺の声をかけてきた。

 俺が何か答える前に、ハーフエルフのミュカが耳聡く聞きつけて、


「お、早速デートのお誘いですかな?」

「ででででーと!?」


 ただの冗談だろうに、アナスタシアはボッと火が点いたように赤くなった。

 おかげでミュカが「面白いオモチャ」を見つけた目になっている。


「わ、私はただちょっと、二人で話をしたいだけでっ」

「それをデートと言うのでは~?」

「ち、違うわよっ。私たち会ったばかりなのにっ」

「だからまずデートして、カレシカノジョの一歩を踏み出すんでしょう?」

「~~~~~~~っ」


 ミュカは無茶苦茶言っているだけというか、アナスタシアの反応がいちいち面白くてからかっているだけなのだが、本人はいっぱいっぱいになっていて気づけない。

 伯爵家で厳しく育てられたようだが、貞操観念に関しても同様なのだろうな。


「ルース君だってデートしたいよねー?」

「まあ、そうだな」


 アナスタシアは客観的に見て美少女で、否定するのは一男子として妙なのでうなずいておく。


「し、したいの……ルース?」

「まあ、そうだな」


 否定するのも妙なので。


「でででも、私はデートのつもりで誘ったわけじゃありませんから!」

「わかってる。ミュカにからかわれているだけだ」


 俺が指摘すると、ようやくアナスタシアも気づいたようで、


「ミュカ!」

「あははっ。これからみんなで懇親会でもどう? って思ったけど、お二人さんの邪魔しちゃ悪いから、またにするね~。バイバーイ、楽しんできてね~」


 アナスタシアの剣幕にも動じず、ミュカは他生徒たちの輪に戻っていった。

 こちらに強烈な印象を与え、且つどこか憎めない。

 コミュニケーション能力の達者な奴だ。

 入試四位の考査にも加味されていそうだな。


「覚えてなさいよ、あの子」


 とアナスタシアが唸りつつも、ただの照れ隠しなのはまだ頬が赤いのを見れば丸わかり。

 別に恨んではいないだろう。


「行くわよ、ルース」

「俺が行くのは確定事項なんだな」


 つっけんどんに言われ、俺も逆らわない。これも照れ隠しだと理解している。

 それにアナスタシアを勇者にするに当たり、ある程度親睦を深めるのは好都合だ。


    ◇◆◇◆◇


 これはデートではないと、強調するためだろう。

 別にどこかへ繰り出すでもなく、ただ寮までの帰り道を歩く間、アナスタシアは話をしたいと言った。


「それで俺に話とは?」

「今日の皆の自己紹介を聞いて、ルースはどう思った?」


 すっかり落ち着きを取り戻したアナスタシアは、努めてフラットな口調で訊ねてきた。


「私はクラスメイトを悪くは言いたくないのだけれど――」

「まあ、落ちこぼれ学級だよな。入試最下位の俺が言えたものじゃないが」

「落ちこぼれは言いすぎ――いえ、ごめんなさい。私一人、いい子ぶるつもりはないわ」


 アナスタシアが俺を批難しかけて、その卑怯さに自分で気づき、すぐに謝罪してきた。

 生来のものか育ちか、公平な性格はリーダー向きだと本心から思う。


「学級対抗試験、厳しそうね……」

「厳しいだろうな。そもそも試験の内容が簡単ではないだろうし、自己紹介で有用そうな取り柄を申告した者も学級(クラス)にほとんどいなかった」

「F学級なのだから、半ば覚悟はしていたつもりだけど、足らなかったかもしれないわ」


 育成学校は入試自体も厳しいと評判で、まがりなりにもそれを突破してきた生徒なのだから、最低限もっと資質を備えた者たちだろうと予測していたか。


「皆で一致団結できれば勝てる……なんて考えは甘いでしょうね」

「まあ、そうだろうな」

「試験が始まったら、いろいろと作戦を立てる必要がありそう」

「内容にもよるが、そうだろうな」

「あまり得意じゃないのよ、そういうの……」


 アナスタシアが嘆息した。

 彼女は恐らくゴリゴリに基礎体力を鍛えて、正面から試験に挑むのを好むタイプだ。

 でも、決してバカではなさそうだ。

 また苦手だからと、目を逸らしてもいない。


 弱者が勝つには知恵を絞るしかない。

 それは大事なことだ。本当に大事なことだ。

 俺も二百年前、まだスキルや魔法が未熟なまま、強大な魔族たちと戦わねばならない状況で、痛みとともに血肉へ刻んだ。


「その時は相談に乗ってくれるかしら?」

「俺なんかでいいのか?」

「私をゴロツキたちから助けてくれたじゃない。颯爽と。鮮やかに」

「……すっかり買い被られたものだな」

「それに私に協力してくれるとも言ったでしょう?」

「ああ、その約束は守る」

「卒業までよろしくね、ルース!」


 ずっと表情を引き締めていたアナスタシアが、初めて俺に笑顔を見せた。

 屈託のない、まさに十六歳の少女相応のもの。

 普段のキリリとした顔つきの方が、肩肘を張り、背伸びしているのかもしれないな。


 またそのことは別れた後、女子寮へと向かうアナスタシアの背中からも窺える。

 いよいよ学校生活も始まり、勇者への道が遥かに険しいことを痛感し、不安で揺れている彼女の内心が、どこか小さく見えるそこに表れている。

 実際の話F学級の「戦力」で、果たして賞牌(メダル)を勝ち取っていけるのか?


 俺に言わせれば――答えはイエスだ。


 これがもし明日、あるいは三か月で勝敗をつけるような短期決戦であれば、この落ちこぼれ学級を次代の“勇者一行(ブレイバーズ)”にするのは何者であろうと不可能だろう。

 しかし卒業まで、充分すぎるほどに時間があるのだ。

 その間に個人の能力を伸ばしてやることも、学級(クラス)のチームワークを高めてやることもできる。

 俺は〈教師(せんせい)〉の一番弟子だった。

 つまりは一番、〈教師(せんせい)〉の指導法(やりかた)を知っているのもまた、この俺なのだ。

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