第四話 理由
俺の父親は墓守だった。
俺の祖父も墓守だった。
俺もただの墓守になる予定だった。
辺境にあるレイクランドという小国の、そのまた片田舎にあるタラツの町。
さらにその郊外にある霊園を、俺たちは先祖代々守っていた。
この家に生まれた以上、墓守以外の職に就くことは町の因習として許されなかったし、俺自身も墓守になることに対してなんの疑問も抱いていなかった。
もちろん、二百年前の当時の話だ。
そして、俺が十六歳になったある日の朝。
夢の中で、神託を授かった。
神の声が聞こえ、一方的に告げられたのだ。
俺に〈墓守〉の天職を与えると。
《看取る者》なる天技を与えると。
そして〈勇者〉の仲間として、魔王を討つ旅に出るようにと。
もちろん、最初はただの夢だと思った。
でも、神託は本物だった。
その日のうちに、〈勇者〉ビリー一行が我が家までやってきて、俺に帯同するよう要請したからだ。
俺に否やはなかった。
ビリーは先に町長たちと話をつけていた。
俺は町の総意を受けて、世界救済の旅に出ることになった。
もう誰も、父親の後を継げとは言わなかった。
これまた半ば強要だった。
物心ついたころからずっと、霊園を継いで墓守になるのだと思っていた十六のガキが、いきなり〈勇者〉たちと一緒に魔族どもと戦う日々に放り込まれて、どれだけ困惑したか……。
周りの奴らは、やれ世界最高の〈賢者〉だの、武芸百般の〈戦士〉だの、とんでもない連中ばかりだった。
しかし、俺はしがない墓守だったのだ。
父親と祖父の見よう見真似で、毎日霊園を掃除し、墓参りに来た町民を案内し、また誰かが亡くなれば墓を掘り、葬儀を執り行う――そんな人生ばかりを送っていたのだ。
戦う術どころか、読み書きすらできなかった。
「役立たず」な俺に対し、パーティーメンバーたちの目は冷ややかだった。
面と向かってバカにされ、魔物と戦うストレスの捌け口にもされた。
旅を続ける上で必要となる様々な雑用は、全て俺一人に押しつけられた。
戦いの役に立たないのだから、せめてそれくらいはやれという無言の圧をかけられていた。
やれ聖女様だと世界中から担がれていたはずの〈神官〉ユーフェニアが、俺へと向け続けたまるで使用人でも見るような目を、俺は未だに忘れられない。
結局――
最終的には三十三人集った天職持ちのほとんどから、俺は一方的に壁を作られ、溝を空けられ、最後まで埋めることはできなかった。
例外はたったの三人だけだ。
それが後に最愛の女性となる、ハーフエルフの〈剣姫〉マリアであり。
戦う術など知らなかった俺を、懇切丁寧に指導してくれた〈教師〉ジャスティンであり。
アナスタシアの先祖である、〈騎士〉ナイトハルトだった。
彼らは眩しいほどの人格者だった。
役立たずの俺にも、分け隔てなく接してくれた。
俺が立派なパーティーメンバーとなって、胸を張れるようにと、〈教師〉を中心に剣や魔法を教えてくれた。
人として恥ずかしくないようにと、読み書きや教養もちゃんと教えてくれた。
さりげなく雑用を手伝ってくれた。
何度も窮地を助けてくれた。
でも、彼らは優しい人たちだったからこそ――長生きできなかった。
マリア以外は、魔王城にもたどり着けなかった。
俺が〈勇者〉パーティーに入ってすぐのことだ。
役立たずだった〈墓守〉の使い道を、助言役だった〈賢者〉ハインケスが思いついた。
皆もそうだったが、俺は神託を受けた時点で〈墓守〉になっていた。
天技によって不老不死となっていた。
そのことは包み隠さず、皆に伝えてあった。
あらゆる傷が瞬時に再生するのだから、どうせ隠してもすぐバレるからだ。
「ルースはどうしようもないゴクツブシですが、この不老不死特性だけは破格ですよ。さすがは神の授けた天技と申す他ありませんね」
ハインケスはしたり顔でそう言った。
そして、俺をあらゆる危険の矢面に立たせた。
魔族の城で怪しげな罠があった時、俺一人を先行させて、わざとトラップを発動させることで、どんな仕掛けか確かめさせた。
手強そうな魔物と対峙した時、まずは俺一人に戦わせて、どんな特殊能力を隠し持っているかを威力偵察させた。
俺はデストラップに引っかかろうが、ボスモンスターに脳天を叩き潰されようが、一瞬後には蘇る。安価なクズポーションよりも使いべりしない。
それで他のパーティーメンバーたちは安全に、且つ確実に対策を立てられる。
確かに不老不死特性の使い道としては、非常に理に適っていると言わざるを得ない。
何よりそれで俺がどれだけ苦しむことになろうが、ハインケス自身は痛くも痒くもないのだからな。
もちろん、マリアたち三人は反対してくれた。
しかし多数の賛成意見に圧殺された。
「甘いことを申すな。もし、我々が全滅することになろうものなら、誰が魔王を討ち、世界を救うというのだ? 私は別にルースに死ねと言っているわけではないのだぞ? こやつ一人の一時の苦痛と、世界平和――いったいどっちが重いか、自明の理であろう?」
とどめとばかりハインケスにそう主張されては、誰も反論できなかった。
すぐ世界平和を人質にとるのは、あいつの得意な論法だった。
「わかった。もう反対はしない」
ナイトハルトは、ハインケスに軽蔑の目を向けながらそう言った。
「だが、私は私で好きにやらせてもらうぞ?」
ナイトハルトは、ボスモンスターと戦わされる俺の、隣に立ってそう言った。
「一人より二人で戦った方が、それだけ早くあいつの底も見えてくるはずだ。さあ行くぞ!」
彼はまさしく〈騎士〉だった。
神に選ばれるほどの天職だった。
ナイトハルトほど誇り高い人物を、俺は知らなかった。
彼が俺と親友と呼んでくれたことが、俺にとっての誇りだった。
でも――繰り返しになるが、良い人は早く死ぬ。
死んでしまうんだ。
炎の魔眼を持つ、強力な魔族がいた。
初見で戦った俺とナイトハルトは、当然そうとは知らず、そいつと目を合わせてしまった。
俺とナイトハルトの体は同時に燃え上がり、悶え死んだ。
そして、俺だけが蘇った。
〈勇者〉のパーティーから初めて死者が出たという事実は、人々を震撼させた。
世界を救ってくれるはずの希望の星が、欠けてしまったのだ。
決して無敵でも不死身でもないと、証明されてしまったのだ。
勝手な期待を抱いていた人々の、落胆ぶりは凄まじかった。
しかもハインケスが行く先々で、愚かしいスタンドプレイだったと吹聴して回った。
人々の落胆は、ナイトハルトの「軽率で独りよがりな行い」に対する深い怒りに変わった。
酒場で男どもが、井戸端で女どもが――安全な場所からナイトハルトの名を罵り、〈騎士〉の名折れ、勇者パーティーの面汚しだと決めつけ、唾を吐いた。
一人、ハインケスはご満悦だった。
あいつはパーティー内での強い立場を確立し、主導権をにぎるのに躍起になるような男だったから。
自分に刃向かった者がどういう末路をたどるか、他の仲間たちへの見せしめになったと、ほくそ笑んでいた。
◇◆◇◆◇
――と。
以上が、ナイトハルトの名前ともども、家元であるナインベルクが汚名をかぶった経緯だ。
伯爵家が落ちぶれた原因だ。
同時にそれが、俺がアナスタシアに協力しようと決めた理由であった。
誇り高きナイトハルトは俺を気にかけ、庇った結果、命とともに名を堕とすことになってしまったのだから。
〈墓守〉は死者を看取るのが天職で、他者を蘇生することなどできないけれど。
せめてその汚名を雪ぐことくらいは。俺の手で。
彼の末裔であるアナスタシアと、〈勇者育成学校〉で巡り会えた奇縁を、俺は決して無視できない。
そう――
二百年の間、生ける死人と化していた俺の心でも、確かに動かされるものがあったのだ。
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