表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

5/28

第四話  理由

 俺の父親は墓守だった。

 俺の祖父も墓守だった。

 俺もただの墓守になる予定だった。

 辺境にあるレイクランドという小国の、そのまた片田舎にあるタラツの町。

 さらにその郊外にある霊園を、俺たちは先祖代々守っていた。

 この家に生まれた以上、墓守以外の職に就くことは町の因習として許されなかったし、俺自身も墓守になることに対してなんの疑問も抱いていなかった。

 もちろん、二百年前の当時の話だ。


 そして、俺が十六歳になったある日の朝。

 夢の中で、神託を授かった。

 神の声が聞こえ、一方的に告げられたのだ。

 俺に〈墓守〉の天職(クラス)を与えると。

《看取る者》なる天技(ギフテッド)を与えると。

 そして〈勇者〉の仲間として、魔王を討つ旅に出るようにと。


 もちろん、最初はただの夢だと思った。

 でも、神託は本物だった。

 その日のうちに、〈勇者〉ビリー一行が我が家までやってきて、俺に帯同するよう要請したからだ。

 俺に否やはなかった。

 ビリーは先に町長たちと話をつけていた。

 俺は町の総意を受けて、世界救済の旅に出ることになった。

 もう誰も、父親の後を継げとは言わなかった。

 これまた半ば強要だった。


 物心ついたころからずっと、霊園を継いで墓守になるのだと思っていた十六のガキが、いきなり〈勇者〉たちと一緒に魔族どもと戦う日々に放り込まれて、どれだけ困惑したか……。

 周りの奴らは、やれ世界最高の〈賢者〉だの、武芸百般の〈戦士〉だの、とんでもない連中ばかりだった。

 しかし、俺はしがない墓守だったのだ。

 父親と祖父の見よう見真似で、毎日霊園を掃除し、墓参りに来た町民を案内し、また誰かが亡くなれば墓を掘り、葬儀を執り行う――そんな人生ばかりを送っていたのだ。

 戦う術どころか、読み書きすらできなかった。


「役立たず」な俺に対し、パーティーメンバーたちの目は冷ややかだった。

 面と向かってバカにされ、魔物と戦うストレスの捌け口にもされた。

 旅を続ける上で必要となる様々な雑用は、全て俺一人に押しつけられた。

 戦いの役に立たないのだから、せめてそれくらいはやれという無言の圧をかけられていた。

 やれ聖女様だと世界中から担がれていたはずの〈神官〉ユーフェニアが、俺へと向け続けたまるで使用人でも見るような目を、俺は未だに忘れられない。


 結局――

 最終的には三十三人集った天職(クラス)持ちのほとんどから、俺は一方的に壁を作られ、溝を空けられ、最後まで埋めることはできなかった。

 例外はたったの三人だけだ。

 それが後に最愛の女性(ひと)となる、ハーフエルフの〈剣姫〉マリアであり。

 戦う術など知らなかった俺を、懇切丁寧に指導してくれた〈教師〉ジャスティンであり。

 アナスタシアの先祖である、〈騎士〉ナイトハルトだった。

 彼らは眩しいほどの人格者だった。

 役立たずの俺にも、分け隔てなく接してくれた。

 俺が立派なパーティーメンバーとなって、胸を張れるようにと、〈教師(せんせい)〉を中心に剣や魔法を教えてくれた。

 人として恥ずかしくないようにと、読み書きや教養もちゃんと教えてくれた。

 さりげなく雑用を手伝ってくれた。

 何度も窮地を助けてくれた。


 でも、彼らは優しい人たちだったからこそ――長生きできなかった。

 マリア以外は、魔王城にもたどり着けなかった。


 俺が〈勇者〉パーティーに入ってすぐのことだ。

 役立たずだった〈墓守〉の使い道を、助言役だった〈賢者〉ハインケスが思いついた。

 皆もそうだったが、俺は神託を受けた時点で〈墓守〉になっていた。

 天技(ギフテッド)によって不老不死となっていた。

 そのことは包み隠さず、皆に伝えてあった。

 あらゆる傷が瞬時に再生するのだから、どうせ隠してもすぐバレるからだ。

 

「ルースはどうしようもないゴクツブシですが、この不老不死特性だけは破格ですよ。さすがは神の授けた天技(ギフテッド)と申す他ありませんね」


 ハインケスはしたり顔でそう言った。

 そして、俺をあらゆる危険の矢面に立たせた。

 魔族の城で怪しげな罠があった時、俺一人を先行させて、わざとトラップを発動させることで、どんな仕掛けか確かめさせた。

 手強そうな魔物と対峙した時、まずは俺一人に戦わせて、どんな特殊能力を隠し持っているかを威力偵察させた。

 俺はデストラップに引っかかろうが、ボスモンスターに脳天を叩き潰されようが、一瞬後には蘇る。安価なクズポーションよりも使いべりしない。

 それで他のパーティーメンバーたちは安全に、且つ確実に対策を立てられる。

 確かに不老不死特性の使い道としては、非常に理に適っていると言わざるを得ない。

 何よりそれで俺がどれだけ苦しむことになろうが、ハインケス自身は痛くも痒くもないのだからな。


 もちろん、マリアたち三人は反対してくれた。

 しかし多数の賛成意見に圧殺された。


「甘いことを申すな。もし、我々が全滅することになろうものなら、誰が魔王を討ち、世界を救うというのだ? 私は別にルースに死ねと言っているわけではないのだぞ? こやつ一人の一時の苦痛と、世界平和――いったいどっちが重いか、自明の理であろう?」


 とどめとばかりハインケスにそう主張されては、誰も反論できなかった。

 すぐ世界平和を人質にとるのは、あいつの得意な論法だった。


「わかった。もう反対はしない」


 ナイトハルトは、ハインケスに軽蔑の目を向けながらそう言った。


「だが、私は私で好きにやらせてもらうぞ?」


 ナイトハルトは、ボスモンスターと戦わされる俺の、隣に立ってそう言った。


「一人より二人で戦った方が、それだけ早くあいつの底も見えてくるはずだ。さあ行くぞ!」


 彼はまさしく〈騎士〉だった。

 神に選ばれるほどの天職だった。

 ナイトハルトほど誇り高い人物を、俺は知らなかった。

 彼が俺と親友(とも)と呼んでくれたことが、俺にとっての誇りだった。


 でも――繰り返しになるが、良い人は早く死ぬ。

 死んでしまうんだ。


 炎の魔眼を持つ、強力な魔族がいた。

 初見で戦った俺とナイトハルトは、当然そうとは知らず、そいつと目を合わせてしまった。

 俺とナイトハルトの体は同時に燃え上がり、悶え死んだ。

 そして、俺だけが蘇った。


〈勇者〉のパーティーから初めて死者が出たという事実は、人々を震撼させた。

 世界を救ってくれるはずの希望の星が、欠けてしまったのだ。

 決して無敵でも不死身でもないと、証明されてしまったのだ。

 勝手な期待を抱いていた人々の、落胆ぶりは凄まじかった。

 しかもハインケスが行く先々で、愚かしいスタンドプレイだったと吹聴して回った。

 人々の落胆は、ナイトハルトの「軽率で独りよがりな行い」に対する深い怒りに変わった。

 酒場で男どもが、井戸端で女どもが――安全な場所からナイトハルトの名を罵り、〈騎士〉の名折れ、勇者パーティーの面汚しだと決めつけ、唾を吐いた。

 一人、ハインケスはご満悦だった。

 あいつはパーティー内での強い立場を確立し、主導権をにぎるのに躍起になるような男だったから。

 自分に刃向かった者がどういう末路をたどるか、他の仲間たちへの見せしめになったと、ほくそ笑んでいた。


    ◇◆◇◆◇


 ――と。

 以上が、ナイトハルトの名前ともども、家元であるナインベルクが汚名をかぶった経緯(いきさつ)だ。

 伯爵家が落ちぶれた原因だ。


 同時にそれが、俺がアナスタシアに協力しようと決めた理由であった。

 誇り高きナイトハルトは俺を気にかけ、庇った結果、命とともに名を堕とすことになってしまったのだから。

〈墓守〉は死者を看取るのが天職で、他者を蘇生することなどできないけれど。

 せめてその汚名を(すす)ぐことくらいは。俺の手で。

 彼の末裔であるアナスタシアと、〈勇者育成学校(ハイフォレスト)〉で巡り会えた奇縁を、俺は決して無視できない。


 そう――

 二百年の間、生ける死人と化していた俺の心でも、確かに動かされるものがあったのだ。

続きを読みたいと思ってくださった方は、この下の方にあるブックマーク登録や☆☆☆☆☆から評価を入れていただけると励みになります。


よろしくお願いいたします!

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
新作始めました。
『辺境領主の「追放村」超開拓 ~村人は王都を追放された危険人物ばかりですが、みんなの力をまとめたら一国を凌駕する発展をしてしまいました~』
★こちらが作品ページのリンクです★

ぜひ1話でもご覧になってみてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ