表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

2/28

第一話  王都の朝

 エルドリア王国の都エイラーンは、大陸でも有数の大都市だ。

 大通りからは二本外れ、それでも他の町の目抜き通りより遥かに賑やかだろうそこを、俺は皮肉な気分で歩いていく。

 二百年前まで、エルドリアは大陸の端っこにある田舎国にすぎなかった。

 このエイラーンも王都とは名ばかりの、さびれた小都市でしかなかった。

 しかし、たまたまこの国を出身とする男が、〈勇者〉として神から天命を与えられたために、エルドリアは「〈勇者〉の生誕国」として注目を浴びることになった。

勇者一行(ブレイバーズ)”が魔王を倒し、世界が平和になった後はもう大変で、〈勇者〉の祖国を巡礼しようという旅行客が途切れず、観光業で潤った。

 また諸国家に対する発言力も絶大なものとなった。

 全ては〈勇者〉サマサマの栄達、サマサマの発展というわけだ。

 俺の祖国であるレイクランドは、今も昔も変わらず辺境の弱小国のままだというのにな。


 いったい誰が魔王を討ったのか?

 人々は真実を知らない。歴史にも伝わらない。

〈勇者〉の名が、あまりにも大きすぎたのだ。

勇者一行(ブレイバーズ)”が魔王を斃したのならば、その手柄は全て〈勇者〉一人に帰結するというわけだ。

 あいつが――〈勇者〉ビリー・ハイフォレストが、本当は道半ばで斃れたのだという事実を、当時でさえ誰もそう思っていなかった。

 俺は自分の手柄を主張する気力などわかなかったし、魔王が滅びたことと他のメンバーは全滅したことだけを諸王連合に報告すると、「きっと〈勇者〉は魔王と相討ちになったのだ」と彼らは勝手に解釈した。

 まして二百年経った今では、笑えるほどに美化された英勇伝ばかりが巷間に流布している。

 誰もが〈勇者〉が魔王にとどめを刺したと、信じて疑わない。


    ◇◆◇◆◇


「その制服、育成学校の生徒さんだね?」


 道行く俺を、露天商の中年女が引き留めた。

 近隣の村から稼ぎに来ているのだろう、台車に野菜を陳列している。


「そういえば、そろそろ入学式の時期だったかねえ?」

「……ええ、今日がそうです」

「なんだい元気のない声だねえ! 若いんだから、しゃんとおしよ」


 気怠く思いつつも一応は律義に答えた俺を、露天商は笑い飛ばした。


 この二百年というもの、目的もなく、生きる理由も気力もなく、それでも天技(ギフテッド)のせいで死ねない俺は、すっかり「呼吸だけしている死人」のようになってしまった。

 でも中身は摩耗しきった一方で、外見は未だ若々しい。

 そう、神より啓示を受けた十六歳の時から、俺は全く老いていない。

 この中年女に、「若いどころか実は二百歳を超えている」と本当のことを教えてやったら、どんな顔をするだろうか?

 いや。

 笑って取り合わないだけだろうな。


「ホラ! うちの野菜を食って、元気出しな!」

「……おいくらですか?」

「要らない、要らない。あんたの入学祝いさ!」


 露天商はそう言うと、本当にタダでニンジンを投げてよこしてきた。

 俺は頭を下げ、先を急ぐ。

 もらったニンジンはそのまま、生でかじった。

 通行人には奇異の目で見られる。

 食べることにさえ興味を失って久しい。

 美味いものを美味いと感じる味覚は残っているが、不味いものを死んだような心で食べることも苦にならない。

 捨てるという選択肢もあったが、それは俺にはできなかった。

教師(せんせい)〉は食べ物を粗末にすることを、絶対に許さなかったからだ。

 その時に叩き込まれた習い性が――二百年経った今でも――俺に染みついている。



 八時を報せる聖殿の鐘楼が、都の空に鳴り響いた。

 入学式は九時からだ。まだまだ余裕はある。

 この道を真っ直ぐ行った先に、目指す学校が聳え立っていた。

 二百年の歴史を持つ、由緒ある学校だ。

勇者一行(ブレイバーズ)”が魔王を討伐した記念に、各国同意の元、この地に設立された。

 いつかまた魔王のような、世界の敵が出現してもいいように。

 次代を担う勇者を育成し、またそのパーティーメンバーを輩出するための育成機関。

 最初にして最高の〈勇者〉から名をもらい、こう呼ばれている。


 勇者育成学校〈ハイフォレスト〉。


 俺は今日からそこへ通う。

 半年前に受験し、合格した。

 身分や年齢は偽っているが、本名の「ルース」で通している。

 珍しくない名前だし、何より〈墓守〉がどんな名前だったかなんて、歴史の中に埋もれてしまっている。

 二百年前、〈墓守〉がどんな活躍をしたのか、記録には何も残っていない。

 巷間で創作された英雄伝でもパッとしない。

 なんなら〈聖者〉とか他の職業と、置き換えられているくらいだからな。


 なすべきは、大過なく卒業すること。

 可もなく不可もなく、目立つこともなく、だ。

 俺が育成学校に入学した「理由」はあるが、「目的」はないのだから。

 そう――

 俺の懐には、今も一枚の手紙が大切に仕舞われている。

 そこには俺に育成学校に入学して欲しい旨が、簡潔に認められている。

 他でもない、マリアの筆跡でだ。

 魔王との戦いで命を落としたはずの彼女が、なぜ今になって俺に、こんな学校へ入ることを望んだのか、その目的はよくわからない。

 入学して何をすればいいのかすら、書かれていない。

 だがそれがマリアの頼みであるならば、俺はなんだってする。

 他に理由は要らない。


 いずれはきっとマリアの目的もわかることだろうし、それまではとにかく何もしたくない。

 教室に埋没し、草のように学生生活をやりすごしたいのが、嘘偽りのない俺の本音。

 まして入学式から遅刻だなどと、悪目立ちするような行為は避けたい。

 避けたいのだが――


「そいつらをこっちに渡せ、女ァ!」

「遊女が足抜けすんには、きっちり稼ぐ必要があるんだ! 知ってんだろぉン!?」

「男を作って逃げ出すなんざ、とんでもねえ!」

「借金を踏み倒すのと同じなんだよ! 犯罪なんだよ!」

「言っとくけどオレらの方が正義だかんな!?」

「違います! アタシがどんだけお客をとっても、全然勘定されてなかったんです! この人が暴いてくれたんです!」


 ――この通りは、本当ににぎやかだな。


 俺は嘆息しながら、騒ぎの方へと向かう。

 遠巻きにしている野次馬たちに交ざる。

 二十歳そこらの遊女が、男と抱き合って震えていた。

 如何にもチンピラという風体の男たち五人に、追われていた。

 そしてその間に入り、遊女たちを庇う少女がいた。

 俺と同じく〈勇者育成学校(ハイフォレスト)〉の制服を着ている。また同じ一年だと校章でわかる。

 客観的に見て、美人だ。勝気な顔立ちは好みがわかれるところだろうが。

 キリリと引き締められた表情がよく似合っている。

 腰の辺りまで流れるような金髪は、朝日を浴びて燦然と煌めている。

 よく手入れされている証拠、貴族か何か上流階級出身の証左。

 腰に佩いた剣も、拵えの立派なものだった。


 俺はその騒動を――特に育成学校生の少女を、ニンジンをかじりながら無感動に眺める。

 大方、遊女らの怯えぶりと、ゴロツキどもの粗暴極まる剣幕を比べて、見るに見かねて助けに入ったのだろうが、まったく人の好いことだ。

 これから入学式があるというのに、遅刻したらどうする気だ。

 周りの野次馬たちだって、面白そうにするだけで誰も厄介事に首は突っ込まない。

 もちろん、俺も助けるつもりは毛頭ない。

 そんな気力や情熱は、友や〈教師(せんせい)〉、何よりマリアを喪ったことで使い果たしてしまった。

 このまま野次馬になって見物していよう。

「ニンジンをかじりながら入学式に出た男」とあだ名をつけられるのも嫌だったので、これを食べ終わるまでの間をもたせるのにちょうどいい。

 俺はそう思っていたのだが――


「私はナインベルク伯爵が一子にして騎士、アナスタシア!」


 と、育成学校生の少女は名乗った。

「どちらの言い分も聞いた上で、これは役所に調べてもらうべき問題だと理解したわ! 自分に後ろ暗いところがないと信じているのならば、大人しく私に従いなさい!」

 と、歯切れよく啖呵を切った。


 それを聞いて、俺が少女を見る目がガラリと変わる。

 ――ナインベルクだと?

ルースが家名に興味を示した理由や如何に……?

そして次回、ルースが動きます!

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
新作始めました。
『辺境領主の「追放村」超開拓 ~村人は王都を追放された危険人物ばかりですが、みんなの力をまとめたら一国を凌駕する発展をしてしまいました~』
★こちらが作品ページのリンクです★

ぜひ1話でもご覧になってみてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ