シーン6 走る車内
憂鬱に悩めば、我が身ひとりを持て余す要がいた。試行錯誤しているつもりが堂々巡りで、泥沼に足を取られたかのような思考に沈む。助手席の車窓から後ろに流れる景色を、ぼんやり眺めていた要のスマホが振動した。黒のスラックスパンツの後ろポケットから、左手でスマホを取り出してクリックする。
“ あなたを失ったと知った時から、私はどんな試練にも耐えられました。あなたへの想いの方が深かったからです。でもたまの日、時間が1人だと私を苦しめた。もう、そんな日は私には来ない。帰って来てくれてありがとう“ 富士子からだった。
ヘッドレストに要の頭がのる。・・・今の宗弥を知ったら、富士子はどんなに心を痛めるだろう・・・か。宗弥が成り立つ道を見つけなければ。愛が僕を弱めませんように・・・。要はそう願う。
“ 必ず、迎えに行きます“と返信を返す。
すぐに返信が来る。
“ はい。お気をつけて“
運転席のファイターに要が「正直なところ、お前は宗弥をどう思ってる?」と聞く。ファイターは車の速度を落とし、要にチラリと視線を送ってハンドルを握り直すと「フレミングがコロンブス預かりになって1年半。人の心を変えるのには、十分な歳月だと思う」その声は押し殺したかのようで、アンセントはキリの如く鋭かった。
ファイターの声に忍耐を嗅ぎ取った要は、ファイターの横顔をジッと見る。ファイターは臍の緒がついたまま、羊水と血液もそのままにフルーツバスケットに入れられ、育った施設の門前に捨てられた男だ。努力と苦学の果てに、工科高校出身初の特戦群所属になった。生まれを己の努力で克服した男が忍耐を香らせている。宗弥のとった行動は恵まれた環境で育った人間の傲慢か、・・・・。
要が視線を前にもどしながら「本来の宗弥は慎重だ。どうして、捨身になるのだろう」と口に出すと、ファイターは「底辺が感じる不条理の飢えを知らないから、正義感の頭で考えてるんだろう」と無機質に言った。
対局の宗弥とファイターが居てこそのアルファーだったと、要は改めて思う。チームとしての意思決定を下す時、二人の意見を重んじていたと実感する。その肩翼を失ったアルファーの損失は大きい。先陣OK、イケイケの戦闘狂ではもういられない。転換の時なのだ。責任をより重く感じる、クソ!!
黙り込んだ要に、「フレミングの家族はどんな人たちだ?」とファイターが聞く。「父親の樽太郎さんは、献身を絵に描いたようような人物だ。母親の秋子さんは、元は盾石グループの秘書課に勤務していたが、今は家庭に入っている。妹の晴子さんは結婚して海外で暮らしだ」と上の空で答えた要は、「海外ってどこだ?」と言ったファイターに反応した。電話をかけ始め、1コールで出たトーキーに「フレミングの妹、晴子さんの動向と、身辺調査を最優先で行なってくれ」と頼んだ。
「了解しました。あの、イエーガー、確認したいことがあるんですが、どうも、釈然としなくて」と言ったトーキーの歯切れの悪さに、要はスピーカーフォンに切り替えながら「何が釈然としない?」とトーキーに答えを委ねて聞いた。
「フレミングに、膝を人差し指で叩く癖ありましたっけ?」とトーキーの声が車内に響く。「いや、ない」と即答する要。
「ですよね。打電を打つような仕草なんです。しかしながら、我々の打電コードではありません・・・・ですが、引っかかるんです。どういう事でしょう」と呟くように言ったトーキーに、ファイターは思いつきで「コードを海外部隊との共同作戦時のものに、置き換えてみたらどうだ」と言い、聞いたトーキーは「あっ!」と声を上げ、「了解!妹さんの件も早急、調べます」と言うや、通話を遮断した。
要は「フレミングは、僕らに何かを伝えてる」期待を胸にそう口にする。同じ思いのファイターは頷くのと同時に車をUターンさせていた。