シーン5 本陣・地下駐車場
シーン5 本陣・地下駐車場
要、チャンス、ファイターの3人は向き合い、腕組みをして個々の心情に沈み、考え、沈黙のままに仁王立ちしていた。場所は本陣建物・地下駐車場、もちろん全ての監視カメラからの死角に立っている。
そこにトーキーとターキーが駆けつけ、ターキーから「フレミングは3階の5Aの個室に入りました。これから24時間の監視体制に入ります。詰問室に入室していた係官2人の経歴資料も見てきましたが、一点の曇りもありませんでした。完璧です」と聞いた要は、俯いた目で一点を見つめていた瞳をターキーに向け「家族の、宗弥の家族の経歴をもう一度、分析してもらえないか。宗弥の、あの顔は自分の事で今をどうこうしているわけじゃない。あいつは前回、富士子さんを守るために僕たちを裏切った。それはもう、終わったはずだ。なのに、まだ、あんな茶番を演じている。あいつが大切にしている誰かの、何かがある。宗弥が表沙汰にしたくない何かが。敵は宗弥を引き込むのにそのネタを使っている。宗弥の行動規範の軸は人への献身だ」言葉を詰まらせながらそう言い、要の顔を見ていたファイターが「フレミングの弱点を突いたか、畜生」と呟いた。
拳を握るトーキーが「生物兵器の件、フレミングは知らなかったのでしょうか?」と聞く。「表情分析からして、どう思う?」と要か聞き返すと、トーキーは「わかりません。フレミングは高度な訓練を受けています」と苦々しく答え、「印象からはどうだ?お前たちはフレミングを知っている」と要が聞くが誰もが無言だった。一人ずつの顔に要は視線を向けてゆく。
どの顔にも、疑念があった。
個々の心情のどこかで宗弥はすでにアルファーではなく、とっくに元の宗弥ではないと判断し、今や誰しもが、宗弥の気持ちを正確に読むことが出来なくなっている。諜報戦のジレンマ、裏の裏は表で、表は表だが、予防線を張るために裏を考え、真実を語っていても疑いはどこまでも払拭できなくなる。宗弥の優秀さが仇となっていた。
僕はきっちりと宗弥に、知らしめてやりたいと思っていたのは確かだ。いまさら宗弥の転向は覆い隠せるわけもなく、周知の事実として裏切りは存在し、今の宗弥はスパルタンから情報を引き出す為だけに使われようとしている。あのコロンブスの不気味なほどの穏やかさは激憤の裏返しで、その証拠だ。・・何とか・・・わずかでも・・宗弥を生かす道はないか・・・その道を模索したい・・・・やりきれないと・・やるせないと・・・・考える・・・・僕は・・・甘いのだろうか・・・宗弥を1人にしてはならない。孤独は敵視しか生まない。今の僕に…何ができるだろう。
深く、思案する要にファイターが「イエーガー、フレミングだけに焦点を合わせるな。見誤るぞ。お前の親友・宗弥ではなく、今のあいつはフレミングだ。1人の工作員として考えろ」と厳しい口調で警告する。
「わかってる」要は荒む声で短く返し、ファイターを睨んだ。クソ!!全ての感情を完璧にコントロールしてこそ、この道のプロだとファイターは言いたいのだ。わかってる!!!そんな事は百も承知だ!!!
“ 集中しろ、私情を捨て去れ“ 内包の鬼が要に言う。お前までもが・・・クソ!「怒り方だ。ただ、怒りをぶつけるだけでは好転しないと僕は思う。ファイター、お前が言いたい事は100も承知している。お前の言葉はいつも正しい。口に出させてすまない。宗弥とこうなっても僕はまだ、心の片隅で助けたいと思っている。僕らは宗弥の本質を知ってる。僕らにしか出来ない事があるはずなんだ」しわがれた声で心中を語った要は指示を飛ばす。
「トーキー、本陣でスパルタンを拘束している間は、監房を日付と時刻を不定期にして、付き添う係官もランダムに選んで転々とさせて欲しいとコロンブスに進言してくれ。理由はスパルタンに関して時間も、場所も、人も、固定化しない事で本陣内にある信頼関係を守るためだ。誰もがスパルタンに引っ掻き回されて疑心暗鬼になる前に手を打っておきたい」そう言った要はふと違和感を感じてうつむき「・・何かが、スッキリとしない・・・サヤは未だ、香港の地下組織に埋もれてる・・・売店はサヤの監視役として雇われ、2人の所在確認は取れてる・・今のあの2人に・・そんな頭も・・余裕も、ツテもない・・フレミングは・・・誰から指示されてる・・誰が・・この陰謀の指揮を執ってるんだ・・。・・監視下にあったスパルタンが・・フレミングに連絡するのは無理だ。誰かが・・フレミングと接触した」考えのままを呟いた。
チャンスが「スパルタンはコンテナ船で、誰かと生物兵器の件を共謀していたとは考えられませんか。それを隠す為にスパルタンはアルコールを飲み、外に対してカモフラージュしていた。話を聞いてもワケがわからないよう、サヤに薬を与えて酩酊させていたのでは」と言い、聞いたファイターが眉間を固くして「嫌な感じがする」と口にした。
その顔を見たトーキーは、ヴェルファイアの後部に移動してトランクを開け「サヤを餌に乗組員のほとんどが、スパルタンの船室に出入りしていました。出入りしていなかったのはボスのカルロ・ゴールデリ、ピエロ、ヨナの3人だけです」フロアマットを剥がしながら名を上げる。
ファイターが「カルロ・ゴールデリの経歴は有名な話だ。カルロが動けば目立つ。機密を保つのには邪魔だ。関与させないだろう」と言い、ターキーが「無用な接触をして疑われないよう、スパルタンの船室に近づかなかった・・ピエロとヨナの2人のうちの・・どちらかと、スパルタンは生物兵器の件を進めていた」と推測を口にする。「ピエロは除外していい」と要が言うと、「いえ、2人の過去をもう一度、調査し直します。スパルタンが言った事が本当ならば、生物兵器が世界のどこかで起爆します」顎を固くしてターキーは言った。その顔には信念が溢れ、責任感が塊になったような声だった。その気迫を見た要は「わかった」と承諾する。
チャンスが「この俺が何の保険も掛けずに事に及ぶと思うか?と言ったあの時の、スパルタンの表情は真に迫っていました」教官時代のスパルタンを知らないチャンスの意見は、スパルタンの悪意に汚染されていないだけに新鮮に、純粋に、要たちに響く。
確かにそうだった。要は重い口を開く。「ヨナは船上で荷上げしたコンテナの管理を担当していた。コンテナの中身は、そのほとんどが兵器だった。コンテナの扉を自由に開閉できたはずのヨナが、その通信システムを使用したならば、外とのコンタクトは容易だったはずだ。ピエロは・・ほとんどの時間を僕の看護に充てていた。だが僕が回復してからは日に1〜2度、食事を共にするぐらいになった。ボスに舌を切られ、口がきけないというスパルタンの話を・・・僕は鵜呑みにして、確認すらしなかった・・もし、芝居だったとしたら・・・ピエロがスパルタンと、口裏を合わせていたとしたら・・・クソ!」こめかみから額へと続く血管が膨らむ。要は悔いていた。
要の所在不明期間の調書作りに関わり、ピエロとの親しさを知っているアルファーは固唾を呑んで、苦悶を吐くように話す要を見ていた。
暗い雰囲気を断ち切りたく「あの安全ピンは、どこで手に入れたんでしょう」とチャンスは話題を変える。ターキーが「監房から出る時、金属探知機のゲートを通る決まりになってる。フレミングも入室直後に金属探知機の検査をした」、「渡したのは、おそらく宗弥だ」要が静かな声で割って入る。
その蒼き目をアルファーの面々に向けた要は「ターキー、スパルタンの両手のレントゲン撮影を本陣に申請してくれ。特に親指。親指の関節を外せば手錠から手は抜ける。あの時、手錠の口は閉じていた。安全ピンで解錠した後、戻したのかもしれないし、関節を外したのかもしれない。いずれにしてもこれ以上、奴の勝手は許さない。スパルタンの行動を一つずつ理解し、スパルタンの考えを読む為にも情報が必要だ。安全ピンの成分分析も頼む。多分、宗弥はあの場でスパルタンが手渡した安全ピンを使うとは思っていなかった。そのはずだった。だがスパルタンはピンの存在を僕らに晒した。なぜ、そうしたか、宗弥を孤立させるためだったと僕は思う。なぜスパルタンは宗弥を孤独に追いやった。その理由がわかれば先手を取れる」と言い、ターキーは「了解しました」と応え、トーキーが蓋を開けたジュラルミンケースをアルファーが作る円陣の中央に差し出し「衛星と直接アクセスでき、僕らで製作したジャミング機能が付いたスマホです。これから何が起こるかわかりません。備えで持っていて下さい」と言った。
それぞれがスマホを手に取るや、ファイターは「D暗号の登録でいこう」と声をかけ、総員が頷く。D暗号とはチーム内で制作した暗号だ。本陣もその解読コードを知らない。
ターキーは真っ直ぐに要を見るや「僕はフレミングの家族、ピエロとヨナの過去を洗い直します」と言い、トーキーは「自分は個室でのフレミングの仕草を分析します」と言った。「分かった、頼む。コロンブスにも随時、報告をあげてくれ」と言った要の心情が軋む。
ファイターはそれを汲むように「イエーガー、スパルタンは策士だ。だが、スパルタンもフレミングも今、ここにいる。必ず、何らかの糸口は掴める。トーキーとターキーは内側から、俺たちは外から情報を集めよう。お前が言ったようにフレミングのためにもなるはずだ」と言った。
「ファイター、ありがとう。お前はいつも僕を奮起させてくれる」要は泣き声になりながらも、しっかりとした声で言い切る。泣き声を聞かれようが、弱く感じられようが、そんな事は今の要にはどうでもよく、重要でもない。要は静かにチームに頭を下げ「宜しく頼む」と言った。