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国守の愛 第3章 red eyes ・・・・  作者: 國生さゆり    
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シーン40 いきさつ



  シーン40 いきさつ  


 本陣に戻った要は3階、医療ゾーンにある医務室に直行してビスケットの治療を受けていた。経緯いきさつを聞いたビスケットは「あと3㎝右だったら即死だったな。いい機会だ、よく考えろ」消毒しながらさとすかのようにそう言った。



 「考える?何をだ?」と言った要に、ビスケットは「無意識なのか?なら言わせてもらうが、俺たちは高度な訓練を受けて自分の限界を知っている。勇敢と無謀が紙一重なのもわかっているはずだ。だがその境界線をお前は簡単に飛び越えてしまう。献身だけではなく、忠誠心は言い訳で任務は手段だ。俺の言いたいことわかるか?」と言った。その言葉は要の内で遠き日の西浜医師の言葉とかさなり、眉間に深いシワを寄せ「敵を阻止しているだけだ」と言い切った要を内心の鬼が嘲笑あざわらう。



 ビスケットは椅子に座り、要のこめかみの傷を縫い始め「感情調整のカウンセリングを受けろ」と言った。「必要ない」と即答した要を、ビスケットは針を持つ右手を止めて見入った。「なんだ?」と挑戦的な要に、「心理学もおさめているんぞ、俺は。いつまでトボケいるつもりだ」ビスケットの口調は厳しい。



 手を動かし始めたビスケットは「いいか、心をのぞかれるのは誰だって不快なものだ。俺たちみたいな戦闘員は特に自分の弱さを認めたくはないし、人に知られるのを極端きょくたんに嫌う。だがな、自分の弱さを知っておくと自己認識が深まる。知ることを恐れるな。誰にだって自己嫌悪する気持ちはある。お前だけじゃない」ひと針、ひと針、丁寧ていねいいながらの言葉であった。



 「生きるは修行だ。早くがりたい」ポツリとつぶやいた要に、ビスケットは「修行=苦行と思っているだろう。人間は矛盾する生き物だ。不完全だから、日々の生活の中で苦悩したりもする。だが、それをかてにして笑えるようになるんだ。よく聞かないか“ あの頃は“ って。俺は自分を成熟させる=修行だと思っている。最初から完璧な人格者はいない」と言って縫合糸を切り、傷口にガーゼをあてサージカルテープを貼りつつ「この傷は残る。甘い顔に謎が加わったな。抜糸は2週間後、2〜3日おきに様子を診せに来てくれ。また、話そう」と言った。



 要が「就寝中にすまなかった。ありがとう」と言うと、ビスケットは「情報を引き出すためでもなく、意味もなく拷問されてから眠りが浅いんだ。気にするな。わかったようなこと言っている俺も苦悩中らしい」と笑う。



 左足を負傷したビスケットはいまだ回復途上だ。サラマンダーはあらたな隊員をチームにむかえることなくビスケットの復帰を待っている。消毒してガーゼを変えるくらいなら僕にだってできる。ビスケットは僕のカウンセリングを買って出てくれたのだろう。椅子から立ち上がって一礼すると、「いつでもいい。話をしよう。俺の弱みも聞いてくれ」テーブルの上を片付けながらビスケットはそう言った。




                      ★




 長い廊下を歩き、突き当たりにある僕の病室のドアを開けると、水平線の彼方かなたを見るかのような遠い目の富士子がベットに座っていた。僕だと気づいても、富士子は床にかない両足を緩慢かんまんにブラブラさせている。



 ひんやりとした質感を思わせる富士子の瞳を見つめ「ただいま」と口にしてみたが、富士子は何も云わない。ただ僕の目を青い眼差しで見続け、僕も富士子の目を見続けてベットに歩み寄る。枕元にあった椅子を引き寄せて腰掛け「ごめん」と言った。それでも言葉を発しない富士子から冷たい雨のような余韻がにじんでいた。心が泣いている。



 右手を伸ばし、シーツの上に落ちている富士子の右手を取ろうとした。富士子はその手をそっと引く。クソ、れられないなんて・・・えられない!!そうさせた原因は僕にある。それでも許し難く思う。僕のものだと。心に身勝手な支配欲が湧き出でる。



 富士子は左手の上にえた右手の親指の爪で左手の親指の爪溝そうこうを押し始め、僕は富士子との距離をグッとちぢめさせた右手で、富士子の両手を握ってやめさせる。うつむいた煤竹色すすたけいろの瞳を覗き込んで見上げ「心配かけて、すまなかった」と言って繊細せんさいなガラス細工ざいくの富士子に謝る。



 富士子が小さくつぶやく。「要さん、あなたの仕事、理解しているつもりよ。どこで、何をしていたか、教えてもらえないのも、わかってる。それでも、あなたは無事だと信じてた」、僕は「過去形にするな。これからもこうやって帰って来る」と咄嗟とっさに言っていた。



 私は要さんを見つめ、その精悍せいかんな表情を見ても、希望の背後から絶望が忍びよって来る。ヒタヒタと静かな足音が聞こえてくる。悪寒にも似た恐怖にあおられて「あなたは、自分を粗末そまつあつかぎる。それがことさらに、許せない」と言ってしまった。



 「すまない」と言った要さんに、「ねぇ、私を僕のものだと言ったあなたは私を大切に扱ってくれる。どうして、自分を私のために大切にできないの・・どうして、いつも・・死に魅入られたように振る舞うの・・私は・・信じて待つ事しか・・なんで・・大事にしないの?」川となった涙で訴えていた。



 力が入った要さんの右手を握り返して「わかってる?私、あなたなしじゃ、生きてはゆけないのよ。あなたがいるから、私は笑っていられるの」止めどない涙と共にささやいていた。




 僕のうれいが陽炎のようにけてゆく。認めよう。僕は死にいそいでいたただの不誠実な男で、実直さに欠けるその場しのぎの言葉ばかりを口にし続け、それでも富士子を手離さず、そして死にたかった。いつまでも母を求める気持ちが、父に認めて欲しかった心がそうさせていた。けだるい喪失感を抱え、当て付けのような生き方をしてきた。手放そう、今度こそ。反省では甘すぎて、猛省では軽い僕の愚行が富士子の前に転がっている。



 「あらためる。約束する」そう言うのが精一杯だった。



 富士子がゆっくりとげた右手で僕の左こめかみのガーゼに触れ「今日は何して来たの?」と微笑んだ。「長距離で撃ち合った」ボソリと答える。「私が守っていたのよ。わかってる」耐え難い優しさでそう言った富士子の瞳は僕を許していた。人はどこまで優しくなれるのだろう。




 「ありがとう」富士子の膝に頭を横たえ、富士子の香りを胸いっぱいに吸いこむ。幸せがちる。“僕の魂“そんな思いが脳裏をよぎる。「宗弥がチームを離れることになった。詳しい事は話せないが宗弥の意思じゃない。そうせざるおえなかったんだ。宗弥に会いたいよ」愚痴のような言葉が出た。「会いに行けばいいのよ。何があっても、宗弥はあなたが好きよ」右手で僕の髪をきながら、富士子がクスクスと笑う。




 「そうだな。2人で会いに行かないか?」と言った。富士子のそばで、僕は、僕が生まれて来た理由いみを理解した。富士子が僕の生き方を変える。



 

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