シーン4 防音室
シーン4 防音室
富士子、ごめんよ。最後まで・・おまえのそばに・・・俺・・居れそうにない。なんて言ったらいいんだ・・わからないよ。俺さ、何となくだけど、ずっと、お前と一緒だと思ってた。馬鹿だよな・・・富士子、笑ってくれ。
個室に通された宗弥はそこが詰問室だと気づく。
新設したっていう・・・ここが噂の・・・。8畳ほどの室内には白いデスクが一つ、デスクを挟んで対面するかのように置かれた2つの白い椅子。この椅子は確か・・心拍数、呼吸、発汗を計測する装置が内蔵されてるという話だったな・・。宗弥はどこまでも他人事のように考える。・・・ポリグラフか・・・・・俺が・・・ウソだろう・・。クリアしてみせる・・・そう、訓練されている・・馬鹿にするな。と考えて、針を乱して計測不能にした方がこの場合はいいかもしれないと思い付く。
ドアを背にして立った宗弥の右側は、床上60㎝の所から鏡張りになっていた。
鏡の裏は監視部屋になっているか・・・わかりやす過ぎるんだよ・・刑事ドラマかよ・・お役所業務の・・クソっ・・たれ・・・
壁に凹凸の防音パネルなんか貼りやがって、この状況下に置かれた人間が暴れるわけないだろうが・・・・クソったれ!こんな部屋に俺を入れやがって・・・・真っ白な世界にようこそって・・・キューブリックかよ・・・・・冗談じゃない・・・・鏡越しにアルファーとコロンブスに見られてるか・・・涙が滲むぜ。こうならなければ・・俺だって・・今も見る側にいたはずなんだぞ、クソ!!
・・傷つくんだよ・・俺だって。
・・・異母兄弟・・・あれ、違うな・・・男親が・・違う場合はなんていうんだっけ・・勉強不足だな・・・・知りたくもねえし・・・そんなこと!・・・兄がいて・・しかも、俺と似た仕事していた・・・・・血は争えないってか・・・クソ。・・・俺が・・俺さえ・・黙っていたら全ては丸く収まる・・・母さん、・・あなたに何があったのだろう・・なぜ・・父さんを信じて、正直に話さなかった。人は真実を明かすのに勇気がいる。それはわかる。家庭、子供、良心、モラル、いろんなことが作用して誤解されないかと心配をする。それに立ち向かうと疲れる。でもさ、母さん、父さんだけは信じてよかったんじゃないかな・・
俺は自分に、落ち着けと念ずる。いつかは、スパルタンとサヤとの事が露見するとわかってた。そう思っていたはずだよな・・・だけど・・・いざとなると、やっぱ怖いよ、母さん。・こんなことに・・・なるなんて・・・・家族という名の俺の独壇場・・・・俺はドロ舟に乗ってた・・・・クソ!!
あいつ・・・帰って来てた。
歓喜のままに、要に駆け寄った富士子。富士子のあの後ろ姿は・・純真だった。まるで、生まれる前から決まっていた・・ような姿だった・・・クソ!!!俺は!!!富士子、お前にとって・・・なんだったんだ!!!お前と生きたかったんだ。遠くへ行って・・欲しくなかった。俺だけを見てて欲しかった。それだけだったのに・・そう思うのは・・いけない事だったのか・・・富士子。
俺の中の俺が、悲しいのかと俺に聞く。当たり前だ!!悲しいに決まってるだろ!!!虚しいだろう、俺!!!!!空虚しかない!!!心が寒い!!
ドアがノックされ、宗弥は視点を今に戻す。入ってきたのはターキーだった。「フレミング、お久しぶりです。お元気でしたか?このカゴに持っている物、全て入れていただけますか?ベルトも」と言いいながら、ターキーはカゴをテーブルの上におき、宗弥のコンバースに視線を落として「靴紐も外して下さい」宗弥と目を合わせずにそう言った。「わかった」と言った宗弥が右ポケットの小銭と左後ろポケットのスマホをカゴに入れた後、しゃがんでコンバースの靴紐を外しつつ「すまなかった、ターキー。俺は、、、俺から話すことが出来ずに、すまなかった」最後は唇をかみ締め、宗弥は言葉を飲み込んで俯く。
ターキーは、沈黙して聞いていた。
立ち上がった宗弥は思い出したように、紺のスラックスからベルトを外してカゴに入れ、iPhone watchを外し、右肩から襷掛けにしていたボディバックをカゴに入れる。「両手を肩の高さに、足を開いてください」無機質な声で言ったターキーが金属探知機で宗弥の身体を調べつつ「スパルタンが、この後、来ます。あなたは相槌を打つ程度におさめ、スパルタンにより多く話をさせてください。言葉の数だけ、情報になります」、「俺も訓練は受けてる。わかってる」と宗弥が言うと、ターキーは冷えた目で宗弥の顔を見たが、もう何も言わず、カゴを右手で取り上げて一礼すると音もなく部屋から出ていく。訓練受けてるなら誇りを持てよと、ターキーの心情がつぶやく。
宗弥はターキーに振り返ることが出来なかった。1人に・・・・完全に・・・1人になった・・俺は・・お笑いだ・・ウケない道化師みたいだ。帰る家もなければ、優しく包んでほしい人は・・他人のもので。・・・理由をありのままに話せない・・そんな・・・不健康な家族の一員で・・チームからもはぐれた。
これからは何をするにも、1人だと思えば、心底寒くなる。
失ったものに、奥歯を噛み締めて、耐える。
涙と後悔と懺悔に、耐える。
俺は・・・。
いくらか時間が経った頃、金具を引きずるような音が微かに聞こえだし、ドアが開かれた。スーツ姿の係官2人に前後を挟まれ、赤い収監服のスパルタンが入室してきた。あいつが・・後ろ手に手錠と、両足首を鎖で拘束された未来の俺の姿で来やがった。スパルタンが、俺を見てニヤリと笑う。不幸な男と俺を笑っているのか・・クソ!!気分が急降下する・・・暗くて・・寒い、スパルタンから孤独の匂いがする。
テーブルを挟んで宗弥の前に座ったスパルタンは卑屈な笑みを宗弥に向け、2度目のスパルタンの笑いは宗弥の気に触り、旬爆しそうになって、宗弥は己の怒りの大きさに内心で慄いた。怒りを糧にした宗弥はここで殺るか・・こいつは今・・・鎖に繋がれ・・・無防備だ・・・・今なら・・確実に殺れる・・・と考えを巡らせたが、闇が宗弥に悍ましく微笑みかけ、今ではないと諭す。そうだな。この審問は数日続く。殺す機会は∞。
宗弥は内心でニヤリしたが、もちろん表情には出さずにやり過ごす。それに今日は初日だ。コロンブス、アルファー、スパルタンがどう出るか、まずは情報収集に努めよう。
係官に一人がテーブルの中央を端から端まで走る鋼鉄性のバーに、スパルタンの右手から手錠を外して繋ぐ。完了した係官は宗弥の背後に周り、壁の前に立つ一人と同様の鉄背を作って立つや、身体の前で両手を組んだ。その気配を感じとった宗弥は思う。さぁ、舞台は整った。出番だ、と。
鏡裏にある監視室からその様子をアルファーとコロンブスが見ていた。要は無感情を顔に貼り付けていたが、その心情は痛恨の極みだ。ファイターは口を真一文字にし、チャンスは眉間に険しく険を立てている。
「俺に、話したいことがあると聞いたが」宗弥が話を切り出す。
「ああ。ふと思い出したんだ。あの時、お前に話した事を守ってもらおうって」と言ったスパルタンを、宗弥は見据えたまま「なんのことだ?」と白けた口調で聞く。早速のスパルタンが「おいおい。ふざけるな」新兵教育さながらの芯のある声で被せ、顔の傷を引き攣らせて不敵に笑い「約束しただろう、フレミング。俺と、お前の、約束だよ。あの時の」一言づつ粒立てた発声で白々と言った。
パソコン前に座るトーキーとターキーの肩を、話を聞いていたコロンブスが掴んだ。振り返った2人にコロンブスが視線で問う。トーキーが「情報ありません」と答え、頷いたコロンブスは「フレミングの内耳モニターに繋でくれ」と言い、「承知しました」と応えたトーキーはキーパットを操作し「どうぞ」と少々声を張って告げ、コロンブスが話し始める。そのコロンブスの横顔を要は見ていた。その時、要のスマホが振動する。スルーした。着信にタグ付けした振動は富士子だった。
「送る、コロンブスからフレミング、スパルタンの話に乗れ」と聞いた宗弥の口元が微かに引くついたのをスパルタンは見逃さず「おお。お上様から指示が来たな」と言いながら素早く立ち上がって俊敏に動き、金属バーと手錠が擦れ“ギィイィー“と耳障りな音が室内に大きく響き渡る中、首を大きく反らしたスパルタンが勢い任せで鏡に頭突きする。
バシィーーンと音が反響して、強化鏡に蜘蛛の巣のようなヒビが走った。血塗られ顔のスパルタンが「おい!!そこにいるのはわかってるんだぞ!コロンブス!!このクソッタレ!!偉そうに!!!」とわめき、「やめろ!お前の相手はこの俺だ!!」と声を上げた宗弥が、スパルタンの背後を取る。だが、スパルタンは鏡を見据えたまま「いいや、フレミング。今やお前は、俺の相棒なんだよ」と言うや、宗弥に振り返り「お前がそう言うなら、座ってやるよ」歌うように言いながら椅子に座り直した。取り残された宗弥の表情筋が歪む。
鏡越しにその表情の変化をド正面ドアップで見ていたコロンブスが「どう思う?」と左隣りに立つ要に聞く。「フレミングは今日、私が生きていたことを知りました。動揺していました。その上のスパルタンです。通常の情緒ではありません」要は低音を響かせてコロンブスの問いに答えた。
スパルタンはトントンと右手の人差し指でテーブルを打ちはじめ「ところで、サヤから手はず通りに連絡は入っているか?」と宗弥に聞く。「連絡?何のことだ」と応えた宗弥に、スパルタンは声を上げて笑い出し「お前、さすがだな。上手い。その表情、最高だ〜完璧!!」と笑い声の合間に言葉を挟んだ。ムッとした宗弥がテーブル越しにスパルタンに掴み掛かるが、寸前で避けたスパルタンは床に転がり、立ち上がって机を回り込んだ宗弥はスパルタンの背に馬乗りになって殴り始め、瞬時に反応した係官二人が宗弥とスパルタンを引き剥がしに掛かる。
右手を手錠に取られたスパルタンは肩関節の柔軟性を活かして、よけてはいるが一方的にやられている。“演じている“と感じた次の瞬間、嫌な匂いを嗅ぎつけた要は室内マイクのボタンを押し「フレミング!スパルタン!両手を上げて立て!!係官!2人を左右に引き離せ」鞭のように声をしならせた。室内の誰もが従ったと見るや、コロンブスに向きなおった要は「部隊長、時間をください」と言って意思ある背を折る。「わかった」と承諾したコロンブスの声を聞いた要は「ありがとうございます」と言って頭を上げると、「ファイター、チャンス、3人で室内に入る。トーキーは右のスパルタンと係官、ターキーは左のフレミングと係官、4人の表情をモニターしてくれ」と指示してから歩き出す。
廊下を歩く要の両脇を固めるファイターとチャンスに、要は「スパルタンの身体検査だ。抜れるな」と言い、[送る。イエーガーからコロンブス、係官の身元は確かでしょうか?]と内耳モニターに入れ、[確かだ]と即座にコロンブスから入り、[承知しました]と返した要はドア前に立った。
室内に入ってきた要を見たスパルタンは「よう!特戦の色男、久しぶりだな。相変わらずコロンブスに可愛がってもらってるか?あっ、と、サヤの話だと今お前は富士子ちゃんをめぐってフレミングと三角関係なんだって、いとしの富士子ちゃんとは再会したのか?」のらりくらりとダラダラ語り終わった途端、スパルタンは両手を天にかざす。テーブルのバーに繋いであったはずの手錠が外れていた。
瞬時に腰を落として格闘姿勢をとった要は「チャンス!係官2人を外に出せ!」スパルタンに向き合ったまま指示し、腑抜け顔のスパルタンは要に左手を差し出して5本の指を開く。
「これで、外した。フレミングに渡された。渡されたから外してみた。さすがだろ、俺」スパルタンの左手の平に安全ピンがのっていた。
「どこで、手に入れた?」と聞いた要に、右に頭を傾げたスパルタンは「ここで、手に入れた」といって要に背を向け、後頭部で両手を組んで跪く。「要、俺は渡していない」驚愕の声で否定した宗弥に、スパルタンは振り返ってニヤリと笑う。
室内に「スパルタンを房に戻せ」とコロンブスの声が響く。
入室して来た係官に手錠をされ、両脇を抱えられて立ち上がったスパルタンは「おい、おーーい。近々、世界のどこかで生物兵器が使用される。季節インフルエンザは1、天然痘は3、ワクチン開発前のポリオは3〜6、その生物兵器は12だ。コロンブス、Rノートを作りたくはないか。俺はその情報を持っている。ワクチンのありかも知ってる。この俺が保険も掛けずに事に及ぶと思うか?俺の交渉窓口はフレミングだ」呑気な口調で言ったスパルタンに、要は「その窓口、僕ではダメか?スパルタン、コンテナ船で暮らした仲じゃないか」と穏やかに話しかけ、「ほぉうー!」感嘆の声を上げたスパルタンは要に振り返り、ヤギを思わせる目で要の顔を見るや「お前は嫌いだ」と言うと、その目を宗弥に向け「明日、またな。俺の窓口、素水宗弥クーン」と言い、自分で歩こうとはしないスパルタンの脇の下に、係官2人は左右から肩を入れ、スパルタンを引きずって詰問室から出て行った。
「宗弥、大丈夫か?」と聞いた要を、眩げに見た宗弥は「俺、何が、何だかわからなくなった。お前が生きてた。スパルタンは、サヤと連絡してると俺に言う。俺は何も知らない。何も知らされていない」不明瞭に耳障りな声でそう言い、その動揺を見たファイターは「とにかく、座れ。チャンス、人数分の椅子を頼む」と言い、「はい」と応えたチャンスがドアを開けると、コロンブスが立っていた。
要は鏡前に、ドア前にチャンス、宗弥の後ろにファイターが立ち、宗弥の正面にコロンブスが座っていた。コロンブスが口火を切って「フレミング、動揺するのもわかる。お前を蚊帳の外に置くよう指示したのは私だ。すまなかった。スパルタンの話に何か心当たりはないか?」と問う。「ありません」掠れた声で即答した宗弥に、要が「スパルタンはお前を標的にしてる。何かないか、思い出せ」と言うと、要を見た宗弥は「俺は、お前たちを一度裏切ってる。スパルタンは、それを知ってる。だから、俺を的にした」侘しい口調でトツトツと言った。
その様子を見ていたコロンブスは「フレミング、お前の行動確認は取れている。心配しなくていい。だが、しばらくこの建物から出ないで欲しい。お前にはターキーをつける。生物兵器の有無も最優先で確認しなければならない。不快だろうが、スパルタンの聴取に付き合ってくれないか」と言い、「承知しました」と言った宗弥をターキーが音もなく迎えに来た。
立ち上がった宗弥は鉄背を作り、コロンブスに向き合うや「私は何もしていませんし、何も知りません」と言い切って頭を下げる。
宗弥が退室すると要は「生物兵器の調査を、我々にさせて下さい」と進言した。コロンブスは「いや、ベータにやらせる。気持ちはわかる。だからこそ、フレミングとは距離をおけ。手出しするな」苦虫を噛み潰したような表情でそう言って椅子から立ち上がったが、アルファー面々を見回して「納得していないようだな」と言った。
なおもコロンブスは「お前たちを、フレミングの対局に立たせたくない。無用な思いも、もうこれ以上する必要はない。いいな、手出しするな。言明したぞ」と続け、退室するコロンブスの背にチャンスが「部隊長、何か出来ることがありましたら、おっしゃって下さい。フレミングが何かを隠しているのは、今日の聴取でも明白です。このまま引き下がりたくはありません。裏切ったとはいえ、フレミングはアルファーでした」そう訴えたチャンスの言葉を、コロンブスは目を細めて聞いていた。しばらく直立不動でコロンブスを見つめていたチャンスは「すみません。自分は・・・。足止め致しました。申し訳ありません」意思ある鉄背を深く折る。アルファーもチャンスに続く。
コロンブスは「チャンス、わかってる。本陣近くにアルファーの拠点を作るよう総務に言ってある。連絡を待て」と言い残してドアを閉めた。そのコロンブスに何処から現れたか、ベータ長・サラマンダーが歩み寄る。
進み出たファイターがチャンスの横顔に「よく言った」と声をかけ、チャンスの背中を大きな手で労わるように2度叩いた。