シーン38 マキシム現る
シーン38 マキシム現る
早速6階建ての階段を駆け上り、屋上で腹這いになった要は50口径の12.7 mm弾を使用するBarrettXM500を構え、右目で覗いているナイトショットスコープで周辺のビルを監視していた。今の体調では機動性に欠けると思い、要はスナイパーポジションに付いたのだった。
居並ぶ要とファイターの後方に陣取ったトーキーは、ガス燈の店内監視カメラに繋いだPC画面を見ながら報告する。[送る。トーキーから総員、店内には店主夫婦、ドア近くのテーブルについた男女はカップルに見える。奥のテーブルで本を読んでいる男が1人の計5人だ。映像から撮った写真を各自のスマホに送信する。人相を記憶されたし。なお、不穏な会話は今のところ感知していない。ターキー、5人の身元調査を頼む]と言ったトーキーの声質は独特の発声術をようする声だった。夜間戦術行動をする者が用いる至近距離の者にしか聞こえない声で、もちろん特戦群の要員全てがこの発声術を会得している。
要の左隣で右膝を付き、特殊サーモグラフィカメラで標的のガス塔が入っている中村ビルを見ていたファイターは[送る。ファイターから総員、標的のビルには3階に13人、4階に8人、2階と5階は無人]と内耳モニターに入れ、双眼鏡に持ち替えて周辺に目を配りつつ「スナイパーは久しぶりだろう。肘、痛くないか?」と要に呟く。
「大丈夫だ。この銃ケースのクッション優秀だな。進化してる。なぁ、覚えてるか」と言った要に、「何をだ?」とファイターが聞く。右の口角を微かに上げて微笑した要は「僕は訓練卒業時、長距離狙撃の的中率はお前と宗弥に次いで3位だった。初期訓練では13位だったのにだ。宗弥はお前がドベに近いなんて俺のプライドが許さない。そう言って僕を猛特訓した。宗弥はスポッターをやりながら“ 標的の動きを読みすぎだ”とか、“呼吸を殺すな。銃と同化しろ”、とか、” 舐めるように狙え”とか僕の耳元で口うるさかった。最終的に宗弥は遠距離から移動しながら、標的を狙う僕の周囲に実弾を撃ち込んで動揺しないように僕を鍛えてくれた。その内、お前も参加してダーツルールで競い合ったな。僕は2人のいいカモだった。宗弥は何をやってもfive-starに入ってたよな」と独特な声でそう語り、チラリと要を見たファイターは「フレミングは天才で、お前は努力の人」、「お前は胆力の怪人」と要があとを引き継ぎ、ファイターが「懐かしいな」とこぼした。
そこへ中村ビルに潜入しているオルガから[送る。オルガから総員、3階のキャバクラとスナック、4階の寿司店、もつ鍋屋に不審な点はありません。あとの店は閑古鳥が鳴いています]と入り、[了。引き続き、酔った客を装って警戒にあたれ]とファイターが指示すると、[了解]と不服が口を利いているかのようなオルガの声が返ってきた。ファイターはオルガに厳しい、それは気に入ってる証拠だと要は思う。
[送る。ターキーから総員、マキシムをとらえた。裏口正面の道を東から徒歩で来るぞ、警戒されたし。ガス燈までの距離約70m。周りをガタイのいい男4人で固めている。なお、アルファーの後方6時方向、徳光ビル沿いの道にワゴン車が停車した。こちらも警戒されたし]と上空に配備したドローンの映像を本陣でモニターしているターキーから入り、瞬時にトーキーは右手でPCをウレタン防水の床に置くと同時に、左手で暗視スコープを掴んで後ろの闇へと下がり、手すり壁に駆け寄って身を沈め、スコープを構え[送る。トーキーから総員、ワゴン車の運転席に1人、フードで性別、人相取れず、助手席無人、後部窓はパネルがはめ込んであり、詳細不明]と内耳モニターに入れ、[送る。イエーガーからトーキー、搬入する様子はあるか?]と要が聞く。[ありません]とトーキー、[この時間に、このタイミングだ。引き続き監視しされたし]XM500のスコープを覗きながらの要が周辺のビルを警戒しつつ指示する。
[ターキー、マキシムに間違いないか?]と要が再度聞く。[はい、間違いありません]と返したターキーの声を聞きながら、「見えた」とつぶやき、建物の影から姿を現したマキシムを双眼鏡で人相確認したファイターが[送る。ファイターから本陣コロンブス、マキシムは丸腰ですが、周りの男は武装しています。作戦通り、喫茶店を出た所で確保の段取りでよろしいでしょうか?]と確認する。[ジーナが何かを伝達して、マキシムは姿を現したと考えるのが順当だ。何かを、もしくはred eyesを取りに来たとも思われる。決定的な証拠を持っていればマキシムの身柄は拘束できる。マキシムが消えればトロンスキーを責任者にする工作も然して難しくはないだろう。作戦通り遂行せよ]とコロンブス。
要が[送る。イエーガーからユージン、宗弥の位置は?]とシータチームの要員で唯一店内奇襲に参加せず、宗弥の監視にまわったユージンに聞く。[ドンキホーテ店内、3階のトイレにいます]とユージン、[了]と返した要は「ファイター」と極々小さな声で呼び掛ける。ファイターが自分を見た気配を感じ取った要は、手早くトリガーから外した右手の揃えた指先で自分の首元を指して左右に振り、その手を流れるようにトリガーに戻した。視線を戻したファイターは双眼鏡を覗きながら奥歯を噛んで内耳モニターをOFFにし、「なんだ?」と要に問いかける。
同じく内耳モニターをOFFにした要は「ファイター、宗弥は身体のどこに発信器を埋めた?」と聞く。マキシムの動向を追いながら「前腕外側だ・・・取り出したとでも言いたいのか」軽口を叩いたつもりのファイターはハッとした。「宗弥の思考はこれまで目的に向かって一直線だった。その宗弥がなぜドンキに行く?必要なものは全て持ち歩いているはずだ」と言った要の声は、聞いている方が重苦しくなるような切迫感をふくんでいた。
ファイターは「チキショウ」と呟き、苦々(にがにが)しく奥歯を噛んで内耳モニターを起動させる。
内耳モニターを起動させた要がマキシムにスコープを合わせると、動物的な勘が働いたかのようにマキシムは顔を上げ、スコープ越しの要と視線を合わせてニヤリと笑う。ゾクリと匂うその視線に要の脳内で警戒音が鳴る。瞬時にスコープを戻して周辺を探った要と、ロシア大使館の後方にある建物の一室から、こちらを狙うスナイパーとスコープ越しに目が合った。
要は躊躇なくトリガーを引く。相手がマリオネットのように崩れ落ちるのが見えた。トーキーのいる方向で着弾音が響き、弾丸の風切り音に神速で身を伏せたファイターが、振り返って「トーキー、無事か!」と声を張る。トーキーが「大丈夫です!」と返す。
ポジションを崩さず、スコープを覗き続ける要を見たファイターは、慌ただしく[至急、本陣、イエーガー頭部に被弾]と匍匐前進しながら報告を入れ、「こめかみから出血してる!大丈夫か!」と要の耳元でがなり、「かすっただけだ。声量を落とせ」と言った要はすかさず[送る。イエーガーからターキー、マキシムは裏口から店に入ったか?」と聞く。[はい]と答えたターキーに、[了]と深海に佇む魚のような静けさで返した要は「ファイター、スナイパーは1人だと思うか?」と聞いた。ファイターは要の挫滅創を見るなり、腰ベルトに右手を伸ばし「さっきの射角でこっちの位置はバレバレだ。俺たちが撃たれてないという事はスナイパーは1人だ」と断言し、消毒パッドを口に咥えて右手で引っ張って封を切り、右手に持ったパッドから左手でコットンを取り出して、要の左こめかみから流れ出る血を拭き取り始めた。
「だよな」と笑う要は、[送る。イエーガーから総員、長距離狙撃されたが敵スナイパーを仕留めた。なお、警戒中。シータ、聞いての通りマキシムは裏口から入店した。確保に備えられたし。オルガ、ファイターと合流して裏口を固めろ。カンマル、トムを連れてこい]と入れ、傷を見ようとするファイターに「行け!」と鋭く言い、「クソ!」と吐き捨てたファイターは要の激に飛ばされるように走り出す。
出血が左目に届きそうになり、ポジションを保ったまま左手のグローブでサッと拭った要は[送る。イエーガーから本陣コロンブス、ここから直線距離で約500m先、ロシア大使館の後方建物6階にいたスナイパーと撃ち合いダウンさせました。至急、対処願います]と要請する。[承知した。よくやった。傷はどうだ?]とコロンブスに聞かれた要は[ファイターに言われるまで、気づきませんでした。かすり傷です。装備の差だと思います。感謝します]と返信する。
そこへトーキーから[至急!停まっていた車にマキシムと思われる男と4人の男が乗車した。ターキー、ドローンで追尾願う]と入り、瞬時の要は身を起こしてXM500をケースに仕舞い[了。ファイター、そこはシータに任せて駐車場で合流。ターキー、座標をトーキーのPCに送れ、トーキー、出るぞ!]と言いながら走り出す。
飛ぶように階段を駆け下りていた要の左目が突然、霞む。構わず惰性で降りていた要の右手にある銃ケースをトーキーは掴み取り、要は「すまん」と言って任せた。
[送る。ブリーズから総員、カウンター裏の隠し部屋に脱出路あり、隣の敷地に繋がっていた。これから店主の聴取に入る]と内耳モニターに入り、最後にヴェルファイアに乗った要はドアを力任せで閉めつつ「ファイター、出せ」と言い、続けて[送る。イエーガーからブリーズ、ジーナが渡したニューヨークタイムズを探してください]と入れると、[わかってる!]と応えたブリーズの口調は荒れていた。
それでも要は[マキシムは我々の監視を知っていた。それでも姿を現した。なぜ来たかです。スナイパーを用意してまでマキシムは来た。コロンブスが言った通り、我々が隠し部屋に踏み込んだらまずい何かがあったからです。だからマキシムは来た。ブリーズ、どうあっても店主の証言を引き出してください]と根気よく説明し、[お前のいう通りだと思うよ!わかってる!それから20秒前にフレミングの電波が途絶した。クソみたいなタイミングで、クソ!ドンキで取り出しやがった。これであいつは野放しだ] と苛立つブリーズと要の会話に、[送る、サラマンダーからブリーズ、隠し部屋とやらのブツを根こそぎ本陣に持ち帰れ。店主夫婦も本陣で聴取だ。新たな情報を掴んだ。コロンブスには報告済みだ。カンマル、トムを連れて俺と合流しろ。Dがお前のスマホに座標を送る。アルファ、マキシム追尾は中止だ。泳がせる]とサラマンダーが割って入り、[サラマンダー!!なぜです!今マキシムを追えば必ず確保できます!!いかせてください]と言った要に、[もちろんいずれマキシムは確保するよ。その前に固めておきたい優先事項が浮上した。俺たちが口出しできない高度な天上人からの要請だ、従えイエーガー。それからイエーガー、お前はフレミングが暴走した時の保険で、今回出動が許可されてる。トロンスキーはこっちの手の内にある。いつでもフレミングは手繰り寄せられる。アルファーは俺が預かる。お前は大人しく本陣に帰投しな]と言ったサラマンダーの宗弥に対する無慈悲な言いようが要の耳にこびりつく。




