シーン31 想う、思う、惟う
シーン31 想う、思う、惟う
TTの助手席に乗るカンマルは思う。3時間ほど前、この席にはアリシアが座っていたと。愛らしくテレサ・テンの歌を口ずさみ光り輝いていたと。息つく間もないほどに求め合い、呼吸が整うのも待てずのアリシアが「どうして、コードネームがカンマルなの?」と聞いた。僕の左腕に頭を乗せて横たわったアリシアは美しすぎた。僕の左脇腹の切創を左手の親指の腹でなぞらいながらアリシアはそう聞いた。ガサバサとしたアリシアの指先の感触にくすぐったさを覚えながら、僕は体勢を変えてアリシアのエメラルドグリーンの瞳を正面から見つめ「任務を完遂し、無事にマルっと納めるという意味だよ」と告げた。
アリシアは「そうだったんだ」と言いながら、左手で僕の右肩をグッと押した。猫を思わせる柔軟性で僕の上に乗り、僕を跨いで膝立ちになった。見上げた僕は一糸纏わぬ女神アリシアを崇拝した。尊かった。女神アリシアは僕の右手を両手で取るや、右手の人差し指に左手を添えて自分の身体に刻まれた銃痕、切創の数々を次々に辿らせながら「シリアで格闘した時の、噛むなんてどんだけ必死だったのよって感じ」と言い、背中に持ってゆきながら「イスラエルでの銃撃戦の時、3㎝右だったら腎臓を失ってた。しかも、味方に撃たれたのよ。下手くそよね」と言った。僕はその手の指を広げてアリシアの銃痕をなでた。アリシアはゾクリと肌を粟立てながら、僕の手を掴んで右肩の切創にあてがい「トルコに潜入した時」と言って、滑らかな肌の上を滑らせながら左の太ももにもってゆき「ドイツの地下組織に、入団する時の馬鹿みたいな儀式の時」と説明した。そして僕の右手の親指に小鳥が啄むようなキスをした後、口に含んでバーキャンディのように舐め始めた。何度も何度も。耐えきれずの僕が親指をピクリと動かすと、アリシアは人差し指にキスをして頬張った。中指、薬指と続き、小指を最後に「こうして、私も任務を完遂して来たの」と普段の口調とは違う、舌足らずな調子と甘い声でそう言った。アリシアはしっとりと熱を帯び、滴が滴り落ちているアリシアに僕の手を導き、アリシアの繊細な指先に僕の指も習った。左手を小ぶりな乳房に添えて、僕は弄んで焦らした。太ももが微震するアリシアに「僕のためにいけ」と命令するや、アリシアは緩やかに昇り始め細く豊かな声を上げながら、ガクリと顔を仰け反らせ喉をあらわしてガン欲にいった。尊いアリシアがくたりと僕の上に崩れ堕ちて来る。僕はアリシアの腰に右腕を回し、アリシアの頚椎を左手で支えて上半身を起こし、ゆっくりとアリシアを反転させて見下ろした。眼下に、法悦に浸るアリシアがいた。
数時間前の事だった。
アリシアが狙撃された時の自分の行動、アリシアの動きに後悔は一つも無い。アリシアは超一流のプロで、僕もそうだ。一瞬の神の差配だった。運が悪かった。ただ、それだけだ。しかしながらフレミングのスポッターも置かず、それでいて慎重さにも欠け、磨き上げた超一流の腕を野放しのままに使うは道理に反している。
運転するサラマンダーがチラリと、押し黙ったまま助手席に座るカンマルに視線を送る。運転席のドアに右手をかけたカンマルに、「俺が運転する」と言ってサラマンダーは運転席に座った。すぐに現場に駆けつけたいサラマンダーが運転するのは極々稀な事だった。
サラマンダーが「何考えてる?」とカンマルに聞く。「フレミングは自分を見失っています」芯ある声で答えたカンマルに、「どうしてそう思った?」と被せるように聞いたサラマンダーの横顔に、視線を向けたカンマルは「フレミングは高度な訓練を嫌というほど受けています。ですが、考えなしに発砲しているように感じました。あの狙撃に奪うことへの畏敬は無かった」憤りもなく、普通にそう言ったカンマルをサラマンダーがまたチラリと見る。
目が合い、その目に理性があると判断したサラマンダーは、前に視線を戻して静かに安堵の息を吐く。そして「なぁ、カンマル。自分で考えているつもりが、実は指示に従うのに慣れていたとは考えられないか。チームで動き、個人で考えるは難しいよな」世間話でもするかのようにユタリと話す。
「教訓にします」波紋が広がるような声で言ったカンマルに、「イエーガーにつける。あいつからも学んでこい」と言ったサラマンダーは、おっさんみたいな笑みでカンマルに笑いかけた。