シーン26 根深い拠点
シーン26 根深い拠点
ここは・・こんな所にもSVRの拠点があったとは・・と思いながら、窓ガラスを開けてフレームに肘をのせた宗弥は、左手でルーフパネルを掴んだ。俺はここだとトーキーに知らせる為に。なにくわぬ顔で視線だけを巡ぐらせ、宗弥が車窓から後ろに流れる景色を見ていると、パンツの後ろポケットに入れてあったスマホが微震した。ダグ付けは富士子。鼓動がドキリと跳ねる。ソワソワとする気持ちが、スマホに手をかけさせようとする。
トロンスキーとフレドがチラリと俺を見た今、スマホを出すわけにはいかない。全てを断ち切ったはずの俺が、富士子とはまだ繋がっていると触れ回るようなものだ。未、俺の弱点は富士子だとバレてしまう。とうに調べはついているだろうが、それでも・・・と思う、右手を拳に変え、握り締めて堪えると街並に集中させた。
世田谷区にある閑静な高級住宅地の近く、首都高への出入り口も近い。車の往来が比較的多い幹線道路沿いには、駐車場付きのファミレスが立ち並び、至って平凡で平和な街だった。
幹線道路から一方通行の道に入り、2度左折を繰り返して、袋小路の一番奥にある3階建一軒家のビルトインガレージに、速度を落とした車が近づいてゆく。ナンバー感知式なのか、自動でシャッターが上がりはじめた。という事は、監視カメラがどこかにあるという事か・・・。
前回のあの場所は、引き払ったのか・・・。
いや、そうじゃない。何かを仕掛ける為に本隊からチームを切り離した・・何をする気だ・・red eyesの特効薬を確保するのに失敗したばかりだと言っていた・・かの国の工作員の襲撃に備えて・・拠点を、チームを、分散させたか・・・ならば、マキシムと離れた俺たちは囮だ。クソ・・一人飛び出してはみたものの・・単独でこなせる事にはかぎりがある・・・俺が撒いたパン屑を情報解析しているターキーの目、そのターキーの指示に従っているシータは、どこまで追いついている⁈今、俺とシータのタイムラグは約20分というところだろう・・・長いな・・一度、膝の内耳モニターから打電を打つか・・・いや、20分ぐらいが今はいいのかもな・・・クソ!考えがまとまんね・・・要はこんな判断を日々していたのか・・・思っていたよりも簡単じゃないな・・・・俺にとって、これからはイバラの道なのかもしれない。組織、チーム、仲間の大切さを今更ながらに感じる。俺は恵まれていたんだな。
あぁ、人は夢ごとの過去を懐かしみ
変えがたい優しさに気付くけれど
何処へ私は辿り着くの
何処へ心をつれてゆくの・・か
要、お前がよく聴いていたな。お前はこんな気持ちで、この歌を聴いていたのか・・。
トロスキーが宗弥に声を掛ける。「お前はこれから俺と、3階の角部屋で周辺監視に入る。この道に入ってくる住人の面取り、車のナンバーは押さえてあるから、不審車両、不審者の割り出しは簡単だ」滑らかな日本語でトロンスキーが話す。「わかった。それにしてもお前、日本語上手いな」車を降りながら、何気なく俺がそう言うと、トロンスキーは車庫内から室内へと続く、ドアの前でふと立ち止まり「いつか・・母さんと会う時に・・不自由がないようにと思って、父さんに頼んで学校以外では、日本語で生活してたんだ」呟くように話し、振り返ってチラリと俺を見た。
「そうか・・いつか、俺んちに遊びに行こう」宗弥は快活な声で言ってはみるが、不慣れな感覚が心に影を落とす。いつかこの感情に、ケリをつけられる日が来るだろうか・・・トロンスキーが我が子だと、母さんは気づくかな・・。トロンスキーが親父と鉢合わせしないとも限らない。・・問題ごとが雪だるま式に増えてゆく・・・どんな事があっても母さん・・あなたは俺が守る。
家内に入ったトロンスキーは両手で、左手側にある2つのドアを同時に開け「風呂と洗濯場」と宗弥に説明すると、身体を反転させて3つ目のドアを右手で開け「この部屋は地下に繋がってる。俺たちが籠城するか、誰かを捕縛した時に使う」と言って宗弥に笑い掛けた。「おいおい、穏やかに行こうぜ」と言いながら、宗弥もBIGに笑うが内心で舌打つ。部屋に投げ込むように、無造作に置いてある食糧、日用品、ガムテープ、拘束具、電動工具、大工道具、パイプ椅子2脚、スタンドライト、スピーカー、バケツ等々は生活にも必要で、拷問道具にもなりうるものばかりだ。どこまでも本気で、どこまでも準備万端だった。そう思えば宗弥の背筋に、ゾクリとしたものが這い上がってくる。獣のような身震いを小さく一つして、体を覆い始めた冷たいものを床に振り落とす。
階段を上がってゆくと、2階はオープンキッチンとリビングに、トイレで約25畳の広さがあった。誰もいなかった。そういえばフレドはどこにいる⁈「なぁ、フレドは?」と前を歩くトロンスキーに聞く。
「車でマキシムに連絡入れてるんだろう。あいつは報告魔だ。まぁ、俺たちの手間が省けていいがな。気にするな」と言ったトロンスキーは、3階へと階段を上がり始めた。俺に訊かれたくはないか・・・・・・俺の事を報告して、俺を信用していない、一々めんどくさい奴だ、フレド。
3階はトイレを挟んで6畳ほどの部屋が二つ、手前の部屋には荷解きしていないジュラルミンケース5、ユーティリティケース6が並べて置いてあった。各種・戦闘装備品か・・・。何をどの程度、持ち込んでいる⁈。アルファーが拠点に運び入れる物量よりは少ないが、中身が何か調べなければ、ああ、そうだ、家の周りにトラップがあるかもしれないな。これも確認と。宗弥は頭に刻む。
奥の部屋にはバルコニーがあり、車が入ってきた小道が真っ直ぐに、真正面から見えた。ここからだと狙撃はいとも容易い。3階でバルコニーがある分、奥まり、角度がついて道路からは、こっちの姿は見えず狙えずで、絶妙だ。
「いい感じのFFPだな」と振り返った宗弥が言うと、「お前は何をやらせても天才的だと、マキシムが言っていた。頼りにしているぞ」と言って微笑したトロンスキーの目元が、母に似ていると思った宗弥は視線を落とし「そうでもない。買い被るな。上手かったら、ここにはいない」無意識にそう返していた。
複雑な心境に落ちたような表情で「コーヒー飲むだろう。入れてくる」トロンスキーは小さく言い、部屋から出ていった。その背を見送りながら、宗弥は他人事のように思う。異父兄弟で、繊細なヤツだとわかっていても、俺の事を歓迎していると知っていても、冷たい言い方しか出来ない俺は、いま余裕がないんだな、と。
馴染んだものを求めるかのように、パンツの後ろポケットからスマホを取り出した宗弥は、富士子からのメッセージを見た瞬間に、「クソ!!!」と罵っていた。
兵器化されたred eyesが・・これほどに進行が早かったとは・・・。震える指先で何度も打ち違えながら、トーキーに渡されたジャミング機能付きのスマホから、“ 富士子、ごめんよ。俺は今、動けない“ と打つのが精一杯で、無念の思いのせて宗弥は、己の宿命の女、富士子に送信する。
申し訳ございません。操作ミスで今朝(6月9日)一旦、消去されてしまいました。




