シーン2 再会
シーン2 再会
富士子を抱きしめている要の視線の先に、宗弥が立っていた。
要は宗弥の目を見る。特戦群とアルファーを欺き、サヤを通じて僕のコンテナ船での生活をお前は知っていた。全てを白日の元に晒す訳にはいかないが、言い訳だけは聞いてやる。そんな思いを要は眼差しに表す。
宗弥は要の出現を、その視線を瞬きもせず受け止めていた。俺はただ、ただ、俺の悪夢を見ている。
この日をのちに考えてみれば諜報戦の開戦日で混迷と混沌の始まりで、偽りと猜疑、忍耐と洞察、人間力と貢献、外圧とプレッシャーの日々を要と宗弥が、アルファーが、特戦群の男たちが生きた日々だった。
要は思う。・・・・準備は整えたとはいえ、やはり宗弥と顔を突き合わせれば“ なぜ“ と思わずにはいられない・・・宗弥のとった行動理由は調査通りのなのか・・他に理由があるのか・・・あるとしたらば何だ?要の心情に宗弥への温情が湧く。掻き乱されそうになる。おい!今更それを知ってどうする⁈、どうあろうが裏切りは裏切りだ。と、内包の鬼が僕を睨みつける。
・・・わかってる・・・僕は知っている・・・だが・・・それでも・・宗弥は親友だ・・助けたい。流石の宗弥は本陣を、特戦群を、アルファーを、僕を手玉に取っただけのことはあり、その表情からは何を考えているのか、この状況をどう受け止めているのか、もはや僕にはわからない。視線一つで手に取るように意思疎通できていた宗弥は僕を見ても表情一つ変えないでいる。宗弥、いまお前は何を考えているんだ・・・。
既にもう無表情で居られる宗弥は、大海に漂う藻屑のようにどうでもいいと流れるがままに僕たちからかけ離れ・・思考を停止させているのか・・そう思い至れば哀れと・・またも情動が揺さぶられる。なんとかしてこの状況を変え・・・助け出せる方法はないか・・・このまま進めれば宗弥の将来は潰される。だが・・宗弥は僕を受け入れるだろうか・・・それさえも…わからない、僕らはもう終わっているのか…。
腕の中にいる富士子を解き放ち「富士子さん、宗弥を迎えに来ました。緊急召集です。この仕事が済んたら僕は必ずあなたに会いに行く。その時にこれまでの事をきちんと説明させてください。あなたの質問にも答えます。いきなり現れてこちらの都合ばかりを押し付けるようで・・申し訳ありません」要は万感の思いで富士子を見つめ、深海の声できっぱりとそう言った。
要を見つめ返すことしか出来ない富士子は「あ、あ、あの」と、何が言いたかったのかわからないままに意味不明の音声を発するのみであった。夢のみで逢え、一方的に語りかけ、一人答えを導き出して、会話してきた想い人は生きていた。高鳴る己の鼓動も聞こえず、尾長さんと名を呼ぶことさえも忘れるほどに富士子は要に集中していた。犬歯を見せる打撃力満点の笑顔で右手を上げた要が、富士子の頬にかかるはぐれ髪をがっしりとした指先で後ろに押しやると、そのゴツゴツとした広い手の平に富士子は首を傾げて頬を預けた。初めての親密さは二人の間で自然で、普通で、いつも通りのようだった。
「要!!」と名を呼んで進み出た宗弥に、要は「宗弥、久しぶりだな。連絡せずにすまなかった」カラリとする声で応え、「おお。俺こそ、なんか、すまなかった、俺もあれから」と言った宗弥を、要はやんわりと遮り「宗弥、その話は後にしよう。緊急召集がかかった。迎えに来た。まずは富士子さんをタクシーに乗せよう」軽やかな声質ではあったが、その目には相手に有無を言わせない鋭さがあった。その目に見覚えのある宗弥は一瞬、たじろぎながらもグッとこらえて「ああ。そうだな」と平然と返す。
そして宗弥は熱い目で富士子の煤竹色の瞳を見つめ「ごめんな富士子、俺から誘ったのに。また今度な」明快な口調でそう言うや「タクシー停めてくる」と言い終わらない内に走りだしていた。要のあの目は…敵を捕縛し、詰問する時のそれだった。これから・・・・何かが・・・俺の身の上に・・・起きる。富士子をここから遠ざけなければ・・・・知られたくはない。
その背を見送っている要に富士子は「私、私は、もう、あなたに、会えないと思っていました」その声はか細く、富士子の涙を実直に受け止めた要は「僕も・・そう思っていました」遠き日を思うようかのように重く返し、富士子は泣きながら「いつか・・あなたは帰ってくると・・待って・・・信じて・・本当に・・今、ここに・・いる。あなたは・・・帰って・・来てくれた」雨に濡れそぼった紫陽花のように下を向く。
富士子の顎を大胆にも逆手の右親指と人差し指で支え、上を向かせた要は「覚えておいてほしい、僕はあなたのものだ」と誠実な男の顔で告白する。富士子は迷いなく「はい」と即答した。柔らかい眼差しで富士子を包んだ要は「心配をかけましたね。この償いは必ずします」と誓う。要が異性に対して初めて吐く言葉だった。
そこへ「おおーい!タクシー停めたぞ」と宗弥が叫ぶ。要は表情をキリリとしたものに変化させてスマホを操作しながら「僕のメッセージアドレスを送ります。携帯番号は先程の着信番号です」と言った途端に富士子のメッセージ着信音が鳴り出し、スマホ画面を見た富士子は「…どうして…私のアドレスを」と要に聞く。慈しみがこぼれ落ちる眼差しの要は「あなたは、僕の職業を知っている」男性的な声で秘密を明かすかのようにそっと告げた。
「あっ」と小さく声を上げた富士子に、「そういう事です」要は犬歯を見せて微笑んだ。
「すぐに折り返しが出来なくても必ず読んでいます。あなたのスマホにこれを貼りたいのですが、いいですか?」要はそう言いながら右手を上着の内ポケットに入れ、ガンダムのカットバンを取り出して富士子に見せた。富士子は「それ!」と懐かしむ声で驚き、一気に顔を上げて要の顔を見る。その顔に頷いた要は「また、綺麗なお姉さんの護衛です。あなたのお守りにと思いまして。すみません、子供じみてて」と照れた口調で口にする。
富士子が差し出したスマホを受け取った要はさりげなく宗弥に背を向けて黒のソフトカバーを外し、スマホにガンダムカットバンを貼りつけ、カバーを元に戻して富士子に手渡した。着信者追跡装置、現在位置発信機、装着完了。そばに居ると決めたこの女性の安全管理は僕の役目だ。
手渡したスマホを大切そうに眺め、クランチバックに入れる姿を見た要は、その仕草に愛らしさを感じつつ富士子の右肘を左手でそっと掴んでゆっくりと歩き出す。
その2人の様子を見ていたはずの宗弥は何も言わず「ごめんな、富士子。またな」と言いながら、タクシーに乗った富士子の膝の上にテイクアウトしたホットドックを置いた。
「あ、宗弥・・ありがとう」富士子がそう言っている最中にタクシーのドアは時の無常を知られるかのように閉まり、走り去るタクシーを今は大きく立場の変わった要と宗弥は並んで見送った。
要は宗弥に向き直り「僕たちも移動しょう」と声をかけ、奥歯を噛み締めて内耳モニターを起動させるや[送る。イエーガーからファイター、頼む]と入れ、[了]とファイターから入った15秒後、要と宗弥の前にマルーン色のヴェルファイアが停車した。この迅速さに宗弥は驚愕する。俺は・・監視下に…置かれていた・・のか・・・。いつから監視が・・始まった・・・あっ・・あの作戦終了直後からか・・・、だからコロンブスはいつでも目が届くように俺を直属にした。
宗弥の内耳モニターは無音だった。俺が・・・あの時、選択した事が、・・俺を今の・・俺にした・・・クソ!!!!