シーン17 コロンブスとスパルタン、狐と狸の化かし合い
シーン17 コロンブスとスパルタン、狐と狸の化かし合い
宗弥が落ちた2日後、詰問室に入室したコロンブスはスパルタンの背を一瞥し、対峙するようにスパルタンのド正面に椅子をズラして座り、トーキーはコロンブスの右横に腰掛け、支給されたてのPCをテーブルの上に置きながら「スパルタン、あなたが昨日、フレミングに伝えた口座でよろしいですか?」と軋む声で聞く。「ああ、いいよ。金の流れを追っても無駄だぞ、トーキー」スパルタンは笑う。初期設定を始めたトーキーの表情には、氷のような冷ややかであった。
スパルタンのヤギを思わせる目を見つめ「スパルタン、お前が転向した理由はなんだ?」と聞いたコロンブスに、背けていた顔を向け「今更なんだ?そんな事は、どうでもいい話だろう?コロンブス。フレミングから金の準備が整ったと聞いたから、お前と話をしているだぞ、俺は」スパルタンが不協和音の声で言う。
「ああ。整ってるよ」と答えたコロンブスは、ポーカーフェイスだ
ニヤリとほくそ笑んだスパルタンが「相変わらずの不機嫌か、久しぶりに会ったのにつれない奴だな。なぁ、始める前に液体デイバイスの布が欲しいんだけど、フレミングに持って来させろよ」と注文をつける。
コロンブスが「なぜだ?」と聞く。「パスワード変更に使うのさ。あと、自動送金も発動させる。あの布は熱源も電磁波も、確か赤外線も遮断するんだったよな。ここにはその類の機器が、あちこち仕掛けてあるんだろう。俺に渡す金はこの国の血税だ。クソ真面目に国に仕えるお前は、どうあっても追跡しようとするはずだよな、どうせ。それが迷惑だからさ」スパルタンは勝ち誇りの顔で説明し、コロンブスは鏡に頷く。
頷きを見たスパルタンが満足気に笑い「イエーガー、そこにいるんだろうーー、黙って従えよーー!!」とふざけた口調で言うや、コロンブスは「深く再調査したんだが、お前の破綻のきっかけはお前の子が」、「黙れ!!!」と遮るのと同時に、立ち上がったスパルタンは「黙れよ!黙れ!コロンブス!」罵るように檄り、ギリリと音が鳴るほどに歯を食いしばる。
「ドミナントはサブミッシブの信用を失うと、痛手が激しいらしいな」コロンブスは口笛を吹くかのように蜜月の日々を匂わせ、的確に確信を明かしてスパルタンを刺す。
「キーカードは、この俺が握ってるんだぞ!!黙れよ!!!コロンブス!!」勢い任せで吠えたスパルタンを、冷めた眼差しで見ていたコロンブスは平然と「お前は知って奥さんの顎を砕き、左目を潰しかけた。奥さんはなぜ、そうなったんだ?スパルタン」と続け、顔を前に突き出したスパルタンは赤く濁った赤い目で「他に、男が、デキたからだよ」血の通わない声で吐き捨て、「公僕が」と呟き、「あいつの話はするな!!」と再び声を荒げ、気が抜けたようにストンと椅子に座った。
「いいや、そうじゃない。裏切ったのはお前が先だ。それを知って奥さんは倒れた。そして切迫流産した」とコロンブスはなんとも淡々とそう言い、その様子を鏡裏の監視室から見ていた要は、知りたくもない事実に居心地の悪さを覚える。コロンブスとスパルタンは特戦群の前身にあたる部隊で、コロンブスはAチームの班長、スパルタンは同チームの戦術担当だった。
ファイターがターキーの足元にあるジュラケースから、液体デイバイス仕様の布を取り出し「行ってくる」と告げてドアを開ける。要はファイターの手にある布を見て思う。あの日、スパルタンが仕掛けた手榴弾トラップを解除した後、かけた布、腰ベルトが海に浮かぶよう工作した布、液体デイバイス基盤の布。変異する魔王・液体デイバイスから全てが始まっている。眉間に皺を寄せる。疲れを感じて、広い右手の親指と中指で両のこめかみを押さえた。
チャンスは音もなく動き、近くの吸水器から3杯の水をくみ、ターキーの前に一杯おき、要にコップを差し出し、受け取った2人とチャンスは水を飲み干す。コロンブスとスパルタンの会話に要同様、それぞれにも思うことがある。チャンスはかって同じチームだった者同士の抉るような会話に。ターキーはスパルタンの愛した人への蛮行に。
その間にも会話の角度は変わり、「何もかもが規則、規則で、窮地に陥っても、援軍すら出せなかった。上にお伺いを立てなきゃ何もできない。俺たちばかりが損をしていた。俺たちは使い捨てのコマじゃねえ」ふんぞり返ってそう言ったスパルタンに、「それがこの国の平和に繋がっている。憲法9条第二項。この国を攻撃すれば、どうなるか知らしめながら侵略しない、出来ない。戦争を始めない国は、同盟国としては最高のパートナーじゃないか。しかしながら、専守防衛を遵守しながらやる時はやる。その方が恐怖だろう。私はこの法律が気に入っている。共感を得て力添えの時を待つ。これが今の世界秩序でもある」、「おい、それで俺たち何人失った。どんだけバカにされたよ。自分の喧嘩も、殴られましたと告げ口して、代わりに戦ってもらうのかよって、笑われたのを覚えているか!!」、「ああ、覚えてる。それがどうした。言わせておけばいいんだ。“ 弱腰“ と言われるのを恐れて決断を先送りにし、多大なる犠牲を出しながらも、利権争いに勤しんだ第二次世界大戦時の軍部よりはマシだ。スパルタン、過去から何を学ぶかだ。私たちの部隊は出る時は出る。影の如く行動し、元凶だけを駆逐する。そう噂が広がるだけで、この国の抑止力になる。だからこそ、特戦群はハリボテであってはならない。思考的にも、思想的にも、私利私欲を持たない真の精鋭たる必要があるんだ。お前の意見は実に個人的で、女々しい」コロンブスの静けさは凛とした静寂で、鬼気肌に迫って魑魅が鼻を衝く、泰然自若さがあった。
詰問室のドアがノックされ「入れ」とコロンブスは声を張り、スパルタンが「偉そうに」と小さく呟き、入室したファイターはコロンブスの左横に液体デイバイスの布を置く。
ファイターにやぎの目を思わせる眼を向けたスパルタンは「よう、捨て子、元気か?」と声をかけ、一瞬、動きが止まったファイターが「あなたの訓練のお陰様で、息災です」とスパルタンのその目をガン見して答え、ふわりと笑ったスパルタンが「そうか。失うものがない奴は、やっぱ強いな」薄ら笑いを浮かべてそう言い、変わらずガン見のファイターは「俺には、かけがえのないものが沢山できました。感謝しています」怒り心頭だと教えるような目つきで、しかしながら、丸く耳障りの良い声を貫き通し、一礼して退室する。
「フン。面白くない奴」鼻を鳴らしたスパルタンに、コロンブスは「さっ、始めようか。これからは、おまえ次第だ」室内の空気に緊張を強いるような声で告げ、「おっと!旧友はやっぱり、俺のツボを心得てるな」スパルタンは歓喜の声を上げ、コロンブスは「お前の友だちは赤色だろう」と言う。
スパルタンがジロリと視線を上げ、意に返さずのコロンブスは隣に座るトーキーに目配せする。トーキーが手元のパソコンをテーブルの中央に置き直す。
戻ってきたファイターはドアの前に立ち、深い息を吐いた。振り返った要が見たファイターの瞳は、微かに揺れていた。要の視線に気づいたファイターは「大丈夫だ」と言ってうなずき、「しばらくぶりに聞いた。今でも聞いて動揺する自分に驚いただけだ。すまん」ぎこちない硬い発声で言う。
「奴の常套手段だ。そうやってあいつは人の心を蝕み、コントロールしようとする」要の言葉は怒りが意志の炎に代わり、焼き尽くし、チリチリと灰が舞い落ちるようだった。ファイターは珍しく弱気な目を要に向け、その目に要は「僕たちが、あいつから離れて6年だ。トラウマなど微塵も感じ無いほどに、経験と自信を身につけてきた。ファイター、子供の頃の記憶なんてカビが生えた過去だ。笑い話に出来るお前がいるじゃないか、気に留めるな。未だ変わらないスパルタンは成長していないという事だ。標的がその時々で変わるだけで、考えず、学ばず、ただ人を刺して自尊心を慰め、時を漂うだけの人間だ。不幸で可哀想な奴だと笑え」とさっぱりと言ってのける。
「そうだな」と言ったファイターは鏡越しのスパルタンに視線を向け「人の心の傷を剥がして、マウントする。悪質きわまりない」殺気を担いで、要の左側へと進み出た。
液体デイバイスの布を被ったスパルタンは、カタカタと音を立ててキーボードを叩き、口座のパスワードを変更する。スパルタンは知らない。キーには打った順番を、記憶再生する機能が搭載されている。
布から頭を出したスパルタンの目の前で、コロンブスは一千万送金する。「おいおい!桁が違う」と笑ったスパルタンに、コロンブスは「慌てるな。まずはこちらが本気だと見せただけだ。ここからは一問、1億」、「俺の時間は無限大だ。さぁ、どうぞ」と言ったスパルタンに、コロンブスは「生物兵器はあるのか?」と聞く。「ある」と聞いたコロンブスはパソコンを操作して1億振り込む。
「どこにある?」とコロンブスが聞く。「東経139度44分28秒8869、これ以上は教えない」と聞いた鏡裏のターキーは検索し始め、要に視線を向け「東京都港区麻布台、日本の経緯度の原点です」と言い、視線をパソコンに戻し「東経139度では北極海、ロシアのイヴォシビルスク諸島のコテリヌイ島、新潟、群馬、埼玉、東京、山梨、神奈川、静岡、ニューギニアのヨススダルソ島、オーストラリアのモーニントン島、南オーストラリア州、南極大陸のアデリーランドになります」と続け、それを内耳モニターで聞いていたはずのコロンブスは表情を一つ変化させず「いつから計画していた?」と聞く。
ふんと馬鹿にするように鼻を鳴らしたスパルタンは「おい、1億振り込めよ。お嬢様を拉致する以前からあった計画だ。これで2億だ」と言い、「そうだったか」何食わぬ表情でコロンブスは2億送信する。「先にこの計画があったという事か?」とコロンブスは質問し、「ああ」答えたスパルタンは俗っぽい視線で、コロンブスの指先を見ている。その目の前で、コロンブスは1億送金した。
「使用するのはred eyesでいいか?」とコロンブスが尋ね、「そうだ」と言ったスパルタンに、コロンブスは「red eyesは感染しないウィルスだ。1対12はありえない。1億戻しだな、スパルタン」と言い、パソコンを操作しながら「正確な情報にこそ価値は存在する。そう訓練生に叩き込んでいただろう。説明が足りない」と言ったコロンブスに、スパルタンは「遺伝子操作したんだと」、「どうやって?」被せるようにコロンブスが聞く。スパルタンは「1億」と言い、コロンブスは「答えてからだ!ワクチン、特効薬はあるのか⁈」と塩対応で聞く。
「ある。だが、100%完治のものは存在していない」と答えたスパルタンに、コロンブスは「本当か?生物兵器は特効薬、ワクチンがあってこそ、使用可能な兵器だ」と言い、「確かにそうだ。だが、このウィルスは変異速度が早いらしい。だから追いつかないんだと、使う時には感染する覚悟が必要だと説明された」そう言ってスパルタンは、にんまりと笑い「まずは!キーを3回押せ。それに俺が、正直に答えているとは限らない。質問しろ!まだ情報を隠し持ってるかもしれないぞ⁈」仄白い熱気が漂う口ぶりだ。
要が「ポリグラフの反応は?」とターキーに聞く。「ウソではありません」と答えたターキーの声は硬く、怒りを含んでいる。
コロンブスが、3回キーを叩く。
「6億1千万、悪くないな」と言ったスパルタンに、コロンブスは「コーヒーでも飲まないか?」と聞く。スパルタンは「ああ、いいよ。フレミングに持って来させろよ」とご機嫌だ。
コロンブスが「ブラックコーヒー1つ、砂糖3杯のコーヒーを1つを頼む。ところでスパルタン、奥さんは今どこにいるか知ってるのか?」と聞く。「さぁな、どこにいるんだろうな」と答えたスパルタンに、コロンブスは「新潟だ。お前は知ってる。あの拉致事件の前に逢いに行ったんだろう。迷惑だったと言ってたそうだ」、「会ってない」、「呼び出して抱いたんだろう。不潔だったと涙ぐんで訴えたと報告を受けている。一生分の金渡したのにな。作戦費用から1億5千万。そんな大金を渡したら人員、装具、設備が低下しただろうに、何を考えてたんだ?挙句にお前は捕縛され、不潔と呼ばれて、サヤやBみたいな素人を使う羽目になった」と言ったコロンブスは、ふと冷ややかな意地の悪い冷笑を口元に浮かべ「奥さんはそんな思いを抱きながらも、お前と交われたんだよ」まとわりつくような陰気な声で言う。
なおも「女とは、不可思議な生き物だな、スパルタンよ。あの可憐だった奥さんがな」痛ぶるように続けたコロンブスは、遠き日を見るような目つきをする。
尖る赤い目で自分を見据え、引き下がらないスパルタンに、コロンブスは「そんな目で見るな。認めたことになるぞ」と言った所に、コンコンとドアがノックされ「入れ」と応じたコロンブスに、スパルタンが「クソッタレが」と呟き、入室してきた宗弥を見たスパルタンは「よう、相棒」と景気よく言い、砂糖入りのコーヒーをスパルタンの前に置きながら宗弥は「甘党ですか?」とスパルタンに話しかけ、気怠く飽きたような眼差しを送る。「ああ。お前の釈放も掛け合ってやる」恩着せがましい言い方をするスパルタンに、宗弥は無言を通し、コロンブスの前にコーヒーを置く。一礼する宗弥にスパルタンが「そこにいろ」と鏡前を指差す。
コロンブスが「あとはフレミングに任せる。いつものように相手してやれ、もういいだろう。私の金でもないし、こいつにくれてやれ、フレミング」と言ったコロンブスのスマホが鳴り、画面を読んで返信し始め、その様子をコーヒーを飲みながら見ていたスパルタンは「どこで起爆させるか、気にならないのか?」と聞く。
「相変わらず人がいいな、スパルタン。島か極寒の地だ。封じ込めは容易い」と言ってコロンブスは立ち上がり、トーキーも椅子から立って机上を片付け始め、「起爆させるのは東京都、港区麻布台です」と言った宗弥に、全員が一気に注目する。
「だよな。相棒」と言ったスパルタンに、「値段交渉ぐらいちゃんとやれよ。馬鹿」と言いつつ宗弥が素早く動いてコロンブスの背後に回り込むや、コロンブスの首に左腕を巻きつけ、右手を添えて、ジワジワと後ろの壁沿いに引き摺り込んでゆく。「フレミング!悪あがきはよしてください。この建物から出るのは無理です」トーキーは注意を引こうと、低く重い声で話しかけながら間合いを詰めるが、宗弥は「トーキー、格闘訓練で俺に勝ったことないだろうが。大人しくしてろ」笑うように言い放つ。
室内になだれ込んだ要、ファイター、チャンスに、宗弥は限りなく冷たい視線を向け、「宗弥、落ち着け」と言った要を見るや、宗弥は「へし折るぞ。1秒と、かからない。知ってるだろう?どけよ、要」恐ろしくひやりとした声で囁く。
「ここから出れたとして、どこに行くつもりだ?」と聞いた要に、左の口元を上げた宗弥は「特戦に入隊したんだ、俺だって備えぐらいしてるさ、要、世界は自由で広い。俺は追尾不能になるよ」悪びれもせずに言い、逆に聡明な感すら受ける。
「スパルタン、行こう。俺のここでの命運は尽きた。俺には生きる世界が必要だ。動くなよ、アルファー。コロンブスが死ぬぞ。スパルタンに車のキーを渡せよ、ファイター。曜日からするとお前が持っているはずだよな」冴え冴えとした瞳の宗弥が言った。




