シーン16 辛くも・・
シーン16 辛くも・・
話し続けた。
俺は何もなかったように、話し続けてる。
あの作戦はビビったとか、右隣に座るファイターに今度釣りに行こうだとか、俺の左に座っている要に「どうした?静かだな」と現実を大いにシカトした声で話し掛けてみたり、右前に座るチャンスに「今のマイブームは何だ?」と聞いて、「美術館巡りです」と答えたチャンスに、「そうか俺も一時期、ハマってた」とか、正面にいるトーキーと、とうもろこしの早喰い競争をしてみたり、俺はあの頃の、あの日常と同じ様に、アルファーに接してる。
図々しい、俺。
俺の美学は台無しだ。
懐かしさに、涙が溢れそうだ。
俺はもっと、イケてたはずだった、クソ。
居所だったのに、アルファー。
カレーライスを再度おかわりをして、食欲のない胃に噛み砕いて流し込む。
半分食べたところで宗弥が「辛い!辛いよ!ファイター」と言って、セロリ水をガブガブと飲み「苦いっ!美味いのか、これが!要」と言った宗弥の目から、ポロリと大粒の涙がこぼれ落ちた。クソ!宗弥は手にコップを持つ左腕でグィッと顔を拭う。
その涙を見たファイターが「すまん。ちょっと考え事してて、チリペッパーを多めに入れたようだ」と早口で言い、「何考えてたんだよ」ブッきらぼうに言った宗弥を、瞬きもせずに見たままでいるファイターに、宗弥はキョトンとして「なんだよ」と言い、ファイターは「いや、揃っての飯は、いつ以来だったかと考えてた」と正直に応えた。要が「2年ぶりだ」ボソリと溢し、「そうですね」と言ったチャンスは、宗弥をまっすぐに見て「フレミング、僕はあなたの肯定的で、スマートで、献身的な立ち振る舞いを尊敬して見習ってもきました。そんなあなたが、なぜと思わない日はありません」と言って俯き、「やめろよ!チャンス」と険しく言った宗弥に、「誰もが、そう思っている。宗弥」要は静かに語りかけた。
「お前に言われると、なんか、余計腹が立つ」と言って大きくカレーを頬ばった宗弥に、宗弥の左前に座るターキーが「部屋から打電してますね。内容わかって打っていますか?」と不意をつく。宗弥はゴホッと喉を詰まらせる。
「いつまでも、お前に道化を演じさせてるわけにはいかない」そう言った要を、むき出しの暴力が牙むく目で見るや、宗弥は「そこまで知ってての仲良しご飯会かよ!!」と吠え、その宗弥に「フレミング!言い過ぎです」とターキーが声を張り、瞬時にその目をターキーに向けた宗弥が「だいたい、なんでお前がここにいる。お前はオメガだろうが」と辛辣に言う。ターキーは白けた目を宗弥に向け「規定上、申し上げられません。あなたは、コロンブスの直属だという自覚があるんですか」と宗弥を氷点下の刃風で切り捨て、宗弥は素早い右手で、サラダがのる小皿をつかんでターキー目掛けて投げつけた。
空を切る皿をトーキーは神速で反応させた右手で撥ね除け、誰もいない方向にタタキ飛ばす。ガチャーンと砕ける音が室内に響く。
無言で立ち上がったトーキーはテーブルに飛び散ったサラダを自分の皿に入れ始め、「もったいない」と呟いたファイターも自分の皿に拾い集めた。
顔に暗鬱の陰影を横切らせた要は「宗弥、ターキーはアルファーに配置転換になった」と告げ、「おい!」と言ったファイターの横顔に、穏やかな視線を向けた要が「いいんだ。責任は僕が取る」と言い、キッパリとした表情で要は宗弥に向き直り「宗弥、お前が打電したのは“ スパルタンと接触完了“とコードを違いの“ red eyes“の2つだよな、誰に、打電してる?僕達に教える気はあるか?宗弥」低く芯のある声で問うた。
斬鬼の目を要に向けた宗弥は「なんで、知ってる!!!」と声を荒げ、要はチリリと辛く、シャープな視線でその目を受け止め「お前が打電しているのは!昔の作戦で使用されていたコードだ!知らなかったのか?お前らしくもない!宗弥!!お前は角度の高い資料を集め!南雲司令の側近に内通者がいたという論文を提出して、教官に大目玉を食らうほどに智い奴だ。言われるがままに従う冷遇を自分に許すはずがない!!何か言い忘れていること!思い出したこと!話しておきたいことはないか!」無感情を全面に押し出した態度と、平坦な声で要がまたも問う!!
クソ!、詰問する時の声色で聞きやがった!!無意識に唇を噛み締めていた。red eyesの事をどこまで知っている⁈ 俺に関して、本陣はどこまで調べがついている!!
ガタリと音を立ててドアが開き、ベータ総員がアルファーが座るテーブルに鬼神の如く迫る。先陣を切るベータ長・サラマンダーが宗弥を射るような目で刺し「フレミング!!お前!!新潟分屯基地近くの郵便局から内耳モニター3つを送ったな!!どこに送った!!」狂犬のように吠える。
アルファーは立ち上がり、礼儀を欠いたベータに対峙した。どの顔も、一触即発だ。
サラマンダーの前に進み出た要は「どうやって、突き止めたんですか?」と聞く。要の前に割って入った大男デスが「基地周辺のご自宅を一軒、また一軒と尋ねて!ドライブレコーダーのご提出を願ったんだよ!!馬鹿野郎!」と言ったデスに、宗弥に視線を据えたまま「デス、余計なこと言うな」と鋭い口調で言ったサラマンダーが「フレミング!!言え!吐けよ!これ以上、特戦の名を汚すな!」と宗弥に迫る。宗弥は後ずさりし始め、調理場に向かって走りだす。
宗弥は恥辱に塗れて、これ以上生きるのはもう嫌だと切に願い、シンク下の扉を開けて包丁を探すが、跡形もなく片付けられていた。それに気づいた宗弥が冷えた目を静かに上げ「最初から、仕組んでいたな。要」ひんやりとする冷めた口ぶりで発し、真摯な眼差しで向き合った要は「そうだ。宗弥、お前のために」、「俺のためだと!ふざけんな!!お前は何もかも、、なんで!!、、なんで、お前なんだ!!お前だけが!なんで、守られる!!俺と何が違うんだ!!俺がいなきゃ、柔軟性のないお前は!!ただの運動神経だけの!!突撃馬鹿のくせに!!!富士子との間に割って入ったのはお前だろうが!!!!!俺は!!任務を遵守していたのに!!!」宗弥の怒号が響く。宗弥は身体をワナワナと震わせて膝から崩れ落ちた。
宗弥の元に駆け寄った要は「教えてくれ、宗弥。どこに送った?」と聞く要を、宗弥は赤い目で睨みつけ、屈辱の宗弥が乏しく静まり返った室内に住所を告げた。瞬時にトーキーとターキーが廊下へと走り出る。その建物が存在するならば、今の状況を通信室で知るために。
唾を吐き捨てかねない表情で宗弥を見ていたサラマンダーは背を向け、上着の内ポケットに右手を入れてスマホを取り出すや、コロンブスに電話をかけ始め、チャンスとファイターは歩み寄って宗弥の左右にしゃがみ、へたり込んでいる宗弥の脇の下に手を差し入れて立たせた。
両サイドをファイターとチャンスにガッチリと固められ、歩き出した宗弥は要に振り返るや「お前と!俺は!何が違うんだ!」と叫んだ。ファイターは宗弥の横顔に「もういいだろう、フレミング。これから先、考える時間は十二分にある」なんの親切も感じない声でそう言い、聞いた宗弥は呆然とファイターを見上げ「これ…から…」と呟く。宗弥を痛ましく見たチャンスは「行きましょう」と凛とする声で言い、3人は廊下へと出てゆく。
要は立ち上がることができず、拳を握りしめて声を殺して泣いていた。宗弥をここから送り出す。その布石をアルファーは打った。これで宗弥はどう見ても、ただの敵方の工作員としか見えない。証拠映像もある。僕は敵がどの国であれ、宗弥を2重スパイに仕立てようとコロンブスに提案した。刹那な響きと艶かしい影を背負う世界に、宗弥を送り込む算段を僕がした。そうしなければ一生、宗弥は、ここで縛に付く。そんな宗弥は見たくない。あとは宗弥が納得するか、選ぶかの選択だ。クソったれ!決めたのに……僕は…弱虫だ。
天を仰いで泣く要の姿を見ていたサラマンダーは「Dとカンマルはトーキーとターキーに付け、デスとピッコロはファイターとチャンスに付いて、フレミングの聴取を裏から見守れ。総員、随時報告を上げろ。こっからが勝負だぞ、怠るな。行け」平らな、さざ波さえ立っていない湖面のような海の様相で指示を出し、室内から走り出る総員の背を見送る。クリアランスし過ぎるこの国で、これからを模索するサラマンダーがいた。
要に歩み寄ったサラマンダーは「チーム長が、部下の前で涙を見せるな。しっかりしろ!」と檄を飛ばし、要は「すいません」と呟いて渾身で立ち上がろうとするが、ならず、要の右腕をとったサラマンダーが要を立たせ、要の眼を澄んだ目で捉え「住所という手がかりを掴んだ。これで一つ前に進める。フレミングはこちらの考えにいずれは気づく、あいつは優秀だ。心配するな。しかし最後の最後まで、コンビニか郵便局かで迷ったよ。フレミングの気質を考えると正確な日時を確定させ、知っておきたいだろうと踏んで郵便局だと判断した。確率は二分の一、きわどかった」と言った。
こみ上げる涙を噛み殺した要は「あとは、私が捕虜となり、宗弥とサラマンダーと共に逃亡して情報を集めます。アルファーを頼みます」と頭を下げる。涙する要に人間らしさを感じつつサラマンダーは「チームにはどこまで話した?」と聞く、「すべてを」と答えた要の眼光が鈍く光る。「よく納得させたな」と言ったサラマンダーに、要は「宗弥がこの国にもう一度、尽くす機会を作る為だと皆、心のどこかで理解したようです」地の底から湧くような疲れた声で言った。
「そうか。・・フレミングはボンクラだな・・こんなにも自分を思ってる仲間を・・」とサラマンダーが呟く。要の血走った目が歪んだのを見逃さなかったサラマンダーは「いや、もう言うまい。それも人の生き方だ。こちらは作戦通り、フレミングをルートにのせるだけだ。任せろ、バックアップする」と言って、全てを洗い流すように清々しく笑う。
皆、どこかで、まだ、宗弥の聡明な心を信じている。コロンブスも、サラマンダーも、ファイターも、トーキーも、ターキーも、チャンスも、だから、僕の進言を受け入れた。「宜しくお願いします」要は深く頭を下げた。




