不真面目シスター、悪霊を従える の巻
廃墟です。
夜の廃墟です。
うっそうと生い茂る木々に囲まれ廃墟と化した、元貴族様のお屋敷。
神が世界に祝福を与えたという聖なる日に、どうして一人こんなところにいるのでしょう。
これでは聖なる夜ではなく、恐怖の夜ではないですか。
「うう……ひどいですよぉ、こんな仕打ち」
今すぐ逃げ帰りたいですが、そんなことしたらどうなることか。
うちの大聖女様、下手な悪霊より怖いんですから。
◇ ◇ ◇
私、王都の外れの小さな聖堂で、見習シスターをしている、ハヅキと申します。
十七歳になったばかり、まさに青春真っ盛りのピチピチの乙女です。容姿については黙秘です。目を見張るような美少女だと、勝手に想像していただけると嬉しいです。
さて、なぜ私が一人で夜の廃墟にいるのかというと。
呼び出されたんです、お偉い様に。
国王陛下ですら気を遣う、大聖堂直属の大聖女様直々に。
「人手が足りないの」
呼び出された理由がわからずガクブルで立つ私に、清楚な美しさを誇る大聖女様が、書類から目も上げずに命じます。この人、もう四十代半ばのはずなんですが、どう見ても二十代半ばです。どんなアンチ・エイジングしてるんでしょうね?
「西地区にあるお屋敷に行って、そこに居ついている死霊を追い払ってきて」
「わ、私が、ですか?」
無慈悲な命令に驚きました。
自慢ではありませんが、私、シスターの基本スキル「聖なる灯」すらまともに使えません。そう、シスターならば使えて当たり前の、聖なる力で魔を払うという、あの超基本スキルを私は使えないのです。
理由?
深くはありません、修行サボってたからです。
「そ、あなたが行くの。時間ないし人手ないし、とりあえず近場ですませたいのよ。あ、経費もないから、一人で行ってね」
「む、無理ですよぉ、私、見習いですよ! そんな力ありませんよぉ!」
「あらあら、ご謙遜を」
ようやく書類から目を上げて、大聖女様が特上の聖女スマイルを浮かべます。
「私ですら鎮められなかった、郊外の無縁墓地を見事に鎮めたというのに? 数万の死霊相手に生還したあなたなら、たかが死霊一体、子供のお使いみたいなものでしょう?」
……嫉妬です。
これ絶対、嫉妬です。
歴代最強!
魔王だって一人で倒せる!
聖女・オブ・聖女ズ!
まさに頂点、パーフェクト聖女!
……なんて賛辞を浴び続けていた大聖女様。
そんな彼女ができなかったことを、サボってばかりの私がやってのけたのです。それはもう腹立たしいことでしょう。
「さ、グズグズしていないで行ってちょうだい。私は忙しいの」
どこからともなく現れた、護衛のイケメン騎士に抱えられ。
私は夜の街へ放り出されました。
◇ ◇ ◇
「聖なる灯」
どうにか泣きべそをこらえて、私は小さな声でつぶやきました。
無縁墓地を鎮めた功績で、教導聖下より賜った立派な錫杖(リサイクル品)に明かりが灯ります。
さきほども述べましたが、このスキル、本来は聖なる力で魔を退けるもの。
しかし私の場合、光が灯るだけで聖なる力はありません。
じゃあ何に使うのかって?
振っても消えないから、ライブでペンライト代わりに使ってます。
使うな、てめちゃくちゃ怒られましたけど、わがオタ芸に欠かせないスキルなので、こっそり使い続けてます。
「し……失礼しまーす……」
礼儀正しく小さな声であいさつし、私はそっと廃墟に足を踏み入れました。
さすがは元貴族様のお屋敷、無駄に広いです。
金目のものはとうに持ち去られ、目に見えるのは瓦礫とゴミばかり。さて、問題の死霊はどこにいるのでしょうか。
「うう……死霊さーん、いませんかー? いませんよねー? もう天に召されましたよねー?」
私は背中にしょったリュックから、聖水入りの瓶を取り出します。
これ、一般向けの魔除けグッズで、シスターが使ったりしないんですけどね。聖なる灯の方が強いですし。
でも背に腹は代えられません、新春ライブをあきらめて、そのお金で買いました。売店スタッフのバカにし切ったあの目、腹が立ったなー。
帰ったら、もっともっと真面目に修行するぞ。
……そんなことを考えたのがいけませんでした。
完全に死亡フラグでしたね、あはは。
◇ ◇ ◇
『許しも得ず屋敷に入り込んだのは、どこの愚か者か』
悲鳴を上げなかった私、えらい!
……嘘です、あまりに怖くて、悲鳴すら上げられなかったんです。
氷よりも冷たい口調で放たれた言葉とともに、突如目の前に現れた青い炎。
その青い炎の中に浮かぶのは、「全身これ筋肉!」な、実に健康的な体のアラサー男。
何、今の声? どこから聞こえるの?
……てな間が、一回ぐらいあってもよかったんじゃないですか?
何でいきなり出てくるんですか、心の準備できなかったじゃないですか!
『ほう、シスターか。しかし小娘だな。さてはこの私を祓いに……』
「きゃーっ! いやーっ、くるなーっ、あっちいけーっ、天に召されてー!」
『ふがっ!?』
死霊が何か言ってましたが、お構いなしに聖水の瓶を投げました。
見事命中!
パリン、と瓶が割れる音がして、死霊の頭から聖水がしたたり落ちます。
よっしゃ、やっぱりケンカは、先手必勝よね!
『おんどりゃぁ、なにすんじゃっ!』
でも、死霊は消えませんでした。
うっそ、聖水まともに浴びましたよね!? 聖なる灯より弱いとはいえ、一瓶まるっとかかったんですよ!?
『なんじゃぁ、聖水ぃ? はんっ、ちょっとしみるだけじゃ、なんてこたぁないさぁ!』
ふんっ、とモストマスキュラーを決めて聖水を弾き、私をにらみつける死霊。
ああっ、ボディービルの無駄知識が、こんなところで役に立つなんて!
ところであなた、どこ出身ですか?
『鍛え上げたわしの筋肉にゃぁ、聖水など小便じゃっ!』
「その例えはやめてー!」
ちょっぴり耳年増な、ハヅキ・十七歳。
何を想像したかは、ヒ・ミ・ツ♪
あと、どこ出身なのか、すっごい気になるんですけど。
「じゃなくて!」
現実逃避が大好きな私の魂が、余計な考えばかり浮かび上がらせます。
ですが、それどころではありません。
マジでヤバイです。
これ、死霊ではなく、悪霊です。
ざっくり言うと、見習いでもがんばれば祓えるわー、ていうのが死霊で、それ以上はみんな悪霊です。
はっきりくっきりと見えるし聞こえるし、瓶が当たって割れるレベルで存在感あるし。
明らかに死霊のレベル越えてます。
しかも聖水一瓶浴びて平然としているなんて。
悪霊です、しかも、正導師クラス(RPGならレベル20くらいだゾ♪)連れてこないと、太刀打ちできなそうなやつです。
『くくくっ、小娘、ようも痛い目にあわせてくれたのう。たっぷりとお返し……』
「ていやぁっ!」
『ふぎゃっ!』
予備で持ってきていた、聖水の瓶を投擲!
やったね、命中!
『こん小娘がぁーっ!』
今度はフロントラットスプレッドで聖水を弾き返す悪霊。
くそう、二本使ってもダメか。
ならば!
「ていっ!」
『ふぐっ!?』
「てぇいっ!」
『ふげっ!』
「もひとつ!」
『ふごっ!』
全瓶命中! すごいぞ私!
『お、おんどりゃぁっ、ポンポンポンポン、何本投げつける気じゃぁっ!』
背負ったリュックの中には、あと二十五本の聖水。
あー、ほんと重かった。
「お、大人しく、天に召されてくださーい!」
『やかましぃわぁっ! おんどれだけは、ただじゃすまさんけぇのっ!』
見事なサイドチェストで、聖水が弾かれます。
やはり強敵、見習いごときに祓える相手じゃありません。
そして気になる、あなたの出身どこですか!?
「このっ……」
『うおっ!?』
私がリュックに手を伸ばすと、悪霊が、びくっ、とした顔で半歩退きます。
……ほほう?
「きいてきましたね、聖水が」
『ちぃっ……』
悪霊が舌打ちします。
聖なる灯より威力は下ですが、五本も浴びればノーダメージとはいかないでしょう。
この調子であと二十五本ぶつけてやれば、悪霊といえどタダじゃすまないはず。
チャンスです。
私は意気揚々とリュックの中の瓶をつかみ……おや、と思います。
なにやら、手に持った感触が違います。
そーっと瓶を取り出し、チラリとそれを横目で見て、ザザァッと血の気が引きました。
これ……ワインです。
教堂で、観光客相手にお土産として売っている、自家製ワインです。
聖なる力なんてかけらもありません。そこそこおいしいそうですが、未成年なので飲んだことありません。
いや、おいしかったとしても、この状況では「だからどうした」としか言えません。
『……小娘?』
悪霊が、けげんな顔をします。
悟られるわけにはいきません、私は「ふっ」と笑ってワインを構え、「確実に当てるためにじりじり近づいてるんですよー」というポーズを取ります。
そうしながらも、思考はフル回転。
そして思い出す、売店スタッフのめんどくさそうな顔。
──在庫全部ぅ?
──その棚の下にあるから、勝手に取っていって。
ちょうど観光客が押し寄せていて、忙しかったスタッフのみなさん。身内よりお客様優先という、まことに正しい態度で「欲しけりゃ自分で出して持っていけ」とのたまいました。
──ワインの瓶とよく似てるから、気を付けてよ。
……言ってた。
……そう言ってた。
ヤバイ、間違えた!
聖水の値段で、ワイン買ってきてしまった!
値段三倍なのに! 差額返せ!
いや現実逃避はいいから!
どうするよ、このピンチ!
考えろ、なんとかしのぐ方法を考え出せ!
「……無理」
何も思いつきませんでした。
私の人生……ここで終わりました。
真面目にやろうと、がんばり始めたところなのになぁ、神様ってイケズだなぁと思うと、すうぅーっ、とほおを涙が流れ落ちます。
『お、おい、どうした小娘?』
私の涙に、悪霊が目を丸くして驚きました。
『だ、大丈夫か? 優勢なのはお前じゃろうが、なぜ泣く?』
あ、心配してくれた。
「大丈夫か?」なんて、大聖女様に一度も言われたことないのに、悪霊さんが言ってくれるんだぁと思ったら……もう涙が止まらなくなっちゃいました。
『ど、どうしたんじゃぁ!?』
「あ……悪霊さぁん……」
『なんじゃ? 何があったんじゃ?』
「しょ、正直に話しますから……少しだけ、お話聞いてくださぁい……」
◇ ◇ ◇
『かぁー、この時代に、まだそんなパワハラ上司がいるんか!』
悪霊さんは、私の話を最後まで聞いてくれました。
うれしかった。
ほんとーに、うれしかった。
最後まで話を聞いてくれた人なんて、何年ぶりでしょう。改心して真面目に修行してるのに、はなから「ダメな子」認定されて、まったく取り合ってくれない。本当につらいんです。
もう、ボロボロ涙出てきました。
「で、でも、自業自得で……わがっでるんです、サボっでだ、自分が悪いんです……」
『そうだな、それは否定できへんな。でもお前、心を入れ替えて頑張ってんじゃろ?』
「ばい……」
『もう三ヶ月も、まじめにやってんじゃろ?』
「ばい……ライブも、我慢じで……ちゃんと毎日修行じで……」
『えらい、えらいぞ、お前は立派に更生しちょる! ワシが認めちゃる!』
うれしい。
「認める」、その一言が本当にうれしい。
『それを認めない、上司が悪いんじゃ!』
「でも、私が……基本スキルも使えない私が……ダメなんです……」
『あーもー、やめてまえ、やめてまえ! そんなとこ、いたって未来はないけぇ!』
「う゛う゛……わだぢだっで、わだぢだっで、何度もぞう思いまじだ……でも……食べでいげないじ……」
『うん、わかる、わかるぞ! ワシも同じような目に遭って、こうして悪霊にまでなったんじゃけえな!』
泣きじゃくる私の頭をぽんぽんと叩き、悪霊さんはワインの瓶を手に取ります。
『じゃが、お前はこっちに来ちゃあかん! ほら飲め! そしてパーッと忘れるんじゃ!』
「で、でも、わだぢ、未成年……」
『気にせんでえぇ! 全部悪霊のせいにしてまえ!』
ワシが責任とっちゃる!
そう言い切った悪霊さんが、私に無理矢理コップを持たせ、なみなみとワインを注ぎます。
「悪霊さん……」
『若者の失敗の尻拭いをするのが大人じゃ! どんと任せとけ! さあ、飲みんしゃい!』
私、感動しました。
こんなにいい人が、どうして悪霊なんてやってるんでしょう。今、時代が求めているのはこういう人のはずです。きっとこの人は、早く生まれ過ぎた人なんです。
「う……う……いただきますぅ!」
ああ、もっと早く出会いたかった。
一体どちらの出身なんでしょうか?
「ぷはーっ!」
『おお、いい飲みっぷりじゃ! よし行け、限界を超えて、無限の彼方を目指せ! 若鯉は、滝を登って竜になるんじゃ!』
「はい、ありがとうございます!」
そして、ワイン十本が空になりました。
『こんないい子をぉ、いじめるやつぁ、ワシが許せぇん!』
「私もぉ、なんだかぁ、腹が立ってきましたぁ!」
さらに十本が空になりました。
「きめましたぁ、わたしぃはぁ、クビかくごでー、いってやりますぅー!」
『よっしゃあ、ワシがついてっちゃるからぁ、いまからジカダンパンじゃぁ!』
「ええ、いきましょぉ!」
わたしは、いきおいよく、たちあがりました。
でも、なんだか、セカイがぐるぐるまわっていて、ふらふらです。
「あはははっ、セカイがまわるー!」
『のんだぁ、のんだなぁ!』
「のみましたぁ!」
『セイドウへ、なぐりこみじゃぁぁ!』
「おおー! びっぐぼすを、ぶったおせー」
あくりょうさんが、いっしょなら、こわいものはありません。
あ、でも、モンダイがひとつ。
「あくりょうさぁん、セイドウには、ケッカイがあるから、そのままじゃ、あくりょうさんが、はいれませーん!」
『なんとー! なんか、いいほうほう、ないんかー!』
「えーとー、わたしのー、じゅうしゃー、てことにしたらー、すりぬけられるかもー!」
『そいつはー、どうしたら、なれるんじゃー?』
「ケーヤクの、まほーで、できまーす! てれぱしーで、つーかーになっちゃいますけど、いいですかー?」
『なんじゃ、それだけかーい! かまわん、かまわん!』
「じゃぁ、ケーヤク、しましょー!」
……ここで、記憶が途切れました。
◇ ◇ ◇
頬を思い切り往復ビンタされ、私は意識を取り戻しました。
「目が覚めましたか、シスター・ハヅキ」
こめかみに血管浮かせた大聖女様が、極上の聖女スマイルで私を見下ろしていました。
どこまでも穏やかで優しい口調が、逆に死ぬほど怖いです。
その足元には、サイドトライセップスを決めた……ああいえ、後ろ手に縛られた悪霊さんの姿。大聖女様のローヒールで頭を踏んづけられて、ピクリとも動けないようです。
さらに、ぐるりと囲む、聖堂騎士団のお偉方。
全員、ドラゴンとでも戦ったのでしょうか、ぼろぼろです。
気のせいでしょうか、めっちゃ睨まれています。
「え……と……」
「さあ、お話を聞きましょうか。待遇に不満があるそうですね? ええ、聞かせていただきますよ、ビッグボスとしてね」
ヒッ、と。
あふれそうな悲鳴をこらえ、ガクブルになります。
どうしてその呼び名を知っているんですか!? 心の奥深くに秘めておいた、私だけのストレス発散法なのに!?
「死霊退治に行かせたはずが、その死霊を従えて聖堂に殴り込み。
取り押さえようとした聖堂騎士団は、ほぼ壊滅。
おまけに未成年だというのに、へべれけ状態。
そこまでのことをしでかすほど追い詰めていたとは、私の不徳の致すところです。さあ、腹を割って、本音で話しましょうか」
……ご説明、ありがとうございます。
あはは……なんというか、あはははは……これ、内乱罪とかでもおかしくないレベルで、やらかしました?
チラリと見れば、悪霊さんが私に向かって必死の目配せ。
──謝るんじゃ! 死に物狂いで謝るんじゃ!
──こいつはガチで、大悪魔以上の怪物じゃ!
そんな言葉が頭の中で響きます。
どうやら私、悪霊さんと契約して、従者にしてしまったようです。
神に仕えるシスターが、悪霊と契約して従者にする。
そして、「大聖女」がいる大聖堂へ殴り込む。
いくら私がアホでもわかります。
これ、死罪でもおかしくありません。いえ、むしろ死罪でないとおかしいです。
「も……も……」
こうなったら、やるべきことはただ一つ。
私は冷たい床に全力で身を投げて、五体投地の姿勢で叫びます。
「申し訳ございませぇぇぇーん! なんでもしますから、命だけはご勘弁をー!」