第八話 宝護者(トレジャーガード)
槍を構えたハウゼが、左に大きく膨れたルートをとる。弓使いの少女を左右から挟むように回り込むため、短剣を逆手に持ったラグは右のルートを選択する。
弓使いはバックステップで後方に下がりながら、弓の中心に指を掛けた。指先に桜色の光が現れ、引く動作に合わせて光が伸びて矢として装填されると、ハウゼに向けて三度放った。
額、胸に放たれた矢は槍に弾き落とされたが、鳩尾を狙った矢が横腹をかすめ、ライフが微量に減少する。
予想外の命中精度に不利を悟ったハウゼが、宝物庫内に散らばる石像や絵画を盾に身を隠した。
一瞬の攻防を見て、ラグが目を見張る。
──あのおねえさん、上手いな。でも……。
弓使いはすぐさま狙いをラグに変え、矢を構えた。ハウゼが敵の注意を引き付けた隙に肉薄したラグとは十メートルほどの距離しかなく、周囲に遮蔽物になるような物は存在しない。
「悪いわね。詰みよ」
勝利を確信した弓使いは、舞うような流れる動作で立て続けに五発の矢を放つ。彼女の腕前なら外すことはない間合い。
しかし、放てば当たるはずのその距離で、ラグは足を止めることなく、向けられた矢の全てを左右の短剣で弾き飛ばした。
「ちょっ、ウソっ……!?」
驚愕に顔を染めながら、弓使いは尚、手を緩めない。次の矢が胸の中心に向けられるのを見て、ラグは確信する。
──やっぱりだ。この人……。
矢継ぎ早に放たれた矢の悉く(ことごと)くを弾き、少女の懐、短剣の間合いまで入り込む。
弓使いが忌々しげに目を細め、防御に徹して弓を縦に構えたのを見て。
「ごめんね、おねえさん!」
一言の謝罪を添え、すれ違いざまに体を回転。弓の防御が届かない、少女の華奢な背中に短剣を振るった。
短剣は狙いどおりに命中。弓使いは衝撃で体勢を崩し、紫色の障壁が弧を描いて走った。
そのとき同時に、彼女の着物の内側から真っ白な光の塊がこぼれ、宙を舞った。卵の殻が割れるように光が散ると、その中から現れたのは、赤い布地に金の装飾が施された小箱だった。
小さいながらも、古くから愛され続けた姿そのままを再現したそれは≪宝奪戦≫の名が示す通り、この戦いにおける勝利を決定づける最大の要因──お宝である。
「出たっ、宝箱!」
ラグが叫ぶ。追撃のために近づいていたハウゼが絶好のタイミングで宝箱を掴むと、武装を解除したときと同様、宝箱は輪郭線を残した後に姿を消した。ハウゼの所有アイテムとして格納されたようだ。
弓による反撃を警戒しながら、二人は距離をとりつつ並んで出口に向かって走り出した。
その間、弓使いは何故か防御の体勢を崩さず、顔を下に向けたまま動く気配はない。
「ちょおいっ、ミシャ! なにやってんのさ!」
イングズの円剣と鍔競りながら、ハンマーの少女が叫ぶ。しかし、仲間の叫びも聞こえない様子で、弓使い──ミシャは目を見開いたまま止まっていた。
元々、彼女の頭上に表示されたライフゲージは最大値を維持していた。それがラグの一撃を受けるや否や、見る見るうちに減少していき──残り一割ほどを残して、ようやく止まったのだ。
「ウソ……たった一撃で、この威力なの……!?」
予想を優に超えるダメージに、ミシャの青い瞳は震えながらラグの背中を追う。
彼女が知るはずもない。それがラグの短剣に与えられた強烈なデメリット要素に対する恩恵だということを。
イングズやハウゼのような近距離武器の平均的な攻撃力は一五〇。これに本人の筋力や武器の扱いによる加算があり、一撃あたり二〇〇前後のダメージが発生する。
対して、ラグの短剣の攻撃力は五〇〇という破格の数値が設定されている。さらに彼の身のこなしと技術が加算され、ミシャのライフを六〇〇ほど削ったことになる。
ライフ〝一〞という安定を捨てた性能の反面、攻撃に特化した諸刃の剣こそが〝薄墨色の短剣〞の正体だ。
そして、彼の短剣に隠されたもうひとつの能力。
〝アーツ〞の性能がもし攻撃型の技だったとしたら……彼は誰の手にも余る怪物に成り得る可能性を秘めている。
「ミシャ、起きろ! 宝持ってかれんぞ!」
「っ!」
仲間の声で我に返ったミシャは、視線鋭くラグの背を見据えた。宝護者としての意地が、彼女を突き動かす。
「≪アーツ≫、発動……!」
囁くようなその声を、ラグとハウゼは聞き逃さなかった。
逃げながら肩越しに覗き見た、ミシャの弓に宿る桜色の輝き。弓の中心を叩き、引っ掻くように引くと、五指の間に四本の光の矢が装填され──。
「──≪桜花爛漫≫っ!」
技名と共に、四条の光の矢が上空へと放たれた。
矢は天井を間近にして、花火のように弾ける。四条の矢は十六の光に、さらに砕けて六十四の粒に、それも砕けて──宝物庫のほぼ全域を、桜の花吹雪となって降り注ぐ。
「んげっ! なんかやばそうっ!」
ラグが悲鳴まじりの声を上げる。常に冷静だったハウゼですら、ここにきてはじめて険しい顔付きを見せていた。
美しい桜吹雪は、その花びら一枚一枚が矢の代わりなのだろう。広範囲攻撃ゆえに一発あたりの威力は低いと見える。
しかし、ライフが〝一〞のラグにとっては威力など関係ない。一撃の威力などどうでもいいのだ。
当たるか、当たらないか、それだけが全てであり、彼女の放った桜吹雪は室内において、どう考えても回避不可の必中攻撃だ。
「やばい、やばい、やばいやばいやばいヤバババババババ──!」
かつてない全力疾走。隣を走るハウゼを置き去りにする勢いで足を高速回転させるも、雨と降り注ぐ花びらを避けられるはずもない。今度こそ死んだか、とラグが覚悟を決めた、そのとき。
「おねがい、妖精さん!」
ラグとハウゼの間を、見覚えのある水の塊が横切る。
水の塊はやや上方に浮かび上がると、その質量を巨大な傘のように大きく広げ、降り注ぐ桜の雨を遮断し二人を守ったのだ。
正式名称、不明物体・ティンクトゥラ。不定形ならではの形状変化で、フィーナがラグたちのピンチを救った。
「おぉ! ナイス、フィーナちゃん!」
「や、やっと褒められた……! うぅぅ、ラグくん大好きぃぃ……!」
二人を守る代償にフィーナ自身、そして壁際で戦いを続けるイングズとハンマー少女のライフゲージが、桜吹雪が触れるたびに微量に減少する。フィーナは嫌がるように両腕を振り、残りライフが二割を切ったイングズが構わず叫ぶ。
「おまえら、そのまま台座を目指せ! こいつらはオレとフィーナでおさえる!」
ラグとハウゼが走りながら頷く。
宝狩人の仕事は、宝を手に入れることだけではない。
その宝を、生きて持ち帰る。この戦いが始まった場所、そこにあった台座に宝を届けて、ようやくトレジャーハンターとしての仕事を完遂、高らかに勝利を叫ぶことが許されるのだ。
二人は大扉を蹴破り、宝物庫を飛び出した。
「二人とも、がんばってぇ!」
フィーナの声援を背に、ラグが片手を上げる。
ここからが後半戦。追う立場から、追われる立場へ。
ラグは胸の高揚を隠せず無意識に笑みを浮かべながら、戻りの廊下を走った。