第七話 ≪アーツ≫
「もらったァァァァ──!!」
聞こえたのは女の子らしい高い声だった。
天井の下を網目模様にはしる梁から飛び降りた少女は、樽ほどもある巨大な白銀の鉄塊がついたハンマーを振り上げている。
「バカがっ! 不意打ちは黙ってやるもんだぜ!」
迎え撃つべくイングズが円剣を構える。
巨大ハンマーは少女自身より一回り大きく、今さら狙いを修正することはできまい。攻撃を避けられたあと、イングズの攻撃で返り討ちに遭うのは目に見えていた。
だが、隙だらけで落下する少女がニヤリと不敵に笑ったのを、ラグは見逃さなかった。嫌な予感がする。しかし、それを伝える間もなく──。
「≪アーツ≫、発動──!」
「なにっ……!?」
円剣を構えていたイングズがたじろぐ。
少女の口から放たれた≪アーツ≫という言葉を引き金として、巨大ハンマーから炎のように揺らめく白銀の光が立ち上る。中空で光を放つその姿は、室内ながら太陽に似た輝きで宝物庫を染め上げていく。
「おまえら、下がれっ!」
咄嗟にイングズが叫んだ。
ハウゼが後ろに跳び、慌てるフィーナの肩をラグが後ろに引き寄せる。しかし、狙われたイングズ自身は間に合わないと踏んだか、円剣を上段に構え。
「≪衝撃≫ぉぉ────ォォォォゥリャア!!」
少女の叫びとともに、彗星のごとく光の尾を引いて振り下ろされた巨大ハンマーを、正面から受け止めた。
ガァン!! と耳を劈く激突音。
叩きつけられたハンマーの衝撃が城全体をも振動させ、フィーナが悲鳴を上げてよろけた。駆け抜けた風圧が体にのし掛かり、吹き飛ばされた大量のコインが壁にぶつかって落下し、盛大な大合唱を奏でる。
それはラグにとって、体験したことのない嵐を思わせた。
少女の背丈を越える巨大ハンマーであれ、普通に打ち付けただけではこれほどの衝撃はあり得ない。
その力の源となったものこそ、武器に秘められた
≪アーツ≫と呼ばれる、所謂必殺技だ。
ラグのライフを〝一〞に固定している要素が武器を装備した本人に影響を与えるのとは対照的に、多くの≪アーツ≫は敵のライフを大きく削る攻撃、あるいは妨害といった影響を与えるものが多いのが特徴であり、戦闘における決定打として位置付けられる。
反面、一度使ってしまうと待機時間が発生し、武器ごとに設定された時間が経過しない限り再使用出来ないというリスクを背負うこととなる。出会い頭に使うよりも、ここぞというときに残すものを、あの少女は戦闘開始一秒で使ってみせたのだ。
衝突の余波で浮いたままだった少女は、ハンマーを振り上げる反動で後ろに大きく跳躍し、弓使いの少女の隣に並ぶ。イングズはアーツによる一撃を受け止めきったものの、頭上に表示されたライフゲージが残り三割ほどまで急激に低下する。
「チッ、クソが! やってくれやがる!」
苛立たしげに吐き捨て、防御姿勢を解いたイングズを、ハンマーを地におろした少女が称賛する。
「へぇ、すごいじゃん! 普通こんなデカハンマーで殴られそうになったら避けるもんだと思うけどさ、耐えきっちゃうとかマジゴリラ!」
屈託のない笑顔を見せる少女を、ラグは遠目に観察する。
服装はやはり特殊なもので、オレンジ色の癖っ毛ショートヘアに日除け帽。髪色と同じ半袖ジャケットは胸の下までしか丈がなく、その中に着た白のハーフトップが女性らしい胸の流線を描く。剥き出しの細い胴回りの下、黒のホットパンツが腰のくびれを強調し、健康的な色気を引き立たせるのに一役買っている。
ラグの視線に気づくと、少女は帽子のつばに二本指をたててウィンクする。無視したイングズが自慢げに声を張った。
「ハッ、こちとら昔っから鍛えてんだ! この細マッチョが見えねぇのか?」
円剣を持ったまま右手で力こぶをつくる。二メートル近い武器を軽々と振り回すだけあって、腕は細いながらも岩のような隆起を備えている。
「あはは! すごいすごい! ……でもさ、もうあんまり武器を振り回すのはオススメしないかなぁ」
「なんだ? ご自慢のアーツを防がれたら、もう手も足も出ませんってか?」
「いやいや、あんたのために言ってあげてんだけどねぇ」
くすくすと笑う少女の言葉には意味深な含みがあった。その真意に迷うラグの横で、フィーナが叫んだ。
「イ、イングズくんの武器っ!!」
悲鳴に近いフィーナの声に、全員が一斉にイングズの円剣を見やると、円剣の半分ほどまで罅が入っていた。先ほどのハンマーによるアーツを受けたためと思われる。
「気づいた? あたしのハンマーは攻撃するだけじゃなくて、相手の武器まで壊しちゃうってわけよ。そーゆーことだから、ここで全員の武器ぶっ壊して、おまえら全員皆殺しにしてやんよー!」
明るく物騒な言葉を放つ少女は、ふらつきながら巨大ハンマーを肩に担ぐ。隣で弓使いの少女も、光の矢をつがえ直す。
イングズは罅割れた己の愛剣を見つめていたが、やがて震える声が聞こえた。
「許さねぇ……オレの円剣に罅入れやがって……ただで済むと思うなよテメェ!!」
目をつり上げ、鬼の形相に変わったイングズは一直線に走り出した。フィーナに怒ったときより五割増しの剣幕で、標的は言うまでもなくハンマーの少女だ。
「こいつはオレが叩き潰す! ラグ、ハウゼ。おまえらはそっちの弓使いから宝を奪え! 面倒なら倒しちまって構わねぇ!」
言葉もなくハウゼとラグが視線を交わし、走りだす。
「わ、わたしはぁ!?」
「今すぐ奴らを分断しろ! 仲間に当てたら承知しねぇぞ!」
「ふぇぇ、がんばるぅ……!」
駆けだした三人の向こう側。狙いを敵にしっかりと定め。
「妖精さん、発射ぁ!!」
水の塊から放たれた無数の水弾は、仲間の背を越え、彼らを迎え撃たんと構える宝護者の二人の間に打ち込まれた。回避すべく跳んだ二人が左右に分かれ、分断に成功する。
「おぉっ! なにそれ、イイじゃん!」
「ふざけてないで構えなさい、来るわよ!」