第六話 最上階、宝物庫へ
イングズを先頭に、最上階とされる三階に到達する。
モンスターは見当たらず、敵の宝狩人の姿もない。先程まで戦闘をしていたためか、しんと静まり返ったフロアは、かえって異様な緊張感を生み出している。
それを意に介さず──いや、あえて壊すためかイングズが普段通りの口調で言った。
「ったく、誰かさんのせいで時間食ったぜ」
「うぅ……みんなの役に立ちたかったんだもん……」
拗ねた声を出すフィーナの背後には、水を補充して元の大きさに戻った水の塊が浮かんでいる。
先に階段を見つけていたものの、水がないと戦えないフィーナのために手洗い場を探す代償として、五分ほど時間を支払ったのだ。
「はあぁ……やっぱりわたしみたいな田舎娘が都会でやってけるわけないんだぁ……おっ母、オラぁやっぱダメかもしんねぇだぁ……うぅぅ……」
しょぼくれて俯いたフィーナを見たラグが、じとーっ、とした視線でイングズに抗議する。
ばつの悪い顔で頭を掻いたイングズは。
「だぁぁ! わかったっつーの! 今回は冒険に慣れるための戦いなんだ、少しの失敗くらい気にすんな。それに安心しろ、おまえらはオレが守ってやる」
「そのフラフープで?」
「いちいちうるせぇぞ、ラグ! ライフが〝一〞しかねぇダブり野郎は後ろにすっこんでろ!」
「アぁん!?」
「んだコラァ!!」
「わぁぁ! ダメだよぉ、喧嘩しちゃあ!」
額が触れそうな距離で睨み合う二人と、おたおたするフィーナをよそに。
「静かにしろ。なにか聞こえる……」
不意のハウゼの呟きに、全員が耳を澄ます。
遠く、ともすれば風音と間違えるほど微かに。
「……動物の鳴き声、かな?」
ラグの故郷の田舎では、夜になると森の方から獣の咆哮が聞こえたものだ。それによく似た何かの声が、城の壁の反響に乗って運ばれてきている。
だが、イングズが真剣な顔つきで答える。
「動物じゃねぇ、こりゃ悲鳴だ。戦って負けたやつがいるんだろ。チッ、先を越された……急ぐぞ!」
走り出したイングズに全員が続く。真剣な声色を維持したイングズが肩越しにラグを見ながら。
「ラグ、わかってんだろうな? これから戦うのは雑魚じゃねぇ。オレたちと同じ人間、しかも≪宝護者≫とやらだ!」
「トレジャーガード?」
ラグがオウム返しに尋ねる。
「おまえ、あのチビ教師の話聞いてなかったのかよ!」
チビ教師というのは、屋上への案内や宝奪戦アナウンスを担当するニュウミー女史のことだろう。
屋上でそんな言葉を聞いた気はするが、他にも覚えることが多すぎて忘れていた。
「オレたち宝狩人が宝を奪って、宝護者は奪われないように宝を守るってことだ。言ってみりゃあ、宝の番人ってところか」
「宝の番人か……。強い人が選ばれたのかな?」
「さぁな。そもそもオレたちは今日アカデミーに入学した新人で、強いもクソも今日の結果次第だ。もしかしたらプロの冒険者でも雇ってるかもしれねぇな?」
イングズは口の端をあげて笑って見せる。これから戦うのは用意されたモンスターではなく、番人に選ばれた人間だということに不安というものを感じてはいないようだ。
「進む早さは違ってもすべてのチームの目的地は同じ場所なんだ。ここから先は、いつ敵とぶつかってもおかしくねぇ。変な能力がついた武器持った連中がそこらじゅうにゴロゴロ出てくる。特におまえは一度も失敗できねぇんだ、気ぃ抜いたら一瞬でやられるぞ!」
脅しのように思えて、気遣いであるその言葉に。
「……うん、わかった!」
応えるラグの真摯な眼光に強い意思を感じたイングズは、嬉しさに口元を歪ませた。フィーナでさえ泣き言を言わず、胸の前で握り拳をつくる。
いくつか問題を抱えてはいるが、我の強いメンバーでありながら結束力は悪くない。おそらく敵の宝狩人たちも急造のメンバーでチームワークは機能しない。宝を奪うことさえ出来れば、勝機はある。
決戦を前にそれぞれが覚悟を決める中、その覚悟を試すようにまたも何者かの叫び声が聞こえた。
「さっきより近ぇな、こっちか?」
左に伸びた通路に曲がると、そこから先は長い一本道だった。
突き当たりの壁に取り付けられた両開きの大扉。厳かな雰囲気を放つ黒塗りの扉こそが、この城の最奥、宝物庫のようだ。
既に戦闘は終了したのか向こうから音は聞こえず、それとは対照的に駆けるイングズの足音は荒々しい。
まるで「今から行くぞ」と敵を挑発する猛獣のごとき気性を以て──。
「部屋に残ってるのが宝狩人か、宝護者かもわからねぇ。誰が相手でも油断するなよ……行くぞっ!」
漲る闘志を隠すことなく、イングズが足で扉を蹴破った。全員かたまって宝物庫へと乗り込む。
扉が音を立てて閉まるのも気付かず、四人はそこに広がる光景を前に、思わず足を止めた。
宝物庫の名が示す通り、部屋は財宝で溢れかえっていた。
青みの強い内壁に囲まれた空間に、砂山のごとく積み上げられたコインが床を金色に埋め尽くし、木箱から溢れ出た首飾りや彩とりどりの宝石が乱雑に転がっている。
繊細な細工のされた宝剣、少女の絵画、虹色に輝く女神像。どれも相当な値打ちを期待させる逸品がひしめいている。
その部屋の中央、一人の少女がこちらを見据えていた。構えた弓を下に向け、棒状に伸びる桜色の光を矢のように添えている。
少女は直前の戦闘の疲れか肩で息をしながら、新たに現れた宝狩人を鋭く睨み付ける。
「わぁ、可愛い服……いいなぁ……」
フィーナが小声で言う。賛同しながら、ラグは敵となる少女の姿を見た。
濃紺色のポニーテール。愛らしい童顔でありながら凛とした目元。薄紅色の着物のような上衣、フィーナに劣らず突き出た胸が帯に支えられ、膝上でスカートがたなびく。
年齢はラグよりひとつかふたつ上に見えるが、生徒なら支給されたジャージを着ているはずなので、やはりイングズが言ったとおりプロの冒険者なのだろうか。
「なんだよ、気合い入れてきたってのに一人しか残ってねぇじゃねぇか」
不満を漏らすイングズに少女が、むっ、と顔をしかめる。
「無茶言わないでくれるかしら。こっちは次々乗り込んでくる人たちを相手にしてきたんだから、待っててあげただけでも感謝してほしいわ」
「あぁ、そうかい。待たせたのに悪ぃが、四人がかりで一人の女を痛めつける趣味はなくてな。さっさと終わらせてもらう──って、言いてぇとこだが……」
戦闘姿勢に移行していたイングズは、途端に困惑した表情を浮かべ。
「……持ち帰る≪お宝≫ってのは、どれだ?」
ラグとフィーナが、呆けた顔で目を合わせる。
宝物庫は財宝らしきもので溢れている。宝奪戦のために用意した偽物なのだろうが、置かれた宝剣や女神像の精緻な細工、コインの一枚さえ偽物の放つ輝きとは思えない。
困ったラグが適当に絵画を指差した。瓶底メガネをかけた少女が儚げな顔で頬を染め、纏う白衣をはだけて肩を露出した絵だ。
「絵画じゃない?」
「それはおまえが欲しいもんだろ」
困り顔の一行を見て、少女が鼻で笑う。
「なに? そんなことも知らないで乗り込んできたの?」
「うるせぇ。フィーナ、調べろ!」
「う、うん、ちょっと待ってぇ!」
急かされたフィーナが生徒証の画面を弾き、カメラモードを起動し室内に向ける。
画面が反応したのは、周囲に散らばる宝ではなく。
「えっとぉ……あの女の子に反応してるよぉ?」
画面に映る敵の少女に、お宝アイコンが表示されていた。
「どゆこと? おねえさんがお宝なの?」
ラグが尋ねるが、フィーナもイングズも疑問符を浮かべる。一人、察した様子のハウゼが答えた。
「オレたちの武器は声に応えて姿を現す。なら宝狩人が持ち帰るお宝とやらも、なにかすれば出てくるんじゃないのか?」
鈍色の槍の穂先を床につけた構えで、ハウゼが敵を睨みつけた姿に、イングズが合点した。
「はっ、宝奪戦か。わかりやすい名前じゃねぇか!」
肩に担ぐ円剣を強く握り直す。
ラグとフィーナも遅れて理解し、戦闘姿勢に移行すると、呼吸を整えた宝護者の少女が薄く笑みを見せた。
「えぇ、そうよ。宝が欲しければ私から力づくで奪うしかないの。でもね、私だってやるからには負ける気はないわ。女だからって甘く見ないでっ!」
下げていた弓を正面に構え、光の矢をつがえる。それが戦闘開始の合図となった。
円剣を構え、駆け出したイングズは──直後、進路をハウゼの槍に遮られ。
「上だ」
呟くハウゼの注意に頭上を見上げると、三角屋根の天井を支える柱と梁の影から、何者かの影が飛び出した。