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虚想世界のトレジャーガード  作者: 赤梟
第三章 雪色の少女
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秋エリアの主〈ヌシ〉

 数十分後、二人は山のいただきの手前に広がる草原の中で身をかがめていた。

 山の上に向かうほど足元にしげった草は背が高くなっていき、頂上付近にもなるとラグの腰に届くほどだ。その中にかがんだ二人の姿は、外からは見えない。


 わずかにうわ向いた丘の上、草が風に揺れ、ラグの鼻をつんとした草の香りがくすぐった。夜闇よるやみ色の空には無数の星を従えた月が煌々こうこうと輝く。


 その丘の先端に突き出た岩の足場には、一匹の白猫が空にかかる月を見上げて尻尾を振っていた。


 ──いた。あの白猫こそが≪フィールド・ボス≫と呼ばれ、この≪燎乱の大地≫でラグが戦ってきたモンスターの中でも、最強の一匹。


 音を立てないようにポケットから生徒証パーソナルを取り出し、カメラモードで白猫を画面の中心に捉える。モンスター情報が表示され、ルピにも見えるよう顔を近づける。


 モンスター名≪プティ・ソエル≫。名前の横にはフードをかぶった何者かの赤い目が怪しく光る、強敵を示すアイコンが点滅している。

 画面を下にスクロールさせるとモンスターの補足情報があった。今までに与えた総ダメージによって順次じゅんじ公開されていくシステムらしく、ラグの端末たんまつでは半分ほどが明かされている。


 その中で最も重要な情報が、一五〇〇〇いちまんごせんと表示された数字である。


 白猫のライフであるこの数字。現状では最強の攻撃力を持つとされるラグの薄墨色の短剣ラスト・エクストラでさえ最短で三十発。それも直撃で当てなければ倒せない。

 しかも要素ファクターの影響でライフが〝イチ〞であるラグは、一方的な攻撃をし続けなければならないのだ。


 そして何より、あの白猫は────デカい。とにかくデカい。アカデミーの巨大リスなんか相手にならないし、明確にラグの数倍の大きさ──おそらく五メートルはあるだろう。


 周辺には、ラグたちが隠れられるほど背の高い草がしげっているにも関わらず、あの白猫は後頭部どころか、丸みを帯びた背中、さらには尻尾の付け根さえ見えるほどの巨体なのだ。

 初めて相対あいたいしたとき、その大きさにビビって正面からの猫パンチを防ぐことすらできず負けたくらいに。


 造形ぞうけいもラグの知っている猫とは違って頭が大きく、三頭身くらいしかない。デフォルメのいたアンバランスな姿形すがたかたちが可愛らしさを引き立たせ、冒険者の油断を誘うのだ。


 とはいえ、いざ戦闘がはじまればその強さゆえに誰の目にもバケネコにしか見えないのだが……。アカデミーに関するものは生物や武器を問わず、とにかく大きいものが多いようだ。ニュウミーの趣味嗜好しゅみしこうなのかもしれない。


 生徒証パーソナルをしまったラグは小声でルピに話しかけた。


「確認したいんだけどさ……ルピは俺の短剣のこと、知ってるよね?」

「…………はい……」


 少し気まずそうに、ルピは顔をらして答える。

 ラグが薄墨色の短剣ラスト・エクストラの情報を公開して以来、その性能と彼の名は、ともにアカデミー中に知れ渡ることとなった。


 あのときの行動に後悔はない。むしろ、それを知ったうえで頼ってくれたのだと思うと、嬉しかった。


「じゃあ、ルピは? どんな戦い方するの?」

「……あの……えっと……いつも逃げ回るくらいしか……」

「おっけー。じゃあルピは走り回って、あいつの気を引いて。俺が隙を見て攻撃する」


 作戦を早々に決め、短剣の名を呼んで装備したラグに、ルピは戸惑いと疑問が入り交じった顔で聞いた。


「え……あの、わたし、戦わなくていいんですか……?」

「ん? 敵の気を引くのだって大変でしょ? 俺だって似たようなもんだしね」


 これまでラグは、高い攻撃力とクイックによる超速度を活かし、相手に反撃を許さない先制攻撃によって勝利を得てきた。

 しかし、この白猫の高すぎるライフの前では、その戦術が通じない。今まで何度か戦ったときは、そのどれもがほとんど逃げ回っていた記憶しかないほどだ。


「俺がアーツで先に攻撃する。ルピは尻尾に気をつけながら、気を引けるようにがんばってみて。一回で勝てるとは思えないから、何回も挑戦する覚悟で!」

「は、はい……がんばってみます……!」


 気持ちを感じさせるルピの返事にラグは微笑み、気合いを入れなおした。

 自分が狙われているともつゆ知らず、後ろ足で首のあたりをいて隙だらけの背中に狙いをつけ、右足を半歩下げて、踏み込む姿勢をとる。


「≪アーツ≫スキル……」


 短剣が薄墨色に輝く。丸みを帯びた真っ白な背中を標的として。


「≪クイック≫──!」


 アーツの加速を利用して、一息に飛び込んだ。数十メートルを一歩で飛び越えたラグは、速度の乗った渾身の右を、月の光に濡れる美しい毛皮へと叩き込む。


 確信をもって振るった右腕は、しかし──スカッ、と何もないくうを切った。二人の存在に気づいていたらしい白猫は、直前で華麗な後方宙返りを決め、ラグの攻撃をジャンプして回避したのだ。


「なっ!? うそっ……!?」


 攻撃対象を失ったラグは、クイックの勢いのまま地を滑った。山の頂上である丘の先端が目の前に迫り、その先は切り立った崖になっている。そこから落ちれば文句無しのゲームオーバー。落下する恐怖を全身で感じたあと、一撃も決めれないまま四季彩の町から出直すこととなる。


「う、おおおおぉぉぉぉ──!」


 全力で足でブレーキをかける。崖の向こうに引き寄せられるように地面を滑り、ラグが止まったのは丘の先端から足先がはみ出たところだった。真下には広大な大自然が、数十メートル下に広がっている。


「あ、あぶな……!」


 よろけるように後退したラグの背後から、巨大な影が近づくのが見えた。驚いて振り返ると五メートルの巨体を持つ白猫が、ラグの頭上から夜空と同じ色をした二つの瞳で、獲物を品定しなさだめするように見下ろしている。


「や、やば……」


 ひきつった笑みを浮かべながら左足を下げたラグは、自分のもうひとつの失敗に気づいた。背後をとられたことで、ラグは白猫が座っていた崖を背にしてしまっているのだ。崖と巨大バケネコに前後を挟まれては、逃げ場などどこにもない。


「ら、らぐさぁん……!」


 絶望的な状況に、ルピが動いた。

 白猫の背中目掛けて走り、直後に尻尾で足元を払われると、顔から地面に激突する。


 そして「なーぅ!!」と繰り出された猫パンチが、クイックに劣らぬ速さでラグのひたいを撃ち抜いた。


 バシバシバシバシバシバシッ──!


「ぐふぉ──!」


 殴られた衝撃で吹き飛ばされ、ラグは転送の光に包まれながら、崖から真っ逆さまに落ちていく。


「あぁ、ラグさん!!」


 悲鳴のような声で呼ばれ、ラグは頭から落下し、地面が近づいていく恐怖に堪えながら必死に声を張った。


「ルピ、俺が戻るまで逃げて! そいつ、獲物を見つけたら倒すまでどこまでも──!!」


 そこから先の言葉は聞こえなかった。

 だが、察するには充分と言えるだろう。


 どうか、どうかこっちを見ていませんように──!

 そう思いながら、ルピは恐る恐る白猫の顔を見上げた。


 無論、ガッツリと目が合った。

 こころなしか、尻尾を左右に揺らして楽しげだ。


「ひ……ひやぁ……ひやぁ────!」


 叫びをあげたルピは、全速力で山を駆け下りた。

 巨体ながらに足音ひとつ立てず、白猫はおもちゃのあとを追いかける。

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