第一話 チュートリアル
探索フィールド、≪クラストリアの無人城≫。
その名が示すとおり数百年もの間、誰に知られることもなく静寂を重ねた全三階からなる広域の無人の城。
その一階、四方を長い廊下に囲まれた通路の床に突然、文字と記号が複雑に組み合わさった魔法陣が描かれていく。完成した魔法陣が一際強く輝くと、その上に四人の男女の姿が浮かび上がった。
ふわりと舞い降りるかのような足取りで現れた男子三名に対し、唯一の女性である少女は、どしん、と音をたてて尻から着地した。青い長髪が床に広がる。
「い、痛ぁい……」
打った尻を擦る少女に、心配した少年が屈みながら声をかけた。
「だいじょうぶ?」
「うん、ありがとぉ。うぅ……初日から失敗しちゃったよぉ……」
泣くような声を出しながら立ち上がった少女は、一転して照れくさそうに微笑んで見せた。
「えっとぉ、ここにいるってことは、同じチームになったってことでいいのかなぁ?」
「うーん、どうなんだろ?」
首を傾げながら問う少女に、少年も首を傾げる。
「えっとぉ、そっちにいる二人のお兄さんは、味方なのかなぁ?」
少女の視線に合わせ、少年も後ろを振りかえる。
そこには赤髪を逆立てた長身の男と、顔の左半分を金髪で隠した少年がこちらを見ていた。
「……いや、あれは敵じゃないかな」
「えっ、敵なの!? どどどどうしよう!?」
狼狽える少女をからかうように、少年が楽しげに微笑む。そんな二人のやり取りに、赤髪の青年が苛立ち気味に口を挟んだ。
「おまえらなぁ、同じ場所に転送されたんだから仲間ってこったろ! つーか、ラグ! おまえオレのこと知ってんだろうが!」
語気を荒げた青年が、ラグと呼ばれた少年を指差す。
「あ、イングズだ。いたんだ?」
「ほぅ、いい度胸だなぁ、ラグちゃんよぉ……!」
怒りをにじませる笑顔でイングズがにじり寄ると、ラグは少女の背後にサッ、と身を潜ませた。
見上げるほど高身長のイングズに見下ろされ、少女が声にならない悲鳴を上げて小刻みに震え始めたとき、ぴこーん、という電子音が城内に鳴り響いた。
どこからともなく聞こえた音に全員が虚空を見上げて耳を澄ますと、アナウンスの声が続く。
『ウヒャヒャ! 全員の転送が完了したとも! 各チーム四名いるカナ? おこぼれした子はいないカナ? いないならば始めよウ! 初心者向けダンジョン≪クラストリアの無人城≫、宝奪戦の開幕を宣言するとも!』
妙にテンションの高い独特な抑揚のアナウンスは、ニュウミー女史の声だった。先ほど屋上で話していたときよりも割増された騒々しさに、イングズが肩を竦める。
『今回のルールを確認するゾ! 諸君は城内のどこかにある≪お宝≫を入手し、各チームに宛がわれた台座に宝箱を納めルことを目的としてイる。台座は転送された場所の付近にアる。確認してくれたまエ!』
四人の視線が背後にある台座へと向けられる。
赤く透き通った色の台座はラグの腰ほどの高さの矩形で、台座の上部には宝を置くためか、手で覆い隠せる程度のわずかな窪みが見てとれる。
『ダンジョンの攻略中には、狂暴なモンスターや敵の宝狩人との遭遇もあるダロう! そんなときは先ほど諸君が手に入れた武器でボコボコにしてやるといいとも! 無論、やり返されるコトもある! ライフを失えばゲームオーバー、その場で敗退となるので気を付けたまえヨ!』
「ハッ、敵を見つけたらボコボコにしろとよ」
「あははぁ……わたし、入るアカデミー間違えたかもぉ……」
『詳細は、電子端末である〝生徒証〞を確認してくれたまエ! 大抵の情報はそこに明記されているとも!』
思い出したように、ラグがジャージのズボンのポケットから生徒証を取り出す。片手に構えただけで電源が入った画面には自分の顔とライフが表示されており、画面左には別のページへのアイコンと文字が羅列している。
『そして、チュートリアルとはいえ宝奪戦。最上階に──おっと失敬……城のドコかにある目玉報酬のお宝は、勝利チームに進呈しよウ! 加えて、台座に宝を納めた功労者一名のみ、ワタシが大々的に名前を広く知らしめるとも! これからのアカデミー生活をヨリ楽しく、有利にしてくれること間違いナシ! 無論、冒険者にとってお宝は早い者勝ち! 手に入れラレるのはたった一組のチーム! お宝が欲しくば急いで探す必要があるゾ!』
「探すもなにも、最上階ってバラしたじゃねぇか」
イングズのツッコミに、少女とラグが苦笑いする。
『最後に要点をまとめるとも!』
無闇に〝敵を倒す必要はナイ〞!
諸君ら宝狩人の目的は〝宝を持ち帰るコト〞!
困ったらとにかく〝生徒証〞!
『これを忘れなければ城の攻略自体はなんとかなル! お宝を狙う者は時間との勝ぉぉ負! ワタシからは以上ダ! 諸君ラの健闘、モニター越しに生暖かく見守らせてもらうとも! では、チャオ、チャオー!』
アナウンスの開始と同様、ぴこーん、という音が城内に響くと、それきり城内は元の静けさを取り戻した。