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虚想世界のトレジャーガード  作者: 赤梟
第一章 はじめての宝奪戦
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第九話 敵も味方も容赦のない逃亡戦

 扉が閉まり、その向こうからくぐもったフィーナの悲鳴と、イングズの怒鳴り声が聞こえた。再開された戦闘音に後ろ髪を引かれる思いを抑え、足を回す。


 「……フィーナちゃん、大丈夫かな?」


 返事も期待せずにこぼすと、意外にも並走するハウゼから反応があった。


「イングズの心配をしないのは、信用してるからか?」

「んなわけあるか! イングズはどうでもいいだけ! フィーナちゃんはあんまり戦いたがるタイプじゃないのにおいてきちゃったからさ、俺が残った方がよかったかなって」


 隣人りんじんはラグをからかうように一瞥いちべつすると、ふっ、と鼻で笑った。

 その横顔を見ていたラグが、意外だと驚く。


 今まで無感情につとめていたように思えたが、協力的だし、単に人見知りなだけで本当は仲良くなれるやつなのかもしれない。気に食わないと感じたはじめの印象は、今ではかなり薄れていた。


 前方には分かれ道があり、右に曲がればこれまで通ってきた道に戻れる。そこから階段までほぼ一直線だ。ラグが手で方向を示しハウゼがうなずいた、そのとき。


 バァァァン! と爆発が起きたような轟音がした。何かが吹き飛ばされ、叩きつけられる破壊音がラグの身をすくませる。

 それは今しがた通ってきた通路から、背を押すような衝撃をともなって吹き抜ける。


「な、なに今の!?」


 驚いたラグが足を止めて振り向く。宝物庫への一本道には、先ほどまでのおごそかな面影はなかった。

 大扉が吹き飛ばされ、砂埃すなぼこりが舞う中、中空に跳ね上がる影があった。咄嗟にったラグの目が捉えたのは、夕焼ゆうやけ色の外装が目を引く大型二輪。


「な……バイク!?」


 風を吐き出すような駆動音。数秒間にわたり放物線を描いて宙を駆けたバイクは、排気で砂埃を吹き飛ばしながらガションと音を立てて落下する。

 機体の衝撃吸収クッションに合わせて運転席の人物が体を上下し、蛇行だこうしながら車体を立たせると、まっすぐこちらに走ってくる。


 宝物庫の中にあんなものはなかった。どこに隠していたのかと思った矢先、答えはひとつしかないと気づく。


「まさか、あれも武器……!?」


 誰に問うでもなく疑問をこぼす。返答はないが、代わりに仲間の声が耳に届いた。


「テメェ、まだ決着はついてねぇぞ!」


 褐色のカーテンをつくる砂埃すなぼこりの奥、舞い上がる煙を引き裂いて、ひびだらけの円剣が投擲とうてきされた。

 バイクが大きく左に傾くと、狙いを失った円剣がむなしく地面を転がる。


「うっさい、バーカ! あたしみたいな可憐な女の子がマッチョと殴り合いなんかしてられるか! 決着なら試合結果でつけてやるっての!」


 バイクに乗っていたのは、先ほどまで巨大ハンマーを担いでいた少女だ。着地の衝撃でズレた日除け帽サンバイザーをなおしつつ正面を向いてラグと目が合った少女は、獲物を見つけた猟奇的りょうきてきな笑みを見せる。


「イングズのやつ、デカい口叩いて失敗したな!」

「逃げるぞ」


 心から賛成し、先行するハウゼを追って右の通路の角を曲がった。


 すると、忘れていた事実と直面する。

 宝物庫を目指してきた四人組の宝狩人ハンターと鉢合わせてしまったのだ。思わず速度を下げたラグに、ハウゼが止まることなく言い放つ。


「走れ、足を止めたら終わりだ」


 出会いがしらにも構わずじけることなく、槍をひるがえしたハウゼは最も近くにいた男に向かっていく。


「な、なんだテメ──」

「黙れ」


 有無を言わさず槍がひらめく。右肩、左肩、腹の三連突きで姿勢を崩させ、回転からの薙ぎ払いで四人全員を巻き込み、弾き飛ばす。


「ま、マジっすか、ハウゼくん……」


 敵がそれぞれにうめきをあげて倒れている間に駆け抜ける。すれ違いざま、ラグは見慣れないものが見えた気がして、走りながら振り向く。


 ハウゼの連撃を受けた男のライフが完全に尽き、ライフゲージが消滅した。それを確認した直後、倒れ伏す男の体に赤い数字のゼロが浮かび上がった。さらに雷鳴のような轟音とともに、赤い斜線がその数字を切り裂く。


 間もなく、男の下から円柱えんちゅう状の細い光が現れる。光は次第に幅を広げて男をおおうと、男の体とともにゆっくりと薄れて消滅していく。


「な、なにあれ、技!? アーツ!?」


 仲間を失った連中より騒ぐラグに。


「ただの退場演出だ。後ろより前を見ろ」


 うながされ、前方を向いたラグの目に入ったのは。


「んげっ!? やばい、めっちゃ人いる! しかも──」


 戦っている。数チーム……いや、奥からも聞こえる罵声ばせいの掛け合いを足せば十を越えるチーム──四十人ほどがいるだろう。それが広い作りである廊下を所狭ところせましと武器を振り回し、乱戦を繰り広げていた。


「どうする!? こんな数相手に出来ないぞ!?」


 特にラグはライフ云々(うんぬん)以前に、短剣という最低レベルの射程リーチしかない。あちこちから攻撃が飛んでくる乱戦に巻き込まれれば、ひとたまりもない。


 焦るラグとは対照的に、ハウゼは冷静に鼻で笑う。


「むしろ都合がいい。ラグ、おまえは一切いっさい攻撃するな。奴らの相手は後ろのバイクにくれてやれ。大きな音をたててバイクが突っ込んでくれば、逃げるだけのオレたちは後回しにされるだろう。可能な限り敵意を見せず、未熟で逃げ惑うしかできないド素人しろうとを演じて、他の宝狩人ハンターどもに宝護者ガードを押し付けてやれ」


 そうすれば相討ちを狙える、と付け足すハウゼの横顔を感心して見ながら「これがイングズなら正面突破とか言い出すんだろうなぁ」と思いながら、人により作戦がまったく違うことに驚かされる。


 じきに二人の後方、空気の波を裂くような駆動音が迫り、廊下の乱戦よりも大きな音に気づいた参加者たちが何事なにごとかと騒ぎ始めた頃、壁の陰から夕焼色のバイクが姿を現した。


 そこにはハウゼに押し倒された三人が、呆然ぼうぜんと座り込んだまま残っていたが。


「はい、邪魔ー」


 減速さえせずカーブを曲がったバイクの突進を受けた三人が、上空にね上げられた。無論、障壁に守られるため人体に影響はないが、宙に舞った三人のライフが消滅し、体に赤い数字と斜線が引かれると落下する間もなく退去たいきょの光に呑まれて消えてしまう。


 それを見届けることもせず、バイクのあるじは正面に見えたラグとハウゼをらんらんとした瞳で捉えた。


「目標発見、ミシャ!」

「任せて、アイナ。絶対逃がさないわ!」


 運転席に座る少女──アイナの背後、後部座席リアシートには片手に弓を構え、横座りするミシャの姿があった。バイクの速度で距離を埋めつつ、遠距離から弓で狙うつもりのようだ。


 ミシャの弓がハウゼの背を捉える。乱戦する宝狩人ハンターたちの視線がバイクに向いているのを確認したハウゼは。


「左右に分かれる。死ぬなよ」

「がんばるけどさ……!」


 同時に左右に跳ぶ。ミシャの弓から放たれた矢はハウゼを捉えそこね、その奥に立っていた両刃斧ラブリュス使いの男のライフを削る。


 そのかん、ラグは乱戦する参加者たちの隙間を縫うように階段を目指した。さいわい敵の目がラグに向くことはなく、足を止めることなく疾走する。


 その後方。


「はいはい、二手に分かれんのね、わかってましたっての。ミシャ、あぶり出してやれ!」

「えぇ、私を本気にさせたことを後悔させてあげるわ」


 ミシャはバイクの後部座席リアシートから弓を構える。狙う先は正面ではなく、前方上空に傾けたかと思うと、そのまま一点を狙って矢を放つ。


 その時点で、ラグは乱戦者の人垣を切り抜けて広い通路に出ていた。横からハウゼも姿を見せたので、宝護者ガード宝狩人ハンターに押し付ける作戦は成功したように思われた。


 二人が目配せをして、とりあえず胸を撫で下ろしたのも束の間、後ろから盛大せいだいにガラスの割れたような破砕音が聞こえた。百個のガラスを一気に割ったようなその音の出所は、乱戦者の人垣で見えない。だが、二人はすぐに何が起きているのかを理解した。


 人垣の向こうから上空に放たれた桜色の光の矢が、天井からぶら下がるシャンデリアの鎖を断ち切ったのだ。それが落下して床に衝突、城に大音量を響かせる。


 そして、それは一度では終わらなかった。一定の感覚で吊り下げられたシャンデリアのことごとく、桜色の矢が打ち落としていく。


 当然、ラグたちの進路も例外ではなく、頭上に矢が放たれたのを確認したラグが絶望しながら呟く。


「ウソだろっ、そんな高そうなもの……!」


 無慈悲にも、ぱきん、と鎖が断たれる音がした。それは希望の糸が切れた音のようでもあり、二人は止むなく足に急ブレーキをかけた。


 ガシャァァァァン──!!


 直後に目の前に落下したシャンデリアは、近くで見ると見上げていたときよりも大きかった。通路の真ん中に落ちたそれは五メートル近くあって廊下の半分を残骸で占めており、破片がラグの足元まで飛び散ってきた。


「見つけたぞ、この盗人ぬすっとヤロウども!!」


 排気の風切音かざきりおんを従えたバイクは、人垣を蹴散らし、すぐ後ろまで迫っていた。

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