愛され聖女候補の裏事情
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昔々ある所に身も心も美しい貴族の娘がいました。優しい父親と母親に大切にされ幸せに暮らしていましたが、ある時母親が病に倒れ、亡くなってしまったのです。父娘は暫くかなしみに沈んでいましたが、周囲の勧めで新しい妻を迎える事になりました。義母には娘より年嵩の姉妹の連れ子がいました。新たな家族になった五人は仲良く暮らしていましたが、父親が商売で家を長く空け始めると、義母と義理の姉達は娘を疎んじ、使用人としてこき使い始めたのです。
「実際にこんな事をしたら、それこそ使用人から主人である父親に連絡が行くと思うのだけれど」
「子供向けのお話ですから。いつの世も心優しい乙女は幸せになる話が好まれるのです」
カティーニ・ラケッカ侯爵令嬢はパルディーニ王国の王太子である、ルトーレ・パルディーニの婚約者で、2人は同じ歳の19歳。王都にあるパルディーニ高等学園の最上級生だ。
カティーニは柔らかくカーヴする蜂蜜色の髪に輝く紫の瞳を持つ儚い美しさを感じさせる侯爵令嬢で、学園卒業半年後にはルトーレと挙式の予定。そんなカティーニの相手をしているのは幼馴染の親友スピラ・トリーネ伯爵令嬢。こちらは艶のある流れる様な群青の髪に、明るい性格を表す栗色の瞳が印象的な可愛らしい令嬢。子供用の美しい絵本を開いて、目を輝かせて王子様の挿絵を指差している。
「こちらは王太子殿下に似ていらっしゃいませんか?」
「ルトーレ様は若草色の髪にエメラルド色の瞳ですから、絵本の挿絵に多い金髪で青い目の王子様とは違いますわね」
「似ているのは威風堂々とした雰囲気ですよ、カティ。小さな女の子に人気の王子様は金髪碧眼らしいです」
「金髪も素敵ですけれど、常にキラキラしていたら、ダンスをする時に目に光が入って踊りにくそうね」
「ふふふ、そうですね。所で、お聞きになりました、お隣の国の話」
「皇太子の結婚の話かしら。ルトーレ様がパルディーニ王家の代表として招待されているから、あちらのお菓子を買って来てくださるって聞いてますけど」
「お相手は貴族令嬢ではなくて、大商会の娘さんですって」
「大商会なら、経済的な貢献度によって男爵位を賜ってもおかしくありませんし、そこの娘さんなら知識も豊富で貴族相手にお仕事をされているのなら、マナーもしっかりされているのでしょうね」
「そうですね。親の仕事を支える為に、各国特有の言葉や言い回しも完璧で、国家事業の計画書を皇帝陛下に提出されて喜ばれたそうですわ。勿論、商人のお嬢さんの案ですからどこまで実施可能かは分かりませんけど意見は多い方が良いのは確かですし、正しく考えを纏めるには多くの知識が必要ですし」
「それでは、お隣のロフォール帝国ではその話で持ちきりでしょうね」
「ええ、そこで絵本の話に戻るのです。庶民出身の娘が皇太子と結婚するなんて、夢物語でしかなかった事が現実となるのです。我が国でも平民の少女が王子様に見初められて幸せになる恋愛小説が数多く発売されて大ヒットしております。カティは読みました?」
「来年の婚儀に向けて、最新の他国の資料に目を通してばかりだわ。それにしても商人の方々は流行に敏感なのですね。結婚の話が出たのは少し前なのに、あっという間に幾冊もの本を出版してしまうなんて」
「それだけ盛り上がっているって事です。カティも気を付けて下さいね」
「何を気をつける必要があるのかしら?」
「王子殿下を奪われない様に、です。学園で多くの女生徒に人気がありますから」
「誰にも相手にされない王太子より、人気がある王太子の方が良いでしょう?」
学園の中庭でお茶をしながら、くすくすと笑い合うカティーニとスピラを眺める一団の中に、話題になっていたルトーレがいた。卒業後の側近候補である、メランツ、フォルマ、タルーガと、お抱え商会跡継ぎ候補のトリーチャと共に中庭を通りがかった所だ。王太子の婚約者であるカティーニと、宰相の孫の婚約者であるスピラは、憧れの最上級生のお姉様として女生徒達からの人気がとても高い、
そこにふんわりとした明るいストロベリーブロンドを靡かせ、陽の光を反射して輝くゴールドアイの愛くるしい少女が近寄って行った。
「王太子殿下、本日もご機嫌麗しゅうございます。聖女候補リアーナ・ペレティがご挨拶申し上げます」
「ああ。もう頭を上げて構わない。ペレティ嬢も息災の様で良かったな」
「私の様な者を気にかけていただいてありがとうございます。ルオーテ卿、セミーニ卿、キエッティ卿、マニーケ卿にもご挨拶申し上げます」
「ペレティ様、学園には慣れましたか?」
「お陰様で、勝手のわからない中皆様に大変良くして頂き、こうして不恰好ながらもご挨拶する事が出来ました。どうぞ今後もご指導頂けますようお願い致します」
「ペレティ様、僕の家は君より下だから、マニーケと呼んでくれて構わないよ」
「いえ、学園内は平等といえど、どなたにも敬意を払うべしと先生に教わっておりますので」
「そうか、ペレティ嬢はしっかりしているのだな。困ったらきちんと声をあげるようにな」
「はい、セミーニ卿。それでは午後の受講の準備がありますので、失礼させて頂きます。足を止めていただきありがとうございました」
周囲の生徒達がふわふわと髪を靡かせて早足で立ち去るリアーナを温かい眼差しで見送る。
「まだ不慣れな自分は休み時間も余裕を持って、次の準備をしますってアピールね」
スピラがティーカップを持ち上げながらカティーニにだけ聞こえる声で囁いた。
「あらあら、そんな悪く取ってはいけないわ。ペレティ様は一昨年聖女候補となって、それまで市井で暮らしていたのに子爵家に養子に入って、行儀見習いやマナー講習を頑張っておられるのです。あれだけきちんと話せれば大丈夫ですわ。覚えているかしら、以前の同級生、同じ様に市井から子爵の養子になられて学園に入学された聖女候補のマコーニ様」
「同級生でしたよね。学園の生徒は平等だから生まれ育ちの行動で良いはずだとおっしゃって、将来の聖女として国を支える為には殿下と仲良くなるべきだと荒れ狂う雄牛の如く日々突撃してましたね。余りにも無礼が過ぎる上に、聖女と王太子が結ばれるのは運命だとか言い出して、大聖堂の大司祭様が聖堂騎士団を率いて来られましたね」
聖女候補マリーナ・マコーニ現在19歳。3年前にカティーニ達と同時に入学し、何故か入学式の最後に壇上に駆け上がり「聖女候補になったマリーナです。マリリンって呼んで下さいっ。マリリン、魔力鑑定を受けるまでフツーに暮らしてましたっ。だからっ、貴族のマナーとかよく分からなくて今習ってるとこだけどっ、すっごく難しくって、いつも怒られてますっ。だからっ、偉いみなさんでっ、マリリンを支えて下さいっ。マリリン、知ってます。ノブレスっオブっリージュって言うんですっ。みなさんはっ、貴族の義務としてっ、マリリンを助ける義務があるんですっ。きらりんっ」とぶちかました、伝説の聖女候補マリリン。
入学式を見守っていた大司祭が持っていた錫杖で神の代理の一撃を加え、静かになった所で保健室に回収したのがマリリン伝説の始まりであった。その後、登校の為の馬車寄せに朝から出現し、王太子を筆頭に次々と高位貴族、顔立ちの整った男子生徒、資産持ちの家の男子生徒等に次々躓きからの体当たりをかまし「やだ、マリリンたらドジねっ。でもっ、助けてくれてありがとうございますっ。きらりんっ」と右手を握り己の頭をコツンと叩くという謎の行動で呆気に取られた相手の言葉を封殺し、そのまま相手の両手を取って動きを封じてからの「これって、運命っ、を感じちゃいますっ。きらりんっ」と言う当たり屋紛いの運命大量発生を起こす。
授業も「マリリンっ、こんな難しいのわかんないっ。みんなノブレスっ、オブっ、リージュっ、だよっ。優しさがっ、足りてないんだよっ。マリリンの為にっ、みんなが協力してっ、マリリンがわかる授業にしてねっ。きらりんっ」と訳の分からない呪文を唱えて混乱を起こし、わざわざ初等学園の教科書を用意して休み時間や放課後に指導しようと申し出たメランツに「やだっ、メランツはっ、マリリンがバカだって言うんですかっ?ちょっと偉い公爵のっ、孫だからっ。でもでもっ、マリリンはっ、聖女候補だからっ、メランツはほんとはマリリンが可愛くてっ、2人っきりにっ、なりたいんだってっ、マリリン分かってますっ。きらりんっ」と言う妄想を垂れ流した。
その放課後、個人指導場所に指定した衆人環視のある学生食堂で、揃ってマリーナを待っていたメランツとその婚約者であるスピラに対して「なっ、なんでっ、マリリンのメランツの横にっ、変な女がくっついてるのっ?はっ⁉︎これってば愛の試練っ、てやつっ⁉︎マリリン負けないんだからっ。きらりんっ」と失礼にもスピラをビシイッ!と指差した後、|めがっさおっそいスピード《最低速》でチラチラと振り返り振り返り、走り?去っていった。
最終的に、秋の芸術会という作品展、舞台発表、研究発表等を行うイベントで放送室に籠城し「ママリンから重大発表しちゃいまっす!マリリンはっ、ルトーレとっ、真実の愛で結ばれたっ、女神の祝福カップルって、お告げをっ、受けちゃいましたっ。これはっ、女神のお告げなのでっ、誰もっ、邪魔出来ないんですっ。みんなはっ、マリリンとっ、ルトーレをっ、祝福してねっ!きらりんっ」という王太子を呼び捨てにするという不敬が霞むほどの悪魔憑き疑惑すら感じさせる妄言を学園敷地内全体に響かせた。
外部招待客も多い芸術祭に備えて大司祭が聖堂騎士団を控えさせ、護衛という名のストッパーをつけていたにも関わらず、御不浄のトイレから脱出し、無駄としか思えない聖魔法フルバーストで壁を伝い放送室の窓から潜入。主魔力源が落とされていたにも関わらず、聖魔力を叩き込んで放送する暴挙であった。
これが大司祭と聖堂騎士団による放送室打ち破りからの伝説の聖女候補マリリン拘束事件である。
因みに、語尾の『きらりんっ』はマリーナが実際に声に出していた。日々『きらりんっ』を聞かされた生徒達は、聖女候補はきらりんをつけないと死ぬ呪いがあるのではないかと噂し、王太子であるルトーレが中心となってこの噂を消すのにやたらと手間取ったのは嫌な思い出である。
「あれは他の聖女候補様方に大変迷惑な事件でしたわね。今代の大聖女様も聖女様方も皆様御壮健ですから宜しいけれど、欠員が出たら今は12人いらっしゃる聖女候補様から聖女選定される名誉な立場でいらっしゃるのに」
パルディーニ王国では大聖女と呼ばれる筆頭聖女とそれを補佐する聖女8人の体制で、日々の祈りや聖魔法による呪い解除、癒しなどを行なっている。病気や聖魔力の減退などがあれば休息や療養を行い、欠員を聖女候補で補い体制を整えるという聖女ファーストな職場。それが大聖堂である。聖魔力の高い順で9人が協力しているのだが、流石に伝説のマリリンの様な候補は今までいなかった為、現在絶賛性格矯正中。矯正出来くても伝説のマリリンは無駄に膨大な聖魔力を持っている為、大聖堂の素敵な職員達が絶対逃さない体制で囲い込み中。
「あの後暫く、学園に通われていた聖女候補の御二方が嘆いておられましたね」
「大聖女様が講演に来て下さって、あの時はとても素晴らしい講話をしていただきましたわ」
「話はペレティ様に戻るのですが、彼の方の言動は本意のものでは無いと思います」
「それはどうして?」
「ロフォール帝国の恋愛小説にそっくりなんです」
スピラが数冊の小説を取り出した。その中から『ラブドキッ!平民聖女の成り上がり☆王子のハートも独り占めッ!逆ハーゲットでキラメキトキメキ貴方のハートにとーどけっ☆』という最早詰め込みすぎて何が言いたいのか分からない本をカティーニの前に置く。タイトルもあれだが、無駄にキラキラ加工した表紙は目にダメージを与えてくる。表紙イラストもピンクヘアにピンクの目の少女が、頭部の長さに対して三分の一以上の縦長とそれに合わせた幅広の眼球でウインクしたもので、これを描いた挿絵画家を知っていたら小一時間問い詰めたいレベルであるが、これが今の流行だと言われればそこまでだ。
「ロフォール帝国の皇太子と庶民である大商会のお嬢様が、帝国学院で婚約を結ばれてから出版された本の一冊です。とはいえ、お嬢様の実家は多大なる商業的貢献を持続されておられる上に、公的な教育機関や研究機関、救済院や孤児院に多くの寄付をされているそうで、婚儀の前には男爵を飛び越えて子爵として叙爵されるそうです」
「今ならお話ししても宜しいわね。去年半年程我が家に滞在されたお嬢様がそのキタッラ様ですわ。外交大臣である父の縁で我が家に滞在して、パルディーニの重要な方々とのお茶会に参加されましたの。スピラもお会いしてましたよね」
「ええ、あのキタッラ様がそうでしたか。客人扱いとはいえ平民の娘でしかないので行儀見習いの侍女として扱って欲しいと丁寧におっしゃったあの方ですね。とても良い方でした。そうですか、ではあの時既に色々と動いておられたのですね」
「私はルトーレ様経由でキタッラ様の事を頼まれましたから、今もお手紙をやり取りをしていますの。パルディーニとロフォールの友好に繋がると陛下もお喜びとか。努力家で聡明なキタッラ様でしたら彼方の皆様も安心して皇家にお迎え出来ますでしょうね。もう婚儀の日程も発表されましたし、スピラからもお手紙を差し上げたら喜んでいただけるかと」
「是非その様にしたいと思います。お話ししていて話題の尽きない素敵な方でしたのに、連絡先を聞くと事情があって明かせないとおっしゃられてとても残念でしたが、その様な事情があったのでは仕方がありません。その分、気合を入れて手紙を書きます」
微笑み合うカティーニとスピラだが、そのテーブルの上で異彩を放つ『ラブドキッ!平民聖女の成り上がり☆王子のハートも独り占めッ!逆ハーゲットでキラメキトキメキ貴方のハートにとーどけっ☆』の破壊力が凄い。
キタッラの話が一区切り付いたところで、『ラブドキ(以下略』を手に取りパラパラと捲った後、額に手を当ててため息をつくカティーニに、微笑むスピラ。表紙も凄かったが中も凄かった。文章は基本行間が広くスッカスカで、擬音と挿絵を大量に使用、その挿絵の破壊力は表紙と全く同じで、『いや、普通表紙は気合入ってるけど、挿絵いまいちだよね』という事の多い恋愛小説で(個人的感想です)、それはもうお好きな方には堪らない気合の入り具合だった。超目力炸裂。
スピラの説明によると『ラブドキ(以下略』は、主人公である大商会の娘ララリー・ハートは独創的且つ画期的な商品開発や既存商品を組みあわせて魅力的な新商品を作る天賦の才を持つ、キラリスト☆パワーを持つ16歳の少女。ララリーの才能に目を付けた、キラメキア王国のアカデミーに入学すると、周囲のイケメンがララリーの魅力にどんどん引き寄せられていく。
よくある恋愛小説では、多くの読者が投影しやすい身近な庶民派のヒロインが好まれるのだが。『ラブドキ(以下略も以降略』はララリーがイケメン達の力を借りて貴族としてのマナーやダンスを身につけ、最終的に王太子と結婚する。愛する王太子の為に平凡な?ヒロインが努力を重ね、愛してくれるイケメン達に囲まれて、最高のレディになるストーリー。と言っても、小説なので、数行あればあっという間にダンスの達人、会話とマナーで相手を更に魅了する力を手に入れ、アカデミーの首席になり、キラリスト☆パワー全開でアカデミーの闇を祓ってしまうのだが…。
つまり、『ラブドキ』は大商会の娘には凄い才能が備わっていて、どんどん周りに人が集まり、愛してくれるイケメン達により更に素敵になり、最終的に王太子妃、そして王妃になって国民全員に愛される話だ。因みに、キラリスト☆パワーとは、魔力とか聖魔法力とかそういう物らしい。本文によると『恋する乙女の愛の力のラブパワー!キラリスト☆パワー』らしい。
とにかく、削ぎ落とす程も無い内容を無理やり削ぎ落とした結果、庶民の少女がパーフェクトレディになって大成功、である。普通の女の子がパーフェクトレディになる為には、庶民の言動は貴族には通じないと書かれ、親しみやすい庶民のヒロインはイケメンレッスンでレディに大変身、完全愛されヒロインになる。
所謂女の子のお姫様願望を、お姫様ごっこから本物のレディ教育へ、という流れに持っていっている。
そんな『キラドキ』のヒロインと全く同じセリフや行動をリアーナが行なっている、というのがスピラの主張。押し付けず、前に出過ぎず、でも出来ない事を表明し、助けを求め応えて貰えればそれを全力で実行する。小説と違って、現実であるリアーナには出来ない事も多いがその時は『これこれこういう理由で出来ませんでした。大変申し訳ありませんが再度指導を頂けると嬉しいのですが』と己の非を認め下手に出れば、相手の好感度は上がりこそすれ下がる事は無い。
確かに、カティーニが覚えている限りでは、リアーナの言動はスピラの話と合致する。出しゃばらず慎ましく、それでいて受ける教育に対して平等という基本原則から大きく外れない程度に、男子生徒に自然体で接する。授業後に分からない箇所を質問する時も、教員室には向かわず『聖女候補として陛下から殿下に対して困り事を相談しても良いと許可を頂いている』という大前提を使い、ルトーレの教室にやって来る。無論、今は忙しいとか、誰々が詳しいとか、教師に聞く様にと返せば「気が利かず失礼致しました」とあっさり去っていく。
リアーナの行動は一旦脇に置いて、身分違いの恋物語が人気になるのは、飾らない等身大の女の子が見初められるからなのに、ヒロインの一番の魅力『庶民的』を捨ててしまっては意味が無いのではないかとカティーニは考えた。
「それだけパルディーニが豊かになったって事じゃ無いかしら?」
現在のパルディーニは確固たる身分差はあるものの、労働の基準を無視すれば貴族でも違法とされ処罰もあるし、庶民もある程度の生活基盤があれば貴族御用達のお店の品でも、最上級品でなければ行きつけの商会を介して手に入る。生活に余裕が出れば衣食住のレベルも上がる。お姫様に憧れる女の子達が、ちょっと良い服を着て『貴族のお茶会ごっこ』をしたり、騎士物語に憧れる男の子が意匠を凝らした模造刀を親に強請って『騎士団ごっこ』に興じる事も出来る。
庶民でありながらお姫様に近付くのだ。
「実際に貴族のマナーの本が飛ぶ様に売れて、豊かな家庭であれば小さな頃から身に付けたりするわよ。能力があってそれを評価されれば平民でも騎士爵や男爵を叙爵されるし、同級生でもいるでしょ、卒業後に幼いレディのレディーズメイドとなる契約をしている方や、容姿端麗成績優秀で変な勢力争いの危険が無いと結婚を望まれている方達が」
兎に角、先ずは現状把握の為に恋愛小説を数冊読む事にしたカティーニは『みーんな素敵なレディになーあれっ☆きらりんっ☆』という全身ピンクの集団に追い掛けられる悪夢にうなされる羽目になった。
しかも、その悪夢の翌朝、ルトーレから最近リアーナの対応に追われカティーニとの時間が取れない事についてのご機嫌伺いの手紙と、大量のオレンジのバラが届き、『キラドキ』の挿絵にふんだんに使用されている薔薇の花を連想、目の比率のおかしなヒロインが『キラリスト☆パワーまっくすはぁと、とーどけっ!』と叫ぶ決めポーズが一日中頭から離れなくなる拷問に悩まされた。
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時が経つにつれ聖女候補リアーナは学園内のヒロインとなった。正確には、リアーナを中心とした多数の男子生徒と大聖殿と繋がりのある家の少数の女子生徒が、慣れない環境の中切磋琢磨するリアーナを認めて積極的に協力する様になった。リアーナは頻繁にルトーレ達と過ごす様になった。
そんな状況の中まことしやかに囁かれる様々な噂。バリエーションはあるものの、要約すれば『礼儀正しく勤勉なリアーナが聖女候補として自己研鑽する言動に対してカティーナやスピラが邪推して貶めようとしている』というもの。
王太子のルトーレはカティーナの、宰相の孫のメランツはスピラの婚約者であり、ルトーレの側にいるフォルマ、タルーガ、トリーチャの婚約者達が二人に相談を持ち掛ける事も多く、噂はあっという間に広がった。
それに輪を掛けたのがルトーレ達がリアーナに対して「愛らしい」とか「好ましい」と言った言葉掛けを常々していた事実である。
カティーナとスピラは事実無根であるし学園内を騒がせるのは本意では無いとし、3人の婚約者達にも親の決めた婚約であり心配する事は無い。気にしない様にと宥める。そんな不安定な状況の中、リアーナに対して嫌がらせが頻発した。
リアーナの机に真っ赤なインクがぶち撒けられナイフが突き立っていたり、マナー教室の時に使う小物を入れる個人用の棚が荒らされ中の物が破壊されていたり、教室の黒板に『偽聖女は地獄に堕ちる』と書かれていたり、御不浄の個室にモップでつっかえ棒を噛まされて閉じ込められたり、校舎の脇を歩いていたら頭上から泥水が降りかかって来たり、辞書や資料を置いたロッカーに腐ったリンゴを詰め込まれたりと、枚挙にが暇がない。
優秀な聖女候補に何かあってはいけないと学園側も対処するのだが、細々とした嫌がらせに対してはどうしても後手にまわってしまう。同じ嫌がらせは行えなくとも、新たな死角からの嫌がらせが行われる。
そして遂に事態が大きく動いた。
パルディーニ高等学園の大イベントの一つに豊穣の祈りがある。パルディーニ王国の主神は豊穣の女神マケローネで、年に一度学園の生徒はマケローネを象徴する金の麦穂のブローチを着け、大司祭を招待した大講堂で祈る。祈りの際には身分の高低は一切関係無く全員が膝を突いた後、頭を垂れて大司祭の祝詞と共に豊穣を祈る。
大講堂の集まり整列する中にリアーナの姿が見当たらないとフォルマが声を上げ、同学年の生徒達にリアーナを知らないかと確認した所、移動前に身だしなみを整えてくると教室を出てから見ていないと分かった。
リアーナは聖女候補である。豊穣の祈りでは学園に聖女候補が在籍する場合、大司祭の隣で祈ると決まっている。慌てて探そうとしたその時、大講堂の出入り口から、擦り切れ縒れた制服に全身ぐっしょりと濡れ、擦り傷や切り傷だらけになったリアーナがふらつきながら現れた。
「リアーナ嬢、どうしたのだ?」
ルトーレが駆け寄り、メランツ達もそれに続く。
「私の麦穂のブローチが見つからなくてあちこち探していたのですが、教室も更衣室も思い当たる場所の何処にも無く、最近不運が続いておりますし、行っていない所にあるかとも思い、中庭に向かいました所、噴水の中に光る物を見つけたのです」
時間も押し、慌てたリアーナは2階の渡り廊下と中庭を結ぶ大階段を降りた所、晴天続きだったにも関わらず大理石の階段が濡れており、階段から転げ落ちた。それでも這いつくばりながら噴水まで近付きブローチを拾おうとしたが大きな噴水の中央の方に沈んでいた為、満身創痍のリアーナは噴水に転げ落ちてしまったのだという。
「直ぐに大階段と噴水を調べろ」
ルトーレの命令に騎士団が動く。
「私の事など些事に過ぎません。どうか、女神様への祈りを開始して下さい」
神に仕える聖女の候補である自分のせいで、豊穣の祈りが疎かになってはいけないというリアーナの健気な姿に多くの生徒達が胸を打たれた。大司祭もその言葉に力強く頷き、大司祭のローブをリアーナに着せ掛けて祈りを開始した。
「殿下、濡れた大階段には少量の氷が張り付いておりました」「殿下、噴水の近くに公爵家の紋章の入ったブローチが落ちていました」「殿下、見張りによると中休みに渡り廊下をラケッカ侯爵令嬢とトリーネ伯爵令嬢が歩いていたそうです」
祈りの後に次々と寄せられる騎士達の報告に生徒達の視線がカティーニとスピラに向かった。
「カティーニ・ラケッカ、私は貴女の婚約者として実に残念に思う」
ルトーレが最後まで祈りを捧げ、力尽きてへたり込んだリアーナの膝にふわりと制服の上着を掛けた。
「メランツ報告書を」
「はい、殿下。調べによるとラケッカ侯爵令嬢とトリーネ伯爵令嬢は、聖女候補として日々苦労しながら修学し生徒達に認められ好かれるペレティ嬢に対し、高位貴族の立場を使い嫌がらせを行い続けた。その手口は巧妙で、己の手を汚さず証拠も残さず、実に悪辣極まりないものであった。そして遂に今日の事件で証拠を残した。その罪、お認めになりますよね」
「この卑怯者め!魔法の残滓があれば使用者は分かるんだ!晴天続きの中、氷が張っていたのであれば、魔法しかあり得ない。このタルーガがお前らの犯罪をしっかり暴いてやる!」
「この紋章のブローチですが、マニーケ商会で扱っているものです。どの家に幾つ納品しているかは勿論、他家の紋章のブローチは悪用を避ける為にきちんとした理由と書類がない限り作成しません!これが落ちていたという事は、お前かお前の関係者が関わってる証拠です!」
「フォルマ、2人を取り押さえろ」
「殿下、し、しかし」
「良いから取り押さえろ!」
「フォルマがやらないなら私が捕縛魔法を使う!」
「タルーガ、そこまでする必要は無いだろう。証拠は出たが罰は証拠を精査してから下すべきだ。ラケッカ嬢、トリーネ嬢、大人しく罪を認めフォルマと共に学園の謹慎室に移動して下さい」
ちらりとカティーニを見るスピラに、カティーニが小さく頷き、手を握りあう。
「ここで私ルトーレ・パルディーニは皆に宣言する。カティーニ・ラケッカとスピラ・トリーネは国を守る聖女候補に個人的な理由で害を与えた。よって貴族籍を剥奪。私とカティーニの婚約を白紙撤回する。メランツはスピラとどうする?」
「そうですね、同じく、メランツ・ルオーテはスピラ・トリーネとの婚約を白紙撤回します」
「ルトーレ様っ!」
「リアーナ、もう大丈夫だ」
ルトーレにしがみ付くリアーナ。カティーニとスピラを連行する為に近付いたフォルマを押し退ける様に、嫌悪の表情をしたタルーガとトリーチャが2人の腕を捻り上げた。
「か弱いリアーナに醜悪な罠を仕掛けた事後悔してももう遅いですよ」
「リアーナ、僕達が絶対守るからね」
ギリギリと腕を捻りあげられ、苦渋の表情で堪えるカティーニとスピラ。無実である自分達がここで屈してはいけない。
「さて、私達2人が婚約を白紙撤回した訳だが、今後の予定を話そう」
「タルーガ、トリーチャ、その手を離してくれませんか?カティーニ侯爵令嬢と、スピラ嬢が怪我をしてしまう」
ルトーレとメランツから笑顔が消えた。2人の視線がタルーガとトリーチャに注がれ一瞬動揺した二人から、フォルマがカティーニ達を引き剥がして背後に庇う。そのフォルマは苦痛を堪える表情をしており、タルーガとトリーチャは「何故だ?」と不満を漏らしながら憎悪の視線をフォルマの背後に注いだ。
「婚約を撤回したカティーニとスピラは半年後を予定した婚儀の準備の為、親元を出て王宮で生活して貰う事になる」
「え?え?何?どうして?ルトーレ様、メランツ様、どういう事ですか?私は?私を愛らしく好ましいとおっしゃって下さっていたのではありませんか?婚約撤回したのは私と結婚するからじゃ無いんですか?」
「殿下どういう事ですか⁉︎この女どもに惑わされているのではありませんか⁉︎」
「そうですよ、事情を教えて下さい!」
涙をポロポロと溢して質問するリアーナに慌てて駆け寄るタルーガとトリーチャ。周囲の者達も口々に疑問を漏らすが、ルトーレがぐるりと睥睨する事でリアーナの「何でっ?」という涙声以外、発言する者がいなくなった。
「今回の件は一週間後の学園集会にて状況説明がなされる。それまで外部に話す事は禁止だ。もし漏らした場合、厳重な罰があるのでしかと心得て過ごす様に。以上、解散だ。学園長、宜しいでしょうか」
「ああ、結構だ。では殿下の指示通りにする様に」
「あ、あの、ルトーレ様?私の事を愛しているのでは?」
なおも縋ろうとするリアーナに視線すら向けずルトーレは満面の笑みでカティーニに駆け寄り、寄る辺を失ったリアーナはメランツを見上げる。
「申し訳無いけれど事情がありまして、貴女にも詳しい説明が大聖堂からありますから大司祭とお帰り下さい。大司祭様、ペレティ嬢をお願いします」
大司祭に頭を下げたメランツはスピラの両手を取って微笑んだ。
ーーーーーー
魅了魔法というものがある。これは術者が任意の相手に自分に好意を持たせる精神干渉魔法だが効果は幅が広い。良い人だなと思わせるもの、嫌われたくないなといったもの、愛情を抱かせるもの、術者の全て受け入れさせるもの、強い愛情で縛りつけ思いのままに操るもの。
他人の精神に干渉を行い、本来の思いと異なる念を植え付ける魅了魔法は禁呪扱いであり、公的に認められている者以外はその知識に触れるのも禁止されている。魔法は呪文やその術式を理解した上で必要な魔力を有さねば発動出来ない。資料等を全て廃棄しないのは、古代の魅了魔法発動に巻き込まれたり、悪意ある者が使用して来た時に対抗し打ち消す為だ。
それとは別に魅了スキルというものがある。無意識に発動してしまうもので、軽いものなら人好きされる程度、強いものになると熱愛や溺愛や愛執といった効果を齎す。
元来、聖女と魅了スキルの親和性は高い。聖女は癒しの力を持った慈愛の象徴であり、心身共に癒しを与えてくれる存在(但し伝説のマリリンは除く)は殆どの人が好意を持つからだ。
併しながら強い魅了スキルは魅了魔法と同じ効果を起こす。よって、魅了スキル持ちはスキル所持が判明次第、常にスキル封じの魔道具を身に着ける義務がある。
「つまり、ペレティ様は入学する前の検査時には無かった魅了スキルが、魔術系の授業で開花したという事でしょうか?」
「正確には本当に僅かな力しか無かったものが、彼女の努力によって一気に能力が高まったのだな。保護する為に安全な学生寮に入って貰っていたせいで発覚も遅れてしまって、カティとスピラ嬢には心配を掛けた」
学園のサロンでルトーレとカティーニはアフタヌーンティーを楽しみながらリアーナの話をしていた。王太子としてのルトーレは公的な場所ではカティーニに対する気持ちを表に出さないが、二人きりの時は包み隠さず伝える様にしている。今も、ゆったりとしたソファの広さを全く活用せずピッタリと寄り添い、髪を撫でたり口付けたり、手を取って頬に当てたりと忙しい。
そんなルトーレを優しい笑顔で見つめるカティーニの頬は薔薇色に輝いている。幼い頃に立場と義務による婚約を行った二人だが、一緒に過ごした日々で相思相愛の関係を築く事が出来た。
「それにしてもペレティ様には失礼な事をしてしまいましたわ」
「陛下からの王命であったから私も命じられた通りに行動するしか無かったんだ。真面目なペレティ嬢には私とメランツで事情を話して謝罪したのだが、取り乱されてしまい大司教様に後を任せるしか無かったよ」
リアーナに魅了スキルがあるのでは無いかと最初に気が付いたのはフォルマだった。「リアーナ嬢を恋慕う気持ちが強く、殿下よりもリアーナ嬢の言葉を全て受け入れる義務があると感じる」とメランツに相談したので、そこから国立魔導研究所から学園の臨時教師を装った研究員達を派遣。秘密裏にデータを取った所、リアーナの魅了スキルが発覚した。
それを聞いた国王が「その力を利用して、生徒達の魅了に対する抵抗力と異常事態を利用しようと動く者を秘密裏に調べろ」と命じた。その為、周囲にもリアーナ本人にも知らせる事が出来ず誤解を生んだ。ルトーレとメランツは抵抗力がとても高く一切効果は無かったのだが、フォルマとタルーガとトリーチャに対しては強く効果が現れた。
それでもフォルマは王家に対する忠義心を強く持っていた為、相反する気持ちに苦しみつつも抵抗する事が出来た。タルーガは父が国立魔導研究所の所長であり、父親の作成した対魔法無効化のバングルを着用していた為に魅了等を一切疑わず、純粋にリアーナに愛情を持ったと勘違いした。これについて、父親は今まで無かった急激なスキル成長について早急に研究をすると国王に奏上した。トリーチャは当初から同じ平民出身のリアーナに好意を持っており、しかも商会で扱っている恋愛小説の愛読者である妹に勧められて多くの作品を熟読していたという下地があったせいで、恋愛小説の様にルトーレとリアーナが結ばれるべきだと思い込んでいた。
「大体殿下がリアーナ様に甘い言葉を囁いたのがいけないのですわ。その所為で話が大きくなったのだもの」
「殿下、ではなくルーと呼んでくれないか?甘い言葉と言われても、レディは褒めるのが礼儀だし、リアーナ嬢は誰から見ても愛らしく、学園で苦労しながらも己の能力を高める為に努力を怠らない好ましい女性だ」
リアーナに対する嫌がらせは、魅了の効果を受けない生徒達の中で表立って注意する程の失態はしないもののルトーレ達に巧妙に近付くリアーナを嫌悪した者達と、リアーナに魅了された結果、カティーニ達さえいなければリアーナが幸せになれると思い込んだ者達、カティーニやスピラ家の失脚を狙った者達の犯行だった。こちらの犯人達についてはしっかり調査して個々に対処中だ。
そしてリアーナだが重度の恋愛小説マニアであり、聖女候補となった自分をカティーニとスピラに激しい衝撃を与えた『ラブドキ』のヒロインと重ね合わせ、ルトーレと結婚して王妃になると思い込んでいた。強い思い込みによる聖魔力と魅了スキルの強化と相乗効果は多くの生徒達を飲み込んだ。
現在事情を説明されたリアーナのショックは大きく『殿下は私を愛しているのに陛下が私を利用した上に無理やり引き離した。私は大いなる愛の為に試練を受け入れ乗り越えた。王子と聖女の真実の愛を邪魔する者には天罰が下る』と、やや物騒な言葉を漏らしたので、大聖堂で大聖女と寝食を共にしつつ、王族が国の為に行わねばならない事についてを学んでいる。
大神殿は聖女と聖女候補の心のケアにより心を砕くと表明した。
「陛下の所為で、カティと一緒にいる時間が無くなって気が狂うかと思ったよ。早く結婚したいな」
「殿下、私も寂しかったです」
「ルーだよ、カティ」
「ルー様」
「ルーだ。二人きりの時はそう呼ぶ約束だよ。でも説明しなくても私とメランツの意図をきちんと汲んでくれて、カティ達を糾弾した時にも冷静に対処してくれて本当にありがとう」
「オレンジの薔薇を戴きましたもの。スピラもメランツ様からオレンジの薔薇を頂いてましたから、信じて欲しいという意味だとわかりましたわ」
ルトーレはカティーニを抱きしめ耳元で囁いた。『本当は赤と緋色を贈りたかったのだけどね』と。
薔薇の色と意味(よく言われているもの)
◇赤・愛情・あなたを愛しています・熱烈な恋・他
◇緋色・灼熱の恋
◇オレンジ・信頼・絆・他