1338 天使が笑う午後
思考が行き詰まったので、わたしは一遍、考察を投げた。ああいうのは放置するに限る。
翌日の五時間目。
体育の終わりを前に、ボールを用具室に返しにいくと、先客が薄暗がりに立っていた。
「やあ」
ひっ。
声を聞くまで気づかなかったわたしは、思わず肩をふるわせる。
なんつう、似合いの場所に立っているんだ。わざと? わざとなの? その暗がり、なじみすぎだから。もちっと名前にそった生きかたもアリだと思うよ?
跳び箱と平均台に囲まれた、入り口の扉ぎわに、早明浦はいる。手にしたボールをわたしの前のカゴへはなって、シュートが決まると、にこりと笑った。
ああもう……出ていきたい。今すぐ。
ちなみに予告された犯行は、いまだ遂げられないままである。
あいた両手をぶらりとさげて、影はしずかに首をかしげた。
「最近、相思相愛だね」
聞きなれない単語を頭の中で検索し、意味をのみこむにいたって、わたしは顔をしかめる。
「そんな気、ないけど」
「そう。残念」
えーと。えーと! だまされるなわたし!
まったく、実に、これだから嫌なのだ。大体、普通じゃない。こんなこと平気で言う男子、こいつ以外お目にかかったことがない。
かゆい、かゆい。悪寒がする。わたしは足を速め、早めに用具室を出ようとした。
「何でこんなことしてるのか、まだわからない?」
ぴた、と、足をとめた。
用具室の敷居の、わずか手前。
すぐ左を見れば、暗がりに黒い影がある。
「何言ってるの」
思った以上に力なく応じた。
早明浦は、わたしを一瞥したのち、横顔で用具室の奥をながめた。
そのまま無言でいる。
すこし、わたしはいらだった。
「予告した破壊は、どうしたの? まだ実現してないみたいだけど」
心持ち、とげとげしくたずねた。早明浦はぼんやりした表情で、後ろの壁によりかかる。
「あれは。これ以上、きみが気づかない様子なら、実行もやむをえないよ」
「何……」
「本当に、残念だな。あの二人の良好な関係を破壊するのは、ぼくも、本意ではないんだ」
何を――。
あわや憤激しそうになって、わたしはつと、それを聞きとめた。
今、何と言った?
本意では、ない?
思考が――猛スピードで渦を巻く。こんがらがってころがった考察に、新しい角度から一すじ光がさす。
そうだ、それが解き目だ。
疑いなく、正しい糸口。
こいつは。
こいつの正体は。
呆然としていた。早明浦は壁から身を起こし、用具室の戸口をくぐった。あかるい光に照らされた、体育館の中に立つ。
振り向いて、言う。
「遅れるよ、萩山さん」
そうして、それから満足そうにほほえむのを、わたしは夢心地で見ていた。
こいつは。
転入生は。
早明浦は。
――
手先にすぎない。