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黄昏の女神たち  作者: AF
3/12

0800 審判者降臨




 始業式の翌日。登校してすぐ、後ろの席から声をかけられた。


「ねーね、可炒(かいり)ちゃん」


 五年生から同じクラスの、朴木(ほおのき)有巣(ありす)である。

 あい変わらずの名簿の前後、ふにゃふにゃしたしゃべりかた。嫌いじゃないが好きでもない。だが、役には立つ。ので振り向く。


「ん?」


 あのね、と言って有巣は手招きする。この距離でこれ以上近づくと、内緒話になってしまう。そういうのは、あまり好きじゃないんだが。


 わたしが少しだけ首をかたむけると、有巣はわかりやすく口の横に手で戸を立てた。


「ここだけの話ね。今日、このクラスに転校生が来るんだよ」


 小声で言う。

 わたしは窓ぎわの一番前の席で、椅子に横座りして室内を向いている。


 転校生?


 ガヤガヤとおちつかない教室の中、運よく(?)誰も、有巣の内緒話に気がついていない。

 わたしは半信半疑で有巣を見た。


「本当?」

「そうだよ。だって、うちのお母さんが言ってたんだもん」


 疑われてんのに気づいているのかいないのか。有巣は頬をうっすら染めて、嬉しそうに笑っている。ちらっと教室の後方に瞳を動かす。


「男子の後ろの席がね、一つあいてるからね。ぜったいこのクラスだよ」


 いやあ、絶対ってあんた……。


「男子の最後、あれ吉田くんの席でしょう」

「えっ」


 えっ、て。

 気づいてやれよ。ああ、不憫だな、吉田くん。


 あい変わらずの抜けっぷりに、なんだか脱力してしまった。

 有巣と話しているとこういうことが非常に多い。だからといって邪険にする気も起こらない。有巣が持ってくる噂は本当のことが多いし、第一、有巣としゃべらないと、入手できる情報の量が格段に減ってしまう。


 有巣の母親は、もと、五年生PTAの副会長かなんかである。転入生があるというのは本当かもしれない。


 しかし。


 吉田くんも五年一組からの同級生である。不登校ではなく、自宅療養ということになっていた若干一名の当人。病状はアレルギーの悪化だったか何だったか。とにかく、新学年になってからも、まだ姿を見せていない。


 完全に今気づいた顔をして、有巣はぼんやり目と口をあけている。

 これもあい変わらず、遅いな、テンポが。


「あぁー、えー、やだあ。ぜったいうちのクラスだと思ったのにー」


 吉田くんに気の毒なことを言い、有巣は問題の席を何度か見ながらおろおろする。

 早く復帰しろ、吉田くん。元気な姿を見せつけてやれ。


「でもまだわかんないよ。うちのクラスかもね」


 昨日の記憶を掘りかえしながら、わたしは話につきあいはじめた。

 有巣は両手を拳にし、胸の前でそろえて机に身を乗り出している。すでに混乱ぎみだ。


「えー、ぜったいないよ、だって新しい席がないもん」

「でもさ、昨日のクラス発表じゃ、知らない名前書いてなかったでしょ?」


 ということは、急な転入なわけで。説明が面倒くさくなってきて、わたしはほかの教室をのぞいておかなかったことを後悔する。席が余分にあったら一発なのに。


「去年から来てない人がいるから、どこのクラスにも空きはあるんだよ。だから、転校生は、どこのクラスにも入れるよ」

「ええ?」

「今日も吉田くんが来なかったら、座れるじゃん、あの席に」


 ああ、と納得したようなしていないような声をあげて。有巣はそれでも不安げに、そうだけどー、とこぼしている。わたしもここで話をやめると誤解をまねくおそれがあるので、一言きちんとつけくわえる。


「おんなじように、一組でも三組でもいいんだよね」

「やーんもう、うちのクラスだと思ったのに」


 さっきと同じことを言って、有巣は残念そうに眉尻をさげた。

 わたしは有巣から目をそらし、黒板の方を向いて考えた。


 でも実は、二組は児童が一人少ない。


 柴崎先生の苦労を減らすためか、信用が落ちたからか。最初から他のクラスより人数が少ない。

 転入生があるとしたら、このクラスになる可能性は高いのだ。


 そのうちにチャイムが鳴り、皆が自分の席についた。壁ごしに両隣のクラス、六年一組、三組の、朝の挨拶の声がひびいてくる。

 あとはしずかだ。

 柴崎先生は、まだ来ない。


「うちのクラスかな」


 冗談まじりに、わたしは有巣をかえりみて笑う。

 前方の戸がひらき、柴崎先生があらわれた。


 ビンゴ。


「はい、おはようございます」


 先生の後ろについてくる、見たことのない男子がいた。

 室内がざわつく。しずかに、と先生が制し、黒板に男子の氏名を書く。


 ハヤ……ん?


 どこで切るんだろ。

 読めない。


 先生が向き直った。


「今日からこの学校に通うことになった、転入生を紹介します。じゃ、早明浦(さめうら)くん、挨拶して」


 サメウラ?


「早明浦(あきら)です。よろしくお願いします」


 そう言って、皆の方をほとんど見ず、男子はぺこりと頭をさげた。


 しんとした室内で、最初に先生が手をたたく。クラスの皆からも、遅れてばらばらに拍手がわいた。


 まわりにあわせながら、わたしは呆然と男子とその氏名を見ていた。

 先生の指示で、はたして彼は吉田くんの席につく。朝の会が始まり、日直は今日から名簿順に二人ずつと決まる。


 今日は朝自習はない。六年生は入学式後の体育館の後片付けをおこなうのだ。

 教室を出るとき、わたしは間近で黒板を見た。


 早明浦明。

 サメウラ、アキラ。


 ――何も、同じ字を重ねなくても。






 中休みの終わり、いそいで教室に戻ってくると、ぽつんと立っている人影と目があった。


「あ」


 人影、例の転入生、早明浦がつぶやいた。


 わたしは一度戸口で足をとめ、話す用もなかったので目をそらし、自分の席へと歩いた。


 さっきまでトイレに行っていた。有巣も一緒だったのだが、こっちはもと美化委員ゆえ、美化委員会顧問につかまって廊下で立ち話しさせられている。あの調子では今年度も美化委員になるものと、当然のごとく思われているのだろう。いるよな、そういう先生。先生だけとは言えないけど。


 次の授業は音楽で、音楽室まで移動しなければならない。美化委員でもなければ美化活動にも興味がなく、義務だってないわたしは、先にひとり向かうことにした。有巣と違って遅れたときに言いわけが立たないから。


 机の上に教科書とペンケースを出し、両手で持つ。

 歩きだしがてら、後ろを見る。

 その男子は、薄暗い目もとの黒い目で、黙ってわたしを見ていた。


「次、音楽だよ」


 いごこちが悪くなって、わたしは何となしに教えた。

 中休みの最中はクラスの男子たちにめいっぱい囲まれていたというのに、なぜ取り残されたのだろう。要領が悪いのか、この男子は。


 彼はわたしをじっと見たまま、わずかに首をかたむけた。


「あの、音楽室って、どこかな?」


 しゃべれるらしい。

 いたって普通だ。

 置いていかれるなよ。


「あっち」


 わたしは正確な方角を指さし、ふと反省してその手をおろす。


「二つあるから、わかりづらいよ。行こ」


 彼は不思議そうに目をひらいて、わたしが歩くにつれ首をめぐらせた。


「こっち」


 今度は廊下ぞいに指をさすと、ふらっとしずかにあゆみよってくる。


「うん」


 …………ええ……なんだろ、この人。


 ちょっ、ちょっと、接したことのないタイプみたいだな。


 横、たまに斜め後ろに彼をつれながら、わたしは階段をおり、廊下をすすんだ。


 いや、他人の世話が得意じゃないのは、わたしも自覚してるんだけど。

 気まずさをごまかすため、とりあえず聞いてみた。


「教科書、まだないの?」


 早明浦クンは、筆箱しかもっていない。黒い布製で、ロゴも柄もない。没個性の限界だ。


「うん。でも、先生が持ってるのを貸してくれるって」

「ふうん。ほんとに急な転校なんだ。昨日来たら始業式だったのにね」

「そうだね。だから、全体の挨拶はまた今度だって言われた。朝礼は月曜日?」

「ん? ああ、全校集会ね。そうだよ」

「来週だね」


 ええと。何だ?


 ああ、そうか、転入生はたいてい全児童の前で挨拶させられるんだっけ。

 転入生だからって学校全体におひろめする意味がわかんないよな。


 意外に流暢な早明浦くんの語りが途切れてしまったので、わたしは次の話題を見つくろう。


「早明浦くん、名字、めずらしいね」


 こんなのしか思いつかなかった。


 だってどこから来たのかとか、転校は多いかとか、そんなのは休み時間にだだもれに聞こえてきてたから。

 彼は横からわたしを見て、一瞬ののち、うなずいた。


「うん」

「わたし、あの字、メって読むなんて知らなかった」

「うん、アカルイって字ね。普通はメイだよ」


 慣れているのか、早明浦くんはすぐ話題にのってくれる。本当に、なんてなめらかなしゃべりかただろう。

 なんでそんななのに置いていかれたんだろう。

 ――わずらわされるハメになったじゃないか。


 わたしは笑顔をつくった。

 いかにもあかるそうに。

 邪気がなさそうに。


「同じ漢字、二回使うのもめずらしいよね」

「うん」

「二つあるからメイメイだね」


 彼が沈黙した。

 あ、しまったかな、と、わたしはゼロコンマ何秒かで思った。


 名前をからかうっていうのは、いたずらの中でもタチが悪い。ていうかヘタするとイジメのレベルである。わたしはそんな直接的な破壊はしない。

 だから、あわてた、ふうをよそおった。


「ごめん、変なこと言った。気にしないで」


 早口で言って振り返ると、彼はかすかに笑っていた。

 笑って、わたしを見つめていた。


「萩山さんになら、そう呼ばれてもいいな」


 ――

 ハ?


 目的地、第一音楽室の前で、わたしは立ちどまる。

 早明浦くんも足をとめた。


「ありがとう。やさしいね、萩山さん」


 ……え。


 ぞわぞわするとか、鳥肌もんだとか、不機嫌にならないんだ度量でっかいなーとか。


 色々……山々、言いたいことはあるようなないような。


 ナニゴトが、起こっているのでしょう。

 あの、ほんとに、そんなこと言われるいわれは。

 ないよね?

 ないよ。

 ていうか名前、なんでおぼえてんだ。


「……名前、もうおぼえてるの?」


 かろうじて聞いた。

 彼はほほえんで首をたてに振った。


「うん」


 暗い茶色の瞳。


「きみが鬼神(デーモン)だね。評判はかねがね」






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