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黄昏の女神たち  作者: AF
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0745 矜持と謙譲




 萩山(はぎやま)可炒(かいり)、小学六年生。

 四月一日付けで最高学年。おつとめ開始は、今日の始業式から。


 ところで噂には聞いていたが、今年度はちょっと異例の事態が起こった。

 けさ、春休み前と同じように、母と朝食を作って食べて、行ってきますを言って家を出た。

 見飽きた公立小学校、昇降口を入ってすぐの廊下。現在、新入生をのぞく五つの学年が登校しているわけだが、それにしても今年は人が多い。


 遠巻きにながめていてもしかたがないので、わたしは渋々、人ごみをかきわける。

 皆が目を向ける掲示板には、新しいクラス名簿が、墨書きで長々と貼り出されていた。


 例年どおり、クラス替えがおこなわれたのだ。名前がシャッフルされたのは、三年生、五年生と……もう一つ。


 人が多いのも道理。

 今年度は、クラス替えの発表が一学年分よけいだ。


 六年生。

 ほんとに例年どおりなら、クラス替えがあるはずもない新六年生への進級。


 ここで、例外が起こるかもしれないとは、春休み中に噂で聞いて知っていた。

 実際起こるかどうかは、疑問だったわけだけれど。


 このとおり、新六年生もクラス替えがあるとなると、わたしも無関心ではいられない。

 なにせ自分のことである。ここで無関係をよそおったりすれば、入る教室がわからないという間のぬけた事態をまねく。


 幸い身長にはそこそこ恵まれている(こんな時にしか役立てていないが)。よほど下の方に名前がないかぎり、皆の頭の上から貼り紙が見られた。


 掲示板の上から下へ、新六年生、同五年生、三年生の順である。背の低い三年生が見やすいようにとの配慮だろうか。だがこの人ごみ、しかも高学年生の面々を押しのける度胸をしいるとは、先生たちも無茶をさせる。

 後ろで困惑している新三年生とおぼしき女児三人を前へ通してから、わたしは改めて掲示を見晴るかした。


 一学年分ふえたせいで、今年は紙の幅が例年よりせまくなっている。

 文字の大きさもよく見るとまちまちだ。字数の多い氏名が、横につぶれた字体で書かれてなお、紙からはみ出しそうになっている。

 誰が書いたのか知らないが、苦労がしのばれる出来といえよう。


 自然、笑いがわいてきた。

 苦労をさせた。

 申し訳ないとは思うが、反省する気にはちっともならない。


 例外が、起こったのだ。

 実現した。


 ――期待どおり。


 わたしは笑みを隠すために、ことさら、驚きを顔面に押し出した。異例の事態が意外だといわんばかりの表情をつくった。


 そして氏名の列の中から、萩山可炒の文字をさがす。


 見つけた。

 六年二組。


 つづけて、同じクラスの氏名をざっと目でなでる。

 一人、二人、三人……うん。もと五ノ一はだいたい三分の一。六年一組と三組の氏名を見ても、旧学年時の同級生の比率は同じくらいだ。


 問題児も、三クラスに公平に分配されている。


 会心だ。


 群集から抜け出して、今度こそわたしは笑みを浮かべた。


 本日、このときをもって、旧五年一組は完全に崩壊した。

 わたしがほろぼしたのだ。






 ……昨年度までのわたしのクラス、五年一組は、二学期のなかばごろには壊滅状態だった。


 年度終了時点だと、不登校二、保健室登校一、入院一、自宅療養一。

 そのほか、そもそも年度開始から最後まで来なかったやつが一名。二学期はまるまる休んで、一学期の初めと三学期だけ出てきたのが一名。


 最高記録は、十月の学習発表会。

 参加人数、計十七名。


 三十一人中、十七人である。からくも過半数ってとこだ。カゼがはやっていたとはいえ、休んだ連中、皆が皆、当日うまくかぶせて病気になるものか。


 担任の柴崎先生は、若手だなんてとっくに卒業した、中堅どころの先生だった。だからこそ五年一組は、教師の手におえない(やぶ)れ学級だった。


 学年中、学校中見渡しても目にあまるほど。もちろんPTAも惨状を知っていて、何度も話し合いをもって、何の提案も効果がなくて、このクラスがあと一年も続くことに恐怖した。


 柴崎先生の苦労はほかの学級や、学年や、そんなの持ってない先生も知ってたから、春休み中におそらく深刻な会議があったのだろう。その結果こうして、異例の改・新六年生が誕生したというわけだ。


 その情報が事前に噂でひろまったのは、たぶんPTAの関係だろう。親から子、子から子へ、ついでにもちろん親から親へ。イレギュラーほど格好な噂の種はない。


 それにしても、新しい学級か。

 楽しみだなあ。

 先生は誰だろう。


 言葉の上では人並みの感覚をいだいて、わたしは新しいクラス、六年二組への廊下をたどる。


 始業式前の点呼には旧五年二組の担任が来たけれど、体育館で式中に発表された新六年二組担任は、わたしにとっては去年と同じ、中堅の柴崎先生だった。


 興奮のざわめきの中で、わたしも皆と似たような感動詞をもらす。


 よし。

 先生を変えてこないということは、わたしの所業はまだ学校側に感づかれていない。


 それとも、柴崎先生は、実は気づいていてわたしを監視しようとしているかな?


 深読みしたりしなかったりしつつ。笑って、新しいクラスメイトと無邪気に浮かれたささやきをかわす。


 新六年二組。

 破滅の、あらたなフィールドだ。






 破壊衝動は、昔から持っていた。


 皆あるよねえ。多かれ少なかれ。わたしも別に多い方じゃないと思う。わかんないけど。くらべようがないからな。


 しっかり自覚したのは、四年生の終わりの終わり。三学期の末、これから春休みだってときに、仲がよかった友だち二人を絶交させた。


 もともと三人で遊ぶことが多くて、ときどき二人がそれぞれお互いを悪く言うのを聞いてて。そんなとき二人は二人とも、わたし一人に対して媚びるような顔をした。


 その顔が嫌だった。

 だから言ったのだ。一方に。


 ――うん、そうだよね。わたしも○○ちゃんと二人で遊びたい。

  ××ちゃん、○○ちゃんのこと、いっつも悪口言うんだもん。


 むろん、頭に血がのぼりやすい、一度ケンカしたら反省しても謝れないような頑固な方をえらんで。


 無意識だった。

 本当に。

 そのあとどうなるかなんて考えもしなかった。


 二人はわたしのいないところで盛大な言い合いをして、いきおいわたしを引っぱり出して二者択一をせまった。わたしが正直うっとうしくて優柔不断を見せかけていると、片方がその場を飛び出し、もう一方は泣きだすという()惨事。とりあえずわたしは残った方をなだめ、その日は家まで送って帰った。

 ひるがえって翌日の朝、飛び出した方の子を迎えに行き、昨日はごめんね、わたしが口をすべらせちゃったからだね、と、半分本音、全部事実で謝罪。

 のち、なにごともなかったかのように、二人はわたしと友だちのまま。ただし三人で遊ぶことは二度となくなった。


 それが、楽しかったのだ。

 すっきりした。

 爽快だった。


 女子どもが群れてぐだぐだゴチャゴチャ言う。男子がぐちゃぐちゃガタガタさわぐ。

 それが両方ともわずらわしくてしょうがなかったわたしとしては。


 ――ルールは二つ。


 一、物理攻撃をしないこと。

 一、ウチの平和を乱さないこと。


 一つめは、わたしの身を守るため。わたしは悪いけど自分の運動能力をあてにしていない。過信どころの話じゃないんだ、これが。


 二つめは、萩山家のささやかなしあわせを維持するため。家族が子一人の母に、娘のしでかした悪魔の所業をつきつけるなんて、わたしにはとてもできない。だったらやめればいいんだけど。ま、ひかえめにはしましょう。親に連絡されない程度にしなければ。


 肝心なのは、引きぎわを見きわめること。

 観察眼。冷静な判断力。


 五年一組は、意識して壊した。

 皆の、もろい、傷つきやすいこと。

 あまりに無惨で、なんだか泣きたくなったくらいだ。


 具体的な数字は前にあげたが、それ以外の常連の中にも、亀裂は確実にひろがっていた。


 まとまりなんてない。そのかわり、本気のあらそいもなかった。各種校内行事の成果は悲惨の一語。先生がどれだけ盛り立てようと、人数の少なさも手伝って、不安とあきらめは払えない。


 その学級崩壊の影に、わたしが君臨していたことを、誰も疑っていないらしい。


 それでは、しばらく、続けましょう。

 破壊神として。

 六年二組に、のぞみましょう。




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