七話
結婚式は、周りが驚くほど盛大で華やかにすると爽花に告げた。しかし言うのは簡単でもやるのは難しく、準備することが多くて爽花と二人で悩み迷う日が続いた。ドレスも指輪も式場も選ばなくてはいけないし、お金だって必要だ。慧とアリアが協力してくれたが、それでも時間は恐ろしくかかった。爽花は両親に瑠を会わせようとしなかった。
「結婚式まで内緒にして、びっくりさせたいんだ」
にやりと子供っぽく笑う爽花は可愛らしかった。瑠も両親に興味はなかったし、余計な話はしなかった。
結婚式当日になり、大きな式場で瑠と爽花は結ばれた。やはり主人公になるのは初めてで、緊張しっぱなしだった。まだ爽花の方が余裕があった。爽花は親も友人も友人の姉も呼んでいて、小学生くらいの少女から「おめでとう。よかったね」と祝福されていた。瑠は離れて、その爽花の明るい笑顔を遠くから眺めた。同時に、また孤独という言葉が頭に浮かんだ。爽花には、こんなに友人がたくさんいるのに、瑠の周りには誰もいない。せっかくの結婚式なのに一人からも祝福されない。ぼんやりと立っていると、背中から声をかけられた。
「水無瀬瑠くん」
はっと振り向くと、五十代後半くらいの男女が瑠を見上げていた。
「初めまして。爽花の両親です」
「ああ、お父さんとお母さんですか」
抑揚のない口調に、二人の表情は強張った。
「ありがとう。爽花を愛してくれて……。あの子が、こんなに素敵な男の子と結婚できたなんて夢みたい。私たちもすごく嬉しい」
父は気弱なのか母しかしゃべらない。さらに母は続けた。
「爽花から聞いたんだけど、本当に双子の弟の慧くんとは違っていてびっくり。姿はそっくりなのに。瑠くんは大人しくて物静かなのね」
「いいですよ、はっきり言っても」
無意識に言葉が漏れた。えっ? と二人は首を傾げた。
「はっきり?」
「暗くてとっつきにくくて自分の結婚式でも全く笑わない陰気な男って呼んでも構わないですよ。そういうの慣れてますから」
父と母の顔色が青白くなった。ふるふると震えてかすれた声で呟いた。
「わ……私たち……。一度も」
「すみません」
慧が駆け寄ってきて瑠と両親の間に割り込んだ。
「すみません。ちょっとこいつに用があるんで。すみません」
いつもの明るい笑顔で頭を下げ、瑠の手を掴んで歩き出した。両親はその場に立ち尽くして微動だにしなかった。壁の近くまで移動すると慧はようやく手を放した。瑠を睨みつけている。
「用って何だよ」
「お前、あの二人になんて言ったんだよ」
「なんて?」
「失礼な話したんだろ」
ぎろりと鋭く睨みつけられ、ふう、と瑠は息を吐いた。
「あんなに怯えてたんだから、酷いこと言ったんだろ。教えろ」
面倒くさくて堪らないが、黙っていても仕方ないので先ほどの言葉を思い出した。
「はっきり、暗くてとっつきにくくて陰気な男って呼んでも構わないって言っただけだ」
どんっと慧は瑠の胸をどついた。そして睨みを強くした。
「どうしてそういう考えしかできないんだ? 自分の娘を愛してくれた男に、暗くてとっつきにくくて陰気な男ですねなんて言えると思うか?」
「だけど実際に暗くてとっつきにくいだろ」
はあ、と慧も息を吐き、そっと呟いた。
「確かに、お前がこういう性格になったのは俺たちのせいだよ。独りぼっちにさせてほったらかしにしてきたんだからな。それは俺たちが悪い。でも、これから新しい人生が始まるんだって、心機一転してみろよ。いつまでも暗かったら爽花も残念だろ?」
現在は爽花に愛されているのだというのを忘れていた。慧の言う通り、これからは爽花と一緒に生きていくのだ。愛し愛され、表舞台に立ってもいいし、隠れたり逃げたり我慢したりしなくてもいい。爽花に出会わなかったら未だに孤独の世界にいただろう。
「あと、もう一つ」
慧が低い声で話し始めた。腕を組んで、じろりと瑠を見つめてくる。
「爽花って呼んであげたのか?」
「えっ」
予想外の質問に目が丸くなった。
「お前じゃなくて、爽花って名前で呼んであげたのか? ちゃんと名前で呼んであげないと可哀想だろ」
ぎくりと手に汗が滲んだ。そういえば、これまで名前で呼んだことがなかった。爽花がいちいち言わないのでお前でいいと考えていたが、結婚したのに爽花と呼ばないのは周りにとってはおかしい。
「やっぱりないんだな。今日から爽花って呼んであげろよ。呼ばれたのか爽花に確認とるからな」
「確認? そんなのどうだっていいだろ」
焦って冷や汗が流れた。もちろんバレないように気を付けた。
「じゃあ、また後でな」
きっぱりと言い切り、慧は走ってその場から離れた。
夜に、風呂上がりの爽花にそれとなく話しかけた。
「なあ、お前の名前ってなんだっけ?」
すると爽花は頬を赤くし、えへへととろけるような口調で答えた。
「水無瀬爽花だよ」
どうやら姓が水無瀬に変わったのが嬉しくて堪らないらしい。しかし瑠は姓ではなく下の方だった。
「そうか。……さ……さや……爽花か……」
もごもごと呟くと、にやりと笑いながら爽花が覗き込むように見つめてきた。
「なになに? ついに爽花って呼んでくれるの?」
「まあ……。結婚したんだし……」
照れ隠ししようと思っても頬が火照ってしまう。興奮して爽花はきゃあきゃあと飛び跳ねて喜んでいた。とりあえず慧に睨まれることはないと安心し、ため息を吐いた。