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十六話

 ぎくしゃくしてしまった親子の関係は爽花も気づいたらしく、突然二人目の子供がほしいと話してきた。

「玲也も一人っ子だと寂しいでしょ? 兄弟がいればショック受けたり落ち込んだりしても励ましてもらえるよ」

 確かに家族が増えるのは瑠も賛成だったし、玲也も喜ぶだろう。名前はまた慧に頼み、二人目の我が子は早めに腹に宿った。今回は女だと医者に告げられ、慧は飛び上がって喜んだ。瑠も以前よりもどきどきと鼓動が速かった。父親は娘が産まれると嬉しいというのは本当だった。すでに経験しているからか爽花も怖いと騒がず出産予定日までゆっくりと過ごして、夏の暑い夜に可愛い女の子が水無瀬家に加わった。名前は風花ふうかとなり、「母が爽やかな花なら娘は爽やかな風の花だ」と慧は胸を張って言った。玲也は「ふうちゃん」と呼び、いつもそばにいた。風花が泣くと急いで爽花や瑠に知らせ、眠るまで手を繋いであげていた。瑠も親ばかになり、周りに呆れられるほど溺愛していた。

「俺にも抱っこさせてくれよ」

 慧が言うと、首を振って断った。

「悪いけど、それはできない」

「どうしてできないんだよ。俺は叔父なんだぞ」

 瑠と慧の言い争いを爽花は苦笑いしながらなだめた。

「まあ、絵を描いている時に抱っこすればいいじゃない」

「絵を描いている時、俺も仕事してるんだよ。いつも暇じゃないんだ」

 慧のわがままはいつまでも続く。爽花が傷つく心配はないが、うるさくて堪らなかった。公園に連れて行くのも瑠の仕事だ。公園に背の高い瑠が現れると、大抵の母親は驚いていた。暗くてとっつきにくそうな男が幼い女の子と遊んでいるのは、とてつもなく珍しい光景だろう。どんな遊びも好きなだけ付き合って、可愛がってあげた。話しかけてくる人はいないが風花がいるので孤独ではない。風花は完璧にお父さん子で、逆に玲也はお母さん子になった。

「えっ? 瑠が公園で遊んでるのか?」

「もう、本当に風花にメロメロだよ」

 慧は目を丸くし、爽花は苦笑いをしていた。

 玲也と同じく、風花も高い高いが大好きだった。瑠が描いた絵にこっそり落描きしたり、やることは兄とそっくりだった。もちろん風花にも怒ったが「パパに嫌われている」と泣くことはなかった。キャンバスを汚される度に爽花から「残念だったね」と言われるが、絵などいくらでも描けるし、どれだけめちゃくちゃにされても嫌な気は全くしなかった。こうしていたずらをするのは小さい時だけしかない。汚れたキャンバスは今しか手に入らない大事な思い出で、全部取っておいた。

「また落描きされちゃったのか……。あともう少しで完成だったんだろ?」

 慧からも言われたが、すぐに首を横に振った。

「いいんだよ。落描きしてもらうために描いてるようなもんだからな」

「……優しいパパだねえ……。意外すぎでびっくりだよ」

 目を丸くし、慧はしみじみと答えた。

 女の子なのか、風花は慧が女子高生からプレゼントやラブレターをもらってくるとわがままな態度をとった。

「慧ちゃんは風花のなのに。慧ちゃんと仲良くするのは風花だけなの!」

 どうやら自分は慧の恋人だと考えているらしい。大きくなったら慧と結婚したいと願っているようだ。そのせいで、慧も瑠並みに風花を溺愛し、ねだられたものは全て買い与えて甘やかしている。また、爽花の使っている化粧をしたり、着る服もきちんと選んだり、おしゃれ好きなのはアリアに似ている。

 風花が幼稚園に入園し、同時に玲也も小学校に入学した。現在の玲也は油彩とは離れ、友人と遊ぶごく普通の少年だ。風花は瑠と慧に甘えてばかりの花や自然が大好きな少女だ。とにかく天真爛漫に生きている。幼稚園の送り迎えは慧の仕事で、幼稚園で働く若い女性からモテモテで大人気らしい。瑠が迎えに行っても、必ず誰かに声をかけられる。

「あの……水無瀬瑠さん。風花ちゃんから聞いたんですけど……」

 二十代前半の女性が頬を赤くして近づいてきた。じっと視線を移して「何ですか」と答える。

「水無瀬さんは、絵がお上手なんですよね? もしよろしかったら今度見せてもらえませんか?」

 どきどきと緊張した笑顔で言われ、うんざりした。特に興味もないくせに「水無瀬瑠という油絵が上手な人と親しいんだ」と友人に自慢するつもりなのが顔に書いてある。

「すみませんが、他人に見せるつもりはないんで。いちいち持ってくるのも大変だし」

「写メとかでもいいんです。水無瀬さんの絵、ぜひとも見てみたいなって……」

 しつこい女性に、ふう、とため息を吐いて冷たい言葉をぶつけた。

「俺と仲良くするんじゃなくて、風花と仲良くしてください。それがあなたたちの仕事でしょう? だいいち俺の絵を見ても特に感動もしませんよ」

 凍り付いたセリフは女性の心にぐさりと刺さった。「ごめんなさい……」と囁くように謝り、泣いているのか目をごしごしと拭き肩を震わせながらその場から消えた。自業自得だ、と視線で伝えてから風花を助手席に乗せ、自宅に向かって走った。

「風花、あんまりお父さんが油絵を描いてるって教えたらだめだよ」

 大きな瞳をさらに大きくして、風花は首を傾げた。

「えっ? どうして? あんなに綺麗なのに。風花のパパは絵が上手って、みんなに言いたいのに」

「だめだよ。お父さんはできる限り孤独でいたいからね」

「コドク? コドクってなあに?」

 聞かれたが黙っていた。玲也と一緒で、風花に孤独の意味を教えたくなかった。過去の出来事も何もかも、子供に知られるわけにはいかない。玲也と風花には、独りぼっちの人生など絶対に歩ませたくない。愛に満ちた、素晴らしい毎日を送ってほしい。

 子供も二人もいて幸せでいっぱいだが、ふと過去を思い出し子供だった頃の自分が胸の奥に浮かんだ。あの、ぼんやりとつまらない日々を送っていた瑠が、まさか父親になるとは奇跡でも起きない限りありえない。先生と出会い爽花と出会い、愛で満たされるまでどれほど時間が流れたのだろう。家に着くと風花は鞄から丸めた画用紙を取り出した。

「今日ね、幼稚園でパパとママの絵を描いたの」

 きらきらと輝く瞳で風花が話し、画用紙を広げてテーブルの上に乗せた。そこには頭が大きなロボットのような人物が二つ並んで立ち、星なのか黄色い楕円が空に塗られている。素晴らしい画力の父親を持つ娘の作品とはとても思えなかった。風花は母親にそっくりで、全く絵が描けない子のようだ。あらら……と爽花は苦笑し、瑠は衝撃で口が開いたままだった。

「うわっ、何これ? 風花の絵?」

 背中から信じられないという玲也の声が飛んできた。

「下手すぎだろ。ちょっとやばいぞ、これ」

「むうう……。頑張って描いたのに……。ちょっと上手いって褒められたからって馬鹿にしないでよ」

 悔しげに言う風花の頭を撫でて、なるべく明るめに励ました。

「上手いよ。よく描けてる。お父さんは風花の描く絵、好きだな。気に入ったよ」

「でしょ? ほらあ、お兄ちゃん、パパが上手いって言ったんだよ? 風花、めちゃくちゃ絵が上手なんだよ」

 ふふん、と得意げに笑い、瑠の膝の上にちょこんと座った。

「いつか風花もパパみたいにたくさんのお花が描けるようになるんだから。いっぱい薔薇の絵描いて、お家に飾るのが夢なの。もしかしたらパパより上手になっちゃうかも」

 うふふっと微笑む我が子を、瑠はぎゅっと抱き締めた。風花も油彩に興味を持っていることが嬉しくて堪らなかった。



「瑠、変わったね」

 眠る準備をしながら爽花が言った。

「変わった?」

「すっごく変わったよ。気付かない? あんなに独りが大好きで孤独のまま生きていくって決めつけてたのに今じゃ妻も子供もいるんだよ? やっと普通の人生が始まったね」

「……そうだな。だけど、また孤独になってるって時があるぞ。今日も幼稚園で話しかけられて怖い目に遭わせたし。次は優しい態度とらなきゃな」

「ええ? まだ孤独がいいの?」

「ふと感じるだけだ。もうあの日々には戻りたくねえよ」

 ほっと安心したのか爽花もベッドに寝っ転がった。瑠の体に寄り添うように近づいてくる。

「瑠が、愛で満たされるって思うと、何だか泣きそうになっちゃう。独りぼっちで可哀想だった瑠が、いっぱいいっぱい愛されてるって嬉しくて……。よかったね、瑠。幸せになれて……」

「爽花のおかげだよ。爽花が俺を幸せな世界に連れて行ってくれたんだ。ありがとな」

「うん……。これから、もっともっと愛しい人が現れるよね。いろんな人と仲良くしていけるよね」

「そうだな。もう絶対に離れ離れにならないからな。玲也も風花も心の底から可愛がってやろうな」

「もちろん。そばにいて、一緒にいてあげようね。寂しい目には遭わせたくないもんね」

 ぽろぽろと爽花の瞳から嬉し涙が溢れた。その涙を指で拭うと爽花は微笑んだ。

「……明日は休みだよな。久しぶりに母さんに会いに行くか」

「母さん?」

 驚いて爽花は目を大きくした。

「母さんって……。アリアさん?」

「それしかいないだろ。これからはあの人を母さんって呼んでやろうと思ってる。育ててはいないけど産んでくれたのは確かだしな」

「うん。きっと泣いて喜ぶよ。……やっぱり変わったね」

 穏やかで心地よい爽花の声で、瑠も自然に笑顔を作っていた。もう孤独にならなくていい。隠れたり逃げたり我慢しなくていい。いろいろな人々と関わり、愛しい人と繋がって輝く道を歩いて行く。一生独りぼっちでいいと諦めなくてよかった。どんなに無理で奇跡でも起きない限りありえないと思うことも諦めてはいけないと信じ続けていてよかった。いつの間にか寝息を立てている爽花の額にキスをし、瑠もゆっくりと目を閉じた。

読了ありがとうございます。

『愛しい貴方へ花束を』の後日談として書きましたが、何だか瑠の一生をまとめたような感じになりました。

瑠は一切自分語りをしないので、どういう男の子なのか曖昧だったため、瑠目線で書きました。

偉そうにしてるけど実はとても弱虫で、嫌い嫌い言ってるけど情けない兄を意外と想っている慧、また先生と過ごした過去話など瑠の全てを明らかにできて満足しております。

そして何より、現在の瑠の幸せな姿も書けました。これから、瑠も爽花も、みんなが愛に囲まれて楽しい毎日を送っていけるように祈っています。


では、ここまで読んでくださり、本当にありがとうございました。

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