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天国の門前で人は夜中を彷徨う  作者: 汐路 舟人
第1章
8/29

神社の中にあったもの

 雪人が本殿の中へと足を踏み入れた途端、ビル風のような強風が顔に吹きつけた。反射的に雪人は腕を前に出して風を避ける。


 風が止んだとき、腕を外した雪人の前にあったのは思いがけない光景だった。


「……」


 そこは神社ではなかった。建物の中でもなかった。ただずっと彼方の地平線まで広大な草原が広がっている平地だった。

 どこかの牧場のようにも見えたが、牛や馬といった家畜の姿は見えなかった。何にもないと言う言葉がぴったりの場所で、快晴の空と豊かな草原が彼方まであるだけだった。


「ここ、建物の中だったはずじゃあ……」


 ひとりでに声が漏れる。現状が理解できない。


「不思議でしょ」


 いつの間にかナツは雪人の横に立っていた。森林浴に来た人のように思いっきりナツは深呼吸をする。


「それでも良いとは思わない?」

「えっ?」

「だってこんな変な街にいるのよ。神社の扉が草原に繋がってたっていいじゃない」

「えっ、ああ、まあ」


 雪人は半ば困ったような返事をした。

 人々が半透明とはいえ、この街の見た目は至って普通だ。何も知らない人は、一時間この街の景色を見ても異世界にあるものだとは疑わないだろう。人が行き交い車が行き交い、よく見かける一軒家が軒を連ねる。ここは異世界にしてはあまりにも現実的(﹅﹅﹅)だ。


「私だってこんな街、慣れたくなかった……」


 突然、吐息のように微かにナツの声が聞こえた。

 彼女の声は寂しげだった。


「どうしたの――」

「雪人、あれを見て!」


 いきなりナツは空を指差す。それも恐怖に怯える形相で。雪人は咄嗟にナツの指し示す方向を見る。


「飛行機が……燃えてる……」


 ジェット旅客機が飛ぶには低く思えた。そのうえ飛行機は二人の方へさらに高度を落としながら向かってきている。翼についた二つのエンジンのうち、左翼のエンジンが火を吹き、翼の方にも燃え移っている。


(大丈夫なのかな)


 飛行機はかなり激しく燃えていた。高度を落としているのは不時着をしようとしているからなのかもしれない。


「ナツ、ここからは離れた方が良いかもしれない。危ないよ」


 雪人はそうナツに話しかけたが、ナツは心が抜け落ちてしまったかのように、呆然としていた。


「ナツ!」


 雪人はもう一度呼びかける。

 だが反応しない。


「ナツ、何があったの!?」


 よく見るとナツは手を強く握りしめ、体は氷の中にいるように震わせていた。


(え……?)


 雪人は彼女が普通の状態ではないことを悟った。


 ――!!


 そのとき頭上でなにかが爆ぜる音がした。

 雪人が咄嗟に上を見上げると、飛行機の左翼が爆発してるのが見えた。飛行機の胴体はまだ形状を保っていたが、左翼がもげ、もはやコントロールは失っている。飛行機は回転し始め、急激に高度を下げていった。


「ナツ!」


 雪人は出せる限りの声を張り上げた。

 二人の頭上にはもげた左翼の破片が迫っていた。


「早く!」


 雪人はナツを抱き寄せて、本殿の扉へと飛び込む。

 同時に二人の居たところに、翼の一部が落下した。翼は黒く煤けた腹を晒す。


 あたりには焦げた匂いが立ち込んた。


 二人は本殿の縁台に倒れていた。ナツは仰向けで、雪人はその上に重なるように。

 ナツは呆然としながら神社の軒裏を見ていた。

 雪人はむくりと起き上がると、ナツの顔をしっかりと見据える。


「ナツ。何があったの。あのままだと死んでたかもよ!?」


 雪人の顔は自然と険しくなっていた。

 だがナツの表情は正気ではなかった。

 目の前で大切な人が斬殺され、その血を浴びた人のように、放心状態だった。


 それを見た雪人はそれ以上ナツを叱る気にはなれなかった。


 彼は彼女の上から離れる。

 雪人は扉の方へ目を遣った。扉は開けっ放しだったが、もう草原は消えていた。普通の神社の内部だった。


 雪人は縁台の縁に座る。

 ナツは落ち着くまでそっとしておいた方が良いだろうと思った。


 縁台から空を見上げると、紫雲が右から左へと動いていく。

 いつまでたっても変わらない黄昏の空。不安を呼び覚ますようでいて、安寧ももたらす不安定な色。流れ行く雲には時間があるのに空の色が変わらないというのは、時間の流れが繰り返されているからだろうか。


(ナツはここに二年間居たんだよな……。それもたった一人で)


 ふとそんなことを思った。

 それは自分には無理だろう。こんな不安定な色をした空の下で一人で生きていくなんて。並大抵の精神力ではできない。


(なら、彼女はなにに怯えたんだ?)


 誰でもあんな飛行機が燃えているところには遭遇したくないとは思うが、蒼白になるほどのものには思えない。

 この街で二年間生き抜いてこられたナツならなおさら。


 雪人はナツに目を向ける。

 ナツはちょうど起き上がったところだった。


「ナツ、大丈夫?」

「ええ大丈夫。少し驚いただけから」


 なぜかナツは雪人と視線を合わせようとしない。


「本当に? 顔色良くないよ」


 雪人はそう言ってナツに手を伸ばす。


「やめて!」


 ナツは雪人の手を振り払った。


「ご、ごめん……」


 雪人がそう言うと、ナツは慌てて返す。


「ご、ごめんなさい。何でもないわ………。少し一人にしてくれる? 神社の裏手に行くから」

「う、うん」


 ナツは縁台から立ち上がり、階段を降りて神社の裏へ回った。雪人は一人取り残される。彼は本殿の死角に隠れていくナツの背中を見送っていた。

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