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天国の門前で人は夜中を彷徨う  作者: 汐路 舟人
第二章
23/29

日々

今回より、第二章です。

 「ただいま」


 雪人は手慣れた手つきで石造りの小さな家の木製の扉を開けた。白漆喰が外壁に塗られた直方体型の家は、周囲の家とほとんど同じ造りをしている。


「おかえり」


 部屋の中央に置かれたテーブルに夕食を並べていたナツが、その手を止めて雪人の方へと近づいてくる。


「今日は何か手がかりは見つかった?」


 彼女はお決まりの文句を言った。この二年間毎日のように繰り返されてきた言葉だ。


「いいや。何も」


 雪人は淡々と返す。


「そう」


 ナツはとくに落ち込む様子もなく、雪人が手に持っている革製の鞄を手に取る。そしてそれを、テーブルの椅子のところに置いた。


「さ、食べて。お腹が空いているでしょう?」


 そう言ってナツは雪人に席に座るよう促す。

 雪人はそれに従った。


 もう雪人がこの世界に来てから二年が経とうとしている。月夜の中での雪人の告白以来、二人は夫婦として振る舞うようになった。「振る舞う」というのは、ナツが雪人の告白を受け入れたあと、いきなり結婚して同棲しようと言い出し、雪人を無理矢理一家の主に仕立て上げ、家まで買ってしまったからだ。


 雪人としてみれば、まだ十八なのだから、結婚なんてことは考えていなかった。恋人から始めようと思っていたところを、いきなり夫婦生活ときたのだから、大変な戸惑いだった。


 最初は慣れずに、ナツに恋人から始めないかと持ちかけていた。だがナツは、どこで調べてきたのか、この方式がこの世界の方式らしいから、の一点張りで全く譲ろうとはしなかった。


 とはいえ、雪人にしてみれば、一応は、晴れて共に居れることとなったのだから、それは嬉しいことではあった。


 ただ、今でも違和感は拭えていない。


 テーブルの上に並んでいるのは、サラダとパンと焼いた豚肉だった。サラダはまだ瑞々しさをとどめ、豚肉はこんがりと色がついている。


「いただきます」


 雪人は手を合わせると豚肉を皿の横に置かれていたナイフで切る。

 彼女は料理が上手いらしく、いつも絶妙な加減で焼き、口に運ぶと筋が上手く解けていく。


「美味しいよ」


 雪人はナツの方を向いて言った。ナツはまだ、何か作業をしているようで、部屋の隅にあるかまどの近くに居た。


 雪人は黙々と夕食を食べながらナツが席に着くのを待つ。本当は食べずに待っていたいのだが、彼女はなかなか食べないと不機嫌になるのだ。

 だから彼はそれにできるだけ時間をかけた。


 彼女とともに席に着いている時間をできるだけ長くするように。

 

 しばらくして彼女は、新しくスープを持ってきてテーブルへ並べた。


「明日からは手伝おうか?」

「構わないわ。あなたは亭主関白をやっていれば良いの」


 妻に強制される亭主関白というのもどうかとは思う。


「ところで雪人、今日の仕事はどうだったの?」


 彼女は別の話題性を振る。


「今日はちょっと宿泊客が多くて。忙しかったけれど、おばさんは早く上がって構わないって言ってくれた」

「へえ。珍しいわね」

「うん、珍しい」


 そう言うと雪人は一拍をおいて言う。


「なぜだと思う?」

「え? なぜかしら」


 少し考えるようなナツ。その間に雪人は隣の席に置いてある鞄を探る。


「これだよ」


 雪人の手には植物の模様の入った木彫りの小箱があった。彼はそれを彼女に手渡す。


 中にはクリスタルでできたブレスレットが入っていた。


「今日でちょうど二年だ、俺たちが一緒に暮らして。去年はすっぽかしちゃったから、今年は忘れないようにと思って」


 ナツはそれを見て、感動しているような、驚いているような表情をしていた。


「気に入ってくれた?」


 その言葉にハッとしたようにナツはすぐさま言葉を返す。


「ええ、もちろん」


 ナツは満面の笑みになっていた。


「去年はすっぽかしちゃったからね」

「ええ、まあ私も忘れていたけれど」


 そう言ってナツはくすっと笑った。


 雪人もそれに笑顔で返した。


 特別ではないけれど素敵な空間だった。

 こんな日が永遠に続いてほしいと思う。

 ここで朽ちてしまっても良いと雪人自身は思っている。

 まあそれもナツの心次第ではあるけれど。


「あ、そういえば」


 ナツは何か思い出したように立ち上がる。


「食事中にごめんなさいね」


 そう言って、部屋の隅にある、小さな石の祭壇へと向かった。


 それは立方体に切り取られた一辺が五十センチほどの石が、壁の端にすっぽりと収まっているものだった。


 石の上には革の装丁がなされた本が一冊置いてあった。本の前にはオリーブ油に満たされた土製の小皿が置かれ、そこに浸された麻紐の先には小さく炎が灯っていた。


 ナツはその本を手に取る。

 そしてその中の一節を読み上げた。


「我があるじなる神聖なるニ柱の神よ。我らに恵みを与え給え。汝らは空、海、大地、月、星、太陽、そして生けるもののすべてを統べるなり――」


 ナツはその本を読み上げると再び席へと戻ってきた。


「夜の祈りの時間だったものだから」


 ナツは申し訳なさそうに言う。


 彼女が信仰しているこの宗教はこの国における国教だった。神話の内容は、二柱の神が邪悪な二体の魔物を倒してこの世界を創ったというものらしい。


 雪人もこの世界で生活する関係上、一応入信してはいるがあまり熱心ではなかった。熱心に行なえば朝、昼、夜と三回祈りを捧げなければいけない上に、月に二回は神殿に行かなければいけない。雪人には面倒すぎた。


 なぜナツがそこまで深く信奉しているかは分からない。それが彼女の性であったという可能性もあるし、何か別の理由なのかもしれない。


(まあ構わないだろう。決して悪いものでもないし)


 雪人は席に戻って再び夕食を食べ始めるナツの姿を見ながら思った。

 ここで平穏に暮らしていれればいい、それ画唯一の願いだった。


 しかしその時、街中に脈絡のない不快とも思える鐘の音が、激しく鳴り響いた。

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