惨劇の時
――三年前。
緑多き大地、リハヴァイス大陸。
大陸の中でもほぼ中央に位置する、アルファリア王国。
かの王国の南方には一際多くの木々が存在し、深緑の森と呼ばれている場所があった。
深緑の森には、雨粒が大地を穿たんばかりの勢いで降り注いでいる。
薄暗い森の奥深く。 少し開けた広い場所では、一人の少年が何かを守る様に立ち、刀を手に戦っていた。
少年の前に立っているのは――魔物。
体内に魔石と呼ばれる、人で言えば心臓の役割をしている結晶体を持つ化け物。
並みの人間では、最悪の場合死ぬ可能性すらあるほどの脅威。 人の営みを脅かす存在だ。
少年は一歩も引かず、ただただ前を見据えて刀を構える。
襲いかかる魔物は少年の鋭き太刀筋の前に両断され、濡れた大地へと屍をさらす。
少年は天より降り注ぐ大粒の雨に打たれながらも、なお、刀を振っている。
顔は険しく、どこか怒りと悲しさと悔しさのようなものが入り混じっているように感じられた。
「クソッ! クソッ! クソォォォォォッ!」
激しい雨の音をかき消さんばかりの勢いと声量で叫ぶ。
少年の慟哭は、重く圧しかかる様に森へと響いた。
少年の傍にあるのは、彼の数倍の大きさを持つ魔物の姿。
数は、少年から見える範囲だけでも片手で足りず、両手ですら足りないほど多い。
見渡すかぎり、魔物、魔物、魔物、魔物、魔物......。
視界を埋め尽くさんばかりに大量に存在する、魔物の群れ。
本来、ここまで魔物が集まることはない。
主たる魔物がいるのであれば、話は別だろう。
しかし、彼の目の前に広がる魔物の群れの中に主らしき影は見当たらない。
明らかに人為的な何かが原因の現象。
少年の目には映らない、何かの力が働いている。
「村の仲間を……皆を……返せぇぇぇぇぇッ!」
再度少年の慟哭は木の葉を揺らし、森全体へと届くのではないかと思えるほどに響き渡る。
少年の目からは大量の水が流れ落ちていた。
雨粒だろうか。 いや、雨粒ではない何か。 恐らく……。
なおも少年は魔物と戦う。
刀の切っ先が動いたかと思えば、次の瞬間には屍が複数体出来上がる。
彼の太刀筋は異常だ。
少年の顔立ちはそこそこ整っており、鋭い眼光は刃のように鋭く茶色い瞳。
雨に濡れた髪は、漆黒と言うに相応しいほどの黒。
体はほどよく鍛えられており、無駄のない引き締まった筋肉を纏っている。
身長は百七十ほどで、比較的若い見た目。
年齢は恐らく十代半ばを過ぎた頃だろう。
だというのに、彼の太刀筋はすでに剣の理に至っているかのように卓越した技量を感じさせる。
いったい何をどうすれば、彼の歳で至っていると思えるほどの技量を獲得できるのだろうか。
血のにじむような努力の果てか。 彼自身の才能によるものか。
否。
二つを合わせても、恐らく足りない。
今の彼の技量は、怒りによって箍が外れたことによる影響が大きいのだろう。
凄まじい気迫と共に放たれる斬撃は的確に魔物の命を刈り取っている。
少年の瞳は怒りの炎を灯しているかのように鋭い。
彼の頭には魔物の出現に関係する何者かのことなど、一切ない。
今の彼には、目の前の魔物の姿しか見えていない。
真っ直ぐ魔物を見据える彼の手には、緋色の刀身を持つ一振りの刀――《太刀》。
少年は太刀を巧みに操り、魔物たちを次々に斬り殺す。
斬って、斬って、斬りまくる。
彼の太刀筋は全く見えない。
誰の目にも止まらない。
凄まじい速度で振るわれ、瞬く間に魔物は命の灯火を消されていく。
「クソがぁぁぁぁぁぁ!!」
少年の放った渾身の一振りは剣気を纏い、魔物の群れへと襲い掛かる。
弾け飛ぶように四散する魔物。
彼の周りには多くの肉塊。 全てが魔物の物。
濡れた地面に落ちる肉塊は鈍い音を少年の耳へと届ける。
「クソ……何で、どうして……どうしてこんなことになっちまったんだよッ!」
彼の叫びを聞いた魔物たちは、少年を嘲笑うかのように雄叫びを上げる。
『グォオオオオオオオオッ!!』
雄叫びは他の周囲の魔物全てへと伝播し、少年の体を喰らおうと牙を見せつける。
薄暗い森の中でも一際白く輝く牙は彼の目に映るだけでも相当な量。
少年は臆することなく前を見続ける。
「舐めんなッ! 有象無象がッ! ――壱ノ太刀 桜花、参連ッ!」
突然刀を鞘へと納め、腰を低くしたかと思えば、彼の前に出来上がったのは十八等分にされた、魔物だった物。
参連と言ったことから、三度攻撃したのだろうが、彼の太刀筋はやはり見えない。
刀を抜く音と収める音が同時に聞こえるほどに素早い抜刀。
「チッ、さすがにやばいな……体力が持たないぞ」
少年は少し息を荒げ、呼吸を整えつつ静かにつぶやく。
彼の前には、未だ減ったように見えない魔物の群れ。
いったいどこから湧き出ているのだと思ってしまうほどに、魔物は次々と少年の前に出現する。
「クソッ、このままやられてたまるかよッ! 親父に託されたんだ。 夢を。 理想を! だから……お前たちに殺されるわけにはいかないんだよぉぉぉぉぉッ!」
まるで噴水から湧き出る水のごとくいたるところから出現する魔物へ向かい、少年は刀を振るう。
止まることを知らないように、体力など無限だと言わんばかりに、彼は全力で魔物を斬り刻む。
「クソッ……母さんを……親父を……返せよぉぉぉぉぉぉぉッ!!」
さらに速度を上げ、少年は目の前の敵を一刀のもとに斬り伏せていく。
出来上がっていく魔物の肉塊の数々。
いったい何度彼は刀を振るったことだろう。
彼の手は疲れからか、怒りからか、右へ左へと微かに震えている。
そして……。
「しまっ!?」
彼の声は続きを発することなく、口の中に留まる。
なぜならば、彼は濡れた地面に足を取られ大地へと体を晒し、魔物に喰われる寸前。
(ああ……終わったか。 なんてあっけない最後。 なんて情けない最後なんだ)
彼は諦めの色を浮かべており、目の前にはニヤリと笑うように口を大きく開ける魔物たち。
(……親父、ごめん。 頑張ったけど、さすがにこの数は俺には荷が重かったみたいだ)
少年は絶体絶命の危機に、諦めを湛えた表情でゆっくりと目を閉じていく。
『ガアァァァァァァッ!!!!!』
突然響く魔物たちの断末魔の声。
次々に魔物たちは最後の声を張り上げ、物言わぬ屍となって大地へと転がる。
少年が目を開けた時。 彼の前にいたのは、薄暗い森の中で輝く金色の髪と赤き瞳を持つ女性。
彼女は魔道銃を魔物へと乱射し、目の前を覆い尽くすほどの数いた魔物を殲滅している。
「なんだ……助かった……のか?」
少年は声を漏らし、開いた目で周囲を確かめる。
「――ッ! 親父、母さん!」
思い出したように、守っていた何かの所へと向かう。
彼が守っていた何か。
それは……彼の両親。 すでに冷たく冷えてしまった、両親の遺体だった。
「クソッ……ごめん、親父。 ごめん、母さん。 俺、何もできなくて。 何も守れなくて。 守ってもらう事しかしてなかった。 戦う力はあったはずなのに。 恐怖に足がすくんで何もできなかった。 ホントにごめん。 死なせてしまってごめん。 ホントに……ごめん」
彼の目からは雨粒に混じって輝く雫が流れ落ちる。
勢いは強さを増し、降り続けている雨も同じように強さを増しているとすら思える。
冷たい雨は少年を濡らし、彼の両親の遺体も濡らし続ける。
「ごめん、冷たいよな。 汚れちまってるけど、これで許してくれ。 ……無いよりはマシだろ?」
言葉と共に、彼は来ていた服の上着を両親に覆いかぶせる。
彼の声は震えていた。
隠しきれない彼の哀しみは、声に色を滲ませている。
悲痛に満ちた表情。 悲痛に満ちた声。
彼の全てが哀しみに染まっている。
「……情けない。 あぁ、情けない。 クソッ……クソォォォォォォォッ!!」
彼の慟哭は再度森へ響き、雨音はさらに大きな音を立てて空から降ってくる。
彼の心情を表すように。 彼の気持ちを代弁するように。




