ネーロ・ファミリア
ルーべの街に黒服の集団が出没するようになったのは2年ほど前からだ。
当時のスペシア王国は隣国との戦争状態であり、ルーべは前線からやや外れた位置にあったために戦線離者や脱走兵、流れの傭兵や難民などが集まっていきそれぞれに派閥を形成していた。
戦場に近いこともあり、王政府は内憂を嫌いルーべの治安の維持につとめていたが、それでも増え続ける人口と各派閥の増長を止めることはできず、街は荒廃といった様相を呈していた。
そんなときに現れたのが黒服のネーロ・ファミリアだ。
彼らが街に来て最初に行ったことが、戦前からルーべの街に住んでいる市民達を取り込むことだった。
最初は数多存在する犯罪組織の一つとしか見られていなかったネーロ・ファミリアだが、組織全体を黒服で統一した威圧感と紳士的な物腰と慣用さによって市民の心を掴むのにそう時間はかからなかった。
街の一角を拠点に市民の協力の下、資金を集め小さな武器工房を設立した。
戦争による特需によってその工房は瞬く間に巨大な軍需産業へと発展し、その利益と作り出された武器、そして裏で行われた王政府の治安維持舞台との連係によってルーべの犯罪組織はほぼ一掃される。
このようにネーロ・ファミリアは数ヵ月のうちに民衆の支持とともにルーべの裏社会を掌握し、戦争特需によって発生した資金によってルーべの産業を活性化、さらに停戦し新たに国交を結んだ隣国との交易にてそれまではしがない地方都市であったルーべは空前の大都市へと変貌を遂げたのだ。
(ものは言いようだな)
俺はリィンに渡された小冊子をパラパラとめくってはネーロ・ファミリアの英雄譚のような文章に内心で苦笑していた。
実際は紳士的な物腰と慣用さと威圧感の比重は大きく後者に片寄っている。ネーロ・ファミリアへの民衆の支持は申し分ないがルーべの領主や王政府の派遣した治安維持部隊からの評判はすこぶる悪い。
なにせ武器工房で出来上がった大砲第一号が最初に火を吹いたのは領主館だ。今や王国で一二を争う交易産業都市であるルーべの領主となり実入りはかなりのものだと思うがそれでもその立役者であるはずのこちらへのねちねちとした恨み辛みは消えてはいないようだ。臨時に派遣された治安維持部隊が戦後もこうして居座り続けてることからもよくわかる。
結局ルーべを掌握したつもりが掌握しきれていない現状が今だ。戦争が終わり人口の流入へ止まったがネーロ・ファミリアとしても上からの押さえつけによってこれ以上の組織拡大が難しくなりつつある。その打開案の一つがリィンが書いたこの『ネーロ・ファミリアのでんせつのはじまり』という小冊子だ。
子供かとおもうネーミングセンスだが実際ルーべの大人も子供もターゲットにしているならこれでもいいかもしれない。絵本のようになっている箇所もあり読みやすい。街の上層部からしたらいい面の皮だと貶されているかもしれないが。
ほかにも宗教を重んじる民衆にあわせて教会でのボランティア活動や麻薬、武器密売の抑制などには精力的に活動している。
ここからさらに王国社交界への進出も視野に入れるつもりだ。ルーべの主な産業は武器製造なので、それを卸す先への渡りもすでにつけてある。すなわち軍の高官などだ。
着々とネーロ・ファミリアが大きくなっている。そう着々と。