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黒い鳩  作者: ますらを
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プロローグ

朝焼けが街を照らす。夜明けを知らせる鳥の鳴き声が静寂を優しく切り開く。


子供が走る。三人の子供だ。


一人は快活に笑い先頭を走る少年。

一人は一回り小さいながらも懸命に前を追いかける少年。

そしてもう一人はそんな二人を見守るように最後尾を歩く年上の 女の子だ。


三人が向かう先にはこの街の中心を走る街道から少しそれた古びた教会。そこの正面にたむろする複数の人影。


彼らは走りよる三人の少年少女を認めると苦笑しながら手をあげて声をかける。


「おいおいいつも早くて元気だなぁ。俺たちゃまだまだ寝起きで頭がぼーっとしてるってのによ」


言いながら寝癖を手で整えようとするのは黒い衣服に身を包んだ若干年のいった青年だ。歳はそこまでいっていないはずだが気だるげに火のついた煙草を口に加える姿は壮年の雰囲気を醸し出している。渋い大人といった風情だ。


「おはよう!ねぇ!今日もやるんでしょ!俺たちも手伝うよ!」


活発な少年はキラキラした眼差しで彼らを見つめる。その後ろで大人しい少年と年上の少女も揃って遠慮がちだがそれでも期待のこもった眼で見つめてくる。


「はぁ、まぁ手が多けりゃ早く終わるんだけどよ。楽しいもんでもないだろ」


「兄弟、この子達はご褒美目当てに来てんだよ。ちゃんと財布に小銭をためてきたのか?」


もう一人の黒服がニヤニヤと訪ねる。


「おうよ兄弟。まぁ来るってわかってたからな。ただじゃらじゃら財布が重くってうっとうしいから早くすっきりしたいところだな。おめぇらがんばって早く終わらせろよ!」


「うん!」


元気のいい返事もそこそこに三人組は教会にとことこと入って行った。そして箒や雑巾を使い手慣れた様子で建物の中外を掃除していく。


「おやおや、いつもすみませんねぇ」


「ああ、気にしないでくれよ神父様。最近はこのガキ共がやってるから俺たちゃ朝から一息つけるってもんよ」


教会の裏手から顔を出した神父が労を労うが何でもないように振る舞う黒服の青年。神父が入り口の脇にお布施のための受け皿を用意したところで、ぽつぽつと朝の祈りを捧げるために人が来はじめた。大抵は朝の早い老人ばかりだ。若い人間は仕事が始まる直前に祈りに来る。


「おじさん!終わった!終わったよ!」


「俺はまだおじさんじゃねぇよ!ほら、手出しな」


そして差し出された両手に財布の小銭を落としていく。金額にしてたいしたものではないが、じゃらじゃらと手のひらに小銭の重さがのし掛かる様を三人組は満面の笑みで見ていた。


「すっげー!!おじさんありがとう!」


「あ、ああ。ご褒美だから気にすんな。あとおじさんじゃない!」


頬を赤くしてキラキラした眼で青年を見つめる三人組に青年も気恥ずかしいのかわしゃわしゃと少年の頭を撫でる。その姿をもう一人の黒服の青年はやはりニヤニヤしながら眺めていた。


「俺大きくなったらおじさんたちのファミリーに入るんだ!」


「こらこら、あまりお兄さんたちを困らせちゃいけないよ」


ファミリーというものに憧れる少年にばつが悪そうな笑顔を浮かべる青年を見かねて通りがかりのおばあさんが少年をたしなめる。


そんな光景と似たような光景が街のそこかしこで見られていた。



街の子供たちにとって、この青年たちは仕立てのいい黒服に身を包み、紳士でおおらかでたまに小銭をくれる気のいい人間たちであった。


「兄弟、今日は僕たちは召集がかかってたよ。そろそろ行こう」


それまで煙草を片手にニヤニヤとその光景を眺めていたもう一人の青年が若干声を潜めて真顔で呼び止める。


「ああ、捕まえたんだってな。面を拝んでやるか」


それまでの雰囲気と一転し剣呑な雰囲気を帯び出す二人の黒服に、三人組はこくりと首を傾げる。


「ねぇねぇ何のおはなし「さぁさ、ここはもういいからみんな家に帰ってお母ちゃんのお手伝いでもしてきな!」」


黒服の青年に訪ねようとして少年は不意に後ろにいたお婆さんに肩を抱えられて渋々自分の家の方へと歩き出していった。


それを見送ることもなく、黒服の二人は教会から離れ二区画先のこれまた主街道から大きく外れたところにある建物に入っていった。


扉を開けるとそこにはただ下へ続く薄汚い階段。それを壁のカンテラを頼りに降りていくとやがて鉄製の扉が見える。


「兄弟!」


迷うことなく扉を開けようとする青年をもう一人の青年が呼び止める。


「寝癖がなおってないよ。ネクタイも閉めなくちゃ。ファミリーの風紀が乱れると兄さんはともかくリィンが凄く怒るからね」


言われて初めて気がついたのだろう青年はあわてて首にかかるネクタイを整えてぐしで寝癖を整えようとするがなかなかうまくまとまらない。濡らすくらいじゃないとなおらないほど強い寝癖だ


「やっべ。ちょい兄弟、これ頼むわ」


「はぁ、毎朝毎朝同じことの繰り返しだよ。少しは起き抜けに鏡のひとつでも見たらどうだい。これが最後だよ?」


言いながら寝癖に手をかざし、何かを念じるように目を閉じると、手のひらの先からじんわりと水が滴っていく。そのまま手を寝癖にあて、軽く濯いでかたちを整える。


「ありがとな兄弟!鏡は次呼ばれる時までには買っとくぜ!」


「はぁ...」


ため息をつく仲間を尻目に今度こそ扉を開けると、そこには薄汚い階段が嘘のように広く小綺麗な空間が広がっていた。


樫の木でできた床と家具につつましくも調和の取れた調度品類。壁の棚にはさまざまな酒類やグラスが用意されており、中には酒好きを唸らせるような逸品さえある。


そして部屋の中央に置かれた大型のソファに腰かけるこれまた仕立てのいい黒服の男数人とその脇に大人し目の黒と朱のドレスに身を包んだ女が一人。明らかに不機嫌な顔をしていた。


「遅いわ。せっかく兄様がご機嫌でいらっしゃるのに水を指すようなことをしないでちょうだい」


つり目の瞳をさらに吊り上げて腕を組ながら新しい訪問者を睨むドレスの女。


女というよりは少女に近いかもしれない。部屋のモダンな雰囲気に合うように仕立てられたドレスは朱色と黒を基調としているが不思議と派手な印象を与えない絶妙な色使い、そして彼女自身も大人しめの化粧と顔の造形と体型の美しさの中に若干の幼さを残し今まさに美少女から美女に成る途上のような雰囲気を醸し出していた。美しいというところは共通している。


「せっかく都の職人に作らせた高い腕時計を持たせているのだからもっと時間を有効に使いなさいな。仮にもネーロ・ファミリアに属する人間ならなおさらね。特に最近のあなたたちは...」


「おい、リィン。あまりくどくど説教している時間はないぞ」


それまでソファに座って黙っていた数人の黒服の一人がリィンと呼ばれた女を嗜める。


「ふん、兄様が甘いから私がこうやって注意しているの。私の他に誰がやるって言うのよ。でもそうね、揃ったのだから時間前だからと兄様を待たせるのも申し訳ないわ。さっさと行きましょ」


そう言って部屋の奥の木製の扉を開けさっさと入っていってしまうリィン。その様を見た黒服たちはため息をつきたい衝動に刈られたがそれをなんとか飲み込みドレスの女のあとに続いた。


扉の先には男三人が横に並べるほどの幅の廊下が続いており、左右にはさまざまな模様のアンティークな扉が並んでいる。そして廊下の突き当たりの奥にも扉が一つ、その前には黒服たちよりも先にドレスの女が手を前に重ね淑女のような姿勢で止まっていた。


一定の速度で悠然と黒服がそれに続いてドレスの女の後ろに並ぶと、それぞれがそれぞれに自分の身だしなみを整え始めた。


ある青年はネクタイを整え、またある青年は肩についた糸屑を手で払う。隣の黒服に自分の身だしなみが大丈夫かどうかチェックしてもらっているものもいる。そして最前のドレスの女は自分の頬を手を当て、高鳴る心臓を落ち着けようとしていた。やがてすべての者が直立不動の姿勢になると、ドレスの女が頬をやや赤く染めながらおもむろに扉をノックした。


ほどなくして扉が開くと目の前には新たな黒服が無言で女達と黒服を部屋のなかに招き入れた。


部屋の中は今までの雰囲気と大きな違いはないが、バーのある部屋よりも灯りに乏しく窓のブラインドもほとんど閉じられていた。その隙間から僅かに射し込む日の光が淡く部屋を照らしている。


左には部屋を開けた黒服がまっすぐ前を向いて立っている。まるでそうするのが当たり前のように、長い年月をそこに飾られた彫像のようにその立ち姿には淀みがない。


そして右には大きな本棚があり重厚な本がきちんと揃えられている。本棚に収まりきらなかった分は部屋のすみ積まれているが埃を被った様子はなく、手入れされているようだった。ただ一つ、その本棚の足元には一人の男が猿轡を噛まされ、衣服はそのままに後ろ手に手を縛られ寝転がっている。


床に顔を向けているので表情はわからない。猿轡を噛まされてはいるがうめき声をあげるでもなく無言でピクリとも動かない男はともすれば死んでいるようにも見えるが、小さい息づかいがそれを否定した。頭に包帯を巻いているところをみるとどうやら鈍器のようなもので殴られて気絶しているようである。


だがそんな光景を気にも止めない目も向けないドレスの女、リィンは部屋に入った瞬間に目に入った目の前の人物をずっと見つめていた。


部屋のいちばん奥におかれている樫の木製の背の低い机。その奥の黒い革製のソファに深く腰かける男がいる。


部屋が薄暗いのでその顔ははっきりとは見えない。ちょうど胸から上が影が指したように見るものの認識を阻害しており、もはや見慣れた黒服を着ていること以外には特徴と呼べるものは確認できない。ただ一点を除いては。


見るものを妖しく引き寄せるその眼。影をまとった顔にただ二点揺らめく鬼火のように、実際に光を放っているような存在感を醸し出している紫色の眼がリィン達を睥睨している。


文字通り『睥睨』だ。


全容を見ることはできない。ただその一対の眼だけでその男が圧倒的な存在であると嫌でも理解させる。それはカリスマだった。


「兄様...」


「ーーーああ」


リィンが恐る恐る声をかけると、帰ってくるのは低めの声、地の底でうごめくマグマのような力強さを感じたが、威圧はなく、慈愛を含んだ暖かみのある声だった。


その一言で、リィンは前に重ねた手をぎゅっと握りしめる。頬には一気に朱が指し、先ほどのバーで見せた高圧的なつり目の瞳にはすでに力はなく陶酔したように潤んでいる。不意にへその下あたりが熱くなるのを感じた。足ががくがくと震えへたりこみそうになるのをなんとか押さえる。


その男の前にリィンは完全に欲情していた。


周りの黒服の姿がなく二人きりであったなら、このドレスの女はきっと我慢出来なかっただろう、しようともしなかっただろう。


だがここは堪えなくてはならない。いくらここがただの一事務所で本拠地でないとはいえ、目の前にいるのは自分達のボスであり、自分達は召集を受けてここに来た要は王の謁見のようなものだ。そんな大事な場面で決して粗相をしてはいけないという忠誠心でなんとかリィンは自分にブレーキをかけた。頬の赤みが徐々に引いていく。足に力がもどっていた。子宮に感じる熱さはそのままに...。


目の前に座る男の名前は『シン』。


スペシャ王国の裏社会を統一したソードワークス。その下部組織であり主要交易都市の一つであるルーべのその裏社会を2年前から一気に牛耳ることになったネーロ・ファミリアの頭領。『白い魔王』と呼ばれた男がそこにいた。

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